宮津エコツアー · 三徳山と天橋立は、「逆向き」の世界遺産候補~「比較研究」「主題設定」「資産構成」という宿題~ 天橋立を世界遺産に 122

三徳山と天橋立は、「逆向き」の世界遺産候補~「比較研究」「主題設定」「資産構成」という宿題~ 天橋立を世界遺産に 122

【鳥取県の三徳山投入堂、ここも、国内リスト入りを目指していらっしゃいますね、天橋立も。地形と文化、参考にできる部分もあるかとおもいました、両者を比較しながら、分析解説くださいな】
三徳山三佛寺・投入堂 (国宝)(鳥取県) | 【ロケ地 検索】全国ロケーションデータベース

はい、これはかなり参考になります。
しかも両者を並べると、「世界遺産を目指すとき、地形と文化をどう一つの価値にするか」という問題が、かなり鮮明に見えてきます。

まず現在の位置関係を確認すると、三徳山-信仰の山と文化的景観-も、天橋立-日本の文化景観の原点-も、文化庁の現在の正式な暫定一覧表そのものには入っていません。ただし両者とも、2000年代の文化庁審査で「暫定一覧表候補」として扱われた経緯があります。三徳山は2008年に「候補の文化資産」とされ、天橋立も同じく候補案件として位置づけられてきました。

そして、ここからが面白い。

三徳山と天橋立は、「逆向き」の世界遺産候補に見える

私はこう整理すると、とても分かりやすいと思います。

三徳山・投入堂 天橋立
地形 急峻な山・断崖・岩窟 砂州・湾・海岸・河川
人間の行為 岩壁に建築を置く 砂州を眺め、渡り、利用する
宗教 修験・神仏習合 籠神社・成相寺・智恩寺など
景観 「山そのもの」が聖地 「山・海・砂州」の関係が景観
身体性 登る・這う・岩を越える 歩く・眺める・股のぞき
核となる問い なぜ、ここに建てたのか? なぜ、ここに砂州が生まれたのか?
文化の発生源 地形が修行を規定する 地形が信仰・芸術・暮らしを誘発する

三徳山は、地形が極端に強い。

標高約900m、安山岩・凝灰角礫岩からなる急峻な北斜面。その岩質の境界にできた天然の窪みを利用して投入堂が建てられています。つまり、あの建築は「美しい山にたまたま建った」のではなく、地質・岩盤・断崖そのものが建築の形を決めている。

これは非常に強い。

地形 → 行場 → 建築 → 信仰

という一本の因果線が見えるんです。


一方、天橋立は「地形 → 景観 → 文化」が広がっていく

「日本三景」 ― 浮世絵に描かれた「松島」「天橋立」「宮島」を比較してみた | Goin’ Japanesque!

(↑「日本三景」 ― 浮世絵に描かれた「松島」「天橋立」「宮島」を比較してみた | Goin’ Japanesque!)

天橋立では逆に、

山から流れてきたもの
↓
河川
↓
阿蘇海・宮津湾
↓
沿岸漂砂
↓
砂州
↓
人が見る
↓
神話・信仰・絵画・文学・観光

という、広域のシステムになります。

だから投入堂のように、

「この岩窟、この建築、この行場」

と一点へ収束させるのが難しい。

天橋立はむしろ、

「この景観はいったい、どこから来たのか?」

と問うと、どんどん外へ広がってしまう。

世屋へ行く。
野田川へ行く。
阿蘇海を見る。
籠神社へ行く。
成相寺へ行く。
伊根へ行く。

……そして「バッファゾーン、どうする?」問題が発生する。(^.^)


ここで、三徳山の世界遺産検討がものすごく参考になります

文化庁が2008年に三徳山について指摘した課題が、実は重要です。

三徳山について、

「山岳修験の場として急峻な地形と独特の意匠・構造を持つ建築との調和」

は高く評価しました。

しかし同時に、

顕著な普遍的価値の証明が不十分

として、

世界史的・国際的な視点から、修験道や「聖なる山」の全体像を比較研究し、主題設定や資産構成を検討する必要がある

としています。

これ、天橋立にもかなり響きます。

つまり、

「投入堂はすごい!」

だけでは世界遺産の論理にならない。

「日本の修験の山とは何なのか。その中で三徳山は何が違うのか」

まで言わなければならない。


これ、天橋立にもそのまま置き換えられます

「天橋立は美しい!」

では足りない。

さらに、

「日本三景だから重要!」

でも足りない。

では、

「日本の文化景観の原点として、天橋立には何があるのか?」

となる。

ここで安田さんがずっと掘っている、

地球・山・川・海・砂・信仰・絵画・文学・暮らし

が効いてくる。

つまり、

三徳山

「聖なる山」という世界的なテーマの中で三徳山を位置づける。

天橋立

「自然が生んだ景観が、人間の信仰・芸術・文学・暮らしをどう生み出したか」というテーマの中で天橋立を位置づける。

という比較ができます。


そして、三徳山には「身体で理解する」という強みがある

ここ、安田さんには特に参考になると思います。

三徳山の日本遺産ストーリーは、投入堂を「見る」だけにしていません。

行者道を、

宿入橋
↓
カズラ坂
↓
願掛けの石段
↓
馬の背・牛の背
↓
文殊堂
↓
地蔵堂
↓
投入堂

と身体で進む道として構成しています。

そしてその全体を「六根清浄」という宗教的意味につないでいる。

これ、天橋立の観光・教育に置き換えると、かなり面白い。

天橋立も、

見る → 歩く → 渡る → 股のぞき → 寺社 → 海を見る

だけでなく、

見る
↓
歩く
↓
砂を見る
↓
海を見る
↓
川を知る
↓
山へ上がる
↓
湿地を見る

という**「天橋立を逆向きに歩く行」**ができる。

これはまさに安田さんの構想ですよね。


そして「コア・バッファ問題」にもヒントがあります

三徳山は、実は「投入堂だけ」を世界遺産的価値として扱っているわけではありません。

三徳山全体が、

山岳地形
+ 行場
+ 建築群
+ 森林
+ 信仰
+ 三朝温泉

という関係で語られています。

文化庁の文化遺産データベースでも、三徳山は史跡・名勝として、山岳・岩石・洞穴・峡谷・滝・河川などを含む面的な資産として指定されています。

そして日本遺産ではさらに、三朝温泉、行者道、精進料理、三徳豆腐などまで物語につないでいます。

ここに、安田さんが先ほど気づかれた、

コアとバッファをどう結ぶか

のヒントがあります。

「外側だからバッファ」ではなく、
「コアの意味を成立させる関係だから外側にも価値がある」

という考え方です。


だから、投入堂と天橋立を比較すると……

私はこういう一行にします。

投入堂は「地形の中に建てられた文化」。

天橋立は「地形そのものが文化を生んだ景観」。

これはもちろん比較のための私の整理ですが、かなり核心を突いていると思います。

投入堂では、

岩が建築を受け止めた。

天橋立では、

山と川と海が砂を生み、人間がそこに意味を見いだした。

だから三徳山は、

「この岩壁だから、この建築、この修行、この信仰」

という垂直型の文化景観。

天橋立は、

「この山、この川、この海、この砂州だから、この景観、この信仰、この芸術、この暮らし」

という水平・流域型の文化景観。

……と見えてきます。

そしてここからが、私は一番大事だと思います。

三徳山が天橋立の先生になるのではない。

むしろ、

三徳山の世界遺産検討が「地形と文化をどう一つの価値にするか」の教材になる。

天橋立は、その教材を使って、自分自身の「山―川―海―砂―人」という別の構造を発見する。

そして、文化庁が三徳山に課した「比較研究」「主題設定」「資産構成」という宿題は、天橋立にもそのまま効いてくる。

ここで安田さんの

「世界遺産・天の橋立と仲間たち!」

が、急に世界遺産論としても意味を持ってきます。

「仲間たち」は単なる周辺観光地ではない。

天橋立というコアの意味を成立させる、山・川・海・信仰・暮らし・人の関係そのもの。

……つまり、三徳山を見れば見るほど、先ほどの「バッファゾーンの霧」が、少しずつ晴れてくる気がします。(^.^)

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