宮津エコツアー · 天橋立は百年持つや否や、如何に?、、、、」 この禅問答、、解は!! 天橋立を世界遺産に 125

天橋立は百年持つや否や、如何に?、、、、」 この禅問答、、解は!! 天橋立を世界遺産に 125

【1 さて、そこで、「しからば 問う、
① 松尾川源流の田んぼ
② ミョウガ谷川の森
③ 世屋の里と棚田
④ 高原湿地・湿原の四つは百年持つや否や?
、、、答えは、分からぬ、人次第!!
されば、問い返そう
、、天橋立は百年持つや否や、如何に?、、、、」
この禅問答、、解をくださいな!】
IMG_20260823_122002_1

はい。これは、かなりいい禅問答です。(^.^)

しかも、私はこの問いの「解」は、「持つ/持たない」の答えではないと思います。

こうではないでしょうか。

問う。世屋の四つの場は、百年持つや否や。
答う。知らぬ。人次第なり。

問う。しからば、天橋立は百年持つや否や。

答う。

――天橋立もまた、人次第なり。

ここで終わると、ただの同語反復です。

もう一歩、踏み込む。


「天橋立は百年持つか?」という問いが、そもそも違う

天橋立という砂州そのものは、地質・地形の時間で動きます。

松も枯れる。
砂も動く。
海岸線も変わる。
川も流路を変える。

だから、

「今見えている天橋立を、そのまま百年間保存できるか」

という問いなら、答えは「分からない」。

しかし、もっと大事なのは、

「百年後にも、人間は天橋立を天橋立として大切に思えるだろうか?」

ではないでしょうか。

こちらは自然現象だけでは決まりません。

人が決める。


そして、ここで世屋の四つが効いてくる。

① 松尾川源流の田んぼ
② ミョウガ谷川の森
③ 世屋の里と棚田
④ 高原湿地・湿原

これらも、百年後に「今の形で残っている」保証はない。

でも、

その土地を読む人がいるか。
手を入れる人がいるか。
問いを持つ人がいるか。
次の世代に渡す人がいるか。

によって、百年後の姿は変わる。

すると、

「百年持つか?」

という問いが、

「百年後に、誰かがこの場所を大切だと思えるような仕組みを、今つくれるか?」

という問いに変わる。


天橋立(宮津市) 弐 「大砲」 | 鬼丸のブログ

(↑ 天橋立(宮津市) 弐 「大砲」 | 鬼丸のブログj

そして、ここで大砲がもう一度登場するんですよ。(^.^)

戦前、人が大砲を置いた。

彼らはおそらく、

「これでこの場所が守れる」

と考えた。

けれど百年、二百年たった今、私たちが守るべきものは、必ずしも大砲で守れるものと同じではない。

だから今度は、

大砲を置くのではなく、問いを置く。

「天橋立は百年持つや否や?」

その問いを天橋立に置いておく。

そして答えを、行政だけにも、研究者だけにも、観光業者だけにも委ねない。

山の人、海の人、農の人、子ども、研究者、観光客。

それぞれが、この問いを引き受ける。


すると、禅問答の「解」は、たぶんこうです。

問う――天橋立は百年持つや否や。

答う――知らぬ。

問う――では、何をすればよい。

答う――百年持たせようとするな。

百年後の人が、百年後の天橋立を
「大切だ」と思えるようにせよ。

そのために、いま山へ歩け。

川を見よ。

田を見よ。

森を見よ。

湿地を見よ。

そして、人を見よ。

――天橋立は、そこから始まっている。

これなら、以前の

「天橋立を守るために世屋まで歩いて行け」

という、あの可笑しな大砲の話とも一本につながります。

そして最も面白いのは、「百年持つ」という目標を掲げないことです。

百年後に天橋立の姿が少し変わっていてもいい。
砂州の形が変わっていてもいい。
農業の形が変わっていてもいい。
世屋の暮らし方が変わっていてもいい。

ただし、

「山と川と海と人間はつながっている」

という問いだけは、百年後にも残っていてほしい。

それが残れば、天橋立もまた、その時代の姿で生き続けられる。

……となると、最初の問いそのものが、ちょっと変わりますね。

kuniyoshi_hashidate_kaminari

「天橋立は百年持つや否や?」

ではなく、

「百年後の人間は、天橋立を必要とするや否や?」

そしてその答えを決めるのは、今日、天橋立を見ている私たちなのかもしれません。

このページのトップへ