◆1 作品・著作の記録には、1977年のテレビドラマ『時計』、1983年のエッセイ「時計を外せ、時を忘れよ」、1994年の対談紀行『上流の思想・下流の思想』に収録された「森の時計、人の時計」が並んでいます。倉本聡さんの考えかた思考には、時間、時計がありますね

そうですね。倉本聰さんの作品や発言を考えると、そこには確かに**「時間をどう見るか」という時計**があるように思います。
私なりに整理すると、少なくとも三つの時間が見えてきます。
- 自然の時間――山ができる時間、川が流れ、海が満ち引きし、森が育つ時間。
- 暮らしの時間――田植え、稲刈り、漁、祭り。季節とともに繰り返される時間。
- 人間社会の時間――時計、効率、経済、事業計画、年度、任期。人間が区切って管理する時間。
この三つは、同じ速さでは進みません。
たとえば、丹後の棚田を一年で再生することは難しい。けれど、田植えと稲刈りは毎年やってくる。祭りもまた、地域の人々が時間をつないできた営みです。
そして、天橋立の松並木には、一本一本の木が生きてきた時間がある。砂州そのものには、さらに長い地球の時間がある。
ここで、先ほどの雪舟さんの絵に戻ります。
夜明けの与謝の海に向き合う雪舟さん。
あの場面には、時計の針がありません。夜が明け、光が海に広がる。その一瞬を見つめながら、背後には何百年、何千年という風土の時間が流れている。
私は、安田さんの「丹後は一つ」に、もう一つの視点を加えたくなりました。
丹後は一つ。時間は幾重にも重なる。
倉本聰さんの思考にある「時間の時計」と、安田さんが掘り続けている丹後の風土。ここは深くつながりそうです。
ちなみに、安田さんが倉本さんに感じておられるのは、自然の時間と人間の時間のずれでしょうか。それとも、もっと大きな「世代を超えて受け継ぐ時間」でしょうか。
◆2 そうですね、時計は本来多様!社会と人間の健康と病理を描いていかれますね、その時計の哲学を深掘りください、
安田さん、ここは倉本聰さんの思想のかなり深いところですね。
私は、倉本さんの「時計」の哲学を、単に「ゆっくり生きよう」「自然に親しもう」という話に縮めてはいけないと思います。
むしろ、こう捉えたい。
時計は一つではない。人間は、いつの間にか社会が決めた一つの時計だけで生きるようになってしまった。
自然には自然の時間があり、動物には動物の時間があり、農作業には季節の時間があり、人間の身体や心にもそれぞれの時間がある。それなのに、社会は時計をそろえ、効率や生産性で人間を測ってしまう。
◆3 倉本さんが描いてきたのは、この時間のずれから生まれる、人間と社会の健やかさ、そして病理ではないでしょうか。
1. 倉本さんは「時計」を文明批評の道具にしていた
調べてみると、時計への関心は一時的なものではありません。
作品・著作の記録には、1977年のテレビドラマ『時計』、1983年のエッセイ「時計を外せ、時を忘れよ」、1994年の対談紀行『上流の思想・下流の思想』に収録された「森の時計、人の時計」が並んでいます。
倉本聰 界隈
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つまり、倉本さんは長い年月をかけて、時計と人間の関係を問い続けていたのです。
ここから、私なりにその思想を五つに分けてみます。
2. 五つの時計――倉本思想を読み解く
① 自然の時計――自然は人間の都合で動かない
倉本さんは、森でリスを観察した経験から、動物の食事の時間は天候や風によって変わるのに、人間は嵐の日でも習慣どおり朝食をとる、と語っています。
自然の時間は、外から与えられた時刻表ではなく、天候、空腹、光、気温などに応じて動く。人間はいつの間にか、自然の変化よりも社会の習慣を優先してしまった、という問題提起です。
jsfmf.net
② 身体の時計――人間にも、それぞれの時間がある
眠る時間、働く時間、休む時間、老いる時間、悲しみから立ち直る時間。
これらは一律に管理できません。
社会の時計に身体を合わせ続ければ、身体が発する声を聞き損なう。私はここに、倉本さんのいう「健康と病理」の根があると読みます。
③ 暮らしの時計――季節と仕事が刻む時間
農業なら、種をまき、育て、収穫する時間。森なら、苗木を植え、何十年、何百年と育つ時間。
倉本さんの富良野自然塾では、かつてのゴルフ場跡地を森に戻すため、苗木を一本ずつ植える活動を続けました。木材を得るためではなく、空気を清浄にし、水を蓄える森を育てる。これは幾世代にもわたる時間を見据えた実践でした。
富良野自然塾
④ 社会の時計――効率と経済が時間を支配する
ここが倉本さんの文明批評の中心だと思います。
現代社会では、時間が金銭に換算されやすい。早く処理する、短時間で成果を出す、効率を上げる。それがいつしか人間の価値を測る物差しになる。
倉本さんは、時間をかけて大きな岩を少しずつ動かす経験を語っています。毎日わずかでも続ければ、長い時間の後には大きな成果になる。時間を金銭に換算する発想を見直すという話です。
ライブドアニュース
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⑤ 世代の時計――自分の一生では終わらない時間
森を育てる。地域の文化を受け継ぐ。次の世代に何を渡すか。
ここでは、自分が生きている間に結果が出るかどうかが、必ずしも判断基準になりません。
倉本さんが自然塾で進めた森づくりは、まさにこの時計に従う仕事でした。
富良野自然塾
3. 時計の多様性を失った社会は、何を失うのか
ここで、安田さんがおっしゃった「社会と人間の健康と病理」という視点に戻ります。
私の整理では、こうなります。
| 本来あるべき多様な時間 | 一つの時計に支配されたとき |
|---|---|
| 自然の変化を待つ | 自然を人間の予定に合わせる |
| 身体の声を聞く | 身体を効率に合わせる |
| 季節の巡りを大切にする | 年度や納期を優先する |
| 人が育つ時間を待つ | 即効性や成果を求める |
| 次世代に渡す | 今期の利益で評価する |
もちろん、時計や効率そのものが悪いわけではありません。社会には共通の時刻も、期限も必要です。
問題は、一つの時計が、ほかの時計を支配してしまうことです。
私はこれを、倉本さんの思想から引き出せる重要な問いだと思います。
4. 丹後に置き換えると、何が見えるか
ここで、安田さんの活動と重ねてみます。
- 天橋立の砂州には、地形が形成されてきた地球の時間がある。
- 松並木には、一本一本の樹木の時間がある。
- 阿蘇海や伊根の海には、潮と風と生き物の時間がある。
- 上世屋の棚田には、田を耕し、米を育て、暮らしを継ぐ時間がある。
- 籠神社や各地の祭礼には、世代を超えて受け継がれてきた時間がある。
- そして、観光事業や行政計画には、年度・予算・契約期間という時計がある。
これらは同じ速さでは進みません。
たとえば、海星公園の事業計画が年度単位で進むことは必要です。しかし、自然環境の変化や地域の信頼関係、人材の育成は、年度内に成果を出せるとは限らない。
年度の時計で、森の時計を評価してはいけない。
これは公園運営にも、地域づくりにも、非常に大切な警句になると思います。
5. そして、倉本さんの「時計」を引き継ぐということ
一つ、最近の大切な知らせにも触れておきます。倉本聰さんは2026年9月18日に91歳で亡くなられました。富良野自然塾は、森づくりと環境教育、そして倉本さんの精神を引き継いでいくと発表しています。
富良野自然塾
倉本さんが残したものは、作品だけではありません。森を育てる実践も、自然の時間を感じる教育もあります。
私は、安田さんが丹後で取り組もうとしていることにも、同じ問いがあると思います。
時計は、本来多様である。
自然の時計、身体の時計、暮らしの時計、社会の時計、世代の時計。
一つの時計に、すべてを合わせるのではなく、それぞれの時計が響き合う社会をつくる。
それが、倉本聰さんの仕事から私たちが受け取れる、大きな問いではないでしょうか。
そして、丹後の言葉に置き換えるなら、
山には山の時計がある。川には川の時計がある。海には海の時計がある。人には人の時計がある。
その多様な時計が重なり合って、丹後の風土と暮らしをつくってきた。
安田さん、これは「丹後は一つ、天の橋立は多様」という視線にもつながりますね。天橋立を一つの景観として見るだけでなく、そこに重なる無数の時間を読み解く。
見えないものをみる。それは、見えない時間をみることでもある。
私は、今回の対話から、そんな一文が生まれたように感じます。
◆4 その時計の眼から世界遺産をみてみると、世界遺産はなにを語ってくれるでしょうか、な!
おお、これは面白い問いですな!(^.^)
倉本聰さんの「時計」の眼で世界遺産を見てみると、世界遺産は単に過去の優れたものを保存する制度ではなく、異なる時間を生きてきたものが、これからも共に生きられるかを問う制度として見えてきます。
私は、世界遺産が語ることを、三つの時間に分けて考えてみたい。
1 地球の時計――人間よりはるかに長い時間
山が隆起し、川が岩を削り、土砂が運ばれ、海が砂州を育てる。森が育ち、海岸線が変わる。
これは人間の一生や、行政の年度では測れない時間です。
天橋立でいえば、砂州だけを見ていては、その時間は見えてきません。背後の山地、流域、阿蘇海、宮津湾まで視野を広げて初めて、地球の営みが見えてくる。
世界遺産は、人間に「自分たちより長い時間がある」と教えてくれる。
2 人間の時計――自然と折り合って生きてきた時間
一方、世界遺産には人間の時間も刻まれています。
伊根の舟屋、上世屋の棚田、神社や寺、祭り、道。人間は自然をただ眺めてきたのではありません。風や潮、地形や水の流れに向き合い、工夫し、暮らしをつくってきた。
ここで大切なのは、自然と人間を別々に評価しないことです。
ユネスコの世界遺産条約も、文化遺産と自然遺産を一つの枠組みで扱い、人間と自然の相互作用を重視しています。
The World Heritage Convention
+1
世界遺産は、人間が自然とどう付き合ってきたかを語る。
3 未来の時計――次の世代に何を渡すのか
そして、ここが一番大事だと思います。
世界遺産条約は、遺産を保護し、将来の世代に伝えることを国や社会の責務としています。ユネスコはさらに、遺産を地域社会の暮らしの中に位置づけること、持続可能な発展との関係を重視しています。
World Heritage and Sustainable Development
+1
つまり、世界遺産は「昔は立派でした」という話で終わってはいけない。
- 森は次の世代にも水を蓄えられるか。
- 田んぼをつくる人、海で漁をする人は、次の世代にもいるだろうか。
- 祭りを担う人々のつながりは続くだろうか。
- 子どもたちは、その土地に何を感じ、何を問い始めるだろうか。
世界遺産の本当の時間は、登録された日から始まるのではなく、次の世代がその土地との関係を引き受けるところにあるのではないでしょうか。
では、天橋立に問い返してみましょう
ここで、安田さんの「丹後は一つ、天の橋立は多様」が生きてきます。
天橋立を五つの時計で読む
地球の時計
山・川・湾・砂州。天橋立を生み出した自然の時間。
信仰と政治の時計
籠神社、成相寺、智恩寺、府中の町。人々が祈り、統治し、往来した時間。
暮らしの時計
伊根の舟屋、上世屋の棚田、海と山の生業。自然に合わせて暮らしてきた時間。
継承の時計
森や田んぼ、祭り、人のつながりを次の世代へ渡す時間。
記憶と表現の時計
雪舟が何を見て描き、後世の人々がその絵から何を読み取るか。景観が人の心に残る時間。
この五つは、別々に動いているのではありません。互いに影響し合いながら、丹後という土地の時間をつくっています。
そして、ここで一つ、少し厳しい問いも出てきます。
世界遺産に登録するために、地域の時間を犠牲にしてはいないか。
登録準備の年度計画、観光客数、経済効果、事業の成果。これらは必要な時計です。しかし、それだけで森の成長や、祭りを支える人間関係や、子どもが土地を好きになる時間を測ってしまったら、何か大切なものを取り落とす。
倉本さんの時計の哲学を借りれば、こう言えると思います。
世界遺産とは、過去を保存するためだけの制度ではない。 人間が、自然と共に生きる未来の時間を取り戻すための制度でもある。
そして、安田さんの言葉に戻れば――
「見えないものをみる」ことは、見えない時間をみることでもある。
天橋立を世界遺産にする運動も、登録を目指すだけでなく、丹後のどんな時間を未来に残したいのかを、地域の人々が問い直す運動になったらいい。
私は、そこに「丹後は一つ、天の橋立は多様」の大きな意味があると思います。
◆5 海星公園と天の橋立、その砂州の主要部分、ここの管理者は、実は同じなのです、
おお!そこに、思いがけない接点がありますね。
海星公園と天橋立の砂州。その主要部分を管理しているのが、同じ京都府だということですね。
これは、単なる行政上の共通点ではありません。先ほどの「時計」の話に重ねると、かなり大きな意味を持ってきます。
- 天橋立は、自然が長い時間をかけてつくった砂州を、どう守り、どう次の世代へ渡すかという場所。
- 海星公園は、森や海の自然を舞台に、人が学び、自然との関係を育てる場所。
一方は自然の営みを守る現場、もう一方は自然と人間の関係を育てる現場。どちらも、同じ丹後の自然を未来につなぐ仕事です。
ここに、私は一つの可能性を感じます。
天橋立を守ることと、海星公園で学ぶことを、別々の行政事業にしておく必要があるのだろうか。
たとえば、天橋立の砂州を守るために、山の森、川の流域、海の環境を学ぶ。その学びを海星公園で深める。さらに伊根や上世屋の暮らしへとつなげる。
つまり、管理区域は別々でも、扱っている時間はつながっている。
ただ、一つ確認したいことがあります。京都府が管理者という意味でしょうか。それとも、砂州の主要部分と海星公園の双方を、同じ管理部局・組織が所管しているという意味でしょうか。
ここが分かると、行政の縦割りを越えた連携の可能性まで、具体的に考えられますね。(^.^)
◆6 じつは、ここに、倉本さんは、倉本時計を仕込んでらっしゃる、、この情報は把握されていますか
なるほど……。これは私がまだ把握できていない情報です。
「倉本時計」とおっしゃるのは、海星公園と天橋立の砂州、その双方に倉本聰さんが何らかの形で設置・仕掛けた時計、ということですね。
先ほど私は、倉本さんの時間哲学を一般論としてこの二つの場所に重ねて考えました。しかし、安田さんのお話はもっと具体的な事実を指しているようです。
ここで勝手に推測してはいけませんね。
その時計は、実際に時刻を表示する時計なのでしょうか。それとも、自然の時間を感じさせる仕掛けなのでしょうか。
どこに、どのような形で設置されているのか、ぜひ教えてください。そこが分かれば、倉本さんが海星公園と天橋立に託した「時間」を一緒に読み解けます。(^.^)
◆7 ふふ、地球46億年の旅、、コースをもつ自然塾なのです」
あああ、そういうことでしたか!!(^.^)
「地球46億年の旅」――それ自体が、倉本時計なのですね。
時計の針で時刻を知るのではなく、地球の誕生から現在までを旅することで、私たち人間が生きている時間の短さ、そして自然の営みの長さを身体で感じる。
これは、先ほどの話を一段深くしてくれます。
海星公園の自然塾に、そのコースがある。そして天橋立の砂州の主要部分も同じ管理者のもとにある。
だとすれば、二つの場所には、こんな関係が見えてきます。
- 海星公園――地球46億年という時間の尺度を学ぶ場所。
- 天橋立――その長い地球の営みの中で生まれた景観を読み解く場所。
一方は「時間を学ぶ場」、もう一方は「時間の痕跡を読む場」と言えそうです。
そして、世界遺産の問いにつながります。
世界遺産は、ある時代の価値あるものを登録するだけではない。そこに刻まれた地球と人間の時間を、次の世代が読み取れるようにすることでもある。
ここで、海星公園の20周年と天橋立の世界遺産運動が、一本の線で結ばれてきますね。
倉本さんは、海星公園に「46億年の時計」を置いていた。
安田さん、これは単なる自然学習コースではなく、世界遺産を考えるための「時間のものさし」でもありますね。
◆8 海星公園は、天の橋立を世界遺産に、その運動の臍、というのはそこなのです、ピンとくる関係者は極小ですけども、、!!
ああ、ようやく一本につながりました。これは大事な指摘ですね!!
海星公園が「天橋立を世界遺産にする運動の臍(へそ)」だというのは、単に近くにあるからでも、同じ京都府が管理しているからでもない。
海星公園には、天橋立を世界遺産として理解するための、時間のものさしが仕込まれている。
「地球46億年の旅」を通して、天橋立を一つの美しい景観として眺めるだけでなく、地球の歴史の中に位置づけることができる。
そして、そこから問いが広がります。
- 山はどう生まれたのか。
- 川はどう流れ、土砂を運んだのか。
- 湾と砂州はどう形成されたのか。
- 人間はその地形の上で、どんな暮らしや信仰、文化を育てたのか。
- その関係を、これからどう引き継ぐのか。
つまり、海星公園は天橋立の「解説施設」というより、天橋立を読み解くための思考の出発点なのですね。
ここで、倉本時計が効いてきます。
世界遺産運動が登録という目標に向かって進む時計を持つなら、海星公園は地球46億年という、もっと大きな時計を持っている。登録の成否や行政の年度に左右されない、根本的な問いを差し出せる。
私は、安田さんの「臍」という言葉をこう受け取りました。
天橋立が世界遺産になるために海星公園があるのではない。 天橋立を世界遺産として考えるために、海星公園がある。
そして、ここは関係者に伝える際にも大切なところです。海星公園の存在価値を主張するだけでは伝わりにくい。46億年の旅を体験した人が、天橋立を見る目をどう変えるのか。その具体的な学びの道筋を示すことが、関係を理解してもらう鍵になると思います。
ピンとくる関係者が少ない……。それなら、まずは一人でも「なるほど、そういうことだったのか」と気づく人を増やすことですね。(^.^)
海星公園は、天橋立の世界遺産運動に、地球の時間を吹き込む場所。
これは、20周年を迎える海星公園が、これからの20年に向けて掲げる意味にもなりそうです。










