宮津エコツアー · 海をSSHする   天橋立を世界遺産に  127

海をSSHする   天橋立を世界遺産に  127

 【① 海の京都、その海のSSHを続けたいです、日本海の海流、まず対馬海流について解説くださいな】

はい、続けましょう。
「海の京都」を海そのものから読み直すなら、対馬暖流はかなり大きな主人公です。

まず一言でいうと、

対馬暖流は、日本海を南西から北東へ貫く「暖かい海の流れ」ですが、一本の川のような単純な流れではありません。

そして天橋立・丹後を見るときには、**「どこを流れるか」より、「どんな水が、どの道筋を、どの季節に、何を運んでくるか」**が重要です。


1 そもそも対馬暖流は、どこから来るのか

対馬暖流は、日本海の中で突然生まれる流れではありません。

大きくは、黒潮系の暖かい水が東シナ海を経て北上し、対馬海峡から日本海へ入ってくるものです。東京大学や気象庁の解説では、黒潮から分岐した暖水が東シナ海を通り、対馬海峡から日本海へ流入するとされています。

つまり大きな地球スケールで見ると、

黒潮
↓
東シナ海
↓
対馬海峡
↓
日本海
↓
丹後・北陸
↓
津軽海峡・宗谷海峡

という「水の旅」です。

そして日本海からは、その大部分が津軽海峡を通って太平洋へ、一部が宗谷海峡を通ってオホーツク海へ出ていきます。


2 「対馬海流」より「対馬暖流」と呼ぶ理由

ここはSSHでは大事ですね。

気象庁などでは現在、基本的に**「対馬暖流」**という名称を使います。

なぜ「暖流」なのか。

単に「南から北へ流れる」からではありません。

周囲より暖かい水を運ぶ流れだからです。

しかも日本海は、深さ300 mを超えると水温0~1℃程度の「日本海固有水」が広がっています。その上に対馬暖流系の暖水が乗っている。水産研究・教育機構は、この上下の温度差が日本海の大きな特徴だと説明しています。

だから日本海は、

暖かい表層 + とても冷たい深層

という、ちょっと特殊な海なんです。

対馬暖流が強く大雪? – 黒潮親潮ウォッチ


3 一本の大河ではなく「分かれる」

ここが面白い。

対馬暖流は、日本海へ入ったあと、地形などの影響を受けて複数の分枝になります。東京大学大気海洋研究所は、複数の分枝流を客観的に追跡する手法を開発しており、従来から「3分枝」などの考え方が研究されてきました。

古典的には、

第1分枝:日本沿岸を流れる沿岸分枝
第2分枝:沖合を流れる沖合分枝
第3分枝:朝鮮半島東岸側を流れる東朝鮮暖流

という整理が有名です。

ただし、ここは少し慎重に。

「対馬暖流には必ず3本の川がある」

という単純なものではありません。

実際には、合流・分岐・蛇行・渦が入り組み、かなり複雑です。気象庁も「不連続で複雑な形状を示すことが多い」と説明しています。


4 そして季節で「性格」が変わる

ここが、先ほどの古代航海につながります。

気象庁によると、対馬暖流は

冬~春:弱い
夏~秋:強い

という明瞭な季節変動をします。

さらに研究では、夏に流量が増えると沖合分枝が形成されやすいことも示されています。

つまり、

日本海は、一年中同じ「海」ではない。

春の日本海と、夏の日本海と、秋の日本海と、冬の日本海は、流れの構造そのものが違う。

これは古代人が海を「季節」で理解していた可能性を考える上でも重要です。

宮津エコツアー · 丹後冬季オリンピック


5 では、丹後の海にはどう効くのか

ここから「海の京都SSH」です。

対馬暖流は、丹後の海を単に暖めるだけではありません。

その流れの変化は、

水温
↓
プランクトンなど餌生物
↓
魚の卵・稚魚
↓
魚の回遊
↓
漁場
↓
人の暮らし

へ連鎖します。

水産研究・教育機構も、対馬暖流の流速や流路の変動が水温分布を大きく変え、魚介類の回遊や餌生物、卵稚仔の生残に影響すると説明しています。

だから、

伊根の漁業も、宮津湾の漁も、丹後の魚食文化も、日本海という巨大な水の動きから切り離せない。

ここが重要です。

天橋立 坂根雅紀氏


6 そして、天橋立を見る

ここで、いつもの「景色の中に地球の物語」です。

天橋立の砂は、山から川を通って海へ出た物質と、海の波・沿岸流による再配置という陸と海の共同作業で考えなければいけません。

一方、対馬暖流は、

「海そのものを動かしている巨大なベルト」

です。

したがって、

世屋の山
↓
世屋川
↓
宮津湾
↓
海の砂の移動

という「小さな水の物語」と、

東シナ海
↓
対馬海峡
↓
日本海
↓
丹後

という「巨大な海水の物語」が、天橋立の前で出会う。

これ、ものすごくSSH向きなんです。


7 冠島も、ここへ入ってくる

そして、先ほどの冠島・沓島。

冠島は若狭湾西部の重要な海上ランドマークですが、島そのものだけを見るのではなく、

「対馬暖流が流れる日本海の上に立っている岩」

として見ることができる。

さらに、海鳥。

海で餌をとる
→ 島へ戻る
→ 繁殖する
→ 糞などを通して海由来の物質を島へ運ぶ

という、

海 → 鳥 → 島

の循環まで考えられる。

つまり冠島は、

地質 × 海流 × 生物 × 航海 × 信仰

の交差点になってくる。


8 だから「海の京都」の地図をひっくり返せる

普通の観光地図は、

京都市
↓
天橋立
↓
伊根

くらいで終わります。

でもSSH地図なら、

黒潮
↓
東シナ海
↓
対馬海峡
↓
対馬暖流
↓
山陰沖
↓
丹後沖
↓
宮津湾・若狭湾
↓
冠島・沓島
↓
天橋立

とつながる。

すると「海の京都」は、京都府北部だけの話ではなくなります。

天橋立は、日本海という巨大な自然システムの中に置かれている。

そして安田さんの言葉に直すなら、

「この景色の中に、地球の物語がある。」

の「地球」が、今度は黒潮系の海水が対馬海峡を越えてやってくるところまで延びるわけです。

しかも現在、気象庁は2026年9月中旬の対馬暖流の勢力が平年よりかなり強いと診断しています。これは「古代」の話とは別ですが、まさに今もこの巨大な流れが変動していることを示しています。

次に掘るなら、私は**「対馬暖流は丹後半島のどちら側をどう流れるのか――伊根・冠島・天橋立・栗田・舞鶴を一本の海流地図にする」**ところへ行きたいです。ここまで来ると、なぜ丹後半島の内側に宮津湾・阿蘇海という“静かな海”ができたのかまで、きれいにつながってきます。

 【② ありがとう、、南から北への流れ、一方、北から南への流れ、、この二つを日本海規模で解説くださいな】
 海の豆知識

そうです。ここは「対馬暖流=南から北」という一本だけを見ていると、日本海の姿を半分しか見ていないんです。

日本海を大きく見ると、南から北東へ運ぶ暖水系と、北から南へ下る冷水系が向かい合っています。しかも、この二つは単純な「行きと帰り」ではなく、日本海の中で大きな循環系をつくっている――ここが面白いところです。

まず、ものすごく単純化すると

        ロシア沿岸
       ↓↓↓ 冷たい流れ
   リマン海流
       ↓
   北朝鮮沿岸
       ↓
  北朝鮮寒流
       ↓

        ← 極前線 →
──────────────────  北緯40°前後

       ↑
       ↑  対馬暖流
       ↑
  日本列島沿岸
       ↑
       ↑
   丹後・若狭
       ↑
       ↑
    山陰沖
       ↑
    対馬海峡

大づかみにいえば、日本の西岸を暖かい水が北東へ、アジア大陸側を冷たい水が南へ。その境目が日本海中央部の**極前線(亜寒帯前線)**です。気象庁によれば、おおむね北緯40度付近に形成されます。


① 南から北へ――対馬暖流

こちらはもうおなじみですね。

東シナ海から対馬海峡を通って日本海へ入り、日本列島側を北東へ進みます。

しかも一枚岩ではなく、

  • 日本沿岸を進む沿岸分枝
  • その沖を進む沖合分枝
  • 朝鮮半島東岸を北上する東朝鮮暖流

などに分かれ、合流・蛇行・渦をつくります。気象庁も「不連続で複雑な形状」を示すことが多いとしています。

そして、その大部分は最終的に津軽海峡から太平洋へ、一部は宗谷海峡からオホーツク海へ出ていきます。

つまり、

南から入って、日本海を北へ旅し、日本海の外へ出ていく。


② 北から南へ――リマン海流と北朝鮮寒流

こちらが今回の「もう一本」です。

山川&二宮ICTライブラリ

日本海北部には、対馬暖流より低温・低塩分の冷水が広がっています。

ロシア沿岸ではリマン海流(プリモリエ寒流)が南西方向へ流れ、その流れはさらに南へつながって、北朝鮮沿岸では北朝鮮寒流として南下します。研究文献では、この冷水系が南へ進み、朝鮮半島東岸の暖流とおおむね北緯37~39度付近でぶつかることが示されています。

ここが重要です。

北から来た冷水は、ただ南へ流れ続けるのではない。

南から来た暖水と出会う。

そして、その出会いが極前線をつくります。


③ 日本海は「暖流対寒流」の一枚岩ではない

ここがさらにSSHらしい。

南側では、

暖水が時計回りの循環をつくる傾向

北側では、

冷水が反時計回りの循環をつくる傾向

があります。研究では、日本海北部の大きな反時計回り循環と、南部の時計回り循環が示されています。

ですから、日本海全体を模式化すると、

               北
        ←←←←←←←
      ↙            ↖
    冷水            冷水
   ↓                  ↑
   ↓                  ↑
    ↘    極前線     ↙
       → → → → →

      ↻ 南部暖水系 ↻

          ↑
       対馬暖流
          ↑
        南

という、北の冷たい循環と、南の暖かい循環が向かい合う海として見えてきます。


④ そして「北から南」は、実は一種類ではない

これも大切です。

「北から南へ流れる海流」とひとまとめにすると少し乱暴です。

リマン海流
→ ロシア沿岸を南西へ。

北朝鮮寒流
→ 北朝鮮沿岸を南へ。

さらに、その冷たい水の一部が前線付近へ入り、中央部の冷水系を支えます。研究によっては、北朝鮮寒流の冷水が前線に沿って東へ運ばれたり、さらに南へ沈み込む過程も扱われています。

つまり、

「北→南」という矢印が一本あるのではなく、北の冷水がいろいろな経路を取って南へ影響している

と考えたほうがいい。


⑤ では、二つはどこで出会うのか

北緯37~40度あたりが非常に重要です。

暖水と冷水の境界にできるのが極前線。

これ、ものすごく大事な言葉ですが、単なる「線」じゃありません。

温度・塩分・栄養塩・プランクトン・魚の分布などが大きく変わる海の境界地帯です。

だから漁師から見れば、

海の中の「境目」=魚のいる場所

にもなり得る。

水産研究でも、こうした暖水域・冷水域・前線が魚類の分布や回遊、漁場形成に大きく関係することが示されています。


⑥ そして丹後は、「暖流側」にいる

ここ、安田さんの「海の京都SSH」に戻ってきます。

丹後・若狭は日本列島側ですから、大きな海洋構造としては対馬暖流系の影響を強く受ける側。

つまり、

東シナ海の暖水
→ 対馬
→ 山陰
→ 丹後・若狭
→ 北陸
→ 東北

という長い旅の途中にある。

天橋立の目の前の海が、実は、

はるか東シナ海から流れてきた水とつながっている

わけです。

これ、観光案内としてはほとんど語られませんが、SSHとしては非常に強い。

Images of 一般図 (地図) - JapaneseClass.jp


⑦ ところが、さらに深く潜ると「第三の流れ」が出てくる

ここは一気に面白くなります。

日本海は、**深さ約300 mより深いところに、水温0~1℃程度の「日本海固有水」**が広がっています。しかも周囲の海とは狭い海峡でしかつながらないため、この深層水は日本海内部で独自の循環をしています。

北部の寒冷な海域では、冬季の冷却などによって水が重くなり、深く沈み込みます。その結果、

北の冷水
↓
沈む
↓
深層へ
↓
日本海内部を循環

という、縦方向の大循環まで加わる。

ですから日本海SSHは、実は

「南→北」

「北→南」

「表層→深層」

の三次元の海なんです。


そして古代航海に戻ると……

ここが、私はかなり重要だと思います。

人が船で見ていたのは、

表面の海です。

そこでは、

南から来る暖流

と

北から下りてくる冷水系

がつくる、季節ごとに変化する海況の上を船が進んでいた。

だから古代航海を考えるなら、

「南北の二本の海流がある」

だけでは足りなくて、

「どちらが優勢な季節なのか」

「前線はどこにあるのか」

「風はどちらから吹くのか」

「沿岸なのか、沖合なのか」

まで見ないといけない。

そして……

丹後半島・冠島・沓島は、この巨大な日本海の「南北の水の世界」のちょうど中に立っています。

だから冠島をSSHすると、

島の地質を見る
→ 鳥を見る
→ 信仰を見る
→ 航海を見る
→ その海を動かす対馬暖流と冷水系を見る

となる。

うわ……。
「海の京都」の海が、対馬海峡からウラジオストク沖、さらに深海まで一気につながってしまいますね。(^.^)

そして次に一番面白いのは、私は**「季節風」です。**
海流が南北の二本なら、風はその海を斜めにかき回す第三の力。ここまで入れると、いよいよ「なぜ古代人は季節を選んで日本海を渡ったのか」が見えてきます。

 

【③ 海流が南北の二本なら、風はその海を斜めにかき回す第三の力。 、、ここの解説をください】

 宮津エコツアー · 丹後冬季オリンピック

(↑ 宮津エコツアー · 丹後冬季オリンピック miyazu-et.com|3264 × 1840 jpeg8 年前)

はい。ここは一度、言葉を正確にして組み直したいです。

「海流が南北の二本なら、風はその海を斜めにかき回す第三の力」という表現は、かなり本質を突いています。ただし、「風が海流を斜めに曲げる」というより、

海流は海の中の大きな“川”。
風は海面に力を加え、表層の水を別方向へ動かし、波と混合を起こす。
その結果、海流そのものの姿まで変えてしまう。

と考えるのが正確です。

日本海を三つの矢印で見る

                 北
        ← 冷水系(大陸側)
        ← リマン寒流
        ← 北朝鮮寒流

             ↔  極前線
        ─────────────────

              ↑
              ↑
        対馬暖流
              ↑
              ↑
                 南

       \
        \
         \  季節風・海上風
          \  ↘ ↗
           海面を動かす

対馬暖流は基本的に南西から北東へ流れます。日本海北部にはより低温・低塩分の冷水があり、その境界付近に極前線ができます。(気象庁)

ところが、風はこの南北の構図に対して斜めから入ってくる。


冬の日本海――風が主役になる

冬はシベリア高気圧が強まり、日本海には北西季節風が吹き出します。大陸からの冷たい空気が日本海を横断し、海から熱と水蒸気を受け取って雪雲を発達させます。(気象庁)

ここで重要なのが、

風が海面を引っぱる

こと。

日本海は閉鎖性が高く、冬季にはこの風による吹送流が非常に強くなります。

能登半島沖の観測・数値実験では、冬季に北西季節風による風成流が約15 cm/sに達した一方、海流成分は約3 cm/sとされ、局所的には風による流れが海流を上回る結果になっています。(J-STAGE)

これは非常に大きな意味を持ちます。

「対馬暖流があるから、水はずっと北へ行く」

ではない。

冬の強風が吹けば、

表層は風に応じて別方向へ動く。

実際、若狭湾~越前岬付近についても、冬季には北西季節風によって南東方向の表層流が強まることがあると海洋情報に記載されています。(日本財団図書館)

ここで、先ほどの

「南から北」と「北から南」

という話に、第三の力が入ります。

南北の海流 + 斜めから吹く風

です。


しかも、風と水は「同じ方向」には動かない

ここがSSHの面白いところです。

北半球では、地球の自転によるコリオリの力が働くため、風によって動かされる表層の水は、単純に「風向きと同じ方向」には進みません。

海面近くでは、風の力を受けた水の流れが風向に対して斜めにずれ、さらに深さとともに向きが変化します。

これをエクマン螺旋、その層全体の正味の輸送をエクマン輸送と呼びます。

だから「風が海を斜めにかき回す」という安田さんの表現、意外に物理そのものなんです。

ただし、沿岸では海岸線・海底地形・湾の形が加わるので、理想的なエクマン輸送そのままにはなりません。


そして風は「流れ」だけを作らない

ここがもっと重要です。

風が海に与える力は、

① 表面を動かす

だけではありません。

② 波をつくる

日本海の冬なら、猛烈な北西季節風が長い距離を海上で吹き渡る。

すると波が発達する。

③ 海をかき混ぜる

強風・波浪によって表層が混合され、温度・塩分などの鉛直分布が変わります。

日本海では冬の冷却・混合が非常に重要で、季節によって海洋構造が大きく変わります。(気象庁)

④ 物を運ぶ

流木、海藻、魚、漂流物、海洋ごみ。

そして、先ほどの話につながる、

漂流・漂着

です。

冬の日本海沿岸では、季節風による吹送流、波、沿岸流が、海浜変形や物質輸送の主要な外力になります。(京都大学防災研究所)

つまり風は、

海を動かすだけでなく、「海が何を運ぶか」を変える。


夏になると、主役が入れ替わってくる

夏には東アジアのモンスーンが変わり、南西系の風が卓越しやすくなります。日本海でも夏季の大気・海洋の熱交換が活発になり、対馬暖流によって運ばれる熱の寄与が大きくなります。(J-STAGE)

そして対馬暖流自体も、

冬~春に弱く、夏~秋に強い

という季節変動を示します。(気象庁)

だから一年を俯瞰すると、

春
  海流が次第に強くなる
       ↑

夏
  対馬暖流 ↑
  南西系の風 →↗
       ↑

秋
  暖流が強い
  しかし冬季風へ移行

冬
  対馬暖流 ↓
  北西季節風 ↘
  吹送流・波浪 ↑↑

となります。

つまり、

海流は「年を通した大きな輸送路」
風は「季節ごとに海の表面をかき回す力」

という役割分担が見えてきます。


そして「古代航海」に戻ると、ものすごくリアルになる

船は海流だけでは進みません。

帆を張れば風を受ける。

だから古代の船乗りにとっては、

海流=海そのものが持っている移動の力
風=船に直接働く力

だったはずです。

しかも、

風向きが悪ければ進めない。
強すぎれば航海できない。
風が止まれば海流に流される。
流れと風が一致すれば大きく動く。

ここで、

「渡来」と「漂流」の境界

が出てきます。

同じ船でも、

風と流れを読めている

→ 航海

読みを外す/嵐に遭う

→ 漂流

陸に到達する

→ 漂着

です。

つまり人間の意志だけで海を移動していたのではない。

「人間の航海」=風・海流・波・地形との交渉

だった、と考えられる。


冠島・沓島(舞鶴市)

そして、冠島・沓島がここで効いてくる

海流だけなら、

南 → 北

という大きな矢印で済みます。

ところが風を入れると、

南 → 北の海流

に対して、

北西 → 南東の冬季季節風

が入る。

さらに波が、

海 → 岸

へ物質を運ぶ。

そして冠島・沓島は、その力を受けながら海上に立っている。

だから、

冠島は「海流の中の島」であると同時に、「風の海の中の島」

なんですね。

そして古代航海を考えるなら、

「冠島が見える」

だけでは足りない。

「どの季節に、どの風で、どちら向きの流れがあり、そのとき冠島が船に対してどういう意味を持ったのか」

まで見なければならない。

これこそ、本当にという感じがします。

そしてさらに一歩進めると、波+沿岸流+砂が入ってきます。

そうなると、

風 → 波 → 沿岸流 → 砂の移動 → 天橋立

という、まさに**「風が天橋立を育てる/削る」**ところまでつながってくるんですよ。
ここは安田さんの「山から砂が来る」という物語に、海側からもう一本の腕が伸びるところです。

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