安田さん、これは単なる「開園20周年記念ツアー」ではありませんね。
拝見して、まず感じたのは、海と星の見える丘公園を目的地にするのではなく、海と星の見える丘公園を出発点にして、丹後という地域そのものを読み直そうとしている、ということです。
しかも、旅の題がいい。
伊根で生きる・上世屋で生きる
~天橋立が見える目をつくる旅~
ここでいう「天橋立が見える目」は、股のぞきで天橋立を見る目ではありませんね(笑)。
天橋立という景観の向こうに、山があり、川があり、水を使って生きる人がいて、地域の将来を自分たちで選ぼうとする歴史がある。そうした、ふだんは見えにくい世界を見つける目のことだと受け止めました。
今回の企画の最大の価値は、天橋立を見せる観光から、天橋立を生み出した地域を理解する旅へ、観光の意味を一段深めようとしていることにあると思います。
そして、その旅を海と星の見える丘公園の20周年記念事業に位置づける。これは、公園自身のこれからを考えるうえでも、大きな意味を持ちます。
1.この旅の構造——三つの「北の国」をめぐる
安田さんの行程表を、単なる移動順ではなく、物語の構造として読み直してみます。

第一部 北の国へのアクセス
宮津駅 → 天橋立 → 与謝野 → 篭神社 → 日置 → 波見
天橋立を、観光の目的地ではなく、宮津の市街地と半島北部の山間地・沿岸地域をつなぐ自然の橋として捉え直す。
「伊根はどっち?」という問いから、山と海、道路と集落の位置関係を考え始める導入部です。
第二部 北の国・海の奇跡
海と星の見える丘公園 → 波見・長江 → 新井の里パノラマ → 野室 → 伊根の舟屋
合併をめぐる住民投票を手がかりに、伊根町が単独の町として生きることを選んだ意味を考える。そして、野室のような小さな集落、舟屋、漁業、海辺の暮らしを訪ねる。
「海の美しさ」だけでなく、その海のそばで暮らし続けることの意味を探る部です。

第三部 北の国・高原の奇跡
世屋谷 → 上世屋 → 和紙・藤織り → 松尾田んぼ → マルヤ農林園 → 岡の前 → 世屋高原
山間の厳しい自然条件のなかで、田んぼや水、和紙、藤織りなどを通じて営まれてきた暮らしを訪ねる。
さらに、現在の農業・自然保全・地域づくりの実践に触れ、昔の暮らしを懐かしむだけでなく、未来へ何をつなぐかを考える部です。
この三部構成は、よくできています。
第一部が「つながりを発見する旅」、第二部が「海辺で生きる選択を考える旅」、第三部が「山里で生きる工夫と挑戦を考える旅」になっている。
そして、最後に海と星の見える丘公園へ戻ってくる。
ここが大事です。
公園に戻ることによって、訪問先を一つずつ見学して終わるのではなく、海辺と山里の実践を見たあとで、公園は地域に対して何ができるのか、という問いが残るのです。
この構造があるからこそ、20周年記念事業としての意味が生まれます。
2.20周年の主役は、公園ではなく「公園が地域に対して果たす役割」
京都府の公式説明によれば、海と星の見える丘公園は2006年8月に開園しました。宮津湾を一望する里山に位置し、約142.9ヘクタールの公園区域のうち、一般開放区域は約41ヘクタール。自然と共生する未来の暮らしを体験・学習する場であり、丹後地域の広域レクリエーションや観光振興にも応える施設として設置されています。指定管理者はNPO法人地球デザインスクールです。
この設置目的に照らすと、今回の企画には、20周年を祝う以上の意味があります。
開園当初から掲げられてきた「自然との共生」「環境教育」「持続可能な未来社会の創造」という方向性を、公園の外に出て、地域の現場で確かめようとしているからです。京都府の指定管理者募集要項でも、自然環境の保全、環境教育、持続可能な未来社会のモデルとなる実験・体験・交流が、公園の基本方針として示されています。
ここから、20周年の問いが生まれます。
-
公園の中で自然を学ぶだけでよいのか。
-
公園の周辺で続いている暮らしや生業を、どこまで学びの対象にできるのか。
-
公園が地域の人たちと一緒に活動することで、何が変わるのか。
-
公園での体験が、訪問者の行動や地域への関わり方を変えられるのか。
今回の旅は、これらの問いを、実際の地域を訪ねることによって確かめる企画です。
私は、これを**「公園の20年を振り返る事業」であると同時に、「公園の次の20年の役割を試す事業」**と評価します。
公園の20年を振り返るだけなら、写真展や記念講演会でもできます。しかし、地域を訪ね、地域の人の話を聞き、暮らしの現場に触れ、その経験を公園へ持ち帰る。これは、公園がこれから地域とどう関わるのかを、具体的に試すことになります。
3.海と星の見える丘公園の本当の価値——「点」から「面」へ広がる学びの拠点
安田さんがこれまで考えてこられた「点と面と線」という視点を使うと、公園の可能性がよく見えてきます。
点——公園そのものの魅力
森、湿地、宮津湾の眺望、星空、自然体験、環境学習、宿泊など。公園の中で自然に触れ、学び、楽しめることが基盤です。
線——公園と地域をつなぐ旅
今回のツアーのように、海岸、集落、棚田、工房、自然再生の現場を移動しながら学ぶ。道路は単なる移動手段ではなく、異なる土地の成り立ちや暮らしを読み解く学習の線になります。
面——丹後全体を学びのフィールドにする
伊根、野室、上世屋、松尾、マルヤ農林園、和紙や藤織りの工房など、それぞれの場所の活動をつなぐ。公園は、地域全体を理解するための入口・中継点・振り返りの場になれます。
ここでいう「面」は、観光マップ上で範囲を広げるだけのことではありません。
伊根の舟屋を見た人が、なぜ海と家があのように結びついているのかを考える。野室で、海だけではなく山側の土地利用や集落の持続性にも目を向ける。上世屋では、水や地形に合わせた農業、和紙、藤織り、湿地の保全を知る。
そうすると、個々の場所が孤立した観光資源ではなく、自然条件に向き合ってきた人間の営みを学ぶ、一つの大きなフィールドとして見えてきます。
公園は、その学びを受け止め、整理し、次の行動につなぐ役割を担える。
これが、観光施設としての公園と、地域の未来を考える拠点としての公園の違いだと思います。
4.自然共生サイトの認定——公園の「自然」を、地域の未来につなげる
ここで、20周年を考えるうえで見逃せない事実があります。
京都府は2025年9月、海と星の見える丘公園の生物多様性保全に関する活動実施計画が国に認定され、公園が「自然共生サイト」となったことを発表しました。府は、今後も森林や湿地の維持管理、多様な動植物の保全、環境教育プログラムなどを進めるとしています。
これは、公園にとって大きな節目です。
ただし、認定されたこと自体がゴールではありません。自然共生サイトの価値は、そこで実際に生物多様性が保全され、その活動が継続していくことにあります。
そして、今回の旅には、その価値を公園の外へ広げる可能性があります。
-
公園内の森や湿地で、生物多様性を学ぶ。
-
マルヤ農林園などで、農地や湿地を守る人の実践を知る。
-
松尾田んぼで、農業と企業連携の関係を学ぶ。
-
上世屋で、自然条件と暮らしの知恵を知る。
-
伊根や野室で、海辺の暮らしと地域の持続性を考える。
こうした経験を通して、自然共生が「公園の中だけの活動」ではなく、地域の生業や暮らしとつながった課題であることが伝わります。
公園自身が自然を守るだけでなく、地域で自然を守り続ける人たちを理解し、応援し、つなぐ。その方向に進めば、自然共生サイトとしての公園の役割も、より豊かなものになるでしょう。
(↑ 京都府HP)
5.この企画の核心——伊根の「単独で生きる」と、上世屋の「挑戦して生きる」
私は、第二部と第三部の並びに、企画者の深い意図があると感じます。
伊根で生きる——地域の未来を、自分たちで決める
2005年の伊根町の住民投票では、宮津市との合併に反対する票が賛成票を上回りました。投票率は80.23%、反対1,050票、賛成941票。差は109票でした。
この選択は、単に合併をしなかったというだけではありません。その後も町としての行政機能を維持し、住民の暮らしを支え続けるという課題を引き受けたことでもあります。
ただし、投票結果だけから、反対した人々の考えを一つにまとめることはできません。だからこそ、この歴史は「合併しないことが正しかった」と結論づけるためではなく、地域の自治とは何かを考える材料として扱うのがよいと思います。
伊根の舟屋も同じです。
景観が美しいから残す、というだけでは、そこに暮らす人たちの生活を支えきれません。漁業、住宅、交通、医療、仕事、観光との共存など、地域の暮らしを維持する条件を考えなければならない。
この部では、参加者にこんな問いを残せるとよいでしょう。
「自分たちの町で生きると決めることは、その町の何を守り、何を変える責任を引き受けることなのだろう?」
上世屋で生きる——厳しい自然条件の中で、未来をつくる
第三部では、別の形の「生きる」が見えてきます。
豪雪、高原の地形、水の条件、耕作の難しさ。そうした自然条件の中で、上世屋の人々は田んぼをつくり、和紙や藤織りなどの生業を営んできました。
そして現在、松尾田んぼやマルヤ農林園では、農業、自然保全、企業連携、子どもの学びなどを通じて、新しい可能性が探られています。
ここで見たいのは、昔の暮らしの保存だけではありません。
自然に合わせて暮らしてきた知恵を、現在の技術や制度、人のつながりを使って、どう未来へつなぎ直すか。
伊根が地域自治の選択を考える場なら、上世屋は暮らしを継続するための実践と挑戦を考える場です。
両者を一日の旅でつなぐことによって、「地域の未来を決めること」と「その未来を実際に支えること」の両方を考えられる構成になっています。
6.では、海と星の見える丘公園の未来はどうあるべきか
私は、今回の企画から、公園の将来像として三つの方向が見えてくると思います。
方向① 自然を守り、自然から学ぶ拠点
公園の森林・湿地の保全、自然観察、環境教育を着実に続ける。自然共生サイトの認定を、保全の成果や活動の質を高める機会として生かす。
伊根、野室、上世屋、松尾など、地域の暮らしや自然保全の実践を結び、現地で学ぶプログラムを育てる。公園の中だけで完結しない学びをつくる。
子どもや高校生、大学生、企業、地域団体が、自然保全や地域づくりに継続的に関わる機会をつくる。訪問して終わりではなく、調査、活動、交流、成果の共有につなげる。
この三つが結びつけば、公園は「自然の豊かな場所」から、自然と人間が共に生きる未来を、地域と一緒につくる場所へと役割を深めていけます。
ただし、ここで忘れてはならないのは、地域をつなぐ活動には、人手も時間も費用もかかるということです。今回のように多くの訪問先をつなぐ旅を、一度実施するだけでは、その関係は定着しません。
継続的に行うには、受け入れ先の負担への配慮、適切な参加費や事業費、移動の安全、案内を担う人材の確保、活動の振り返りなどが必要です。
公園の職員が疲弊するような形で地域連携を広げても、長続きしません。地域側に負担を押しつけるのも同じです。
地域とつながることと、地域のために働く人を疲弊させないこと。その両方を成立させる仕組みが必要です。
7.この企画をさらに強くするために——行程表への三つの提案
企画の骨格は魅力的です。そのうえで、実際に参加者が何を持ち帰れるかという観点から、三点提案します。
提案1 訪問先ごとに「一つの問い」を決める
訪問先が多いので、説明が増えすぎると、参加者は情報を受け取るだけで終わってしまう可能性があります。
各場所で一つの問いを共有し、答えを参加者自身が探す形にすると、旅の軸が通ります。
|
場所 |
参加者と共有する問い |
|---|---|
|
天橋立・沿岸の車窓 |
この砂州は、どんな山と水の働きによって生まれたのか |
|
新井の里の展望 |
この海は、美しい景色であると同時に、どんな暮らしの場なのか |
|
野室 |
海と山の間で暮らしを続けるには、何が必要なのか |
|
伊根の舟屋 |
観光地として有名になることは、住民の暮らしに何をもたらすのか |
|
松尾田んぼ |
水と農業を守ることは、誰の仕事なのか |
|
マルヤ農林園 |
生きものを守るために、人間は何をし、何をしないべきなのか |
|
和紙・藤織りの工房 |
昔の技術を、現在の暮らしにどうつなげられるのか |
|
海と星の見える丘公園 |
この地域の実践を、公園はどう支えられるのか |
すべての問いに、その場で答えを出す必要はありません。むしろ、答えが出ない問いを持ち帰ることにも意味があります。
提案2 「見たもの」と「考えたこと」を分けて記録する
自然観察でも地域づくりでも、観察した事実と、そこから考えたことを分けておくと、学びが深まります。
例えば、野室で「山が海のすぐ近くまで迫っている」と観察する。そのあとで「海だけではなく、山側の土地利用も暮らしに影響しているのではないか」と考える。
松尾田んぼでは、「湧水がある」と確認することと、「この水が地域の農業を支えてきた」と解釈することを分ける。
こうした記録があれば、参加者がそれぞれの視点を持ち寄り、旅のあとに新しい発見を共有できます。
提案3 最後に公園へ戻って、問いを公園自身に向ける
16時35分に世屋高原上世屋休憩所を出発し、16時55分に海と星の見える丘公園へ戻る計画ですね。
ここは、ただの解散場所にせず、短くてもよいので「今日の旅を公園の未来にどうつなぐか」を振り返る時間にできるとよいと思います。
例えば、参加者に次の三つを尋ねます。
-
今日、初めて気づいたことは何か。
-
これからも残ってほしいと思ったものは何か。
-
それを残すために、公園や自分に何ができるか。
この三つの問いによって、地域の見学が公園の未来に結びつきます。
なお、行程表には多数の訪問先と移動が組み込まれているため、各地点の滞在時間、乗降・駐車、道路状況、昼食、トイレ、歩行に必要な時間を実地で確認し、遅れが生じた際に省略できる場所をあらかじめ決めておくことをおすすめします。特に松尾田んぼの1kmの散策と、その後の複数の工房・集落訪問は、参加者が落ち着いて発見する時間を確保できるように調整したいところです。
8.20周年記念事業として、何を成果にするのか
この企画を本当の意味で20周年記念事業にするなら、成果を「参加者が何人だったか」だけで測らないことが重要です。
もちろん参加人数は必要な指標です。しかし、それだけでは、今回の企画が公園の将来にどのような価値をもたらしたのかは分かりません。
私は、次の四つを成果として残すことを提案します。
-
参加者の変化:天橋立や丹後の見方がどう変わったか。
-
地域との関係:訪問先との間に、次の学びや協働につながる関係が生まれたか。
-
公園の役割:公園が地域の実践をつなぐことで、どんな可能性が見えたか。
-
継続の仕組み:次年度以降、誰が何を引き継ぎ、どのように発展させるか。
この成果を記録し、理事会や職員の間で共有すれば、20周年の一回限りのイベントではなく、公園の今後を考える材料になります。
京都府の指定管理業務仕様書も、開園20周年に向けた企画を求めるとともに、公園の認知度向上、利用者の増加、地元自治体との連携による地域交流拠点としての活用を掲げています。
今回の企画は、その方向性を具体的な形にしたものとして評価できます。そして、実施後の振り返りまで含めれば、公園の将来像を考えるための実践的なモデルになり得ます。
最後に——天橋立が見える目をつくることは、公園の未来を見えるようにすること
安田さんの企画を通して、私が最も重要だと思ったことを一つ。
海と星の見える丘公園は、海と星を眺めるための場所です。しかし、海と星を眺めるだけでは、地域の未来は見えてきません。
海のそばで生きる人がいる。山の中で田んぼを守る人がいる。湿地の小さな植物を守ろうとする人がいる。地域の自治を選び、地域の将来を自分たちで考えようとする人たちがいる。
その人たちの営みを知り、つなぎ、次の世代に伝えることによって、初めて、海と星の見える丘公園は、その名前にふさわしい役割を深められるのではないでしょうか。
天橋立が見える目をつくる旅。それは、天橋立の向こうにある丹後の暮らしを見つめる旅であり、同時に、海と星の見える丘公園がこれから何をする場所なのかを見つめ直す旅です。
そして20周年は、過去を祝う節目であるだけでなく、次の20年を地域と一緒に考え始める節目でもある。
私は、この企画のいちばん大きな価値は、そこにあると思います。
















![IMG_20260923_142834_1[1]](https://miyazu-et.com/wp-content/uploads/2026/09/IMG_20260923_142834_11-225x500.jpg)







