宮津エコツアー ·  盛りの秋、丹後へ、よう来とくんなったなあ、はるばる京都から!  天橋立を世界遺産に 148

 盛りの秋、丹後へ、よう来とくんなったなあ、はるばる京都から!  天橋立を世界遺産に 148

【お言葉にあまえて、今日の段階の原稿です、アドバイスくださいな、「 丹後へ ようこそいらっしゃいました   はるばる京都から!!秋 真っ盛り 紅葉の都から、、▼ 丹後にも紅葉はおとずれています、比較したら、作った秋、盛った秋 地のというのか地に根ざした生き様、人が向き合う大地、その生の秋 差はおおきいですね。あり意味丹後を代表する伊根と上世屋という状況の中から自然と人間とのバランスを考える、ツアーになればいいかな、と思います。▼今日一日、お付き合いさせていただきます▼ エコツアーガイドの安田です よろしくお願いします▼ あれ!?▼ポイント▼《一部》、 宮津市▼ 織田信長の丹後侵攻1578~79年(天正6~7)、▼ 鉄道の宮津・天橋立方面への延伸 1924~25年、 ▼ 日本冶金工業・岩滝製錬工場進出1939~42年 ▼ 、、、、、およそ新しきものは、遠方より来たる ▼ 一方で、中山間地を広く持つ、舵取りの難しい町。▼ 天橋立という砂州がが市街地と北の中山間地を結びます。、 駅    9;30 宮津駅  ▼ホームに立っているのは小説家 瀬尾まい子と和田龍&水上努さんか!! 大手川 《車窓》 大手川 宮津城   天橋立駅 経由 天橋立駅  鉄道 開通 観光化促進 右手に海  《車窓》▼向かいに山▼ 山の右裾に松並木▼伊根はどっち! 伊根へ行きたいんですけど  伊根ってこっちなの!? はははは▼  阿蘇かい 海を名乗ってます 砂州が出来る前は入り江 つまり海だったのでしょう、約5 km²(約500ha)の潟湖 周囲15km  松並木約4km、 10kmばかり遠回り になります  ▼ 、▼ 足利時代、丹後を訪れ絵を描かれた、当時トップのお坊さんの画家さんがいらっしゃいました  雪舟さんです   天橋立絵図   ▼ 丹後守護所があって 篭神社 成相寺 それらがあるのが対岸なんです、 これからそこへ回ります  消防署交差点▼大工場 《車窓》▼ 右折▼  日本冶金大江山工場 冶金とは! ▼  関東大震災 消化器具とかけて潜水艦と解く、その心は!!  川  《車窓》▼ ▼▼岩滝市街地 《車窓》 野田川  ※ 野田   このあたりが、『最後の一色』の主戦場。▼ 野田,ノダ、湿地、、水用語、今回企画のキーワード     ▼▼ 丹後縮緬の町です ここが、山間部の村々、離農離村される方々を受け入れた、そのための町作りがされたところです 土地に封建的に縛り付けられていた、その米作りも大型化、山間農村は対応不可。新しい時代の仕組みに適応する、離村しか無かった。▼この町に多い名字、糸井、ピンと来ませんか、もと阪神! 与謝の海支援学校▼ 《車窓》 おかしい 地元の人でも、悩んでいる、、阿蘇の海でしょう▼ 与謝の海は松並木の向こう側 なぜだ▼、、わたしもわかりません、、▼朝眼を覚ましたら、海が二つに、だった、と言うこと ここが ヒントかな、つまり、初めは、与謝の海、あえて仮説!▼、▼ここから、雪舟さんの画かれた丹後守護所、国分寺、篭神社という中世ワ▼ールドになります、 篭神社 《車窓》 ナンバー神社 丹後一の宮 国司が一番に  江戸になって藩主、一番にご挨拶にがここ。  ▼格式別格一番 主祭神火明り命 海部系図と鏡 亀に浦島さんも。▼海の海流は、高速道路みたいなもの 海を操る渡来系文化を携えたかただったようですね。 高石海岸 《車窓》 天橋立絵図   、島を二つ、雪舟さん,画いてらっしゃいます、▼ 右 前方に見える 島なのです▼ あの島のお隣さんが野室、伊根なのです。あの島を意識しながら海岸を北上しますね▼渡来文化 濃厚   日置の庄 《車窓》▼ 丹後風土記残欠に  丹後の国 日置の庄 ここ 風土記残欠はさらに▼筒川の里に 人あり、名を浦島太郎。つまり 筒川の里というのは、古代伊根なんです  崖 海 《車窓》 滑走路のような道から 左 崖  右 海 間 岩ごろごろ わたしは丹後親知らず子不知海岸と呼んでいる、、伊根街道の不思議①です 左折  《車窓》▼ 波見、→ 言葉は変らない・漢字は変る 言葉の意味が変る あかんじゃん! はみ、はみ、はみ谷、どんな漢字!!元々めちゃパワー」の意味らしいですよ(^.^) 海星公園▼日置橋立ビュー▼10;05 着 地元参加者などと合流▼▼ ※2006年8月の開園▼、自然と共生する持続可能な暮らしの体験・学習の場とすること、▼さらに丹後地域の広域レクリエーションや観光振興に応えることを目的。  あれ!?▼ポイント▼《二部》 《無い物ねだりはしない ある物を活かす 》▼ 2005年3月13日の宮津市との合併をめぐる伊根町住民投票。投票率は80.23%、賛成941票(47%)、反対1,050票(52%。)▼ 「合併論議では町内を二分する激しい論争があり、住民投票で反対が上回った。結果を重く受け止め、単独の町として生きることを決意した。」 海星公園10;10 発▼  車中にて結団交流 挨拶と予定確認 ▼スタッフ紹介▼ 参加者交流 司会 野木公園長▼▼ さて お願い ▼今日のツアーのお題▼「丹後  伊根・上世屋 に 自然、人、生業を訪ねる」▼①   湾 → 外海 → 海が見えなくなる そんな海の見え方▼② 遠い山 → 迫る山 → 谷の山 山の距離       ▼③  海 → 河口 → 川 → 沢 川 ▼⑤ 港 → 集落 → 道路沿いの暮らし → 山の暮らし 人の気配   ▼④   舟屋・漁業 → 集落・農地 → 森林 土地利用 ▼ こういう変化にとんでいます、▼石垣、橋、田んぼ、放棄された農地、雑木林、崩れた斜面、小さな社▼ 「変なもの」いっぱい! その何だろ、なぜだろう、それは、科学の入▼▼り口なんですって、そういう過程を踏む、発達には大事▼こういうのを、はやりの言葉でSSH(スーパーサイエンス)する というんですって(^.^)▼「今日は、小学生のお子さんの目を借りたいと思っています。大人はすぐ▼答えを知りたがりますからね。(^.^)」今日は小学生のお子さんが(^.^)、▼お子さん目線で見てくだされば、、ね。  波見・長江《車窓》 再び  左 崖  右 海 間 岩ごろごろ 親知らず子不知② ▼長江 《車窓》→ ▼▼▼ 二つの「親知らず子不知海岸」、、その間にハミの谷、,侮れない気がしませんか 巨大ななにかが、、、▼海岸にいる白い鳥、これは? うーん どこ見分ける?▼どっちかな、、そして、どこで子育てしてるのでしょうか▼、、答えは おいておきましょう、 舟屋群《車窓》→▼ 昭和6年から昭和15年にかけて整備された道路を挟んで、海側に舟屋、山側に主屋・蔵が並ぶ現在の景観が形成  冠島・沓島・新井の里▼パノラマ観望▼ 10;30 着▼ 10;40 発 冠島・沓島 13km ▼▼「火明かり命 奥の院 ここから、入り江に入ってここで、なんというか一旗揚げようというか成功されたということなんですって。▼天橋立ワールドの起点はここだと思いませんか(^.^)▼▼岸でみた白い海鳥たち、彼らが子育てをするのはここなんです。▼漁師にとっては、魚を追う目印であり、荒れた海から逃れる場所でもありました。島に神を祀り、豊漁や海上安全を祈りました。▼近代になると、同じ島が軍事拠点にもなりました。▼伊根町か,いえ、舞鶴市▼▼同じ島なのに、見る立場によって、こんなに違う顔を持っている。▼もろもろの面からただの無人島ではないんです。▼人間がこの島とどう関わってきたか、そのすべてを含めて、次の世代に伝えることが大切なのではないでしょうか。 この里、有名なスポーツ選手でていますよ、全国女子駅伝中学生区間、初めの頃活躍した石倉君。この坂道が鍛えたんです!!▼新井は、漁業の村、と思う、なので崖に発達したと。山ぎわに里がある、そこが始まり、上げ という、漁法が発達したのでそこから、浜へ降りていって里を作った。 泊→津母・油屋→▼ 《車窓》 屋号 アブラ屋 油って何だと思います?▼ (※境界 校区▼畑 柵 網 さて、これは? なら、なぜ? サルと常緑広葉樹林 野室 10;55着▼▼   11;40発▼ 野室「赤米・隠したんぼ」探究&田んぼ作業 ▼▼野室水道井戸で下車▼2013年(平成25年)4月1日現在「11世帯・33人」の生活をまかなっている▼▼《伊根町のもう一つの姿》▼ 昭和50年、1975年の伊根町には、4,283人が暮らしていました。▼ それから50年。2025年の人口は1,861人。▼  伊根を訪ねる人は、舟屋の風景に魅せられてやって来ます。▼ けれど、町の人口は、半分以下になりました。▼  ▼ 山があって、水があって、田んぼがあって、そこで育った米が、海辺の酒蔵でお酒になる。そして、そのお酒が伊根の名を、遠くまで運んでいく。▼海だけでは、伊根はわからない。舟屋だけでも、伊根はわからない。▼山の水を受け止める田んぼがあり、米を育てる人がいて、その米の個性を引き出そうとする酒造りがある。▼しかも、古代米という古いものを、現代の知恵で新しい酒にしている。▼古いものを守ることと、新しいものを生み出すことは、対立しないんです。▼こういうところを、私たちは伊根に、そして野室に見なくてはいけないのでしょう、ね! 津母→ 《車窓》▼泊→ 《車窓》▼六万部→ 《車窓》▼朝妻 → 《車窓》▼大原 → 《車窓》 さて、これからもう一度、伊根の舟屋、向井酒造さんを訪ねます。▼▼津母、泊、六万部、朝妻、大原……。▼小さいですけれど、肩を寄せ合うように固まった里が、車で走っていると、なんだか数珠のようにつながって見えますね。町で連なっているのは名前だけ!!……(^.^)▼▼そういう数珠ごとに巨樹 お宮さんやお寺にね▼丹後の巨樹を探して、高校生たちと道のないところまで歩いたことがあります。 ざっと数えて、3500本ほど。巨樹って▼一本一本の木に、なんだか人の気配があるんですよ。▼たとえば、幹回り3mの木が巨樹。もちろん木は一年に必ず3cm太るわけではありません。でも、仮に一年3cmとすれば、100年分です。▼100年の間、▼その木を見ていた人がいた。中には、わしだと思ってくれと植えて、戦争にいきなった木だ。▼一本一本に、人と土地が一緒に過ごしてきた時間がある。そう考えると、巨樹って、ただ大きな木じゃないんですよ。▼◆泊神社 タブ ◆振宗寺 イチョウ ▼「ここに何があったんだろう?」▼今日も、そんなものを一緒に探す旅をしているんだと思います。▼▼伊根、観光客でいっぱいです。あかいさーん どうしてこんなに大きくなったんですか ▼伊根の舟屋が重要伝統的建造物群保存地区になったのは2005年。▼でもね、「小さい伊根」が、ひょっとしたら残っているかもしれません。▼▼ はい、向井酒造、久仁子さん 待っててくれますよ 伊根。高梨 舟屋お祭りロード▼    11;54着 昭和6年から昭和15年にかけて整備された道路を挟んで、海側に舟屋、山側に主屋・蔵が並ぶ現在の景観が形成 ▼必見▼◆①井戸 吉村屋 横入る▼ 川には見える水の道がある。地下には見えない水の道がある。▼◆②海蔵寺 エドヒガンサクラ 180年 海の一本桜▼ 向井酒造 ▼     12;05着▼    12;40発 ○ 向井久仁子さんは1999年から杜氏を務め、当時は京都府初の女性杜氏として注目される。「伊根の伝統を守っている人が、伝統だけを守っているわけではない。」▼伝統的な生酛・山廃も守りながら、野室・赤米や上世屋無農薬米を使った酒造りにも。 高校跡 サプライズチェーン▼役場 消防分署▼バイパス→ 《車窓》▼ 養老伊根バイパスは宮津市岩ヶ鼻~伊根町平田の延長4.7km。平成6年度に事業着手「平成22年度(2010年度)に全線開通」。▼「古い伊根を守ろう」とする動きと、▼「伊根へ安全・便利に入れる新しい道をつくる」動きが、ほぼ同じ時代に進んでいた。 あれ!?▼ポイント▼《三部》 かってはリゾート構想夢の里、いまポツンと一軒家里▼京都最強の豪雪高原は、チャレンジ7つのエコミュージアム世屋高原 波見の谷→ 《車窓》▼ 12;54 発▼▼▼▼▼▼▼▼▼ゴルフ場→ 《車窓》▼▼▼▼川   左折▼▼ 世屋谷・世屋街道▼ → 《車窓》▼ 波見川▼   支流の谷 親知らず子不知海岸の間の谷にもう一度入りますそして上世屋に向かいます お昼をいただいて 午後メニューです。 ▼ここまでは 海岸にそって 横に 水平に走っていました ▼今度は、縦に走ることになります▼ステージ第三部、、 お題は《エコミュージアム世屋高原 京都最強の豪雪高原に、スクールバス !いまポツンと一軒家、かって「大草原の小さな家」 奇跡・7つのチャレンジ というようなイメージでの案内になります。▼▼ だいら ゴルフ場地形 なんだ この平らさ 異常ですね SSHのネタです(^.^)正面の山 そこを目指します 直線か!ではない▼いったん別の谷に,降りていきます、、 ▼▼世屋谷 せや川です、▼正面川向こうの里から上が、旧世屋村、下世屋、上流に上世屋がある▼世屋川、全長上から見たら8km、横から見たら700m 地形様々で川の博物館みたいな川、、SSHのネタ連発なんですよ、▼ ▼「わずか8kmほどの間に、700m近い高さを降りて海へ行く川なんです」▼ 700m ÷ 8,000m ≒ 8.8%▼▼例えば 漢字でかわ、川、三本線の川、、なんでかがなるほど、と一発でわかる  ▼▼ 崖 異常にきれい ▼ お昼会場に向かいます 案内には 上世屋の獣肉 ▼  なぜいまシカ  メチャメチャ可笑しい!!▼ 京都府宮津市世屋の人口・世帯※2020年▼人口▼93人(男性 48人 女性 45人)宮津市内 10位▼世帯46世帯宮津市内 10位▼面積28.81km²宮津市内 2位▼人口密度3人/km²宮津市内 10位▼※ 子ども ▼10~14歳 1 5~9歳 4 0~4歳 4 上世屋獣肉店・世屋ハウス▼ 13;10 着 ▼ 13;45 発▼▼ 2026年4月公表の環境省推定では、2023年度末の全国のニホンジカは中央値で 約303万頭。 京都府は2020年度の約9.6万頭を基準に、2026年度末に半減 → 約48,000頭を管理目標としていました。ところが、2025年度の事業計画では、依然として年間捕獲目標をメスジカ 15,000頭オスジカ 11,000頭合計26,000頭としています。 和紙工房・いとおかし▼ 13;50 着▼ 14;10 発▼ 、世屋産の楮、福知山・夜久野産の三椏などを使い、原料の栽培・採取から製品づくりまで一貫して行っています。トロロアオイも自ら栽培しています。▼つまり山や畑にある植物 → 繊維 → 紙 → 暮らし、というところまで戻っている。 「そして、この紙をつくっている人も、もともとここに生まれた人ではありません。」「外から来た人が、昔この土地にあった生業に出会って、もう一度、自分の仕事として始めた。」「さて、これは『伝統を守る』ということなんでしょうか。」▼▼「それとも、伝統を次の時代につくり直すということなんでしょうか。」 松尾たんぼ・ウオーク 1km▼▼ 14;20 着▼ 14;55 発▼ ▼▼ ※バス ▼旧汐霧荘入り口に回送待▼機▼ 松尾たんぼ →  圃場整備 機械可能▼ シンボル→ 山の一本桜 溝口平一郎ファミリー記念樹▼ 「土地の記憶・水の順番・田の癖」を持っている超地元人▼▼   加えて 飯尾醸造 ※ 発酵 酢▼    企業 無農薬栽培 酢 まず米 その生育環境 ▼    大豆 ※  発酵 味噌 「世屋味噌」引き継いだ▼  湧水 名の誇り 川が無い のに、米、田んぼ!?謎!!!▼  歩きましょう!その湧水まで!▼ 大撹乱 無くなったものも多い 復活しているものもある▼ 道脇に、超レアー種もある、▼  発見されたら、多様センター永久会員認定ですね▼  岳水 ここの生活 水道代0円 天国 マルヤ農林園 →▼ 15;00 着▼ 15;20 発▼▼▼ こ90歳になったらなにしてらっしゃいます▼ ノダフジ ※野田 ショウブ 紙漉きノリウツギ (サビタ)▼ 再生と新たなチャレンジ、ここは自然共生サイトです。▼かつての湿地棚田。その違いを見ながら、考えてみたいんです。▼田んぼを守るとは、何を守ることなのか。生きものを守るとは、何をすることなのか。そして、この山の暮らしを支えている水は、どこから来て、どこへ向かうのか。▼そのつながりをここで探しているのフィールド探究部、シンボルプラント『サンショウモ』。この保全活動で、日本自然保護大賞を受賞した!▼▼お土産は、ネギ。土付き、土、黒いでしょう、、火山灰、九州鹿児島の鬼 道路情報計測地 《車窓》 京都最強の豪雪高原、京都府の道路積雪情報はここで計測発信、いつもダントツ!2m越える、そんなら行きます、そんな真冬にマイクロバス三台で子どもたち。ユーチューブ『花鳥風月・ぶら丹後』で検索してみてくださいね ノウダ・岡の前→ ▼ 15;25 着・発▼ 15;45 着▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼※小川家玄関ツバメ穴  上世屋周辺は地すべり地形の移動堆積地で、比較的平坦な土地ができた場所です。京都府は上世屋を、棚田と伝統的な民家、周囲の森林が一体となった農村景観として評価し、丹後天橋立大江山国定公園の世屋高原地区の中心的な里山景観として位置づけています。▼▼ ①小川雅道さん▼ 「上世屋生まれ、上世屋育ち。牛を飼いながら米を作ってきた人」▼土地との時間的な厚み。これは移住者には代替できない価値。。▼「土地の記憶・水の順番・田の癖」を持っている超地元人▼+▼移住者が持ち込んだ新しい技術・販路・発想▼+▼飯尾醸造の継続的な需要が重なって、今の上世屋棚田がある。 「小川さんは、ツバメを飼っているわけではありません。」▼「同じ季節の中で、一緒に暮らしているんです。」▼ツバメは田んぼの害虫を食べます。、▼米を作る人↓田んぼ↓昆虫↓ツバメ↓人の家まで、生態系の線が一本になる。環境省も上世屋を、棚田・畦畔・広葉樹林など、人の生活や生業と結びついた里山生態系が維持されている地域として位置づけています▼▼※地名ノウダ 野田 ふけ 湿地 大フケ小フケ  藤織り工房。ののの→▼ 15;45 着▼▼ 16;05 発 保存会で学び、上世屋に移住し、自分の工房を構えて伝承を次の段階へ持っていこうとしている人。▼キャリア▼大学では物理学を専攻。その後、結城紬の地機による製織を4年間学び、愛媛県野村シルク博物館で、糸づくり・染色・製織など絹織物の一連の工程を学び、さらに龍村美術織物でジャカードによる手織り職人を6年間経験。さらに、丹後藤織り保存会の講習会に参加し、30期生として藤織りを習得。そして2018年、保存会員として通っていた上世屋へ移住し、「藤織り工房 ののの」として活動。 世屋高原上世屋休憩所▼ 16;15 発▼▼▼▼▼ 世屋高原の小中学生の学校跡に2011年6月「地域のにぎわい拠点」としてオープン。世屋高原では、学校は単に「教育施設」だっただけでなく、地域の人が集まり、文化を受け継ぐ場所。▼その学校の役割が縮小・終了した後に、▼↓▼空き施設・跡地↓地域資源として再活用↓休憩所・交流拠点↓藤織りなど地域文化の伝承・発信という流れがある。。宮津天橋高校フィールド探究部が、「世屋高原探究拠点」として活用している。 世屋姫飯尾田んぼ▼   16;40 発 サンショウモは水田雑草か! 水田保全実験▼ ▼ 車中にて解団交流 司会 野木公園長▼ 海星公園16;55 着▼   17;00 発   宮津駅 17;35 着 電車18;20 2021年(令和3年)1月に実施された大学入学共通テストの地理の試験問題で、宮津市と北部山間の村の対比を考えるという趣旨の出題がされた、 宮津市と北部山間の村、この間を結んでいるのが天の橋立、この橋は、木の橋でも鉄の橋でも、コンクリートの橋でもありません、砂の橋です、その砂はどこから、、感じていただけたら嬉しいです▼ 「世屋には、93人が暮らしています。そのうち、子どもは9人です。10パーセントは子どもなんで▼子どもは、神さまが人間にまだ絶望していないというメッセージをたずさえて生まれてくる。▼夢の橋を架けるのは子どもたち 、私たち大人も子どもでした(^.^) そのメッセージ、忘れないでいたら、砂の橋は、、個人的にはきっと、「世界遺産」届くと信じています。▼ そして、今日のメインテーマ、豊かな暮らしをつくり、いまは資源循環へ向かおうとしているしかし矛盾も多い、このなかでその全部を含めて、私たちは『自然と共生する』とは何を意味するのか?」 お互いに学ぶものがあったら、嬉しいと思います。▼今日は、ありがとうございました。 」】
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拝読しました。いやあ、これはもう、単なる観光ガイドの原稿ではありませんね。(^.^)

今回の稿で、私がいちばん注目したのは、海から山へ移動する一日の中に、自然・生業・歴史・人間の選択という四つの糸が通り始めたことです。

そして、最後にもう一度、天橋立へ戻ってくる。

そのとき参加者の目には、朝に見た天橋立とは違うものが映っているかもしれない。ここが、この旅の勝負どころです。

今回は、よいところを褒めるだけではなく、10月17日に実際にガイドをする立場から、厳しめの点検も入れますね。

1. この原稿の芯は、もう見えています

私なら、全体を貫く一本の線を、こう整理します。

第1幕 海から丹後を読み始める

宮津・天橋立・阿蘇海・伊根

なぜ伊根へ行くのに、天橋立の向こう側を回るのか。海岸線、砂州、島、集落を通して、丹後の地形を身体で感じてもらう。

第2幕 海の暮らしは、海だけでは成り立たない

伊根・野室・向井酒造

舟屋の町の背後に、山、水、田んぼ、米、酒造りがある。古いものを守ることと、新しいものを生み出すことは両立するのか。

第3幕 山の暮らしは、過去ではなく未来につながる

上世屋・棚田・和紙・藤織り・自然共生サイト

水を受け止める田んぼ、土地を知る人、外から来て技を受け継ぐ人。人間の営みと生態系を、実際の風景の中で読み解く。

終幕 ふたたび天橋立へ

砂の橋から、山・川・海・人のつながりへ

天橋立を大切にするとは、天橋立を生み出した世界を大切にすることではないか。では、その世界を誰が未来へ担いでいくのか。

この構成は強いです。特に、伊根で「海だけでは、伊根はわからない」と知り、上世屋で「山だけでも、山はわからない」と知る。そこから、山と海のつながりを砂州という具体物に結び直せます。

天橋立が、旅の最初の観光名所から、旅全体を理解するための鍵へ変わる。

ここは、ぜひ守りたいところです。

宮津エコツアー · 伊根満開で一杯――これは“海民の歴史を飲む”時間+与謝娘で、― 流域の双星、天の橋立を照らす

2. いちばん厳しく言いたいこと――素材を、少し減らしましょう

原稿には、魅力的な材料がたくさんあります。

  • 雪舟の天橋立図

  • 「伊根ってこっちなの!?」という地理の発見

  • 野田川と「野田」という地名

  • 冠島・沓島の信仰、生態系、軍事利用

  • 野室の田んぼと向井酒造の酒造り

  • 巨樹と土地の記憶

  • 上世屋の和紙、棚田、藤織り

  • シカと人間の関係

  • 自然共生サイトと地域の未来

  • そして、天橋立と世界遺産

どれも面白い。問題は、全部を同じ熱量で話したら、参加者が考える時間がなくなることです。

SSH的な探究の旅なら、ガイドが知識を十個提供するより、参加者が一つの問いを持ち帰る方が、深い学びになる場合があります。

私なら、原稿を三段階に仕分けます。

残す

旅の骨格になる話

「伊根ってこっちなの!?」「海だけでは伊根はわからない」「土地の記憶・水の順番・田の癖」「天橋立を生み出した山・川・海」。

短くする

面白いが、骨格から少し離れる話

地名の語源、人物の経歴、各所の歴史年表など。問いを投げて、詳しい説明は一つか二つに絞る。

予備に回す

時間が余ったときに使う話

巨樹の個別エピソード、地名の仮説、補足の歴史、シカの細かな捕獲数など。参加者の反応を見て取り出す。

ガイド原稿は、書いた量が多いほどよいわけではありません。むしろ、これだけの材料を持っているからこそ、当日は話さないものを選べる。

原稿は豊かに、当日の語りは軽やかに。

これが、今回の仕上げの大きな課題です。

3. 冒頭――「作った秋、盛った秋」は、少しだけ研ぎたい

今の書き出しには、安田さんらしい挑発があります。ただし、「京都は作った秋、丹後は地に根ざした生の秋」という対比は、受け取り方によっては京都の庭園文化を下げてしまいます。

そして、今回の朱雀の庭の発見を考えると、京都と丹後を対立させるより、両方の秋を入口にして、自然と人間の関係を考える方が、むしろ構想に合っています。

例えば、こんな具合です。

 

秋、真っ盛り。紅葉の都からお越しですね。

京都には、人の手で磨き上げられた、美しい秋があります。

そして丹後には、山や田んぼ、海辺の暮らしの中に現れる秋があります。

どちらが上という話ではありません。

今日は、丹後を代表する海辺の町・伊根と、山の里・上世屋を訪ねます。

そこで、自然と人間が、どのように向き合い、どのように暮らしをつくってきたのか。

皆さんと一緒に考える一日になればと思っています。

今日一日、お付き合いください。

エコツアーガイドの安田です。よろしくお願いします。

これなら、京都から来た参加者を歓迎しつつ、丹後ならではの風景へ視線を導けます。

そして、冒頭で全部を説明しないことも大切です。「自然と人間のバランスを考える旅です」と宣言するだけでなく、参加者自身が一日の終わりに、その意味を発見できるようにしておく。

4. 車窓案内――「あれ!?」は、今回の武器です

「あれ!?」という印が、原稿に何度も出てきますね。これは、とてもよい発想です。

ガイドが一方的に説明するのではなく、参加者の頭に小さな疑問をつくる仕掛けです。

例えば、宮津から伊根へ向かう車窓。

「伊根へ行きたいんですけど……伊根って、こっちなの!?」

ここで笑いが起きたら、そのあとに説明を詰め込まない。

「地図で見ると近そうでも、実際に行こうとすると、海と山が行く手を決めています。今日は、その地形を身体で感じながら進みます」

これで十分、次の景色を見る目ができます。

同じように、世屋川では、

「上から見たら約8キロ。横から見たら、約700メートル降りる川です」

という表現が印象的です。川を地図上の線として見るのではなく、山の高さや斜面と一緒に考えられる。

ただし、川の長さと高低差は、どの地点からどの地点までを測った数字なのか、事前に確認しておきたいですね。

もう一つ。小学生の目を借りたい、という部分はぜひ残してください。

「変なものがいっぱいあります。石垣、橋、田んぼ、放棄された農地、小さな社。『あれ、何だろう?』『なぜだろう?』。そんな疑問が、科学の入口です。今日は小学生のお子さんの目を借りたいと思っています。大人は、すぐ答えを知りたがりますからね(笑)」

ただし、SSHは本来「スーパーサイエンスハイスクール」の略です。「SSHする」は安田さんの遊び心ある表現として使うなら、最初に「今日は、勝手にSSHする旅と呼んでいます」と一言添えると、誤解がありません。

そして、問いを出したら、すぐに答えない。参加者が実際に見たり、考えたりする間をつくる。ここが今回のガイドの腕の見せどころです。

5. ここは特に強い――野室から向井酒造へ

野室のくだりは、今回の原稿の中でも、かなり完成度が高い部分です。

山があって、水があって、田んぼがあって、そこで育った米が、海辺の酒蔵でお酒になる。そして、そのお酒が伊根の名を、遠くまで運んでいく。

この文章には、山と海をつなぐ具体的な道筋があります。

「山も海も大切です」と抽象的に語るのではなく、米と酒という目に見えるものを介して、両者がつながる。これは強い。

そして、

古いものを守ることと、新しいものを生み出すことは、対立しないんです。

この一文も残したい。

ただ、ここは少しだけ、参加者に考える余地を渡す形にもできます。

「古代米を使った新しい酒造り。古いものを守ることと、新しいものを生み出すことは、対立するのでしょうか。それとも、古いものがあるからこそ、新しいものが生まれるのでしょうか」

問いかけてから、向井酒造の実践に触れる。

その方が、ガイドの結論を聞くだけでなく、参加者が自分で考え始めます。

また、人口の話は重要ですが、野室の2013年の世帯・人口と伊根町の1975年・2025年の人口は、統計の出典や集計基準をそろえて確認しておきましょう。数字を並べるときには、同じ種類の統計なのかを明確にする。それだけで、語りの信頼性が上がります。

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6. 巨樹の話――「100年分」は、言い換えましょう

ここは、惜しい!

幹回り3mの木が巨樹。もちろん木は一年に必ず3cm太るわけではありません。でも、仮に一年3cmとすれば、100年分です。

巨樹の話そのものは、とてもよい。けれども、幹周の成長速度は樹種や環境によって大きく異なります。単純な計算で、幹回り3メートルが100年分だとは言えません。

それよりも、こんな語りの方が、安田さんの伝えたいことに近いと思います。

幹回り3メートル以上の木は、一般に巨樹と呼ばれます。

でも、幹の太さだけでは、その木が何歳なのかは分かりません。

私が巨樹にひかれるのは、太いからだけではないんです。

その木が、ここで過ごしてきた時間。

その木を植えた人がいたかもしれない。
その木を見上げてきた人がいた。
戦争に行く前に、その木を植えた人もいたかもしれない。

一本一本の木に、人と土地が一緒に過ごしてきた時間がある。

そう考えると、巨樹って、ただ大きな木じゃないんですよ。

「戦争に行く前に植えた木」の具体的な話は、実際にそのような言い伝えや記録がある木に限って使いましょう。確認できていなければ、「そういう思いを託して植えた人もいたかもしれません」と可能性として語るのがよいです。

それから、巨樹を3500本ほど調べたという経験は、数字の根拠や調査範囲を聞かれたときに説明できるようにしておくと安心です。

7. 上世屋――この旅の核心が、ここにあります

上世屋に入ってからは、素材が豊かで、安田さんの経験と観察が生きています。

特に、次の三つは互いに補い合っています。

  • 土地の記憶・水の順番・田の癖――長く暮らしてきた人の知恵。

  • 和紙や藤織りに挑戦する移住者――外から来た人が、土地の文化を次の時代へつなぐ営み。

  • 棚田・畦畔・森林・生きもの――人の暮らしと切り離されていない里山の生態系。

ここには、「昔の暮らしをそのまま保存する」という話に収まらない、現在進行形の地域の姿があります。

小川さんのように土地の時間を知る人がいる。一方で、和紙や藤織りを自分の仕事として受け継ごうとする人もいる。そして、その仕事や暮らしが、田んぼや森林、生きものとの関係の中にある。

この三者を、単に別々の見学先として紹介するのではなく、一つの地域を、異なる立場から支えている人たちとして見せたいですね。

例えば、藤織り工房では、長い経歴をすべて説明する必要はありません。

「保存会で学び、上世屋に移り住み、自分の工房を構えた人がいます。外から来た人が、土地に残る技を学び、ここで仕事として続けている。これは伝統を守ることなのか。それとも、伝統を次の時代につくり直すことなのか」

これで、十分に深い問いになります。

そして、子どもたちに伝えたいのは、地域が衰退しているという話だけではないはずです。

「人が減っている。だから、もう駄目だ」ではなく、「この場所にあるものを、誰が、どうつないでいけるだろう」。

地域の課題を見せながら、地域の可能性も同時に見せる。

このバランスを大切にしたいです。

8. 事実関係で、出発前に確認したい箇所

原稿の説得力を守るため、以下は確認をおすすめします。現時点で誤りと断定するものではなく、断定的な表現をする前に裏付けを取っておきたい箇所です。

原稿の箇所

点検したいこと

織田信長の丹後侵攻(1578~79年)

信長の命令・政治的関与と、実際の丹後での軍事行動を区別する。

野田・ノダ=湿地、水に関する言葉

地名の語源は仮説として扱い、確定した語源のようには語らない。

阿蘇海の名前の由来

「朝起きたら海が二つに」という説明は、面白い仮説として提示する。確立した語源説とは区別する。

雪舟の天橋立図に描かれた島と野室

絵図の島の比定や野室との関係は、確かな根拠がある部分と解釈を分ける。

籠神社と冠島・沓島

「奥の院」という伝承、祭神、信仰の歴史を区別して説明する。

親知らず子不知海岸の「巨大な何か」

地形を見て生まれた問いとしては魅力的。ただし、特定の地形形成過程を断定するなら根拠が必要。

シカの全国推定303万頭、京都府の管理目標

推定値と実測頭数、管理目標と実際の捕獲数を区別する。数字の対象年度も明示する。

大学入学共通テストの地理

2021年の実際の問題文と出題趣旨を確認してから紹介する。

特に、籠神社と冠島・沓島についての「天橋立ワールドの起点はここ」という言葉は、ガイドの解釈としては面白い。ただし、歴史的事実として断定するのではなく、

「私は、天橋立を生み出した世界を考えるとき、この海の島々も大切な手がかりだと思っています」

と語れば、安田さん自身の視点が生きます。

また、シカの全国推定値は、環境省が公表した2023年度末の中央値約303万頭という推定値です。これは実際に数えた頭数ではありません。京都府の管理目標についても、目標値と実際の生息数を混同しないことが大切です。

和紙づくりと上世屋の暮らしの智慧|一般社団法人Tangonian

(↑ 和紙づくりと上世屋の暮らしの智慧|一般社団法人Tangonian

9. そして、最大の実務課題――時間です

ここは、遠慮なく申し上げます。

現状の訪問先と時刻をすべて維持したまま、書かれている内容を十分に話すのは、かなり厳しいと思います。

特に午後です。

  • 13:10~13:45 昼食

  • 13:50~14:10 和紙工房

  • 14:20~14:55 松尾たんぼウォーク(約1km)

  • 15:00~15:20 マルヤ農林園

  • 15:25~15:45 ノウダ・岡の前

  • 15:45~16:05 藤織り工房

  • 16:15~16:40 世屋高原上世屋休憩所など

  • 16:40~16:55 世屋姫飯尾田んぼから海星公園へ

この日程には、乗降、移動、駐車、トイレ、説明、参加者からの質問、予定外の発見に使う時間が十分に含まれていないように見えます。松尾の1kmウォークも、歩く速さや観察の回数によって所要時間が変わります。

私なら、次の三つを優先します。

  1. 現地でしか見られないものを優先する。 和紙づくり、棚田、水の流れ、藤織りなど、実物との出会いを大切にする。

  2. 車窓で説明できるものは、車窓で短く扱う。 事前に「ここで話すのは一言だけ」と決めておく。

  3. 最後のまとめの時間を削らない。 海星公園で参加者が一日を振り返る時間は、できるだけ確保する。

最後に海星公園へ16:55に着き、17:00に出発する計画では、解団交流をする余裕がほぼありません。最後の問いを大切にするなら、どこかの訪問先で時間を調整する必要があります。

10. 最後の言葉――「世界遺産に届く」と言い切るか

原稿の終わりにある、

子どもは、神さまが人間にまだ絶望していないというメッセージをたずさえて生まれてくる。

これは、ぜひ残してほしい言葉です。

一方で、「夢の橋を架けるのは子どもたち」と続けると、未来への責任を子どもたちに託すようにも聞こえます。子どもたちが夢を描ける世界を用意するのは、まず大人の役目。その視点が少し加わると、言葉がさらに深くなります。

また、世界遺産への思いは大切ですが、参加者に「世界遺産に賛成してもらう」ことを最後の目的にしなくてもよいと思います。まず、天橋立の見方が変わること。その先に世界遺産の夢がある。

締めくくりは、例えばこうです。

今日は、海から山へ、丹後を巡ってきました。

伊根では、海だけでは見えない暮らしがありました。
上世屋では、山の水が田んぼを潤し、米を育て、和紙や藤織りの仕事につながっていました。

そこには、長くこの土地で暮らしてきた人の知恵があり、新しくこの土地にやって来て、仕事を始めた人の挑戦もありました。

では、自然と共生するとは、どういうことなのでしょう。

昔の暮らしに戻ることだけではないでしょう。
自然を守ると言って、人の暮らしを切り離すことでもないでしょう。

山も、川も、海も、そこで暮らす人も。
そのつながりを見つめながら、これからの地域を考えていくことなのかもしれません。

世屋には、2020年の数字で93人が暮らしていました。そのうち、15歳未満の子どもは9人です。

私は、こんなふうに思うんです。

子どもは、神さまが人間にまだ絶望していないというメッセージをたずさえて生まれてくる。

では、私たち大人は、そのメッセージに応えられているでしょうか。

今日、天橋立を見たとき、これまでとは少し違うものが見えるようになっていたら、うれしいです。

あの砂州を生み出した山や川、海の動き。
そこに暮らしてきた人々の歴史。
そして、これからの地域を担っていく人たち。

天橋立を大切にすることは、天橋立を生み出した山も、川も、海も、そこに生きる人々の営みも、一緒に大切にしていくことではないか。

私は、そんな天橋立の見方を、次の世代に手渡したいと思っています。

今日の旅が、そのことを考える小さなきっかけになったなら、うれしいです。

一日、お付き合いいただき、ありがとうございました。

宮津エコツアー · 「海の京都丹後の巨樹ものがたり 改訂版」 ご案内とお願い

最後に、今日の原稿への私の結論です

安田さん、今回の稿は、素材を増やす段階から、素材をつなぎ、選び、参加者に手渡す段階に入ってきたと思います。

これからは、説明をさらに足すよりも、三つのことを意識するとよさそうです。

  • 参加者に何を見てほしいのか。

  • そこで何を疑問に思ってほしいのか。

  • その疑問を、最後にどう天橋立へ結び直すのか。

そして、冒頭の「伊根ってこっちなの!?」から、最後の「天橋立を大切にするとは何か」まで、一日を通して一本の問いが流れていればよい。

天橋立を見せるのではなく、天橋立が見える目をつくる。

そこに、安田さんのガイドの独自性があると思います。

おみこしには担ぎ手がいる。

その担ぎ手を増やすために、まずは参加者一人ひとりが、自分の目で丹後を見つける。

今回のツアーは、そのための一日になり得ます。あとは、勇気を持って、少し削りましょう。(^.^)

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