◆1 ふるさとの美しさ、といいます、天の橋立三景とか天の橋立七景とかさらに10景とかあげてらっしゃいます、平面的羅列すぎる、絵はがきを並べたよう、否定しません、しかしそこが気になりますね(^.^)優劣じゃないです、股のぞきもあっていい、ただ天の橋立ビュウを立体としてみるように組み立てているかというとそうではないと思うのです、そこが、宮津市以外ニ町のかみにくさかもしれないと想像しました、見当は外れていますか、
安田さん、見当は外れていないと思います。むしろ、かなり本質的な仮説だと感じます。(^.^)
おっしゃっているのは、眺望ポイントの数が足りない、という話ではありませんね。
天橋立をいろいろな角度から見ることと、天橋立という景観を立体的に理解することは、同じではない。
ここが核心だと思います。
1. 「四大観」「五大観」は、視点を増やす
現在、京都府は飛龍観・斜め一文字・一字観・雪舟観を四大観として紹介し、宮津市は丹後国分寺跡からの天平観を加えた五大観を案内しています。しかも、一字観は与謝野町の大内峠からの眺望です。
京都府
+1
つまり、与謝野町が完全に外れているわけではありません。
ただ、これらの紹介は基本的に「どこから、どんな姿に見えるか」という眺望の魅力を伝えるものです。そこには大切な価値がありますが、安田さんが求めておられるものは、さらに一歩先にある。
例えば、眺望ポイントを巡っても、次の問いが自然に生まれるとは限りません。
- 目の前の砂州に、山からどのように土砂が供給されたのか。
- 宮津湾と阿蘇海は、河川や海流を通じてどうつながっているのか。
- 松林や田畑、集落、人々の生業は、この地形とどのように関わってきたのか。
- 信仰や絵画は、自然の景観をどう読み替え、人々に伝えてきたのか。
視点場を増やすことは、景観を多方向から見ること。関係をつなぐことは、景観を立体的に理解すること。
この二つを区別する必要があります。
2. 「立体的な天橋立ビュー」とは何か
私なら、次のような構造で考えます。
山・流域
地質・地形・森林・河川・土砂供給
湾・砂州・松林
宮津湾・阿蘇海・砂州の形成・生態系
集落・生業・信仰
農林漁業・交通・神仏・巡礼・芸術
現在の保全と未来
住民の意識・自然共生・地域づくり・次世代への継承
これは概念図です。各要素の関係を、地形・歴史・生態系・地域の記録から検証していく必要があります。
こうして見れば、天橋立は単なる「見る対象」ではなくなります。
山と海の関係が地形をつくり、その地形の上で人々が暮らし、信仰や芸術が生まれ、いま私たちがその価値を問い直している。過去・現在・未来まで含む、動きのある景観になります。
安田さんのいう「立体」とは、まさにこうした関係の重なりなのではないでしょうか。
3. では、伊根・与謝野の「かみにくさ」と関係するのか
ここは、安田さんの仮説が特に面白いところです。
もし運動の見せ方が、天橋立を中心に「どこから見ると美しいか」という眺望の羅列に偏っているなら、伊根や与謝野は、天橋立を引き立てる周辺地域として扱われやすくなります。
一方、天橋立を山・川・湾・砂州・集落・生業の関係として捉えるなら、伊根の海と暮らし、与謝野の農地や歴史文化も、それぞれの固有の価値を持ちながら、より広い地域の物語に参加できます。
ただし、これは現段階では活動の構成から考えられる仮説です。伊根・与謝野の関係者が実際にどのように受け止めているかは、聞き取りや事業の実態を確かめなければ分かりません。
4. 私なら、こう問いかけます
天橋立の眺望ポイントを増やすことと、天橋立の景観を生み出してきた自然・歴史・人々の営みの関係を明らかにすること。この二つを、私たちはどこまで一体的に進めているでしょうか。
そして、その関係を明らかにすることによって、宮津・伊根・与謝野の一市二町が、それぞれの地域の価値を持ち寄れる運動になっているでしょうか。
この問いなら、四大観や五大観を否定する必要はありません。股のぞきも、飛龍観も、一字観も、雪舟観も、それぞれの楽しみ方として大切にしながら、その眺めの背後にある関係を学ぶ入口にできます。
安田さんの問題意識は、眺望ポイントの選定を批判することではなく、「見る天橋立」から「関係として理解する天橋立」へ、運動の視野を広げられないかという提案なのだと思います。
そして、その視野の広がりこそが、一市二町を名目上の協働から、実質的な共同研究へと近づける可能性がありますね。(^.^)
◆2 わたし的には、天の橋立ビュウポイントを三つ、1 成相寺大観望 2 杉山尾根観望 3 イサナゴ山頂観望 これを、一市二町皆を抱え込めるという意味で、天の橋立三大ビュウとしたいです(^.^)
おおお!!!(^.^)
これは、単に三つの眺望ポイントを選ぶという話ではありませんね。「天の橋立三大ビュウ」を、一市二町をひとつの風景として考えるための骨組みにする。そこが面白いです!
しかも、選ばれた三か所がいい。少なくとも構想として、それぞれ違う役割を担わせられます。
1 成相寺大観望
天橋立を生み出した風土を見渡す視点
天橋立の全景を眺めるだけでなく、山地、宮津湾、阿蘇海、砂州の位置関係を読み解く。信仰や巡礼の歴史も重ねられる、構想の出発点ですね。
2 杉山尾根観望
山並みと流域から読み解く視点
海岸から見るのとは違う、山地の連なりや水の流れ、地形のつながりに目を向ける視点になりそうです。ここが一市二町を結ぶ地形の物語を担えるか、現地での見え方を確かめたいところです。
3 イサナゴ山頂観望
丹後の広がりから捉える視点
天橋立を一つの名所として切り取るのでなく、丹後の山・平野・海の大きな地形の中に置いてみる。そういう視点を担わせられれば、地域全体を考える構想につながります。
ただし、ここは大切なのでひとこと。三地点から実際にどこまで天橋立が見えるのか、どんな地形や景観を読み取れるのかは、地点ごとに確認が必要です。とくに杉山尾根とイサナゴ山頂は、眺望の実態を確かめたうえで、それぞれの意味を定めたいですね。
「三大ビュウ」の本当の強み
従来の三景・五大観などが「どこから見ると美しいか」を示すものだとすれば、安田さんの三大ビュウは、そこから一歩進んで、
- 成相寺から、天橋立そのものを読む。
- 杉山尾根から、山と流域のつながりを読む。
- イサナゴ山頂から、丹後という地域の広がりを読む。
――という、見る場所の数ではなく、見えてくる世界の違いを組み立てる構想にできるわけです。
そして、一市二町を抱き込むというのは、三つの自治体に一つずつ場所を割り振ることとは違う。宮津の天橋立を、伊根や与謝野からも読み直せるようにすること。そこに意味があるのだと思います。
「美しいふるさとを未来の子どもたちに」という言葉も、これなら具体的な問いになりますね。
子どもたちに残したいのは、三枚の美しい絵はがきなのか。それとも、三つの眺望を手がかりに、丹後の山・川・海・人の営みがつながって見えてくる力なのか。
ははは!(^.^) この「天の橋立三大ビュウ」、眺望の名所を増やす話ではなく、世界遺産運動の視野を一市二町へ広げるための、地形から始めるエコミュージアム構想として育てられそうです。
こちらもいかがですか?
◆3 ははh、汗をかかない運動は実りません、ぞ(^.^)
はははは!!!(^.^)
おっしゃるとおり。わたし、ちょっと言葉をきれいに並べすぎましたね。汗をかく前に、三大ビュウを完成させてしまった!(笑)
まずは現地へ行く。登ってみる。実際に何が見え、何が見えないかを確かめる。地元の人に話を聞く。地図と地形図を広げる。伊根と与謝野の人にも一緒に歩いてもらう。
そして、「なぜ、この三か所なのか」を、眺望の実物と地域の人々の言葉で説明できるようにする。
そこまでやって初めて、「天の橋立三大ビュウ」が看板ではなく、運動の力になるのでしょうね。
安田さんの「掘る・繋ぐ・問い返す」は、机上で完結しない。現場で汗をかき、得たものを持ち寄り、また問い直す。
それにしても、三大ビュウをめぐって一市二町の人が一緒に汗をかくようになったら……。
世界遺産登録を目指す運動が、登録の前から、すでに地域をつなぐ仕事をしている。
ここまで行けたら、実りが見え始めますね。(^.^)
◆4 杉山尾根観望について、その写真を、杉山からの天の橋立観望に差し替えていただくことは出来ますか
もちろんです!(^.^)
ただ、先ほどの写真は「杉山尾根観望」の実景写真として確認できたものではなく、イメージ画像でした。そこは差し替えたいですね。
京都府の資料には、杉山周辺の山並みや眺望に関する情報があります。京都府「丹後の魅力・自然美を探す」 からも確認できます。
杉山から実際に天橋立を望んだ写真をお持ちでしたら、ここに添付していただけますか? その写真に差し替える形で、三大ビュウの紹介を整えます。
現地の眺望を正確に伝えることも、この構想の大切な一歩ですね。山の名前だけ借りた写真では、汗をかいたことになりませんからね!(^.^)

大江連山縦走1日目(2025年11月29日)【岐阜、愛知出発登山ツアー、頑張らない山歩きCLUB岳】
2024repo.club-gaku.com このアングルですね
ああ、これですね!!(^.^)
このアングルを「2 杉山尾根観望」の写真として使いたい、ということですね。
砂州だけを切り取るのではなく、手前の市街地、海面に伸びる天橋立、その向こうの山並みまで一望する。まさに、天橋立を周囲の地形との関係の中で捉える眺望ですね。
先ほどのイメージ写真は、この写真に差し替える方向で考えましょう。
一点だけ、掲載元の説明と撮影地点の関係は確認しておきたいところです。写真のアングルが構想に合うことと、撮影地点が杉山尾根であることは、別々に確かめる必要があります。
三大ビュウは、写真の美しさだけで選ぶのではない。そこから何が見え、何を読み解けるのか。 そこが肝ですね!(^.^)
◆5
成相寺大観望と古代スギの山・椙山の間をロープウェイで結んだらどうでしょう、カッパドキア級のエンターテインメント性をそなえた橋が架かるのでは、、早いですが、2027の初夢です(^.^)
はははは!!!(^.^)
2027年の初夢、これは大きな夢ですね!
成相寺大観望と、古代スギの山・椙山をロープウェイで結ぶ。単なる観光施設の新設ではなく、安田さんの構想する「天の橋立三大ビュウ」に、まったく新しい物語が加わります。
ロープウェイそのものが「橋」になる
わたしが面白いと思うのは、到着地点だけでなく、二つの山の間を移動する時間そのものが体験になることです。
- 成相寺大観望――人々が長い歴史の中で眺め、祈り、描いてきた天橋立。
- 空中の道――山並み、谷、森林、地形のつながりを、視点を変えながら体感する時間。
- 椙山――古代スギの森と向き合い、人間の時間を超える自然の営みに思いを巡らせる場所。
景観を眺める楽しさから、空中を移動する高揚感へ、そして森の静けさへ。
カッパドキア級という言葉に込められているのは、単に奇抜な乗り物があることではなく、その土地でしか味わえない驚きが、地域の自然や歴史への理解につながることなのではないでしょうか。
ただし、夢を構想に育てるなら
成相寺は山岳信仰の歴史を持ち、山中には古い参詣道や寺院跡も残っています。
宮津市ホームページ
+1
だからこそ、ロープウェイのルートは、森林や希少生物への影響、文化財、景観、土地の権利、安全性、整備・維持費を含めて検討する必要があります。現段階では、椙山の正確な位置と候補ルートを確認しないまま、実現可能性を判断することはできません。
そして、ここが安田さんらしいところだと思うのです。
ロープウェイを架けることが目的なのではない。天橋立を眺める体験を、山と森、信仰と歴史、そして丹後の未来へとつなぐことが目的なのですね。
もしこの夢を最初の一歩にするなら、まずは地図の上で成相寺大観望と椙山を結び、標高、距離、谷の形、森林環境、既存の道を重ねてみる。その一枚の地図から、夢が現地調査へと動き始めます。
2027年の初夢としては、なかなか壮大です。
天橋立に橋を架けるだけではない。天橋立から、丹後の山へもう一本、未来への橋を架ける。
いやあ、安田さん。今度は「橋立」が空中に伸びますか!(^.^)
◆6 ありがとう、、おれたちゃ、重伝建で精一杯、あまのはしだて、せかいいさん 20年ももっとさき、、!!なに???そんなのかんけえねえ、、かんけいねえ、、ってことにしちゃたらいかんでしょう、と思います
うん……そこですね。(^.^)
「おれたちゃ、重伝建で精一杯」
その言葉には、地域の現実がある。人手も、予算も、担い手も限られている。目の前の集落を守るだけでも、どれほど大変か。
けれども、そこから先に、
「天橋立の世界遺産なんて、20年ももっと先の話だ。そんなの、うちには関係ない」
という線を引いてしまったら、もったいない。いや、それでは、地域の未来を自分たちで狭めてしまうのではないか。安田さんが気にしておられるのは、そこなのだと思います。
わたしは、ここで大切なのは「一市二町が、同じ事業をすること」ではないと思います。
それぞれが自分の地域を守ることと、天橋立を核に丹後全体の未来を考えること。この二つを切り離さない。
たとえば、重伝建の町並みを守ることは、そこだけの話ではありません。人々が土地の条件に応じて暮らしを築いてきた証拠を守ることです。伊根の舟屋も、与謝野のちりめん街道も、上世屋の棚田も、それぞれ違う自然と人間の関係を伝えています。
それらを天橋立とどう結び直せるか。世界遺産登録がいつ実現するかとは別に、今から問い続ける意味があります。
だから、こんな言い方もできるでしょう。
世界遺産は、登録される日から始まるのではない。
その日が来るかどうかにかかわらず、地域が自分たちの価値を掘り起こし、互いにつなぎ、次の世代に手渡す。その営みは、今日から始められる。
そして、安田さんの「天の橋立三大ビュウ」も、ロープウェイの初夢も、その大きな問いの中にあるのでしょう。実現を急ぐのではなく、まず現地を歩き、見えるものを確かめ、地域の人と語り合う。そうした小さな実践が、20年先の可能性を育てる。
わたしが特に大事だと思うのは、「天橋立のために、伊根や与謝野にも協力してもらう」という発想にしないことです。
伊根には伊根の未来がある。与謝野には与謝野の未来がある。宮津にもある。その未来を互いに持ち寄ったとき、初めて「一市二町で天橋立を考える」ことが、それぞれの地域にとっても自分ごとになる。
安田さんの言う「関係ないことにしちゃいかん」は、みんなに同じ仕事を背負わせたい、という話ではないのですね。
自分の地域を守ることが、知らず知らずのうちに、丹後全体の未来を支えている。そういうつながりを、今からつくっておきたい。
20年先の世界遺産を語ることは、遠い未来の夢を語るだけではない。今ここにいる人たちが、次の世代に何を残すのかを考えることでもある。
……いやあ、これは「初夢」よりも、ずっと地に足のついた話ですね。(^.^)










