宮津エコツアー · 「景観を見る人」から「景観を成立させているシステムを探究する人」へ!! 天の橋立を世界遺産に 110

「景観を見る人」から「景観を成立させているシステムを探究する人」へ!! 天の橋立を世界遺産に 110

【あちゃあ、、また、消えました   以下のような 話題でした、、復活継続が可能ですか!!

◆富国強兵から富国環境へ

◆天橋立に置かれた大砲が、まさか**「世屋の森まで歩いて行け」**と言っている 天橋立は、その実験場になり得る
ここが一番面白いところです。

◆たとえば、

世屋の森を守る
↓
森林・水源・生物多様性が維持される
↓
世屋川が流れる
↓
海へ土砂・有機物・水が運ばれる
↓
宮津湾・阿蘇海の環境が維持される
↓
天橋立という地形・景観を考えることができる
↓
そこに松・文化・信仰・観光が重なる
↓
観光客が丹後全体を歩く
↓
地域経済が循環する
↓
その収益や関心が山・海・文化の保全へ戻る

となる。

 、、、こんなことを踏まえて、それでは、その世屋川の、どこを!なぜ!!、、その話をしているところでしたよ!!】
第3話【アチャアは突然やってくる。】|ささをかみさき

あちゃあ……
でも、今いただいた断片で、かなり核心まで戻せます。

そして、これ、前の話の流れからすると**「大砲」の意味がものすごく面白い**んですよね。

天橋立に置かれた大砲を、単なる「幕末の防衛施設」として見るのではなく、

「ここを守るために、山まで行け」

という、ちょっと逆説的な装置として見る。

つまり、大砲の射程を考えるのではなく、大砲から視線を反転させるんです。

「天橋立から世屋へ」という逆向きの地図

普通なら、

世屋の森 → 世屋川 → 阿蘇海 → 天橋立

という自然の流れを考えます。

けれど観光は、どうしても逆です。

天橋立 → 世屋 → 上世屋 → 世屋高原

と、人間が歩いて遡っていく。

ここに「大砲」が置かれると、妙な物語が成立します。

天橋立を守るために置かれた大砲が、
じつは天橋立の背後にある「山」を見ろ、と言っている。

そして、さらに一歩進めると、

天橋立を守るとは、天橋立だけを守ることではない。

となる。


そして「実験場」としての天橋立

ここが、たぶん前回かなり盛り上がっていたところですね。

天橋立は、山・川・海・砂・松・人間の営みが、わずかな空間に凝縮して見える。

だから、

「山を守ることが、海岸の景観を守ることにつながる」

という仮説を、実際の場所で考えられる。

たとえば、

世屋の森
↓
森林・土壌・水源・生物多様性
↓
世屋川
↓
水・土砂・有機物
↓
阿蘇海・宮津湾
↓
沿岸の環境
↓
天橋立
↓
砂州・松・景観・文化
↓
人が歩く
↓
丹後の山へ関心が戻る

という循環です。

ただし、ここは科学的には「世屋川だけが天橋立をつくった」と単純化してはいけない。
複数の河川からの土砂供給、沿岸漂砂、海況、地形変化などが関わる。そこをきちんと残したうえで、

「天橋立という景観を、背後の山・川・海のつながりの中で考えてみる」

という実験にする。

これならかなり強い。


そして、以前おっしゃっていた

「山と海が天橋立を育てた。だから今度は観光が山と海を支える。」

という話にも、きれいにつながります。

つまり、

自然が観光地をつくった
↓
観光が自然を消費する

だけではなく、

自然が天橋立をつくった
↓
天橋立を入口に人が山へ歩いていく
↓
山・川・海の価値を知る
↓
その価値が保全に戻ってくる

という、観光の向きを180度変える構想です。

そして「大砲」は、その入口に置く。

なんだか可笑しいですよね。
**「敵が来たら撃て」ではなく、「天橋立が気になるなら、世屋まで歩け」**と大砲が言っている。(^.^)

これはかなり良い「物語の装置」になりそうです。

IMG_20260823_122015_1

【はい、世屋川はあくまで,モデルです、、(^.^) そのうえで、 世屋川、その支流となる、①松尾川、源流の松尾田んぼの一本桜と無農薬現代営農景観 ②ミョウガ谷川 源流のブナミズナラの夏緑樹林に至る河畔樹の垂直分布 ③世屋川本流 居住域として生きている世屋の里と棚田群 ④さらにその上の 3本の支流の源流になる高原湿地湿原。そのそれぞれの個性をみたらどうかという提案をしました、お薦めは、④ 目線が放棄湿田薪炭林の『現代農業』目線でぼ再生、さらにそこに、宮高F探部がフィールド探究演習地として加わり、,ビオトープとして自然共生サイト認定をうけていること、、、世屋川下流日置の、そして大工兼お百姓で、さらに90歳に手が届く、そんなかたがその中心にいらっしゃること,,,,こんな所まではなして、その意味意義について、意見を頂いていましたよ!!】

ああ、はい。いまのお話で、かなり鮮明に「何を議論していたか」が戻りました。(^.^)

そして、改めて並べてみると、④を薦めた理由がかなり明確です。
これは単なる「世屋川流域の自然観察コース」ではなく、一つの川を軸にして、人間と自然の関係が時代ごとにどう変わり、どう再接続されているかを見る実験場なんですね。

世屋川を「一本の川」ではなく、四つの窓から見る

私なら、こう整理します。

場所 見えてくるもの 目線
① 松尾川源流 一本桜・田んぼ・無農薬営農 現代農業
② ミョウガ谷川源流 河畔樹・ブナ・ミズナラ・垂直分布 森と地形・生態系
③ 世屋川本流 世屋の里・棚田・現在も続く居住 暮らし
④ 高原湿地・湿原 放棄湿田・薪炭林・再生・探究・ビオトープ 「放棄」を未来へ反転する

この四つを歩くと、面白いことに、

農業 → 森林 → 里 → 湿地

という分類以上に、

人が自然を利用してきた場所
→ 人と自然の境界
→ 人が住み続ける場所
→ いったん人の手から離れた場所を、もう一度未来の場として読み直す

という時間軸が見えてきます。

IMG_20260818_163320_1


だから、私も④が「入口」として特に面白いと思います

理由は、④には過去・現在・未来が同時に存在しているからです。

かつては、

湿田として使われる
↓
周囲の薪炭林も利用される
↓
人間の営みが生態系の一部になる

という世界だった。

ところが、その利用が終わる。

普通なら、

「耕作放棄地になってしまった」

で話が終わります。

ところが、そこを現代の農業的な目線から見直して、

「では、この土地を現代の技術と知恵でどう再生できるか」

と問い直している。

さらにそこへ、

宮高F探部のフィールド探究

が入る。

さらに、

ビオトープとして自然共生サイト

という現在の社会的な評価が加わる。

すると、単なる「昔の里山の保存」ではなくなるんです。

「過去を保存する場所」から「未来を実験する場所」へ

ここが④の非常に大きな意味だと思います。

しかも、その中心に、

大工であり、お百姓でもある。
90歳に手が届く人が、現場にいる。

ということですよね。

これがものすごく重要です。

なぜなら、そこには「里山文化」という博物館的な説明ではなく、身体に刻まれた知識があるからです。

木を知っている。
土地を知っている。
水を知っている。
田んぼを知っている。
道具を知っている。
そして、実際に手を動かしてきた。

そこに高校生の探究が入る。

すると、

90歳に近い職人・百姓
×
現代農業
×
高校生の科学的探究
×
自然共生サイト
×
高原湿地

という、ものすごく面白い「異世代・異分野の交差点」になります。

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そして、ここで「大砲」の話に戻るんですよね

天橋立に大砲を置く。

普通なら、

天橋立 → 大砲 → 幕末・海防

です。

でも、この物語では違う。

天橋立
↓
大砲
↓
「この景観を守るとは何か?」
↓
川を遡る
↓
世屋川
↓
支流
↓
源流
↓
高原湿地
↓
そこにいる人
↓
高校生の探究
↓
未来の農業・自然共生

となる。

つまり大砲は、**天橋立から世屋へ向かう「逆向きの矢印」**になる。

これ、私はかなり好きです。(^.^)


そしてもう一つ重要なのは、**「世屋川をモデルにする」**という位置づけです。

世屋川そのものを世界の縮図だ、と言い切る必要はない。

むしろ、

「一つの流域を、山から海まで丸ごと見てみると、人間と自然の関係がどう見えてくるだろう?」

というモデルケースにする。

すると①②③④は「観光スポット4か所」ではなく、

同じ流域の中に存在する、4種類の“人と自然の関係”

になります。

そして④は、その中でも、

「失われたものを懐古する」のではなく、
「失われた土地を、次の世代の探究の場に変える」

という未来志向を持っている。

だから、私は前の話で④を推した、という筋道だったのだと思います。

そして実はこれ、あなたがずっと言っている

「この景色の中に、地球の物語がある」

の、かなり具体的な実験場になっています。

天橋立を見て終わらない。
天橋立から、山へ歩いて行く。

そして最後には、

「景観を見る人」から「景観を成立させているシステムを探究する人」へ変わる。

――ここまで来ると、もう単なるエコツアーではなく、**「流域そのものをフィールドにした探究型観光」**という言葉が見えてきますね。

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