宮津エコツアー · 世界のなかの雪舟と天橋立図への論究の数々!An introduction to discussions of Sesshu’s View of Amanohashidate。 天の橋立を世界遺産に 254

世界のなかの雪舟と天橋立図への論究の数々!An introduction to discussions of Sesshu’s View of Amanohashidate。 天の橋立を世界遺産に 254

◆1雪舟の天橋立図のもろもろの謎、この案件を、正面に据えた研究、講演などもあったかとおもいます、情報を下さいな

ありました! しかも、かなり核心に迫る研究・講演が複数あります。

調べてみると、雪舟の天橋立図を正面から扱った研究は、美術史の専門論文だけでなく、宮津の地域史、丹後府中の発掘調査、そして天橋立の文化的価値を世界に発信するシンポジウムにまで広がっています。

特に注目したいのは、2008年の「天橋立まなび舎塾」と、2003年の京都国立博物館の研究論文です。ここは、今回の調査の出発点になりそうです。

1.2008年「天橋立まなび舎塾」――世界のなかの雪舟と天橋立図

最重要・直接関連

開催日:2008年9月13日

主催は「天橋立を世界遺産にする会」。テーマは、

「文化芸術の源泉としての天橋立」 ― 能『丹後物狂』・雪舟『天橋立図』―天橋立から世界へ―

講演者は、

  • 天野文雄氏(大阪大学)「能『丹後物狂』と世阿弥・井阿弥・義満」
  • 島尾新氏(多摩美術大学)「世界のなかの雪舟と天橋立図」

さらに「情報発信の場としての天橋立」をテーマにパネルディスカッションも行われています。参加者は120名。

hashidate.org

これは、安田さんが今考えている「雪舟図を世界遺産の根拠性にどう位置づけるか」という課題に、かなり近い問題意識を持った催しです。

2008年のシンポジウム記録(天橋立を世界遺産にする会)

2.2003年「雪舟筆天橋立図の作期について」――京都国立博物館の研究

制作年代の核心

  • 著者:山本英男氏
  • 掲載:『京都国立博物館学叢』第25号
  • 発行:2003年5月
  • 掲載ページ:25~39頁

題名はそのものずばり、**「雪舟筆天橋立図の作期について」**です。

国立国会図書館

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これは、まず読んでおきたい論文です。

京都国立博物館の所蔵品解説では、智恩寺の多宝塔が文亀元年(1501)に再建されたことを、制作年代を考える一つの手がかりとし、雪舟80代の最晩年作とする説を紹介しています。ただし、制作期には諸説があると明記しています。

京都国立博物館

国立国会図書館サーチ:論文情報・閲覧先

3.2002年『雪舟研究会研究誌』――天橋立図をめぐる専門家の論争

山口県立美術館が公開している雪舟研究会の活動記録に、2001年度の研究誌第4号の特集が載っています。

特集「中嶋利雄氏の天橋立図論」

収録されているのは、

  • 島尾新「私の解釈」
  • 中嶋利雄「雪舟の誕生地と出自」
  • 伊藤太「雪舟の『視点』」
  • 荏開津通彦「研究ノート 雪舟画の年代と天橋立図」
  • 五十嵐公一「本朝画史・雪舟伝について」

つまり、制作年代だけでなく、雪舟の視点、出自、伝記資料まで議論されています。

山口県立美術館

山口県立美術館:雪舟研究会研究誌「天開圖畫」

4.2024年「丹後府中の歴史を探る!」――絵の中の景観を発掘成果と照合

2024年6月22日、京都府立丹後郷土資料館と宮津市教育委員会の共催で文化財講座が開催されています。

講演は二本立てでした。

  • 桐井理揮氏「丹後国分寺跡の発掘調査―雪舟が描いた中世国分寺の姿―」
  • 河森一浩氏「安国寺遺跡の発掘調査―都市・霊場・天橋立―」

これは、雪舟図を美術作品として眺めるだけでなく、絵に描かれた中世の丹後府中を考古学の成果と照らし合わせる試みです。

宮津市ホームページ

宮津市の開催記録

5.2026年10月24日――最新の宮津・天橋立の絵画史講座

つい先日ですね!

宮津市教育委員会が開催した旧三上家住宅歴史講座・丹後郷土資料館文化財講座「旅の風景―宮津と天橋立―」の第6回です。

「絵になる宮津―天橋立の景色と旅する人々―」

講師は杉田真菜氏(京都府立丹後郷土資料館)。※ 資料添付

雪舟図を含む、室町時代から近世・近代までの天橋立を描いた絵画の変遷を扱っています。絵画が時代ごとに天橋立の見方を形づくってきた、という視点も示されています。

宮津市ホームページ

宮津市:第6回講座の開催記録

ここから先、何をすべきか

私の見立てでは、これまでの研究を次のように整理すると、今回の課題がはっきりします。

研究の柱これまでの蓄積これからの課題
美術史制作年代、画風、構図、模本なぜ丹後を描いたのか
地域史・考古学丹後府中、寺社、集落の実像絵と発掘成果の照合
政治史一色氏、大内氏、将軍家雪舟を丹後へ導いた人的・政治的回路
文化史天橋立の名所化、絵画の変遷絵が地域の価値形成に果たした役割

特に、まだ十分に正面から統合されていないように見えるのが、**「制作の政治的背景」と「絵に描かれた丹後府中の実像」と「天橋立の文化的価値」**の三つです。

ここは既存研究を丁寧に確認してから判断すべきですが、少なくとも今回の検索で見つかった講演・論文の範囲では、三つを一体として世界遺産の価値証明に結びつける研究企画は、まだ探る余地があります。

私なら、次の研究会を提案します。

「雪舟はなぜ天橋立を描いたのか ― 室町時代の丹後・一色氏・大内氏・将軍家をつなぐ ―」

美術史、考古学、中世政治史、禅宗史の研究者に集まってもらう。2008年のシンポジウムを引き継ぎながら、今度は制作事情の解明に焦点を絞るのです。

そして、安田さん。ここは大事なことを一つ。

雪舟図を世界遺産の根拠にするために、雪舟の謎を解く。けれど、雪舟図だけに世界遺産の価値を背負わせない。

雪舟図は、天橋立という自然景観と、そこに重ねられてきた人間の営みをつなぐ、強力な歴史資料になり得ます。

「自然が描いた地上絵」と「人間が読み継いできた地上絵」。この二つを結びつける仕事ですね。(^.^)

こちらもいかがですか?

ありがとう、、島尾新氏(多摩美術大学)「世界のなかの雪舟と天橋立図」、、この講演記録、概要は探ることは出来ますか

探ってみました。結論から言うと、2008年9月13日の島尾新氏の講演そのものの講演録・配布資料は、公開ウェブ上では確認できませんでした。

ただし、講演内容を推測するうえで、非常に重要な手がかりが見つかりました。しかも、島尾氏自身がその後、天橋立図について論文を書いています。

1.2008年の講演について確認できたこと

開催記録を確認

  • 講演名:「世界のなかの雪舟と天橋立図」
  • 講師:島尾新氏(当時、多摩美術大学教授)
  • 開催日:2008年9月13日
  • 会場:みやづ歴史の館文化ホール
  • 主催:天橋立を世界遺産にする会
  • 天橋立まなび舎塾・第7回
  • シンポジウム全体の参加者は約120名

主催者と京都府の記録で確認できます。

hashidate.org

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主催者の活動記録

2.講演内容を知るための、重要な論文が二つ

ここが今回の収穫です。

①「もう一つの天橋立図―ギメ美術館蔵本について」

島尾新/『天開圖畫』第7号/2008年度/33~51頁

島尾氏が、フランスのギメ美術館所蔵の天橋立図を取り上げた論考です。

現存する天橋立図だけでなく、別の伝本・関連作品にも目を向けていたことが分かります。雪舟の天橋立図を一つの作品だけで完結させず、作品の伝来や図様の広がりから考えるための手がかりです。

国立国会図書館

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国立国会図書館の書誌情報

②「雪舟筆天橋立図論の序」

島尾新/『多摩美術大学研究紀要』第24号/2009年/59~71頁

こちらは題名からして、今回のテーマに直結します。

英文副題は An introduction to discussions of Sesshu’s View of Amanohashidate。天橋立図をめぐる議論そのものを整理しようとする論文です。講演の翌年に公表されているので、講演と研究上の関心をつなぐ重要資料です。ただし、講演と論文が同一内容だとは確認できていません。

国立国会図書館

国立国会図書館の書誌情報

3.さらに、2002年の研究会誌が面白い

山口県立美術館が公開している雪舟研究会の研究誌『天開圖畫』第4号には、次の特集があります。

「中嶋利雄氏の天橋立図論」

収録論文は、

  • 島尾新「私の解釈」
  • 中嶋利雄「雪舟の誕生地と出自」
  • 伊藤太「解題 雪舟の『視点』」
  • 荏開津通彦「研究ノート 雪舟画の年代と天橋立図」
  • 五十嵐公一「本朝画史・雪舟伝について」

です。

山口県立美術館

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山口県立美術館・雪舟研究会研究誌

4.私がここから読み取ること

2008年の講演タイトルは「世界のなかの雪舟と天橋立図」です。

単に「雪舟が天橋立をどう描いたか」という作品解説ではなく、雪舟という画家を世界的な美術史の中に置き、その作品として天橋立図を考える構えだった可能性があります。

島尾氏の著書『もっと知りたい雪舟』の目次にも、雪舟が大内氏のスタッフとなったこと、遣明使の一員として中国へ渡ったこと、そして「天橋立図」の面白さが取り上げられています。

東京美術

ここから先は、講演録を確認しない限り断定できませんが、安田さんが追っている政治・文化ネットワークの問題と接続する余地は十分あります。

5.次に入手したい資料

私なら、次の順番で当たります。

  1. 島尾新氏「雪舟筆天橋立図論の序」(2009年)
  2. 『天開圖畫』第4号(2002年)の天橋立図特集
  3. 『天開圖畫』第7号(2008年)のギメ美術館蔵本論文
  4. 2008年9月13日の講演配布資料・録音・主催者保存資料

特に4番は、主催した「天橋立を世界遺産にする会」や当時の事務局、講演会関係者に問い合わせる価値があります。

私としては、島尾氏の2009年論文をぜひ入手したい。 そのうえで、2008年の講演記録が残っていないか確認する。この順番がよいと思います。

今回の調査で、少なくとも「島尾氏が天橋立図を一度講演しただけ」ではなく、2002年から2009年にかけて、研究会での議論、別本の検討、天橋立図論の整理へと研究を重ねていたことが見えてきました。これは大事な発見です。(^.^)

「島尾氏が天橋立図を一度講演しただけ」ではなく、2002年から2009年にかけて、研究会での議論、別本の検討、天橋立図論の整理へと研究を重ねていたことが見えてきました、、、到達点の概要、ポイントを探ることは可能ですか

はい。もう一段、踏み込めます。

調べ直して見えてきたのは、島尾新氏の研究の到達点を、単に「雪舟の天橋立図の制作年代を論じたもの」と捉えてはいけない、ということです。

天橋立図を、雪舟の中国絵画学習、実景の捉え方、複数の作品の存在、後世への伝承という、より広い美術史の問題として捉え直そうとしている。

ただし、重要な留保があります。2009年の論文「雪舟筆天橋立図論の序」は書誌情報までは確認できましたが、本文そのものを今回の検索では入手できていません。したがって、以下では、確認できた島尾氏の論文・研究会記録と、関連研究から読み取れる到達点を分けてお話しします。

1.2002年――「天橋立図の見方」そのものが研究課題になった

山口県立美術館の雪舟研究会誌『天開圖畫』第4号には、天橋立図をめぐる特集が組まれています。

特集の中心は、中嶋利雄氏の天橋立図論。それに対して島尾氏が「私の解釈」を発表し、ほかの研究者が、

  • 雪舟の出自
  • 絵の中の「視点」
  • 制作年代
  • 『本朝画史』などに記された雪舟伝

をそれぞれ検討しています。

山口県立美術館

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ここで面白いのは、単に「雪舟はどこから眺めたのか」という問題ではないことです。

現実の天橋立を、雪舟はどのような視点から、どのような絵画の約束事を使って、一枚の画面に組み立てたのか。

この問いが研究の中心に据えられています。

2.2008年――「もう一つの天橋立図」を調べる

島尾氏の論文「もう一つの天橋立図―ギメ美術館蔵本について」は、『天開圖畫』第7号、33~51頁に掲載されています。

国立国会図書館

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これは重要です。

京都国立博物館所蔵の作品だけを見ていては、雪舟の制作活動の全体像を捉えられないかもしれない。別の伝本、図様の異なる作品、作品が伝わってきた経路も調べなければならない。

つまり、研究の視野が一枚の作品から、天橋立図という作品群の成立と伝承へ広がっているわけです。

3.2009年――「雪舟筆天橋立図論の序」

研究の整理・展望を示す論文

  • 島尾新
  • 『多摩美術大学研究紀要』第24号
  • 2009年
  • 59~71頁
  • 英文題名:An introduction to discussions of Sesshu’s View of Amanohashidate

書誌情報は国立国会図書館で確認できます。

国立国会図書館

題名に「序」とあることに注目したいですね。

これは「制作年代は何年である」と結論を一つ出す論文というより、天橋立図をめぐる研究課題や議論の組み立てを示す論考である可能性があります。

ただし、本文を確認していないので、島尾氏がどの説を採用し、どの説を退けたかまでは断定できません。

4.現在の研究に照らすと、どこまで分かっているか

島尾氏の研究だけでなく、その後の模本研究も含めて、現在の到達点を整理してみます。

論点現在見えていること残された問題
絵の構図中国の山水画、とりわけ西湖図などとの関係が論じられているどの作品・図様をどのように取り入れたか
視点実際の一地点からの眺望では説明しにくい現地写生と画面構成の関係
制作年代1501年の智恩寺多宝塔再建が重要な手がかりそれ以前の写生・構想の可能性
複数本の存在京博本以外にも模本・別図様の作品がある雪舟自身が何本制作したのか
伝来後世の模写や伝承が確認される京博本が丹後から山内家へ移った経緯
制作目的制作依頼者や目的は未確定一色氏・大内氏・将軍家・寺院との関係

特に複数本の問題については、富山大学の形部里帆氏の研究が参考になります。

同研究は、天橋立図の模本約5本を比較し、雪舟自身が複数本を制作した可能性を検討しています。京博本を一連の制作の初期作とみる仮説や、狩野探幽本と龍神社伝来の作品との関係も論じています。ただし、図版による比較にとどまる部分もあり、伝来の解明は今後の課題としています。

富山大学芸術文化学部

富山大学の研究論文「雪舟筆『天橋立図』と模本について」

5.私が考える、島尾研究から受け取るべき三つのポイント

ここからは、確認できた研究成果を踏まえた私の整理です。

第一に、雪舟図は単なる風景画ではない。

中国の山水画の伝統を踏まえながら、日本の実景をどのように絵画として構成するかという問題を含んでいます。

第二に、現存する京博本だけを見ていては不十分。

別本、模本、伝来、後世の受容まで調べる必要があります。絵の歴史そのものが研究対象です。

第三に、絵画の成立事情と丹後の歴史を結びつける余地がある。

ただし、ここは島尾氏の論文で既に解明されたと確認できたわけではありません。むしろ、今回の私たちの調査で、さらに追究したい部分です。

6.安田さんの世界遺産研究にとっての次の課題

私は、研究を二つの方向に分けるのがよいと思います。

A.美術史の課題

雪舟は、どのような中国絵画の伝統を学び、どのような現地の景観認識をもとに、天橋立図を構成したのか。

B.丹後地域史の課題

雪舟が丹後を描くに至った背景に、一色氏、大内氏、将軍家、禅宗寺院などの人的・政治的ネットワークは関わっていたのか。

この二つを結ぶのが、まさに今回の研究テーマです。

そして、私がぜひ入手したい資料は次の二つです。

  1. 島尾新氏「雪舟筆天橋立図論の序」(2009年、59~71頁)
  2. 島尾新氏「もう一つの天橋立図―ギメ美術館蔵本について」(2008年、33~51頁)

いずれも国立国会図書館の書誌情報が確認できています。地元の図書館を通じて複写を依頼できる可能性があります。

最後に、ひとつ大切なことを。

安田さんが追っているのは、雪舟の絵の謎解きだけではないと思います。

室町時代の人々は、なぜ丹後のこの場所を、これほど大きな一枚の絵に描く価値があると考えたのか。

そして、その景観を描くことが、どのような文化的・社会的意味を持っていたのか。

ここまで掘り下げられれば、雪舟図は「昔から天橋立が美しかった」という証拠を超えて、自然景観と人間の営みが結びついてきた歴史を示す資料になります。

これは世界遺産の価値を説明するうえでも、非常に大きな意味を持つはずです。(^.^)

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宮津市教育委員会では、令和8年5月~10月に旧三上家住宅歴史講座・丹後郷土資料館文化財講座「旅の風景―宮津と天橋立―」を開催しました。

 10月24日には第6回講座「絵になる宮津―天橋立の景色と旅する人々ー」を開催し、天橋立を描いた絵画作品について杉田真菜氏(京都府立丹後郷土資料館)が紹介しました。

講座の様子

 まず、天橋立の四大観(飛龍観・昇竜観・一字観・雪舟観)を挙げ、それぞれの見方で天橋立が描かれたことを紹介しました。次に各時代ごとに天橋立を描いた絵画作品の変遷をたどりました。

 実際に天橋立を訪れた人物が描いた絵画作品は室町時代まで遡り、それから江戸時代初めまでは中国の伝統的な絵画作品の影響を受けた絵画が数多く描かれます。著名な雪舟筆「天橋立図」もその一つです。これらの作品は徐々にデフォルメが進み、描かれる要素も少なく、有名な場所のみを描きます。

 江戸時代中期以降は、本草学の影響を受け、実際の風景を描く「真景図」が増えていきます。真景図はそれまでの絵画が観念的な景色を絵画化してきたのに対し、写実を重視します。

 最後に、これまで紹介した過去の絵画作品が私たちの天橋立の見方に影響を与えていることを指摘し、講座は終了しました。

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世界遺産暫定一覧表への文化資産の追加記載に係る調査・審議の結果について

天橋立をはじめとする32件の世界遺産暫定一覧表への追加記載に係る地方公共団体からの提案案件について、文化庁の世界文化遺産特別委員会において調査・審議を行われていましたが、平成20年9月26日、その結果が公表されました。

暫定一覧表記載
文化資産
顕著で普遍的価値を持つ
可能性が高いと認められ
たもの
「北海道・北東北の縄文遺跡群」、「金と銀の島、佐渡-」、「九州・山口の近代化産業遺産群」、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」、「百舌鳥・古市古墳群」
暫定一覧表
記載候補
文化資産
カテゴリー
Ⅰ-a
提案書の基本的主題を基
に準備を進めるべきもの
「最上川の文化的景観」、「天橋立-日本の文化景観の原点」、「錦帯橋と岩国の町割」、「四国八十八箇所霊場と遍路道」、「阿蘇」
カテゴリー
Ⅰ-b
主題に関する調査研究を
行い、一定の方向性が見
えた段階で作業を進める
べきもの
[近世の城郭・城下町関連の文化資産](「城下町金沢の文化遺産群と文化的景観」、「松本城」、「萩」)、[近世の社寺とその門前町関連の文化資産](「善光寺と門前町」)、[近世の教育資産](「水戸藩の学問・教育遺産群」、「足利学校と足利氏の遺産」、「近世岡山の文化・土木遺産群」)[近世の街道と宿場町関連の文化資産](「妻籠宿・馬籠宿と中山道」)
カテゴリー
Ⅱ
主題の再整理、構成資産
の組み換え、更なる比較
研究等を要するもの
「北海道東部の窪みで残る大規模竪穴住居跡群」、「松島」、「水戸藩の学問・教育遺産群」、「足尾銅山」、「足利学校と足利氏の遺産」、「埼玉古墳群」、「近世高岡の文化遺産群」、「立山・黒部」、「霊峰白山と山麓の文化的景観」、「若狭の社寺建造物群と文化的景観」、「日本製紙業近代化遺産」、「飛騨高山の町並みと祭礼の場」、「近世岡山の文化・土木遺産群」、「三徳山」、「山口に花開いた大内文化の遺産」、「宇佐・国東」、「竹富島・波照間島の文化的景観」

残念ながら、暫定一覧表への記載は果たせませんでしたが、「記載候補」とされた文化資産の中では、最上位の「カテゴリーⅠa」にランクされ、高い評価を受けています。
今後も一日も早い暫定一覧表への記載を目指して取組んでいきます。

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