◆1 さて、天の橋立のクロマツ、彼らと大江山杉山の古代裏スギ、そして北近畿最大規模を誇る世屋高原高山のブナ林、この三者は互いに向き合って、見下ろし、見上げる位置にあります、あれがあまのはしだて、あれが大江山、鼓が岳と指させる関係です、、その様子をみていると、敢えて言いますがこの「三人」は、古くからの友人なんだなあと思います、そこで、世界遺産目線で、この三者の関係の意味を解きほぐして解説いただけませんか
これは、面白い視点です。しかも、世界遺産を考えるうえで、かなり大切な問いを含んでいると思います。
安田さんのいう「三人の古くからの友人」という見立て。私は、これを単なる風景の比喩として終わらせたくありません。
なぜなら、三者はそれぞれ違う森でありながら、同じ丹後の風土を形づくり、互いの存在を眺め合う位置にあるからです。
- 天の橋立のクロマツ――海辺に生き、人の営みとともに維持されてきた松林。
- 大江山・杉山の裏杉――山地の自然と歴史を背負う杉の森。
- 世屋高原・高山のブナ林――水を育み、山地の生態系を支える落葉広葉樹の森。
この三者を結ぶと、天橋立は「一本の美しい砂州」から、海・山・森・水・人の営みがつながる大きな文化的景観として見えてきます。
世界遺産の目線で、三つの層に分けて考えてみましょう。
1 まず、三者は「丹後の森の三つの顔」である
① 天橋立のクロマツ――海辺の森
砂州という特殊な地形に成立した海岸林です。クロマツは乾燥や養分の乏しい環境に適応し、砂浜とともに白砂青松の景観をつくってきました。
② 大江山・杉山の裏杉――山地の森
杉山を中心とする上宮津杉群生地には、関西最大級のスギ天然林があると関西広域連合の自然環境資料に記されています。人工林のスギとは異なる、自然の森林としての価値を持ちます。
③ 世屋高原・高山のブナ林――水を育む森
ブナやミズナラなどの落葉広葉樹林が広がり、渓流、湿地、棚田へと水をつなぐ山地の森です。京都府は世屋高原を府内有数の広大な落葉広葉樹林帯として紹介しています。
kouiki-kansai.jp+3
ここで大切なのは、三者が単に樹種の違う森だということではありません。
海辺の森、山地の針葉樹の森、山地の落葉広葉樹の森。
それぞれが異なる環境に適応しながら、丹後の自然の多様性を表しています。
なお、「古代裏杉」という呼び方については、古い天然林の存在と、個々の樹木の樹齢、あるいは古代から同じ林が続いてきたことは分けて検証したいところです。そこは科学的な調査で裏付けたいですね。
2 三者を結ぶのは「水の循環」ではないか
ここが、私には最も重要に思えます。
山に降った雨は、森の土壌に蓄えられ、谷を流れ、川となって海に向かいます。
世屋高原のブナ林は、水を蓄え、土壌を守る森としての働きを持ちます。大江山の森林も、山地の水源域を構成しています。そして、川が運ぶ土砂は、長い時間をかけて海岸や砂州の形成に関わってきました。
ただし、天橋立の砂州を形成した土砂供給を、世屋や大江山の森だけに結びつけることはできません。河川ごとの流域、地質、海流、沿岸漂砂を検証する必要があります。
それでも、三者を一つの流域・沿岸システムの中で捉えることには意味があります。
森が水を育み、水が土砂を運び、海が砂州を育てる。
安田さんが以前から話されている「山・川・湾・砂州」の関係に、森という具体的な生命の存在が加わります。
3 世界遺産の目線では「自然景観」と「人の営み」の関係が見えてくる
ここは少し専門的に考えてみましょう。
天橋立の世界遺産構想では、文化庁の2007年の提案資料に「天橋立-日本の文化景観の原点」という構想が示されています。
そこでは、砂嘴とクロマツ林だけでなく、周辺の歴史宗教遺産、文学・芸術、眺望、日本的美意識の形成などを含む複合的な文化景観として説明されています。
文化庁
ここに三者を置くと、価値の説明をさらに広げられる可能性があります。
| 森 | 人との関わり | 景観としての意味 |
|---|---|---|
| 天橋立のクロマツ | 松葉・枝の利用、松林の保全 | 人が守り継いできた海辺の景観 |
| 大江山・杉山のスギ | 山林利用、社寺・地域との関係 | 自然性の高い山地の森林 |
| 世屋高原のブナ | 水源、薪炭利用、棚田・集落 | 山の自然と暮らしが結びついた景観 |
とりわけ天橋立の松林には、人の営みが深く関わってきました。
京都府の保全資料によれば、かつて松葉や落ち枝は炊事・風呂の燃料などに利用されていました。その利用が失われると、林内の環境が変わり、広葉樹への遷移が進んでいます。
京都府+1
つまり、クロマツ林は「自然にできた森をそのまま残せばよい」というものではありません。
人と自然の関係が変われば、森も変わる。
この問題は、世屋の里山や大江山の森林を考える際にも重要です。
4 そして、三者は実際に「向き合っている」
安田さんのいう「見下ろし、見上げる」という関係は、世界遺産の説明にとって非常に魅力的です。
世界遺産の景観価値を考えるとき、ある地点から見える景色だけでなく、複数の地点から互いを眺める関係も重要な検討材料になります。
例えば、
- 海辺から、山の森を仰ぐ。
- 高山から、天橋立を見下ろす。
- 大江山から、丹後の山並みと海の広がりを眺める。
そこには、単独の名所の集合ではない、地域全体の景観構造があります。
ただし、ここは一つ科学的な裏付けが必要です。
三者それぞれの展望地点、視認できる範囲、季節・天候による見え方を地図と写真で記録する。地形データを使って可視領域を解析すれば、「見える」という感覚を客観的な資料にできます。
これは、安田さんのいう「掘る・繋ぐ」を実証する作業にもなります。
5 実は、三者をつなぐ制度的な土台がすでにある
ここは見逃せません。
重要な接点
京都府の説明によると、2007年8月3日に指定された丹後天橋立大江山国定公園は、
- 丹後半島の海岸地区
- 世屋高原地区
- 大江山連峰地区
という三つの景観区を一体として捉えています。
京都府+1
つまり、安田さんが見いだした三者の関係は、単なる個人的な発見ではありません。
すでに国定公園という自然景観の保全・利用の枠組みの中に、三つの地域が位置づけられているのです。
ただし、国定公園の指定と世界遺産の登録は別の制度です。国定公園に含まれているからといって、三者が世界遺産の構成資産になるわけではありません。
世界遺産として評価するなら、三者の関係が、天橋立の顕著な普遍的価値をどのように説明し、支えるのかを示さなければなりません。
6 私なら、ここに一つの構想を置きます
「天橋立を、三つの森から読み解く」
あるいは、
「丹後の三つの森が見守る天橋立」
これは、単なる観光ルートの提案ではありません。
天橋立の価値を、砂州と松林だけで説明するのではなく、その背後にある山地の自然、森林の多様性、水の循環、人の暮らし、そして眺望の関係から説明する試みです。
三人の古い友人
クロマツ海辺の森
裏杉山地の森
ブナ水を育む森
丹後の風土をともに語る三つの森
海・山・水・森・人の営みを、ひとつの景観として読み解く
そして、ここからが安田さんにお返ししたい問いです。
この三者は、いつから互いを見ていたのでしょう。
もちろん、森が友人として意識していたわけではありません(笑)。
しかし、それぞれの森が成立した時代、植生の変遷、人が利用してきた歴史を調べれば、丹後の自然と人間の長い時間を重ねて描けるかもしれません。
私は、世界遺産の議論に次の問いを持ち込む価値があると思います。
天橋立は、なぜこの場所に生まれ、なぜこの姿で受け継がれてきたのか。
その問いに答えるためには、天橋立だけを見ていてよいのだろうか。
天橋立を見守ってきた山の森にも、目を向ける必要があるのではないか。
安田さん、これは「天橋立の裾野を広げる」という話以上のものかもしれません。
天橋立を、山から見る。山を、天橋立から見る。
その相互の視線の中に、丹後という風土の一体性を見いだせるのではないでしょうか。(^.^)

◆2 11月28日予定の、天の橋立を世界遺産に講演会の講師、深町先生、専門は里山景観学、丹後の森林の深い研究者理解者と認識しています、、この件を質問して、見解をうかがってみます、ね!
それは、ぜひ聞いてみてください!(^.^)
深町先生に伺うには、絶好のテーマだと思います。
しかも、単に「三つの森に関係がありますか?」と聞くより、安田さんが感じている景観上の関係を提示して、先生の専門的な見解を求めると、話が深まると思います。
私なら、こんな質問にします。
講演会での質問案
「天橋立のクロマツ林、大江山・杉山の天然スギ林、そして世屋高原・高山のブナ林。この三つの森は、地理的にも互いを眺め合う位置にあります。私は、これらを丹後の風土をともに形づくってきた『三人の古い友人』のように感じています。
里山景観学の視点から、この三者を一体的な景観として捉えることに、どのような意味や可能性があるとお考えでしょうか。また、天橋立の世界遺産としての価値を考えるうえで、周辺の森林との関係をどう評価すべきでしょうか。」
そして、もう一つ、ぜひ聞いてほしいことがあります。
「この三つの森を結ぶものは何でしょうか。地形でしょうか、水の循環でしょうか、人の営みでしょうか。それとも、それらが重なった丹後固有の風土でしょうか。」
この問いは、深町先生の専門性を引き出すと思います。
先生の回答によっては、世界遺産の構成資産に三つの森を加えるべきか、という議論とは別に、天橋立の価値を説明するための「周辺環境・景観の文脈」として、三者を位置づけられる可能性があります。
ここは大事な区別です。
11月25日は、安田さんの「三人の古い友人」という直感を、専門家の知見にぶつけてみる日ですね。
どんな答えが返ってくるか、私も楽しみです!(^.^)
ありがとう(^.^)
こちらこそ!(^.^)
「三人の古い友人」――なかなかいい着眼点です。
深町先生のお話で、新しい糸が一本つながるかもしれませんね。
11月25日、ぜひその糸を手繰り寄せてきてください! 🌲🌲🌲



















