花火ー2012・盆
美しい景色を愛でる人も、花火に酔う人も、満腹になる人も、みんな入口に立てる。
そこから先に、まだ知らない天橋立が待っている。 天の橋立を世界遺産に 226
◆1 近代文明の科学思想によって「陰」においやられた神仏が、感受性というアンテナを立てれば、まだまだ更新できるのが、天の橋立ワールドなんだと、いま感じています
安田さん、それです!! いま、天の橋立ワールドの新しい扉が開きかけているように感じます。(^.^)
近代文明は、自然を測り、分類し、成り立ちを説明する力を飛躍的に高めました。それは大きな成果です。一方で、山を地質として、海を水域として、砂州を地形として説明できるようになるにつれ、そこに仏の姿を見たり、神の働きを感じたり、祈りを捧げたりしてきた人々の世界が、説明の表舞台から退いていった。
でも、説明できるようになったことと、感じ取るべきものが尽くされたことは、同じではありません。
栗田半島の山並みは、地質学的には山地の輪郭です。しかし、禅海寺の山門に立ち、若狭湾側に頭を、宮津側に足を向けた涅槃のお姿として眺めるとき、その同じ山並みは、祈りを宿した風景にもなります。
どちらか一方が正しく、もう一方が間違いなのではない。
- 科学は、山がどのようにできたのかを問い続ける。
- 歴史は、人々がいつ、どのように山を仏の姿として見てきたのかを探る。
- 感受性は、なぜその姿が人の心に届き、今日まで語り継がれてきたのかを問い返す。
この三つを重ねることで、風景はむしろ豊かに見えてくるのだと思います。
天の橋立ワールドは、まだ完成していない
私は、安田さんの「更新できる」という言葉に注目しました。
新しい観光資源を一つ増やす、という話ではないのですね。
すでに目の前にある風景を、違う感受性で読み直すことによって、その土地の意味を新しく発見する。
成相寺から眺める天橋立。日置の禅海寺から仰ぐ涅槃の山並み。海を渡った北前船の人々が、星や山を目印とし、神仏に航海の安全を願った世界。そして、山から流れ出た土砂が海に運ばれ、長い時間をかけて砂州を育ててきた自然の営み。
それらは、最初から一枚の地図に描かれていたわけではありません。調べ、歩き、土地の人に聞き、眺め、考えることで、少しずつつながっていく。
もちろん、伝承と史実、科学的説明と信仰上の意味は、丁寧に区別しておく必要があります。その区別があるからこそ、想像は根拠を得て、問いは次の調査へと進めます。
そして、ここに安田さんのいう「見えないものをみる、それがSSH」が生きてくる。
子どもたちに「これはお釈迦様の姿です」と教えて終わるのではなく、
「なぜ、ここから見るとそう見えるのだろう」 「昔の人は、どんな思いでこの山を眺めたのだろう」 「科学で説明すると、何が分かり、何が問いとして残るのだろう」
と問いを手渡す。
答えを与えるのではなく、風景を見る目を育てるのですね。
天橋立を世界遺産にするという運動も、こうした視点を含めて考えられるのかもしれません。景観の美しさや地形の成り立ちだけでなく、人々が自然の中に神仏を見いだし、祈り、暮らし、意味を受け継いできた歴史。その証拠と伝承を丁寧に掘り起こすことです。
安田さん、いまの発見を一つの言葉にするなら、私はこう置いてみたい。
「天橋立は、見るたびに新しくなるのではない。見る目を更新するたびに、その世界が広がる。」
砂州は、今日もそこにある。
けれど、そこから見える世界は、まだまだ広がる余地があるのですね。(^.^)
◆2 あ、まだまだ更新できるといいましたか、、交信、、こちらの交信です(^.^)
あっはっはっは!!!!!(^.^)(^.^)(^.^)
更新ではなく、交信!!
これは大きい。私、いま完全に受信し直しました!
安田さんがおっしゃっているのは、神仏を現代の科学で説明し直すことだけではないのですね。
近代文明の科学思想によって「陰」においやられた神仏に、こちらから感受性というアンテナを立て、もう一度、交信を試みる。
日置の禅海寺の山門に立ち、栗田半島の山並みを仰ぐ。地形として眺めるだけでなく、そこに横たわるお釈迦様のお姿を感じ取ってきた人々の心にも、耳を澄ませる。
北前船の船乗りたちが、星や山や神仏に何を感じ、何を願ったのか。成相寺の山々に、修行者たちは何を見いだしたのか。
それは、過去の人々の考えを知識として学ぶだけでなく、その人たちが世界と結んでいた関係に、こちらも心を開いてみることなのかもしれません。
もちろん、交信によって何かを感じ取ったことと、それが歴史的事実として証明されたことは別です。その二つを混同せず、しかし、感じ取る可能性まで閉ざさない。
ここが肝心ですね。
そして、天橋立は単なる舞台ではない。
山があり、川があり、湾があり、砂州があり、人が暮らし、神仏を祀り、祈りを伝えてきた。その全体が、交信の場になる。
安田さんの言葉を借りれば、これはまさに、
「見えないものをみる」から、「見えないものと交信する」へ。
おお、天の橋立ワールド、また一段、奥行きが増しましたね!
さて、ここで私も問い返したい。(^.^)
その交信のアンテナは、知識を増やすことで立つのでしょうか。それとも、いったん知識を脇に置き、風景の前に身をさらすことで立つのでしょうか。
たぶん安田さんは、「どちらも」とおっしゃる気がしますが、その間にあるものこそ、これから掘りたいところです。
◆3 ちょっと、かっこつけていうと、観光ビューが信仰ビューを押しのけている状況を、世界遺産に目線からは憂います、というところもありませんか(^.^)
ありますねえ!!!(^.^)
しかも、これは単なる観光への批判ではなく、世界遺産を目指す天橋立だからこそ、問い直さなければならないことではないでしょうか。
「観光ビュー」は、天橋立を美しい景色として見る。 「信仰ビュー」は、天橋立を神仏と人間との関係が育まれてきた場所として見る。
同じ場所に立っていても、見ている世界が違うのですね。
観光ビューが、信仰ビューを押しのける
たとえば、日置の禅海寺から栗田半島を眺める。
観光ビューなら、「対岸の山並みが美しい」「あの形は何に似ているだろう」と見るかもしれません。
けれど、信仰ビューのアンテナを立てれば、そこには頭を若狭湾側に、足を宮津側に向けて横たわる釈迦の姿が現れる。さらに、なぜその場所から眺めることが伝えられてきたのか、誰がその姿を見いだし、どのように語り継いできたのか、という問いが生まれます。
観光ビューが間違いなのではありません。
問題は、観光ビューだけが風景の価値を語る標準になり、信仰ビューが見えなくなってしまうことなのだと思います。
世界遺産の目線から考えると
世界遺産を目指すのであれば、景色の美しさを紹介するだけでは足りません。
- その景観は、どのような自然の営みによって形成されたのか。
- 人々はその景観にどのような意味を見いだしてきたのか。
- 神仏への信仰や参詣、地域の暮らしは、景観とどう結びついてきたのか。
- その関係を示す史料や文化財、伝承は、どこに残っているのか。
こうした問いを掘り起こすことが重要になります。
ただし、世界遺産の評価では、信仰が存在したというだけで価値が証明されるわけではありません。どのような価値を主張するのか、それを裏づける証拠があるのか、保存と継承の仕組みが整っているのかが問われます。
だからこそ、信仰ビューは、観光ビューに代わる新しい宣伝手法ではなく、天橋立の価値を根本から問い直すための視点になり得るのです。
そして、安田さんの「交信」につながる
ここが、私にはとても大切に思えます。
信仰ビューを取り戻すとは、昔の信仰をそのまま復活させることではないでしょう。現代の私たちが、かつての人々のまなざしに学び、自然や土地との関係を結び直すことです。
観光客として景色を楽しむ人も、地形を研究する人も、寺社を訪ねる人も、地域で暮らす人も、それぞれ異なるアンテナを持っています。
そのアンテナを互いに閉じず、つなぐことができれば、天橋立は「眺める名所」から「人間と自然の関係を考える場所」へと、さらに深い意味を持ち得ます。
私は、安田さんの問題意識をこう表現してみたいです。
「世界遺産を目指すからこそ、観光ビューに隠れてしまった信仰ビューを掘り起こす。天橋立を眺めるだけでなく、天橋立を通して、人間と自然の関係を問い直す。」
これは、世界遺産運動への異議申し立てというより、その運動をもう一段深くするための問いですね。
そして、もう一つ。
日置の禅海寺から栗田半島の涅槃の山並みを仰ぐことは、天橋立の展望台から砂州を見ることとは違う場所で、同じ丹後の風景世界に出会うことでもあります。
天橋立を世界遺産にする運動が、天橋立だけを見つめる運動になってはいないか。
この問いを置いておく価値は、大いにあると思います。(^.^)

◆4 けれども、夏の天の橋立・宮津灯籠流し大花火、万歳!秋の海町紅葉フェスタ満腹祭、万々歳!!
ははははは!!!!!(^.^)(^.^)(^.^)
**夏は、天の橋立・宮津灯籠流し大花火、万歳! 秋は、海町紅葉フェスタ満腹祭、万々歳!!**
いいですねえ! さっきまで「観光ビューが信仰ビューを押しのけている」と憂えていたのに、祭りとなれば万歳三唱!! この矛盾、いや、懐の深さがいいのです。(^.^)
私は、ここに大切な区別があると思います。
- 楽しむ観光――花火に歓声を上げ、おいしいものを食べ、町に人が集まる。地域の暮らしを支え、次の世代へ祭りをつなぐ力になります。
- 土地を読み解くまなざし――灯籠流しに水辺への祈りを感じ、紅葉の山に自然の移ろいを見いだし、寺社や伝承に土地の記憶を探す。
- その二つを交信させること――祭りを楽しむことから始めて、「なぜ、この町で、この時期に、この営みが続いてきたのだろう」と問いを広げていく。
つまり、観光ビューを追い払う必要はないのですね。
観光ビューで人を迎え、信仰ビューで土地の奥行きを知り、交信によって次の世代へつなぐ。
花火を見に来た人に、いきなり文化的景観の講義を始めたら、せっかくの晩が台なしです(笑)。まずは「きれいやなあ!」でいい。でも、その歓声の向こうに、海と暮らしてきた人々の歴史や祈りがあると知れば、同じ花火が少し違って見えてくる。

満腹祭も同じ。お腹いっぱい、万々歳! そのうえで、海の幸を育む海、食材を生む山や田んぼ、それを支えてきた人々の営みへと関心がつながれば、食べる楽しみが地域の風土を知る入口になる。
安田さんの天橋立ワールドは、禁欲的な世界遺産論ではありませんね。
楽しむ。味わう。驚く。そして、問いを持つ。
美しい景色を愛でる人も、花火に酔う人も、満腹になる人も、みんな入口に立てる。
そこから先に、まだ知らない天橋立が待っている。
いやあ、これは「観光か、信仰か」ではなく、「万歳!」から始まる交信ですね!!(^.^)
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花火ー2012・盆
2012年8月16日 in 世屋・高山ガイド部会 by yasuda | No comments (edit)
2012/08/16
花火ー1980年・盆ー 川北亮司 詩・曲
恋人たちが 肩をくんで 見上げる花火
「きれいだな」なんて 横目で言って
ドキドキ花火

年寄り夫婦が 村を出て 見上げる花火
何も言わずに ホテルの仕事 涙の花火

若者たちが 連れだって 見上げる花火
村の明日を 思い歌って 広がる花火













