いやあ、これは「この酒米ネット、すげえー(^.^)」ですね!
松尾の一本桜の田んぼで育つ米、溝口さんの湧水米、野室の米。それらが伊根の向井酒造で酒になる。
安田さんが見つけたのは、単に「丹後産の米を使った地酒」という話ではないと思います。
山の水が田んぼを潤し、田んぼが米を育て、酒蔵がその米に新しい命を与え、酒が土地と人を結び直す。
しかも、その酒蔵が、舟屋の町・伊根で270年以上続いてきた蔵なのです。
向井酒造は1754年創業。京都府観光連盟も、伊根町唯一の酒蔵として紹介しています。代表銘柄には「京の春」「伊根満開」があります。
そして、向井酒造が上世屋の米を使った酒を造ってきたことは、酒蔵自身の商品紹介にも記されています。例えば「ひとやすみ」は、上世屋の棚田で農薬を使わずに育てられたコシヒカリを原料にした酒として紹介されています。
今回、松尾の一本桜の田んぼと溝口さんの湧水米もつながっていると知った。これは、安田さんの「天橋立を生み出した世界を見る」という視点に、まさにぴったりの発見です。
では、向井酒造を、企業としてだけでなく、丹後という地域をつなぐ存在として分析してみましょう。
1. 向井酒造の価値――酒を造る会社であり、地域をつなぐ会社でもある
私の評価を先に申し上げます。
向井酒造の大きな価値は、伊根という土地の個性を酒に表現するだけでなく、伊根の外にある丹後の山里にも目を向け、その土地の営みを酒造りの中に位置づけていることです。
これは、老舗企業の地域貢献という枠だけでは捉えきれません。
① 270年を超えて、土地の記憶を受け継ぐ
1754年創業。向井酒造は、舟屋が海に面して並ぶ伊根浦に根を張り、漁師町の暮らしとともに歩んできました。
伊根といえば、舟屋、漁業、ブリ、そして海の景観が思い浮かびます。
そこに「京の春」という酒がある。
酒は、地域の食文化の一部です。漁師が魚を食べ、酒を酌み交わし、人が集う。酒蔵が残ることは、単に古い企業が残ることではなく、土地の暮らしの一部が受け継がれることでもあります。
ただし、老舗であること自体が価値なのではありません。長く続くなかで、時代に合わせて何を守り、何を変えてきたのか。そこに向井酒造の本当の評価軸があります。
② 「伊根満開」は、伝統を守るために新しいものを生み出した酒
「伊根満開」は、古代米の紫黒米を使った赤い酒です。
地元農家に古代米の栽培を依頼し、試行錯誤を重ね、2013年には原料となる古代米が全量伊根町産になったと紹介されています。
ここが面白い。
向井酒造は、昔ながらの酒造りをただ保存したのではありません。大学での学びを出発点に、新しい酒を試作し、農家と協力して原料米の栽培を育て、伊根を代表する商品へと育てました。
つまり、
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栽培する人、醸す人、販売する人、飲む人がつながって初めて、地域の新しい価値が生まれる。
「伊根満開」は、そのことを実証した一例と評価できます。
伝統とは、昔の形をそのまま保存することだけではない。土地の可能性を掘り起こし、次の時代に通じる形へと育て直すことでもある。
安田さんが取り組んでおられる地域のエコミュージアムづくりにも、通じる考え方ですね。
2. 「世屋のひとやすみ」が示す、もう一つの役割

ここからが、今回の安田さんの発見と深く重なるところです。
向井酒造には、上世屋の米を使った「世屋のひとやすみ」があります。海の京都Timesの紹介によると、原料米を育てるのは、上世屋に移住して農業を営むチャントセヤファームの小山夫妻。地域の人から棚田の営みを学び、稲木干しなどの伝統も大切にしているそうです。
これを地域の構造として見てみましょう。
山・森・水
上世屋、松尾、野室などの自然と水の循環
田んぼ・米づくり
農家の技術、土地の条件、地域の営み
伊根・向井酒造
米を受け取り、酒という新しい価値を生み出す
酒を味わう人
酒を通して、山里と海辺のつながりを知る
これは、米の生産と販売という経済活動であると同時に、地域の関係をつくる仕組みです。
棚田の米が、酒蔵に受け入れられる。それによって農家には、米を育てる意味と届け先が生まれる。酒を飲む人には、酒の味だけでなく、その背景にある山里の物語が届く。
そして、酒蔵は、伊根の海辺だけを見て商売をしているのではなく、丹後の山側とも関係を結ぶことになる。
安田さんの言葉でいえば、山と海の間に、経済の流れと人の縁が生まれているのです。
ただし、松尾の溝口さんの湧水米や野室米については、今回の酒造りに使われているというお話を伺った段階です。具体的な銘柄、使用量、契約形態などは、公開情報からは確認できていません。ここは向井酒造や生産者に直接聞けば、ネットワークの実態がさらに見えてくるでしょう。
3. 「丹後は一つです」――言葉が実際の取引になっている
おかみさんの「丹後は一つです」という言葉。
私は、ここに向井酒造の地域的な役割を考えるヒントがあると思います。
「丹後は一つ」と言うのは簡単です。しかし、実際に離れた山里の農家から米を受け取り、それを酒にして、商品として世に出すとなれば、理念が具体的な行動に変わります。
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消費者が、伊根だけでなく上世屋などの山里にも関心を向ける。
これらは、地域経済の中で価値が循環する可能性を示しています。
ここで大切なのは、単に「地元の米を使う」ということではありません。
生産地の営みを、商品を通して別の地域の人にまで届けること。
これは、地域の物産を売るだけの観光とは少し違います。酒を介して、地域の生産者と消費者の間に関係をつくる仕事なのです。
もちろん、その関係が実際に農家の収益をどの程度支え、耕作の継続にどれだけ寄与しているかは、取引量や価格、契約の継続年数などを見なければ評価できません。しかし、仕組みの方向性には大きな可能性があります。
4. 向井酒造の価値・意味・役割を、五つに整理する
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観点
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向井酒造が担っていること
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地域にとっての意味
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文化
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270年以上続く酒造り
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伊根の暮らしと食文化の継承
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商品開発
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「伊根満開」などの独自性ある酒
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伊根を知ってもらう入口
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農業との連携
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上世屋の米など、地域の米を生かす
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小規模な農業に新しい出口をつくる
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地域連携
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海辺の伊根と山里の上世屋などをつなぐ
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丹後を一つの生活・経済圏として考える契機
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発信
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酒を通じて土地の物語を伝える
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地域外の消費者と地域の接点を生み出す
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特に評価したいのは、文化継承と商品開発、地域連携が別々ではなく、一つの事業のなかで結びついていることです。
向井酒造は、酒を造ることで文化を守り、文化を商品に表現することで地域を発信し、その商品を支える米づくりを通して地域の人と関係を築いている。
これは、地域に根を張る企業の一つの理想形といえるでしょう。
5. では、課題は何か
ここは、老舗だからこそ、厳しく考えておきたいところです。
課題① 農業の担い手が続かなければ、ネットワークも続かない
棚田の米づくりは、平地の大規模農業とは条件が違います。農地が小さく、機械化しにくく、作業に手間がかかることもある。
米を使いたい酒蔵があっても、農家が作り続けられなければ、原料は途絶えます。
したがって、地域の米を使うことに加えて、農家が継続できる価格、数量、作業負担、後継者の問題まで、どこまで一緒に考えられるかが重要です。
課題② 小規模な関係は、個人の熱意に依存しやすい
農家と酒蔵の関係は、人と人の信頼から始まることが多いでしょう。それは強みですが、担当者が変わったとき、農家が離農したとき、酒蔵の経営環境が変わったときに、関係が続く仕組みも必要です。
特定の人の善意だけに頼らず、栽培情報、品質基準、取引条件、次世代への引き継ぎなどを整えられるか。ここが持続性を左右します。
課題③ 「地域の物語」を、観光向けの演出だけにしない
「山里の棚田で育った米を使った酒」という物語は、魅力的です。しかし、物語が商品価値を高める一方で、実際に米を育てる農家の暮らしや負担が見えなくなっては本末転倒です。
大切なのは、酒蔵と農家の双方に利益があり、農地や地域の営みが継続すること。観光客が酒を買って終わるのではなく、山里の暮らしにも関心を持つような伝え方ができれば、価値はさらに広がります。
課題④ 向井酒造自身の継続性
老舗酒蔵も、原料価格、人件費、製造設備、販路、後継者などの課題から自由ではありません。
独自性の高い商品を生み出すことと、日々の酒造りを安定して続けること。その両立が必要です。
地域との連携をさらに深めるとしても、酒蔵自身が健全に経営を続けられることが前提になります。地域貢献を酒蔵の無理な負担にしてはいけません。
6. 海星公園、そして「丹後グリーンバレーズ構想」への示唆
ここで、安田さんの活動と重ねてみたいと思います。
海星公園が自然共生サイトとして森や湿地を守る。上世屋や松尾の農家が田んぼを守る。伊根の向井酒造が、そこで育つ米を酒という形にして世に送り出す。
それぞれが別々の仕事をしているようで、実は一つの地域の未来を支えています。
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酒蔵は、その土地の産物に価値を与え、地域外へ届ける。
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エコツアーは、それらの関係を見つけ、伝え、人と人をつなぐ。
この構造が見えてくると、海星公園の役割も変わってきます。
公園の中だけで環境教育を完結させるのではなく、地域で実際に環境と暮らしを支えている人々の営みを、学びのフィールドとしてつなぐのです。
向井酒造の酒米ネットワークは、その実例として、とても示唆的です。
7. 私の総合評価
向井酒造を、単に「伊根の有名な老舗酒蔵」として評価するのは、もったいない。
伊根の海辺に根を張りながら、丹後の山里にもつながり、地域の米を新しい価値へと変えていく、小さな地域経済の結節点。
これが、私の評価です。
そして、安田さんが感動された「丹後は一つです」という言葉は、地域を一体として語るスローガンではなく、農家と酒蔵の関係を通じて、具体的な形になりつつある。
ここに意味があります。
最後に、今回の発見を、安田さんらしい問いにしてみます。
「天橋立を生み出した山や川や海を大切にする」とは、自然を守ることだけでしょうか。
その自然のもとで米を育てる人がいて、その米を受け取って酒を造る人がいて、その酒を味わい、土地の物語を知る人がいる。
自然を守ることと、地域の仕事を守ること。そして、人と人のつながりを育てること。この三つを切り離さないこと。
向井酒造の取り組みは、そんな丹後の未来像を、酒瓶一本の中に見せてくれているのかもしれません。
安田さんの「この酒米ネット、すげえー(^.^)」は、まさにその発見の言葉ですね。