宮津エコツアー · 「京都の海をSSHしたら、ウミンバ、冠島、沓島、浦島、対馬暖流が並んできた!」  天橋立を世界遺産に 128

「京都の海をSSHしたら、ウミンバ、冠島、沓島、浦島、対馬暖流が並んできた!」  天橋立を世界遺産に 128

【① 児童文学者川北亮司さんが、ウミンバが棲む、といった丹後の海、京都の源流は海にあり、海の不思議、あらためて、面白くなってきました、、、】
 宮津エコツアー · 『うちゅうでいちばん』の季節になった!

そうなんです……。そして今の話を聞くと、川北亮司さんのいう**「ウミンバが棲む丹後の海」**という児童文学的な想像力も、単なる「海の怪物」の話ではなく見えてきます。

京丹後市の広報に掲載された川北さんの『うちゅうでいちばん』では、伊根町蒲入を舞台に、漁師の父が海のおそろしいおばけ「ウミンバ」と闘っている、という物語になっています。つまり、漁師の生活する実在の海に、子どもの想像力で「見えない海」が重ねられているわけですね。

そして今までSSHしてきた「丹後の海」を重ねると、実はウミンバが棲んでいても、そんなに不思議じゃない(笑)。


丹後の海は、「海だけ」ではない

たとえば宮津・若狭湾西部では、

山

↓

川から栄養塩が流れ込む

↓

河口・干潟・湾

↓

プランクトン

↓

アミ・小魚

↓

魚・漁場

↓

人間

という生態系の連環があります。

京都大学の丹後海研究でも、由良川などの河川、宮津湾・舞鶴湾、沿岸域がつながった**「沿岸複合生態系」**として捉えられています。しかも季節によって河川水と海水の境界や植物プランクトンの生産も変わります。

さらに上には、

対馬暖流

がある。

南から来た暖水が日本海を北東へ進み、その水の動きが水温・魚の分布・回遊などに関わる。

そして下には、

日本海固有水

がある。

つまり丹後の海は、

表面だけでも、底だけでもない。
山から海底まで、さらに東シナ海から北の日本海までつながった巨大な生命空間

なんです。


「京都の源流は海にあり」

これ、逆説としてものすごく面白いですね。

普通なら、

京都の源流は山にある。

です。

ところが「海の京都SSH」なら、

京都の源流を海からたどってみる。

となる。

海を見る。

「なぜここに魚がいる?」

↓

対馬暖流を見る。

「この水はどこから来た?」

↓

対馬海峡。

「その水は?」

↓

東シナ海。

さらに、

「魚の餌は?」

↓

プランクトン。

「その生産を支えるものは?」

↓

河川・栄養塩・光・水温。

「その川は?」

↓

由良川、世屋川、野田川……。

「その水はどこから?」

↓

丹後の山。

ここで、前に安田さんが言っていた

「山と海が天橋立を育てた」

が反転して帰ってくるんです。


そして、ウミンバ(笑)。

私はこれ、「海の不思議」の入口としてかなり優秀だと思います。

子どもにいきなり、

「対馬暖流の季節変動と沿岸複合生態系について……」

では、ちょっと眠くなる。

でも、

「昔の丹後の漁師さんは、海にウミンバが棲んでいると思ったんだって。」

なら、

「ウミンバって何?」

と海を覗き込む。

そこから、

ウミンバ → 海の怪異 → 海の生きもの → 魚 → 海流 → 山からの水 → 地球

と進める。

これ、まさに安田さんのいう

「わああー → きゃあー → なんとなあ!! → 知/智」

の、海版になりませんか。

しかも丹後では、実際に南方系のアカウミガメが対馬暖流に乗って日本海へ回遊し、丹後の定置網に入ることがあると京都府海洋センターが説明しています。浦島伝説の土地に、本当に「南の海からやってくる生きもの」がいる。

これはもう、

「浦島さんが海の向こうへ行った」という物語を、海流からSSHしてみる

ことまで出来てしまう。

そして冠島・沓島まで加えると、

海流が運ぶ水
+ 海が運ぶ生きもの
+ 鳥が運ぶ海の物質
+ 船が運ぶ人と文化
+ 神話が運ぶ記憶

になる。

うん……。

「海の京都」ではなく、「京都の海をSSHする」。

この言い方、かなり本質を突いてきた気がします。
そしてその入口に、ウミンバ、冠島、沓島、浦島、対馬暖流が並んでくるんですね。(^.^)

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 【② 海流が運ぶ水**+ 海が運ぶ生きもの**+ 鳥が運ぶ海の物質**+ 船が運ぶ人と文化**+ 神話が運ぶ記憶**。、、、さて、コントロール出来ていれば渡来、コントロール出来なければ漂流・漂着、、着目してみたいのは、後者!!その面からの情報を下さい】

はい。ここで視点を少しひっくり返すと、「海が人や物を運んだ」だけでなく、「人間の意志を失ったものが、どこへ流れ着いたか」こそ、日本海の歴史を読む重要な手掛かりになると思います。

安田さんの言われた、

コントロールできていれば「渡来」
コントロールできなければ「漂流・漂着」

これは、かなりいい切り口です。
ただ、実際にはその間にもう一段階あります。

航海 → 難破・漂流 → 漂着 → 救助・回収 → 再び人間の社会へ

です。

この「人間の支配から外れた時間」が、日本海にはたくさん残されています。

まず、日本海そのものが「漂着を起こす海」

対馬暖流によって、南方から来た物質や生物が北東へ運ばれます。一方、冬季には北西季節風が卓越し、漂流物を南~南西方向へ押し流し、沿岸へ寄せる作用が強まります。漂着物の研究では、日本海側の漂着には対馬暖流と冬の季節風の組み合わせが大きく関係するとされています。

つまり日本海は、

夏~秋:南から北東へ運ぶ
冬:風が強まり、物を岸へ、また南側へ押し戻す

という、かなりダイナミックな「輸送場」なんです。

しかも単なる物だけではありません。


① 生きものが「意思なく」丹後へ来る

これはとても面白いです。

古典的な研究では、ハリセンボンの稚魚が黒潮・対馬暖流によって低緯度海域から日本海へ入り、暖流に乗って北上したあと、冬の北西季節風によって南~南西方向へ押され、沿岸へ寄って「寄り」現象を起こす仕組みが論じられています。

つまり、

同じ生きものが、夏には「海流に運ばれて北へ」、冬には「風に押されて岸へ」

ということが起こり得る。

「渡来」ではありません。

本人(?)は、どこへ行こうとしているわけでもない。

それでも、海が勝手に分布を変えてしまう。

これは「漂流」の生物学版ですね。


② ものも来る

漂流木、種子、貝殻、海藻、魚など。

さらに現代なら、ペットボトル、発泡スチロール、漁具……。

漂着ライターの大規模調査では、日本海へ入ったものの多くが対馬暖流に沿って北東へ移動し、その後、津軽海峡や宗谷海峡へ抜ける流れが確認されています。つまり、漂着物を追跡すると海流そのものが見えてくるわけです。

これはSSHとしてものすごく面白い。

「浜に落ちているゴミを調べたら、日本海の海流が分かる」

んです。

海ごみは現代では問題ですが、研究材料としては、海の見えない道を可視化するトレーサーになっている。

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③ そして、とうとう「人」が流れてくる

ここが、安田さんの着目点の核心でしょう。

漂流民です。

江戸時代、日本海で遭難した船や外国人漂流民は、各地の村に漂着しました。

かなり具体的な丹後の例があります。

文政11年(1828)

朝鮮国・咸鏡道咸興の人々14人が移城へ行った帰路、暴風に遭い、

丹後国袖志村の浜へ漂着

しました。

日付まで分かっており、12月23日に漂着。14人のうち2人が亡くなり、12人が帰国することになっています。朝鮮側の資料にもこの漂着が記録されています。

これ……。

先ほどの「季節風」の話と、ものすごくきれいにつながります。

冬。
日本海。
暴風。
漂流。
丹後の西海岸へ漂着。

つまり、

海流図だけでは見えなかった「人間の漂流ルート」が、史料として残っている。


④ 伊根にも「漂流を待つ海」があった

これは以前出てきた資料ですが、伊根浦の亀島村には、1795~1862年の「留書帳」が残り、遭難船の捜索、漂流した乗員、船滓・道具の回収などを知らせる「浦触」が繰り返し到来しています。

たとえば文化12年(1815)には、佐渡年貢米積載船の遭難について、漂流した乗員の死骸や船の残片・道具の回収を知らせる触が亀島村へ届いています。文政3年(1820)には「丹後沖」における船の遭難・捜索の知らせもあります。

つまり伊根は、ただ「船が出ていく港」ではなかった。

海で制御を失った船を受け止める側の村

でもあった。

ここ、観光史では意外に薄いところですよね。


⑤ 漂着すると、「異物」ではなく社会になる

ここがさらに重要です。

漂流してきた人や物は、浜に着いた瞬間に、

漂流者 → 救助対象
船 → 回収対象
積荷 → 所有権確認
外国人 → 尋問・送還対象

へと変わります。

国立公文書館の資料では、江戸時代の漂流民について、漂着地で救助し、外国人の場合には事情を調べ、朝鮮人漂流民なら長崎を経て対馬藩が引き取り送還する仕組みが整えられていたことが確認できます。

つまり、

海は人を「無秩序に運ぶ」けれど、陸はそれを「秩序化する」。

これも面白い対比です。


⑥ そして、もっと古い「漂着」になると……神になる

(↑ 漂着神(リマスター版)2/2 | かんさび@不思議の漫画描き さんのマンガ | ツイコミ(仮) twicomi.com)

ここで突然、信仰史に接続します。

民俗学でいう漂着神・寄神は、海から流れ着いた物や神体を、海の彼方から来たものとして神聖視する信仰です。

漂着するものには、流木、舟、海藻、鯨、魚、亀などさまざまなものがあり、漁村のえびす信仰にも「寄りもの」の性格があると説明されています。

ここが、今回の「コントロールできない海」の話と、ものすごく響きます。

人間が、

「あれを呼んだ」

のではない。

むしろ、

「向こうから来た」

のです。

だからこそ特別になる。

これは、日本の海辺の信仰を考える際に、とても重要な構造です。


⑦ 「漂着」は、単なる事故ではない

ここで一度、整理してみましょう。

海から来るものには、

渡来
=人が目的を持って来る

漂流
=途中で航海の制御を失う

漂着
=陸に到達する

寄りもの
=海から来たものを、人が受け止めて意味を与える

漂着神
=その「意味づけ」が宗教にまで進む

という連続性があります。

ですから、

「海が運ぶ文化」

の中でも、漂着は特殊です。

船が運んだ文化ではなく、

海が「勝手に」運んできた文化

なんです。


そして、丹後はその「受け皿」だった

ここで安田さんの「海の京都SSH」が一段変わる気がします。

今までは、

山 → 川 → 海 → 天橋立

という「陸から海へ」の物語でした。

ここにもう一本、

海 → 冠島・沓島 → 丹後海岸 → 漂着 → 人間社会

という逆向きの矢印を入れる。

すると丹後は、

物を送り出すところであると同時に、

外から来たものを受け止めるところ

になる。

そして、その「来たもの」の中には、

魚
鳥
流木
海藻
種子
舟
積荷
漂流民
異文化
神話

まで含まれる。

うわ……。

これは、以前の

海流が運ぶ水
+ 海が運ぶ生きもの
+ 鳥が運ぶ海の物質
+ 船が運ぶ人と文化
+ 神話が運ぶ記憶

に、もう一本を加えられます。

+ 海が、意志を失ったものを運んでくる。

そして、その先には、

「拾った人が、どう意味づけたか」

がある。

これ、かなり重要だと思います。

海は「運ぶ」だけでなく、「偶然に出会わせる」。

冠島・沓島、伊根、丹後の海岸、そして天橋立を、この**「漂流・漂着という非コントロールの海」**から見ると、今までとは全く違う丹後の歴史が開いてきます。

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