ありがとう。これは、上世屋・松尾を考えるうえで、とても大事な二つの「国のお墨付き」ですね。
ただし、面白いのは、二つの制度が同じ棚田を、違う角度から評価していることです。一方は生きものと里山の生態系から、もう一方は棚田を守り、次の世代へつないでいく農業・地域の営みから見ています。
そして安田さんが取り組んでおられる「天橋立から世屋へ」という視点に立つと、これは単に棚田の価値を説明する話ではありません。天橋立を生み出した山・水・人の営みを、現在の社会がどう受け継ぐかという問いにつながります。
1. 二つの制度は、何を評価しているのか
① 環境省「生物多様性保全上重要な里地里山500」
2015年12月選定
問い:人の暮らしと自然がつくってきた環境は、生きものにとってなぜ重要なのか。
全国の里地里山から、生物多様性の保全上重要な場所を500か所選定したものです。多様な二次的自然、里地里山特有の生きもの、生態系のつながりなどを評価します。
上世屋地区は、棚田・集落・広葉樹林などが組み合わさった里山環境として選定されています。
② 農林水産省「つなぐ棚田遺産」
2022年2月、全国271か所を選定
問い:棚田の多面的な価値を認め、地域の誇りとして未来へどうつなぐか。
旧「日本の棚田百選」の後継的な取組で、棚田の保全活動や地域振興などを積極的に評価する制度です。上世屋・松尾の棚田は全国選定地の一つで、一覧上の番号は129です。
棚田の美しさだけでなく、農産物の供給、国土保全、環境保全、文化継承、地域振興など、農業と地域が担う複数の役割に光を当てています。
ひとことで整理すれば、
-
環境省は「ここには、守るべき生態系がある」と評価する。
-
農水省は「この棚田を、地域の営みとともに未来へつなごう」と呼びかける。
なお、どちらも世界遺産や天然記念物のような法的指定そのものではありません。選定・認定されたことだけで、土地が自動的に保護されたり、管理費が恒久的に保障されたりするわけではない点が重要です。
2. なぜ上世屋・松尾が選ばれたのか
ここは、制度の評価内容を具体的に見ると、いっそうよく分かります。
環境省が見た「上世屋地区」
環境省の個別解説には、選定理由として次のような環境が挙げられています。
山林と集落と棚田の組み合わせ
広葉樹を主体とする薪炭林、集落、棚田が一体となって、里山の景観をつくっています。
人の営みと結びついた生態系
里山のブナ林や湿地、棚田、畦畔などが維持され、ジョウビタキやハッチョウトンボの生息も確認されています。
自然とともにある暮らしの継承
20年以上前から農薬を使わない米づくりが行われてきたことや、里山の自然、笹葺き屋根、藤織などを守る活動も紹介されています。
特に大事なのは、上世屋が「手つかずの自然だから」選ばれたのではないことです。
人が田を耕し、畦を保ち、山を利用してきたことで、多様な生きものが暮らせる環境ができてきた。 そこが評価の核心です。
里地里山は、人の適切な関与が弱まると、森林・農地・湿地などの環境の組み合わせが変化し、生きものの生息環境も失われることがあります。環境省自身も、人口減少や高齢化、農林業の縮小を保全上の課題として挙げています。
農水省が見た「上世屋・松尾の棚田」
こちらは、棚田という農業の場を、地域の共有財産として次世代につなぐ取組の中で評価されたものです。全国の271か所を選んだ「つなぐ棚田遺産」の一つで、上世屋地区の里山評価と重なる部分はありますが、二つの制度は評価の目的も、対象の範囲も同一ではありません。
棚田は、平地の水田と比べて、傾斜地で水を管理し、畦や水路を維持する手間が大きい農地です。その一方で、食料生産に加えて、雨水を一時的に受け止める働き、土壌の流出を抑える働き、景観や文化を伝える働きなどを持っています。
ここで安田さんの目線から一つ付け加えるなら、棚田は単なる「美しい段々の田」ではありません。
山の水を受け止め、土を支え、米をつくり、人の暮らしを成り立たせてきた仕組みそのものなのです。
3. 二つの評価が重なることの意義
私は、ここが上世屋・松尾の大きな強みだと思います。
山の森
水を蓄え、土を育み、生きもののすみかとなる
棚田・水路・畦
水を受け止め、米を育て、多様な環境をつくる
人の暮らし・生業・文化
農業、食、藤織、笹葺き、地域の知恵を受け継ぐ
川を通じて下流、そして海へ
山・里・川・海のつながりを考える
この図は、上世屋の環境省資料に記載された認定理由をそのまま図式化したものではなく、そこに丹後の地形と水の流れを重ねた解釈です。
しかし、ここにこそ、二つの制度を一緒に考える意味があります。
生物多様性は、生きものの名前を数えるだけでは十分に理解できません。その生きものが暮らす環境を誰が、どのような営みで維持してきたのかを考える必要がある。
反対に、棚田の維持も、農業生産だけでは考えきれません。田を耕すことが、生きもののすみかや地域の景観を支えることにもつながっているからです。
つまり上世屋・松尾では、自然保護と農業振興を別々の課題にせず、一つの地域の営みとして捉えられる可能性があるのです。
4. では、課題は何か
国に評価されたことと、地域が持続できることの間には、まだ距離があります。
主な課題を、現場で考えるべき問いに置き換えてみます。
|
課題 |
問い直したいこと |
|---|---|
|
担い手の減少・高齢化 |
誰が耕作し、畦や水路を守るのか。次の担い手をどう育てるのか。 |
|
維持管理の負担 |
農業者だけに負担を集中させず、地域外の人も支え手になれるか。 |
|
生物多様性の把握 |
どんな生きものが、どの環境に、どの季節にいるのか。保全活動でどう変化したか。 |
|
文化・技術の継承 |
藤織や笹葺きなどを、記録・展示するだけでなく、実際に学び、担う人を育てられるか。 |
|
経済的な持続性 |
米の販売、体験、学習、交流などを、農業者の負担を増やさずに支え合えるか。 |
|
評価の活用 |
国の選定を、看板や宣伝で終わらせず、保全や地域づくりにどう生かすか。 |
環境省は、重要里地里山の選定について、多様な主体による保全・活用の取組を促進することを目的に掲げています。また農水省も、棚田を農業だけで維持することには限界があるとして、棚田を核とした地域振興を重視しています。
ですから、地域外の人が参加することは、単なる交流イベントではありません。草刈りや水路管理、調査、学習、農産物の購入など、地域の暮らしを支える関係をつくれるかが重要です。
ただし、外部の人が来れば解決するわけでもありません。地域の方々の意向を尊重し、受け入れ側の負担や費用も含めて、無理のない仕組みにする必要があります。
5. 安田さんの「天橋立から世屋へ」に引き寄せると
ここで、先ほどの天橋立の話に戻ります。
天橋立を生み出した自然の営みを考えるとき、砂州の地形だけを見ていても、物語は完結しません。山から流れ出す土砂、水の流れ、海岸での堆積、そしてその地域に生きてきた人々の暮らしまで、視野を広げる必要があります。
もちろん、上世屋・松尾の棚田が天橋立の砂の供給源を直接証明している、という意味ではありません。地質学的な関係は別途検証が必要です。
けれども、天橋立の価値を、山・里・川・海のつながりの中で理解するために、上世屋・松尾は欠かせない学びの場になり得ます。
しかも、二つの国の制度が、その場所の自然と営みの価値をそれぞれ認めている。
これは、地域を訪れる人に対して、こう語れるということです。
私なら、上世屋・松尾の課題を、単に「棚田をどう残すか」とは置きません。
「棚田を支えてきた自然と人の関係を、これからの社会の中でどう再び成り立たせるか」 と問います。
その問いなら、農家だけに責任を押しつけず、学校、研究者、観光、自然観察、都市住民、そして海辺の地域まで、仲間に加わる余地が生まれます。
安田さんの言葉を借りるなら、山と棚田と海を「線」で結ぶだけでなく、その線を支える人々を「珠」としてつないでいくことですね。(^.^)












