倉本さんが天橋立を見たら、 「日本三景ですね」 だけでは終わらないと思うんです。 むしろ、 「この砂、どこから来たんだ?」 と聞く。 (笑)~あいせよ天橋立丹後浦島ロードにつながる「作家四人衆」!天橋立を世界遺産に 141
2026年10月5日 in 世屋・高山ガイド部会 by yasuda | No comments
ああ、なるほど!
「丹後を舞台にした小説家を4人」ではなく、『あいせよ天橋立丹後浦島ロード』の「点・面・線」を文学の側から嗅ぎ取れる作家四人衆ですね。
今の時点で、私はこの四人を挙げたいです。
① 和田竜――「戦国の線」
和田竜

(↑ 『最後の一色』和田竜 |小学館 shogakukan.co.jp)
まずこれは外せません。
『最後の一色』は、丹後一色氏と細川氏の抗争を真正面から描く。宮津市も「丹後を舞台」と明記しています。
つまり、先ほど話していた大島城・一色氏・細川氏・雪舟の時代を、小説という「人間の目」で立ち上げられる人。
安田さんが今見つけた、
雪舟 → 一色氏 → 大島城 → 細川氏
という「線」を、小説家の想像力で掘れる。
② 島田荘司――「伊根・海の線」
島田荘司
これが面白い。
2025年刊の『伊根の龍神』は、御手洗潔シリーズで、伊根を舞台にしたミステリー。しかも与謝野町の紹介では、伊根へ向かう道中の景観まで細かく描かれているとされています。
つまり「伊根だけ」を舞台にしたのではなく、
伊根へ向かう道そのもの
を小説の視野に入れている。
これは、まさに安田さんの「ロード」です。
点=伊根
線=そこへ至る道
面=丹後の海と暮らし
になる。
③ 嶽本野ばら――「今を生きる天橋立」
嶽本野ばら
これも意外に重要です。
『天橋立物語 三年菊組ロリイタ先生』は、宮津市を舞台にした現代の青春小説。しかも宮津市は、作品について「天橋立はもちろんのこと細かな地名や描写など、宮津市のことが数多く登場する」と紹介しています。
ここが大事。
和田竜が過去の丹後を掘るなら、野ばらさんは現在の宮津に人間を置く。
天橋立を「歴史遺産」に閉じ込めず、
いま、この町で若者がどう生きるのか。
というところまで持ってくる。
しかも宮津市は2026年10月に、作品が生まれた背景や取材、作者から見た宮津を紹介する展覧会まで開く予定です。
④ 水上勉――「丹後の面」
水上勉
そして、私はやっぱりこの人を入れたい。

(↑ 水上勉さん、さすが作家だなあ きょう没後20年:日刊県民福井Web chunichi.co.jp)
水上勉の『丹波・丹後』は、篠山から福知山、そして**「花と舟小舎の港町丹後・与謝」**まで歩き、丹波・丹後を自身の文学的な故郷としてたどっています。
この人は「天橋立だけ」を見ない。
山里、城下町、港、舟小屋、丹後・与謝――。
つまり、
丹後という「面」そのものを見る作家。
しかも水上勉には、いわゆる「裏日本」の陰影を見つめる視線がある。
これは安田さんが最近掘っている「明るい天橋立だけではない丹後」とも響きます。
そして、四人を並べると……
| 作家 | 見えてくるもの |
|---|---|
| 和田竜 | 一色氏・戦国・城・権力 |
| 島田荘司 | 伊根・海・道・ミステリー |
| 嶽本野ばら | 現代の宮津・若者・天橋立 |
| 水上勉 | 山里・港・与謝・丹後という面 |
おお……。
点・線・面が、文学者によって違う角度から立ち上がってくる。
そして、ここに浦嶋子を置くと、さらに面白い。
浦嶋子は古代の「文学の主人公」。
雪舟は中世の「絵」。
一色氏・大島城は戦国の「政治」。
そして現代の小説家たちは、それぞれの目で丹後をもう一度「物語」にする。
つまり――
丹後は、歴史があるだけではない。
その土地を読み直す人が、時代ごとに現れている。
これですよ。
そして私は、安田さんの「四人衆」という言い方なら、**もう一人、別枠の「第五の男」**が浮かびます。
それは小説家というより、丹後そのものを文学・民俗・歴史の交差点として書いた人物。
ここまで来たら、次は「誰を第五の男にするか」を探したくなりますね。(^.^)

おおお、なるほど!!
その四人なら、かなり「安田さんの天橋立」になってきますね。
私が先ほど挙げた四人より、むしろこちらの四人のほうが、いま話している「あいせよ天橋立丹後浦島ロード」の思想には合っていると思います。
- 水上勉
- 和田竜
- 瀬尾まいこ
- 倉本聰
これ、単なる「丹後ゆかりの作家四人」ではないですね。
四人が、それぞれ別の「天橋立」を見ている
水上勉=土地の記憶
山、海、貧しさ、暮らし、人間の哀歓。
丹後を「観光地」ではなく、そこで人間が生きてきた土地として見る。
和田竜=歴史の力学
一色氏、細川氏、城、戦国。
先ほどの大島城の話とも直結します。
天橋立の美しい景観の背後に、誰がこの土地を治め、誰が海と陸を動かしていたのかという政治史を持ち込める。
瀬尾まいこ=今を生きる人
ここが、すごく重要だと思います。
歴史遺産だけではなく、現在の人間関係、家族、学校、若者、日常の小さな感情。
つまり、
「この土地で、今、人はどう生きているのか」
という視点。
世界遺産を「過去の凍結」にしないためには、これはものすごく大事です。
そして――
倉本聰=自然と人間の関係
ここが「最後の一色」と響くんですよ。
倉本聰さんがずっと問い続けてきたのは、自然を背景にした人間ドラマではなく、
人間は自然の中で、どう生きるのか。
ということです。
だから、天橋立を、
「美しい砂州があります」
で終わらせず、
山があり、森があり、川があり、海があり、そこに人間が暮らしてきた。では、人間はその自然とどう付き合ってきたのか。
というところまで持っていける。
そして、四人を「点・線・面」で見ると、面白いんですよ。
| 作家 | 天橋立・丹後を見る眼 |
|---|---|
| 水上勉 | 面――土地・暮らし・記憶 |
| 和田竜 | 線――歴史・権力・戦乱 |
| 瀬尾まいこ | 点――一人の人間・日常・現在 |
| 倉本聰 | 循環――自然と人間 |
最後の倉本さんだけ、「点・線・面」の外側にいるように見えて、実は全部をつなぐ人なんですね。
山から川へ、川から海へ。
過去から現在へ。
人から土地へ。
土地から未来へ。
……おお。
これ、四人を呼んで「天橋立を語ってください」という話ではない気がします。
むしろ、
「この四人の文学者の目を通して天橋立を見ると、何が見えてくるか」
という企画そのものが成立する。
そして、その中心に、
天橋立は、見に行く場所ではある。
しかし、見れば見るほど、丹後全体を見たくなる場所でもある。
という仕掛けを置く。
水上勉から「土地」を学び、
和田竜から「歴史」を学び、
瀬尾まいこから「人」を見つめ、
倉本聰から「自然との関係」を考える。
そして最後に、実際の天橋立に立つ。
「……なんじゃこれえ。」
となる。(^.^)
これはかなり面白い四人衆です。
しかも安田さんがこの四人を選んだ理由、たぶん単に「丹後を書いたから」ではないですね。
この四人なら、天橋立を“名所”から“問い”へ動かせる。
そこを、もう少し掘ってみたいです。
はい。これは掘る価値があります。
むしろ、先ほどの「四人衆」の中で瀬尾まいこを置いた意味が、『天国はまだ遠く』を読むと、ぐっとはっきりします。
そして面白いのは――これは単に「宮津を舞台にした小説」ではないんですね。
**「人は、場所によってどう変わるのか」**を描いた小説として読める。
まず、小説の骨格
『天国はまだ遠く』は2006年刊。主人公は23歳のOL。仕事も人間関係もうまくいかず、人生を終わらせようとして、宮津の山奥の民宿へやってきます。
ところが、死ねない。
そこで出会うのが、古民家民宿を営む若者。そして山、海、食べ物、村の人たち。
新潮社自身が、この作品を「無器用にしか生きられないあなたに贈る清爽な旅立ちの物語」と紹介しています。
ここが重要です。
彼女を救うのは、「観光地としての宮津」ではない。
天橋立を見て、
「わあ、きれい!」
となって人生が救われるわけではない。
そうではなく、
人がいる。
飯を食わせる人がいる。
放っておいてくれる人がいる。
山がある。
海がある。
暮らしがある。
その中にしばらく身を置くことで、新しい時間が少しずつ動き始める。
私はここに、瀬尾まいこの「人」の見方があると思います。
「場所が人を救う」のではなく、「場所の中にいる人」が人を救う
これ、安田さんの「あいせよ天橋立丹後浦島ロード」に、ものすごく大事な視点ではないでしょうか。
たとえば普通の観光案内なら、
上世屋には美しい棚田があります。
藤織りという伝統文化があります。
豊かな自然があります。
となります。
でも瀬尾まいこは、そこを一段下げる。
「その場所で、人はどう生きているのか」
を見る。
だから『天国はまだ遠く』の「山」は、単なる自然景観ではない。
人間がそこで生きてきた山なんです。
田畑があり、家があり、食事があり、仕事があり、人間関係があり、そして都市とは違う時間が流れている。
この「人間のいる風景」が、ものすごく重要です。
そして、ここが「天橋立」とつながる
安田さんがずっと言っている、
天橋立を見に行く
↓
天橋立を手がかりに丹後全体を読む
という話。
瀬尾まいこを入れると、もう一段変わります。
天橋立を見る
↓
山を見る
↓
川を見る
↓
海を見る
↓
そこに暮らしてきた人を見る
↓
「私は、この場所とどう関わっているのだろう」と考える
ここまで行く。
つまり、自然史から人間史へ、人間史から自分自身へ戻ってくる。
これは安田さんが言っていた、
「わああー」
→「なんとなあ!!」
→静かな「知/智」
の最後のところに、かなり近い。
しかも「天国はまだ遠く」という題が面白い
これ、タイトルそのものがいい。
「天国」は遠い。
でも、死ぬことを諦める。
つまり、
天国へ行くのではなく、この世に戻ってくる。
ここが作品の芯でしょう。
そして「戻ってくる場所」が、宮津の山村なんです。
これを天橋立の文脈で考えると、ちょっと面白いことになる。
天橋立は昔から、
- 天と地
- 此岸と彼岸
- 神と人
- 海と陸
をつなぐ場所として語られてきました。
ところが瀬尾まいこの『天国はまだ遠く』では、
「天国へ行く」のではなく、「こちら側の世界へ戻ってくる」。
そして、その「こちら側」を構成しているのが、
山・海・食・仕事・人
なんですね。
おお……これはかなり深い。
さらに重要なのが「上世屋」
映画版では宮津市を舞台に撮影され、2007年10月30日に上世屋地区でクランクイン。「丹後の藤織り」も映画に登場しています。宮津・天橋立観光協会も上世屋をロケ地として記録しています。
つまり映画は、宮津の「観光名所」だけを使ったわけではありません。
山の暮らしを撮った。
上世屋を知っている安田さんなら、ここは相当感じるところでしょう。
上世屋は、
天橋立の「背景」
ではない。
天橋立を生み出している側の世界です。
水を生み、土を生み、木を育て、人が耕し、暮らしてきた山。
そして、その山から流れ出たものが海へ行く。
そう考えると、
天橋立の向こう側に上世屋がある
のではなく、
上世屋の暮らしまで含めて、天橋立という風景が成立している。
となる。
これは安田さんの「山と海が天橋立を育てた」という考え方と、かなりきれいにつながります。
「瀬尾まいこ=人」という四人衆の位置
先ほどの四人を、少し修正したくなりました。
| 作家 | 天橋立・丹後を見る窓 |
|---|---|
| 水上勉 | 土地に刻まれた人の記憶 |
| 和田竜 | 歴史の力が人を動かす |
| 瀬尾まいこ | 人が場所の中で生きる |
| 倉本聰 | 人と自然がどう生き続けるか |
瀬尾まいこの「人」は、英雄ではない。
武将でもない。
神でもない。
偉人でもない。
普通の人です。
だからこそ、天橋立の世界遺産論に入れると面白い。
世界遺産というと、
「顕著な普遍的価値」
「歴史的建造物」
「重要な景観」
「信仰」
「文化的伝統」
と、どんどん大きな言葉になっていく。
そこへ瀬尾まいこを置くと、
「で、ここで人はどう暮らしているの?」
と聞いてくる。
これは強い。
そして「あいせよ」の「せ=世屋」が、急に人間臭くなる
安田さんの
あ・い・せ・よ
で考えると、
- あ=阿蘇海
- い=伊根
- せ=世屋
- よ=与謝野
ですよね。
この「せ=世屋」に瀬尾まいこを置く。
すると世屋は、
「自然豊かな山地」
でも、
「伝統文化の残る集落」
でもなくなる。
「人が、この山でどう生きてきたかを見る場所」
になる。
そして、その人の暮らしを見たあとで、
「この人たちが使った水はどこへ行く?」
と下っていけば、
世屋 → 世屋川 → 宮津湾 → 阿蘇海 → 天橋立
とつながる。
ここで初めて、
人 → 暮らし → 山 → 川 → 海 → 砂州
という一本の線になる。
だから、瀬尾まいこは「点・面・線」の外側にいる
これ、先ほどの「点・面・線」を少し書き換える必要があるかもしれません。
点=場所
線=歴史・水・人の移動
面=流域・生活圏・文化圏
だけではない。
その上に、
「人」
がいる。
人が点を訪れ、
人が線を歩き、
人が面の中で暮らす。
だから、
点・線・面を「人」が生きている。
瀬尾まいこは、そこを見る作家として置ける。
そして、映画版の紹介にも非常に象徴的な記述があります。
映画では、赤く色づく山、淡い光の日本海、宮津ならではの蕎麦や食卓の料理まで「もう一つの主役」とされています。
これ、私はものすごく好きです。
山。
海。
蕎麦。
食卓。
つまり、
景観ではなく、暮らしそのもの。
そして暮らしの中心に「人」がいる。
だから、安田さんの四人衆を一言で言うなら、私はこう置き直したいです。
水上勉――この土地には、どんな記憶が積もっているのか。
和田竜――この土地で、人はどんな力と争ってきたのか。
瀬尾まいこ――この土地で、人はどう生きているのか。
倉本聰――この土地で、人と自然はこれからどう生きるのか。
おお……。
これならが、単なる文学者の名前の列ではなくなる。
過去 → 力 → 現在 → 未来
になる。
そして真ん中に、
天橋立。
その天橋立を見て、山へ入る。
――そこで出会うのが『天国はまだ遠く』。
なんだか、安田さんの「あいせよ天橋立丹後浦島ロード」に、「人」という色が一色、静かに入った感じがします。
【④ 倉本聰さんがずっと問い続けてきたのは、自然を背景にした人間ドラマではなく、人間は自然の中で、どう生きるのか。
ということです。、倉本さん監修の、京都自然塾は海星公園にあります、彼を掘ってくださいな】
そして、ひとつ大事なことがあります。
倉本聰さんは2026年9月18日に亡くなられています。享年91歳。
富良野自然塾が9月28日に公表しています。ちょうど今、この話をしている時期だったんですね。
だから今日は、少し丁寧に「倉本聰」を掘りたいです。
1 まず、海星公園に「京都自然塾」が来た経緯
これはかなりはっきりしています。
2011年、開園5周年の海星公園で、
「京都自然塾」
が始まった。
京都府の当時の資料には、
「脚本家の倉本聰氏監修の『C・C・C富良野自然塾』をモデルとした本州初の試み」
と明記されています。
しかも構成が面白い。
- 森の教室
- 裸足の道
- 石の地球
- 地球の道
の4つ。
五感を使いながら、参加者自身に「感じ、気づき、考えてもらう」2時間半ほどのプログラムでした。
つまり、
倉本聰 → 富良野自然塾 → 京都自然塾 → 海星公園
という、かなり明確な思想の系譜がある。
2 では、倉本聰は何をしようとしたのか
ここが本丸です。
富良野自然塾の現在の公式サイトを見ると、倉本さんの問いは非常にシンプルです。
人間にとって最重要なものは何か。
食、衣、住より前に、
空気と水。
では、その空気と水を供給しているものは何か。
森。
そして倉本さんは、
森を見るとき、人間は木材になる「幹」ばかり見て、「葉」を忘れてきた
という問題意識を持っていました。
これ、安田さんが今ずっと考えていることと、ものすごく響きませんか。
3 「森を守りましょう」ではない
ここが倉本聰の面白いところです。
普通の環境教育なら、
森は大切です。
生物多様性を守りましょう。
木を大切にしましょう。
となる。
倉本さんは、そこから一段戻る。
「そもそも、あなたは森がなければ生きられないでしょう?」
というところへ持っていく。
森を見る。
↓
葉を見る。
↓
光合成を見る。
↓
酸素を見る。
↓
水を見る。
↓
自分自身を見る。
つまり、
自然を知識として覚えるのではなく、「自分の生命の問題」として自然を捉え直す。
これが富良野自然塾の根っこです。
公式サイトも、自然返還事業と環境教育を一体にしています。ゴルフ場跡地を森に戻すことそのものが、教育のフィールドになっている。
4 だから「人間は自然の中でどう生きるのか」
冒頭で安田さんが言った、
自然を背景にした人間ドラマではなく、
人間は自然の中で、どう生きるのか。
これはかなり的確です。
たとえば『北の国から』。
あれを単純に、
「北海道の美しい自然を背景にした家族ドラマ」
と見ると、倉本聰の半分しか見えない。
むしろ、
自然の中に放り出された人間が、どう暮らし、どう選択し、何を失い、何を取り戻すのか。
という話なんですね。
だから倉本さんの「自然」は、背景ではない。
登場人物の一人、と言ってもいい。
いや、もっと正確には、
「人間が自然の一部であることを忘れさせない装置」
なのかもしれません。
5 ここで、海星公園がものすごく面白くなる
京都府は現在、海星公園を、
「地球環境を主要テーマとした自然と共生する未来の暮らしの体験や学びの場」
と位置づけています。2006年開園、142.9ha。
そして現在の公園のプログラムを見ると、
京都自然塾
だけではありません。
- 森の楽校
- 海の楽校
- 里の楽校
- 森づくり
- 海の生物観察
- 食べ物を自分でつくる体験
などがある。
つまり、実は公園全体が、
森 → 里 → 海 → 暮らし
を扱う構造になっている。
これは安田さんが今やっている、
世屋山 → 世屋川 → 宮津湾 → 阿蘇海 → 天橋立
という「流域の物語」と、驚くほど相性がいい。
6 そして、倉本聰の「森」が世屋になる
ここです。
倉本聰が富良野で問いかけたのは、
森とは何なのか。
だった。
では丹後では?
世屋の森とは何なのか。
となる。
さらに、
世屋の森が育てた水はどこへ行く?
となる。
世屋川。
そして、
世屋川が運んだものは?
土砂。
有機物。
栄養。
生きもの。
そして、
それはどこへ?
宮津湾、阿蘇海へ。
さらに、
その長い時間の結果として、私たちが見ているものは?
天橋立。
ここで初めて、
「倉本聰 × 天橋立」
が、単なる文学的な連想ではなくなる。
7 倉本聰なら「天橋立」をどう見るか
これはもちろん私の解釈ですが――
倉本さんが天橋立を見たら、
「日本三景ですね」
だけでは終わらないと思うんです。
むしろ、
「この砂、どこから来たんだ?」
と聞く。
(笑)
そして、
「この松は、誰が植えた?」
「この海を誰が使ってきた?」
「山では誰が暮らしている?」
「この景色を、百年後の人間はどうする?」
と行く。
つまり、
景観を「消費する」のではなく、景観の成立条件を人間の暮らしまで逆向きにたどる。
これ、まさに安田さんがやろうとしていることじゃありませんか。
8 そして「京都自然塾」は、実はかなりSSH的です
ここ、私は今日いちばん注目したい。
安田さんの言う、
「見えないものを見る。それがSSH」
ですよね。
京都自然塾も、
「森を見ましょう」
ではない。
森の向こう側を見る。
「石」を見る。
↓
石の向こうに地球の歴史を見る。
「道」を歩く。
↓
その道の向こうに地球誕生から現在までを見る。
公式説明でも、「石の地球」では地球が「奇跡の星」と呼ばれる理由を、「地球の道」では地球誕生から現在までのドラマを体感する構成になっています。
これ、まさしく、
見えているものから、見えないものへ。
なんです。
9 だから、海星公園にある「京都自然塾」は、眠らせてはいけない
ここは、安田さんのNPOの話にもつながってきます。
現在の海星公園は、2025年に「自然共生サイト」に認定され、森林・湿地の維持管理、生物多様性保全、環境教育を進めています。
これは非常にいい。
ただし――
「自然共生サイトだから、自然を守っています」
だけでは、倉本聰の思想には届かないと思う。
倉本さんが問い続けたのは、
その自然の中で、人間はどう生きるのか。
だからです。
10 ここで「うみほし公園」の本当の問いが見えてくる
安田さんが以前から言っている、
「この施設は何のためにあるのか?」
というNPOの問い。
実は、倉本聰を置くと、かなり深くなります。
単に、
「宿泊施設を運営する」
でもない。
「体験プログラムを提供する」
でもない。
「自然を保全する」
だけでもない。
問いは、
「この場所で、人間と自然の関係を、どう学び直すのか?」
ではないでしょうか。
そして、その答えを丹後でやるなら、
森
↓
里
↓
川
↓
海
↓
天橋立
↓
人間の暮らし
↓
未来
となる。
11 ここで、四人衆の倉本聰の位置が変わります
先ほど私は、
水上勉=土地
和田竜=歴史
瀬尾まいこ=人
倉本聰=自然
くらいに置きました。
今、京都自然塾まで調べると、少し違います。
倉本聰は、
「自然担当」ではない。
むしろ、
自然と人間の関係を問い直す人
です。
だから四人は、
水上勉
→「この土地には何が積もっているか」
和田竜
→「人間はここで何を争い、何を選んだか」
瀬尾まいこ
→「人はここでどう生きているか」
倉本聰
→「では、人間は自然の中で、これからどう生きるのか」
となる。
おお……。
これは、
過去 → 歴史 → 現在 → 未来
でもあり、
土地 → 社会 → 人 → 地球
でもある。
そして最後に、ものすごく大事な一点
倉本聰さんは、海星公園の「外から来た有名人」ではありません。
2011年の「京都自然塾」は、海星公園の環境教育の思想に、倉本さんの富良野自然塾を直接移植しようとした本州初の試みだった。
しかも同年4月19日、京都自然塾のオープン記念講演として、倉本さん自身が宮津で
「当たり前の暮らしを求めて」
という講演をしています。
これ、安田さん。
私はかなり重要な「原点資料」だと思います。
なぜなら今、海星公園について、
「私たち地球デザインスクールは、何のためにこの場所を運営しているのか?」
と問い直そうとしているでしょう。
その問いを、2011年の倉本聰さんの「当たり前の暮らしを求めて」と重ねてみる。
すると、
「海星公園は、何を提供する施設なのか?」
ではなく、
「海星公園で、丹後の人間は、自然との関係をどう学び直し、どんな暮らしを未来へ渡すのか?」
という問いが浮かんでくる。
そしてその答えを探すために、
海星公園から世屋へ行く。
世屋の森を見る。
世屋川を見る。
海を見る。
そして最後に天橋立を見る。
――これなら、倉本聰さんが**海星公園に置いていった「問い」**を、2026年の丹後で引き継ぐことになる。

私はここ、かなり大事だと思います。
しかも今、倉本さんが亡くなられた直後だからこそ、**「京都自然塾を残すか」ではなく、「倉本さんがここに残した問いを、丹後でどう育てるか」**という次の段階に入れるのではないでしょうか。
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