「この土地を見つめてきた人たちは、何を感じ、何を歌い、何を次の人に渡してきたのか」 天橋立を世界遺産に135
2026年10月3日 in 世屋・高山ガイド部会 by yasuda | No comments
ああ……そういうことでしたか。(^.^)
天橋立も、世屋の里山も、長江の浜も、本庄の浜も、みんな同じ歌を歌っている。
それが、安田さんのいう「小さな花の歌」なのですね。
浜辺に立てば、砂がある。
山に入れば、土がある。
川をたどれば、水がある。
田んぼには、人が手を入れてきた時間がある。
そして、その一つひとつに、小さな生きものや草花が暮らしている。
一見、別々の景色です。でも、流域という大きなつながりの中で見れば、どれも同じ物語の一節になる。
「小さな花の歌」は、花だけの歌ではない。
山の水も、川の石も、浜の砂も、そこに暮らす人も、みんなが参加する歌。
だから、天橋立の白砂青松も、上世屋の棚田も、長江の浜も、本庄浜も、単独の名所として切り取るのではなく、流域の歌として聴くことができる。
そして、ここが大事だと思うのです。
流域のソウルソングは、誰かが作曲したものではない。長い時間をかけて、自然と人が一緒に歌ってきたもの。
その歌は、いつも同じ旋律ではありません。山の荒れ方も、川の流れも、海岸の姿も、人の営みも変わる。
だからこそ、歌い継ぐには、耳を澄ませ、変化を感じ取り、次の世代に手渡す人が必要になる。
10月17日のツアーも、そう考えると、少し違って見えてきます。
伊根の舟屋で、海辺の暮らしの節を聴く。
世屋川をさかのぼり、山の水と田畑の節を聴く。
上世屋で、森や棚田に残る、人と自然の長い掛け合いを聴く。
ガイドは、歌の意味を一方的に解説する人ではなく、参加者がそれぞれの耳で、その歌を聴き始めるきっかけをつくる人なのかもしれません。
そして、安田さんの言葉を借りれば――
天橋立を守ることは、天橋立だけを守ることではない。 その歌が生まれ、今も歌われている流域を大切にすること。
うん。これは、単なる自然観察のテーマを超えていますね。
「小さな花の歌」――流域のソウルソング。
この言葉、10月17日のガイドの心の中に、そっと置いておくとよさそうです。 説明のための標語にするより、参加者と一緒に景色を見ているとき、ふと口をついて出る。そんな言葉として。(^.^)
ああ……それは、ものすごく大事な背景ですね。
つまり「小さな花の歌」は、安田さんが今になって流域の物語に重ねた比喩ではなく、半世紀前に、上世屋を見つめた若者たちとの出会いの中から、実際に生まれた歌なのですね。
そうなると、「流域のソウルソング」という言葉の意味が、ぐっと深くなります。
作詞作曲=黒坂正文さん。
舞台=上世屋。
出会い=上世屋を見つめる子どもや青年たち。
時間=約50年。
そして今、安田さんが天橋立から世屋川をさかのぼり、上世屋を見つめ直している。
なんだか、50年前の歌が、いまもう一度歌い始めているようです。
しかも面白いのは、これが「自然保護のために作られた歌」というだけではないところでしょう。
人が上世屋を見つめる。
上世屋が人に何かを返す。
その出会いから歌が生まれる。
歌が人から人へ渡る。
そして50年後、別の人がその土地を見つめ直す。
これはまさに、人と土地の交流そのものが文化になるという話です。
だから、
「小さな花の歌」――流域のソウルソング。
という言葉は、かなり強い。
天橋立を「地形」として見るだけでもない。
里山を「生物多様性」として見るだけでもない。
長江や本庄の浜を「砂浜」として見るだけでもない。
その全部を、
「この土地を見つめてきた人たちは、何を感じ、何を歌い、何を次の人に渡してきたのか」
という、人間の時間まで含めて読むことができる。
そして10月17日。
バスで伊根から世屋川を上って上世屋へ向かうとき、もしどこかでこの歌の話をされるなら、私はむしろ詳しい解説をしすぎない方がいいと思います。
例えば、
「実は、この上世屋を見つめた子どもや青年たちとの出会いから、50年ほど前に一つの歌が生まれました。
『小さな花の歌』という歌です。」
そして少し間を置いて、
「今日は、皆さんにも、この土地が何を歌っているのか、ちょっと耳を澄ませてもらえたらと思います。」
……これだけでもいい。
そこから車窓を見る。
山。
川。
田んぼ。
家。
森。
浜。
そして参加者が、
「ああ、これも歌の一節なのか」
と思ったら、もうSSHが始まっています。
そして何より――
50年前に上世屋を見つめた子ども・青年たち。
今、上世屋を見つめる私たち。
そして50年後、ここを見る子どもたち。
この三つの時間が一本につながります。
それこそ、安田さんがずっと言ってきた**「百年持つや否や」**という問いにも、静かにつながってきますね。
天橋立を百年同じ形に保存できるか、だけではない。
百年後の人が、この土地を見て、何かを感じ、何かを歌いたくなるか。
……「小さな花の歌」、思っていた以上に大きな歌ですね。(^.^)
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
《アーカイブ》
2012年9月26日 in 世屋・高山ガイド部会 by yasuda | No comments (edit)
2012/09/26
「民俗学者故宮本常一氏の激励を受け、全国各地を歩き、地球環境や生活をテーマにした歌を歌い続ける。北は利尻島から、南は沖縄までその数は3,700回にのぼる。」というフォークシンガー黒坂正文さん。そのコンサートで必ず演奏される「小さな花の歌」は、1976年3月31日 上世屋・旧自治会公民館(寄宿舎)で誕生しました。
小さな花の歌 黒坂正文 詩・曲
小さな花こそ 大切に育てよう
小さな花こそ 美しく咲くのだから
ああ 僕の育った村は 小さな村だけど
ツリガネソウが 谷間に咲く 美しい村だった

小さな夢こそ 毎日あたためよう
明日は 今日よりは あたたかくなるのだから

ああ 僕の育った村は 何もない村だけど
みんな 日焼けした顔で とり入れを待っていたんだ
大きな言葉が 小さな言葉を踏みつけて
小さな命を 奪って逃げてった

ああ 僕の育った村は 何もない村だけど
メダカ ヌマエビ ミズスマシが 幸せに生きていたんだ
小さな花のついた ハンカチを君にあげよう
小さな花がいっぱい ここに育つように
ああ 僕の育った村は 小さな村だけど
ツリガネソウが 谷間に咲く 美しい村だった
楽譜は「http://kamiseya.main.jp/index.html」 「おいで一緒にイン上世屋」で検索いただけます
。、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
これは……かなり重要な一次資料に近い記録ですね。
しかも、先ほどの「流域のソウルソング」という私たちの言葉に、実際の歌詞と成立場所が入ってきたことで、意味が一段変わりました。
まず、この記録から確実に読めることがあります。
「小さな花の歌」は、上世屋そのものから生まれている
2012年の安田さんの記事によれば、黒坂正文さんの「小さな花の歌」は、
1976年3月31日、上世屋・旧自治会公民館(寄宿舎)で誕生した。
そして歌の中には、
- 小さな花
- 谷間のツリガネソウ
- 小さな村
- 稲の取り入れを待つ人々
- メダカ
- ヌマエビ
- ミズスマシ
- 小さな命
- 小さな夢
が出てくる。
これ、ものすごく面白いです。
「自然保護」という言葉を前面に出した歌ではないのに、生物多様性・農・暮らし・人間の尊厳・小さな集落の価値が、全部一つの歌の中に入っている。
しかも、
大きな言葉が 小さな言葉を踏みつけて
小さな命を 奪って逃げてった
という一節がある。
ここまで来ると、「小さな花」は単なる植物の比喩ではないですね。
小さな村、小さな夢、小さな命、小さな花。
「小さいものこそ大切にする」という思想が、歌全体を貫いている。
そして「自然、人、生業」という10月17日のテーマに、そのまま重なる
京都府生物多様性センターの今回のテーマは、
丹後 伊根・上世屋に自然、人、生業を訪ねる
でしたね。
ところが、1976年に上世屋で生まれた歌を聴くと、
自然=ツリガネソウ、メダカ、ヌマエビ、ミズスマシ
人=日焼けした顔の人々
生業=稲の取り入れ
暮らし=小さな村
となっている。
つまり、
50年前の歌が、今回のツアーのテーマをすでに歌っている。
これはかなりすごい。
そして「流域のソウルソング」という言葉
ここで一つ、私は少し言い換えたくなりました。
「小さな花の歌」は、
上世屋の歌
であると同時に、
上世屋から世屋川を下って海まで届く歌
なのではないか。
もちろん、これは歌の成立史についての事実ではなく、今の私たちがこの歌を流域全体の物語として読むための解釈です。
でも、その読み方には地理的な根拠があります。
上世屋の谷間で咲く花。
そこに降る雨。
田んぼ。
小さな生きもの。
世屋川。
そして海。
その先には長江の浜も、本庄浜も、阿蘇海も、天橋立もある。
だから、
小さな花の歌は、上世屋で生まれたけれど、私たちはそれを流域全体で聴くことができる。
この言い方なら、とても自然です。
そして「SSH」とつながる
ここが、安田さんらしいところだと思います。
参加者に歌詞を「解説」する必要はない。
むしろ、
「1976年、今から50年前に、この上世屋で一つの歌が生まれました。」
と伝える。
そして、
「歌の中には、どんな生きものが出てくるでしょう?」
と問う。
メダカ。
ヌマエビ。
ミズスマシ。
では、
「なぜ、この三つが歌われたのでしょう?」
そこから、
田んぼなのか。
水路なのか。
湿地なのか。
当時の上世屋にはどんな水辺があったのか。
今はどうなっているのか。
……となる。
歌が、調査の入口になる。
これこそSSHです。
そして、最後にハンカチ。
小さな花のついた ハンカチを君にあげよう
小さな花がいっぱい ここに育つように
この「ここ」は、1976年には上世屋だった。
では50年後の2026年、私たちにとって「ここ」はどこなのか。
上世屋だけなのか。
世屋川流域なのか。
伊根まで含む丹後なのか。
あるいは、天橋立まで含む一つの流域・海域の世界なのか。
ここで参加者に答えを与えず、
「皆さんにとって、“ここ”はどこでしょうね。」
と残したら……
これはかなり強いガイドになると思います。
50年前に生まれた歌を、50年後の人間が聴き直す。
そして次の50年へ渡す。
「百年持つや否や」の問いまで、静かにつながりますね。(^.^)
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