宮津エコツアー · 「伊根で生きる。上世屋で生きる。」~きょうと生物多様性センター・海星公園・京都府主催一つのツアーが出来るまで~  天橋立を世界遺産に 147

「伊根で生きる。上世屋で生きる。」~きょうと生物多様性センター・海星公園・京都府主催一つのツアーが出来るまで~  天橋立を世界遺産に 147

【参加者が発見する余白を残しながら、安田さんの夢の核心まで届く原稿 、、ありがとう、三稿眼です(^.^)「 丹後へ ようこそいらっしゃいました   はるばる京都から!!秋 真っ盛り 紅葉の都から、、▼ 丹後にも紅葉はおとずれています、比較したら、作った秋、盛った秋 地のというのか地に根ざした生き様、人が向き合う大地、その生の秋 差はおおきいですね。あり意味丹後を代表する伊根と上世屋という状況の中から自然と人間とのバランスを考える、ツアーになればいいかな、と思います。▼今日一日、お付き合いさせていただきます▼ エコツアーガイドの安田です よろしくお願いします▼ あれ!?▼ポイント▼《一部》、 織田信長の丹後侵攻1578~79年(天正6~7)、▼ 鉄道の宮津・天橋立方面への延伸 1924~25年、 ▼ 日本冶金工業・岩滝製錬工場進出1939~42年 ▼ 、、、、、およそ新しきものは、遠方より来たる ▼ ▼一▼部▼▼北の国▼へのアクセス▼▼※▼車中車窓ガイド 駅    9;30 宮津駅  小説家 瀬尾まい子 和田龍 大手川 《車窓》 大手川 小説家 和田龍▼ 宮津城  歴史 織田豊臣徳川  ▼  明智光秀がかんでくる 天橋立駅 経由 天橋立駅 ▼ 鉄道 開通 観光化促進 右手に海  《車窓》▼向かいに山▼ 山の右裾に松並木▼伊根はどっち! 伊根へ行きたいんですけど  伊根ってこっちなの!? はははは▼  約5 km²(約500ha)の潟湖 周囲15km  松並木約4km、 10kmばかり遠回り になります  ▼ 阿蘇かい 海を名乗ってます 砂州が出来る前は入り江 つまり海だったのでしょう、、▼ 足利時代、丹後を訪れ絵を描かれた、当時トップのお坊さんの画家さんがいらっしゃいました  雪舟さんです   天橋立絵図   ▼ 丹後守護所があって 篭神社 成相寺 それらがあるのが対岸なんです、 これからそこへ回ります  消防署交差点▼大工場 《車窓》▼ 右折▼  日本冶金大江山工場 冶金 ▼  関東大震災 消化器具とかけて潜水艦と解く、その心は!!  川  《車窓》▼ ▼▼岩滝市街地 《車窓》 野田川  ※ 野田   このあたりが、『最後の一色』の主戦場。▼ 野田,ノダ、湿地、、水用語、今回企画のキーワード     ▼▼ 丹後縮緬の町です ここが、山間部の村々、離農離村される方々を受け入れた、そのための町作りがされたところです 土地に封建的に縛り付けられていた、その米作りも大型化、山間農村は対応不可。新しい時代の仕組みに適応する、離村しか無かった。▼この町に多い名字、糸井、ピンと来ませんか、もと阪神! 与謝の海支援学校▼ 《車窓》 おかしい 地元の人でも、悩んでいる、、阿蘇の海、与謝の海ではない なぜだ▼、、わたしもわかりません、、推測、仮説、天橋立が原因、海が仕切られたでしょう、▼朝眼を覚ましたら、海が二つに、だった、と言うこと ここが ヒントかな、つまり、初めは、与謝の海、、▼ここから、雪舟さんの画かれた丹後守護所、国分寺、篭神社という中世ワールドになります、 篭神社 《車窓》 ナンバー神社 丹後一の宮 国司が一番に  江戸になって藩主、一番にご挨拶にがここ。  ▼格式別格一番 主祭神火明り命 海部系図と鏡 亀に浦島さんも。▼海の海流は、高速道路みたいなもの 海を操る渡来系文化を携えたかただったようですね。 高石海岸 《車窓》 天橋立絵図   、島を二つ、雪舟さん,画いてらっしゃいます、▼ 右 前方に見える 島なのです▼ あの島のお隣さんが野室、伊根なのです。あの島を意識しながら海岸を北上しますね▼渡来文化 濃厚   日置の庄 《車窓》▼ 丹後風土記残欠に  丹後の国 日置の庄 ここ 風土記残欠はさらに▼筒川の里に 人あり、名を浦島太郎。つまり 筒川の里というのは、古代伊根なんです  崖 海 《車窓》 滑走路のような道から 左 崖  右 海 間 岩ごろごろ わたしは丹後親知らず子不知海岸と呼んでいる、、伊根街道の不思議①です 左折  《車窓》▼ 波見、→ 言葉は変らない・漢字は変る 言葉の意味が変る あかんじゃん! はみ、はみ、はみ谷、どんな漢字!!元々の意味は?置いておきましょう(^.^) 海星公園▼日置橋立ビュー▼10;05 着 地元参加者などと合流▼▼ ※2006年8月の開園時から、地球環境を主要テーマに、自然と共生する持続可能な暮らしの体験・学習の場とすること、さらに丹後地域の広域レクリエーションや観光振興に応えることを設置目的として掲げている。  あれ!?▼ポイント▼《二部》 《無い物ねだりはしない ある物を活かす 》▼ 2005年3月13日の宮津市との合併をめぐる伊根町住民投票。投票率は80.23%、賛成941票(47%)、反対1,050票(52%。)▼ 「合併論議では町内を二分する激しい論争があり、住民投票で反対が上回った。結果を重く受け止め、単独の町として生きることを決意した。」 二▼部▼▼海▼の▼北▼の▼▼▼か▼ら▼▼の▼奇▼跡 海星公園10;10 発▼  車中にて結団交流 挨拶と予定確認 ▼スタッフ紹介▼ 参加者交流 司会 野木公園長▼▼ さて お願い 「変なもの」いっぱい!石垣、石積み、水路、古い橋、田んぼ、放棄された農地、雑木林、崩れた斜面、防護柵、堰、小さな社▼今日のツアーのお題▼「丹後  伊根・上世屋 に 自然、人、生業を訪ねる」▼①   湾 → 外海 → 海が見えなくなる そんな海の見え方▼② 遠い山 → 迫る山 → 谷の山 山の距離       ▼③  海 → 河口 → 川 → 沢 川 ▼⑤ 港 → 集落 → 道路沿いの暮らし → 山の暮らし 人の気配   ▼④   舟屋・漁業 → 集落・農地 → 森林 土地利用 ▼ こういう変化を見つけましょう」、▼こういうのを、SSH(スーパーサイエンス)する というんですって(^.^)▼「今日は、小学生のお子さんの目を借りたいと思っています。大人はすぐ▼答えを知りたがりますからね。(^.^)」今日は小学生のお子さんが(^.^)、▼お子さん目線で見てくだされば、、ね。  波見・長江《車窓》 再び  左 崖  右 海 間 岩ごろごろ 親知らず子不知② ▼長江 《車窓》→ ▼▼▼ 二つの「親知らず子不知海岸」、、その間にハミの谷、,侮れない気がしませんか 巨大ななにかが、、、▼海岸にいる白い鳥、これは? うーん どこ見分ける?▼どっちかな、、そして、どこで子育てしてるのでしょうか▼、、答えは おいておきましょう、 大島 《車窓》→ ▼▼▼ 山の形は? 海の城  一色時代の海の砦 通行税▼ 海 若狭湾の西の端です ▼  櫛の歯のように半島 一番向こうは敦賀、常神半島 越前海岸▼ 能登半島は見えません  日出 《車窓》→▼ 言葉は変らない・漢字は変る 言葉の意味が変る あかんじゃん第三弾▼ ひで、漢字では、元々の意味は? ▼  日本海航路 北前船  港  ハゼロウですよ ここは 儲けた 内陸山間部 舟屋群《車窓》→▼ 昭和6年から昭和15年にかけて整備された道路を挟んで、海側に舟屋、山側に主屋・蔵が並ぶ現在の景観が形成  冠島・沓島・新井の里▼パノラマ観望▼ 10;30 着▼ 10;40 発 冠島・沓島 13km▼生物多様性の面でいうと、この鳥で有名、 だけではないんです  ▼海岸でみた白い海鳥たち、彼らが子育てをするのはここなんです。▼「火明かり命 奥の院など、帰属、伝承、漁業、生態系、航海、戦争などもろもろの面からただの無人島ではないんです。▼漁師にとっては、魚を追う目印であり、荒れた海から逃れる場所でもありました。▼人々は島に神を祀り、豊漁や海上安全を祈りました。▼近代になると、同じ島が軍事拠点にもなりました。▼同じ島なのに、見る立場によって、こんなに違う顔を持っている。▼▼人間がこの島とどう関わってきたか、そのすべてを含めて、次の世代に伝えることが大切なのではないでしょうか。 この里、有名なスポーツ選手でていますよ、全国女子駅伝中学生区間、初めの頃活躍した石倉君。▼新井は、漁業の村、と思う、なので崖に発達したと。山ぎわに里がある、そこが始まり、上げ という、漁法が発達したのでそこから、浜へ降りていって里を作った。 泊→津母・油屋→▼ 《車窓》 屋号 アブラ屋 ハゼロウで財をなした▼ (※境界 校区▼畑 柵 網 さて、これは? なら、なぜ? サルと常緑広葉樹林 野室 10;50着▼▼   11;40発▼ 野室田んぼ で畑作業 向井酒造の酒米 ※ 発酵 日本酒▼ ▼▼ 地元ネタ▼ たかへらのたき へら ウナギ 舞鶴から戦地に向かう子どもに ▼ ここで謎!!▼ ① 「高さ60メートルの滝。ここにウナギがいたという話。ウナギは、こんな滝を登れるんでしょうか?」「実は、九州では46メートルの滝の上流でウナギが見つかっています。」▼▼② 野室水道井戸▼▼《ここに、伊根のもう一つの姿を見る》▼ 山があって、水があって、田んぼがあって、そこで育った米が、海辺の酒蔵でお酒になる。そして、そのお酒が伊根の名を、遠くまで運んでいく。▼海だけでは、伊根はわからない。舟屋だけでも、伊根はわからない。▼山の水を受け止める田んぼがあり、米を育てる人がいて、その米の個性を引き出そうとする酒造りがある。▼しかも、古代米という古いものを、現代の知恵で新しい酒にしている。▼古いものを守ることと、新しいものを生み出すことは、対立しないんです。 津母→ 《車窓》▼泊→ 《車窓》▼六万部→ 《車窓》▼朝妻 → 《車窓》▼大原 → 《車窓》 さて、これからもう一度、伊根の舟屋、向井酒造さんを訪ねます。▼▼津母、泊、六万部、朝妻、大原……。▼小さいですけれど、肩を寄せ合うように固まった里が、車で走っていると、なんだか数珠のようにつながって見えますね。町で連なっているのは名前だけ!!▼まあ、気楽に「数珠みたいですね」なんて言っておりますけれども……(^.^)▼▼伊根町 イチョウの木が多い町 イチョウの巨樹がその里一つ一つに▼▼丹後の巨樹を探して、高校生たちと道のないところまで歩いたことがあります。 ざっと数えて、3500本ほど。巨樹って▼一本一本の木に、なんだか人の気配があるんですよ。▼たとえば、幹回り3mの木が巨樹。もちろん木は一年に必ず3cm太るわけではありません。でも、仮に一年3cmとすれば、100年分です。▼100年の間、▼その木を見ていた人がいた。中には、わしだと思ってくれと植えて、戦争にいきなった木だ。▼一本一本に、人と土地が一緒に過ごしてきた時間がある。そう考えると、巨樹って、ただ大きな木じゃないんですよ。▼▼「ここに何があったんだろう?」▼今日も、そんなものを一緒に探す旅をしているんだと思います。▼▼伊根、観光客でいっぱいです。あかいさーん どうしてこんなに大きくなったんですか ですが ▼でもね、「小さい伊根」が、ひょっとしたら残っているかもしれません。▼探してみてください。(^.^)▼「あれ、ここ何だろう?」見つけたら、教えてください。▼ はい、向井酒造、久仁子さん 待っててくれますよ 向井酒造 ▼ 12;00着▼ 12;40発 ○ 川には見える水の道がある。地下には見えない水の道がある。▼ ○ 向井久仁子さんは1999年から杜氏を務め、当時は京都府初の女性杜氏として注目される。「伊根の伝統を守っている人が、伝統だけを守っているわけではない。」▼伝統的な生酛・山廃も守りながら、野室・赤米や上世屋無農薬米を使った酒造りにも。 ▼▼バイパス→ 《車窓》▼ 養老伊根バイパスは宮津市岩ヶ鼻~伊根町平田の延長4.7km。平成6年度に事業着手「平成22年度(2010年度)に全線開通」。▼伊根の舟屋が重要伝統的建造物群保存地区になったのは2005年。▼つまり、「古い伊根を守ろう」とする動きと、▼「伊根へ安全・便利に入れる新しい道をつくる」動きが、ほぼ同じ時代に進んでいた。 あれ!?▼ポイント▼《三部》 《エコミュージアム世屋高原 京都最強の豪雪高原に、スクールバス !▼     いまポツンと一軒家、かって「大草原の小さな家」 ▼       奇跡・7つのチャレンジ ▼三▼部▼山▼の▼北▼の▼国▼か▼ら▼▼の▼▼奇▼跡 波見の谷→ 《車窓》▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼ゴルフ場→ 《車窓》▼▼▼▼川   左折▼▼ 世屋谷・世屋街道▼ → 《車窓》▼ 波見川▼   支流の谷 親知らず子不知海岸の間の谷にもう一度入りますそして上世屋に向かいます お昼をいただいて 午後メニューです。 ▼▼ここまでは 海岸にそって 横に 水平に走っていました ▼今度は、縦に走ることになります▼ステージ第三部、、 お題は《エコミュージアム世屋高原 京都最強の豪雪高原に、スクールバス !いまポツンと一軒家、かって「大草原の小さな家」 奇跡・7つのチャレンジ というようなイメージでの案内になります。▼▼ だいら ゴルフ場地形 なんだ この平らさ 異常ですね SSHのネタです(^.^)正面の山 そこを目指します 直線か!ではない▼いったん別の谷に,降りていきます、、 ▼▼世屋谷 せや川です、▼正面川向こうの里から上が、旧世屋村、下世屋、上流に上世屋がある▼世屋川、全長上から見たら8km、横から見たら700m 地形様々で川の博物館みたいな川、、SSHのネタ連発なんですよ、▼ ▼「わずか8kmほどの間に、700m近い高さを降りて海へ行く川なんです」▼ 700m ÷ 8,000m ≒ 8.8%▼▼例えば 漢字でかわ、川、三本線の川、、なんでかがなるほど、と一発でわかる  ▼▼ 崖 異常にきれい ▼ お昼会場に向かいます 案内には 上世屋の獣肉 ▼  なぜいまシカ  上世屋獣肉店・世屋ハウス▼ 13;10 着 ▼ 13;45 発▼▼ 2026年4月公表の環境省推定では、2023年度末の全国のニホンジカは中央値で 約303万頭。 京都府は2020年度の約9.6万頭を基準に、2026年度末に半減 → 約48,000頭を管理目標としていました。ところが、2025年度の事業計画では、依然として年間捕獲目標をメスジカ 15,000頭オスジカ 11,000頭合計26,000頭としています。 和紙工房・いとおかし▼ 13;50 着▼ 14;10 発▼ 、世屋産の楮、福知山・夜久野産の三椏などを使い、原料の栽培・採取から製品づくりまで一貫して行っています。トロロアオイも自ら栽培しています。▼つまり山や畑にある植物 → 繊維 → 紙 → 暮らし、というところまで戻っている。 「そして、この紙をつくっている人も、もともとここに生まれた人ではありません。」「外から来た人が、昔この土地にあった生業に出会って、もう一度、自分の仕事として始めた。」「さて、これは『伝統を守る』ということなんでしょうか。」▼▼「それとも、伝統を次の時代につくり直すということなんでしょうか。」 松尾たんぼ・ウオーク 1km▼▼ 14;20 着▼ 14;55「 発▼ ▼▼ ※バス ▼旧汐霧荘入り口に回送待▼機▼ 松尾たんぼ →  圃場整備 機械可能▼ シンボル→ 一本桜 溝口平一郎ファミリー▼ 地元の人が持っている「土地の記憶・水の順番・田の癖」▼▼   加えて 飯尾醸造 ※ 発酵 酢▼    企業 無農薬栽培 酢 まず米 その生育環境 ▼    大豆 ※  発酵 味噌 「世屋味噌」引き継いだ▼  ▼  湧水 名の誇り 川が無い のに、米、田んぼ!?謎!!!▼  歩きましょう!その湧水まで!▼ 大撹乱 無くなったものも多い 復活しているものもある▼ 道脇に、超レアー種もある、▼  発見されたら、多様センター永久会員認定ですね▼岳水 ここの生活 水道代0円 天国 マルヤ農林園 →▼ 15;00 着▼ 15;20 発▼▼▼ こ90歳になったらなにしてらっしゃいます▼ ノダフジ ※野田 ショウブ 紙漉きノリウツギ (サビタ)▼ 再生と新たなチャレンジ、ここは自然共生サイトです。▼かつての湿地棚田。その違いを見ながら、考えてみたいんです。▼田んぼを守るとは、何を守ることなのか。生きものを守るとは、何をすることなのか。そして、この山の暮らしを支えている水は、どこから来て、どこへ向かうのか。▼そのつながりをここで探しているのフィールド探究部、シンボルプラント『サンショウモ』。この保全活動で、日本自然保護大賞を受賞した!▼▼お土産は、ネギ。土付き、土、黒いでしょう、、火山灰、九州鹿児島の鬼 道路情報計測地 《車窓》 京都最強の豪雪高原、京都府の道路積雪情報はここで計測発信、いつもダントツ!2m越える、そんなら行きます、そんな真冬にマイクロバス三台で子どもたち。ユーチューブ『花鳥風月・ぶら丹後』で検索してみてくださいね ノウダ・岡の前→ ▼ 15;25 着・発▼ 15;45 着▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼※小川家玄関ツバメ穴  上世屋周辺は地すべり地形の移動堆積地で、比較的平坦な土地ができた場所です。京都府は上世屋を、棚田と伝統的な民家、周囲の森林が一体となった農村景観として評価し、丹後天橋立大江山国定公園の世屋高原地区の中心的な里山景観として位置づけています。▼▼ ①小川雅道さん▼ 「上世屋生まれ、上世屋育ち。牛を飼いながら米を作ってきた人」▼土地との時間的な厚み。これは移住者には代替できない価値。。▼地元の人が持っている「土地の記憶・水の順番・田の癖」▼+▼移住者が持ち込んだ新しい技術・販路・発想▼+▼飯尾醸造の継続的な需要▼が重なって、今の上世屋棚田がある。▼▼ ノウダ 野田 ふけ 湿地 大フケ小フケ  「小川さんは、ツバメを飼っているわけではありません。」▼「同じ季節の中で、一緒に暮らしているんです。」▼ツバメは田んぼの害虫を食べます。、▼米を作る人▼↓▼田んぼ▼↓▼昆虫▼↓▼ツバメ▼↓▼人の家▼まで、生態系の線が一本になるのです。▼環境省も上世屋を、棚田・畦畔・広葉樹林など、人の生活や生業と結びついた里山生態系が維持されている地域として位置づけています 藤織り工房。ののの→▼ 15;45 着▼ 16;05 発 保存会で学び、上世屋に移住し、自分の工房を構えて伝承を次の段階へ持っていこうとしている人。▼キャリア▼大学では物理学を専攻。その後、結城紬の地機による製織を4年間学び、愛媛県野村シルク博物館で、糸づくり・染色・製織など絹織物の一連の工程を学び、さらに龍村美術織物でジャカードによる手織り職人を6年間経験。さらに、丹後藤織り保存会の講習会に参加し、30期生として藤織りを習得。そして2018年、保存会員として通っていた上世屋へ移住し、「藤織り工房 ののの」として活動。 世屋高原上世屋休憩所▼ 16;15 発▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼ 世屋高原の小中学生の学校跡に2011年6月「地域のにぎわい拠点」としてオープン。世屋高原では、学校は単に「教育施設」だっただけでなく、地域の人が集まり、文化を受け継ぐ場所。▼その学校の役割が縮小・終了した後に、▼↓▼空き施設・跡地▼↓▼地域資源として再活用▼↓▼休憩所・交流拠点▼↓▼藤織りなど地域文化の伝承・発信▼という流れがある。。宮津天橋高校フィールド探究部が、「世屋高原探究拠点」として活用している。 世屋姫飯尾田んぼ   16;40 発 サンショウモは水田雑草か! 水田保全実験▼ ▼ 車中にて解団交流 司会 野木公園長▼ 海星公園16;55 着▼   17;00 発   宮津駅 17;35 着▼ 電車18;20 矛盾が多い から、あえてここ、、そういう矛盾を我がことにせよ、、センター試験選択地理で、宮津市と北部山間の村の対比を考えるという趣旨の出題がされた、▼「この五つは別々の話だったでしょうか?」▼  「いや、全部つながっている」▼ 「この地域では、山の資源を掘り、鉄道で運び、工場で加工し、戦争にも使い、戦後は豊かな暮らしをつくり、いまは資源循環へ向かおうとしている。その全部を含めて、私たちは『自然と共生する』とは何を意味するのか?」 お互いに学ぶものがあったら、矛盾、その発展的な解決の道が広がるかな と思います。▼あわせて、赤米酒粕 世屋味噌、いとおかし和紙、上世屋ジビエ、などお土産のおかいもとめていただければありがたいです、マルヤ農林園冬ネギ、これは土付き、完全土産品、お土産にお持ち帰りください。▼今日は、ありがとうございました。▼ 】
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おお、三稿め、拝見しました!(^.^)

二稿から一歩進んで、**「何を話すか」だけでなく、「参加者に何を発見してもらうか」**が、原稿のあちこちに顔を出してきましたね。

とくに今回、いいなと思ったのは三つです。

  • 「伊根ってこっちなの!?」――天橋立を見慣れた景色から、地形を読み解く手がかりに変える。

  • 「海だけでは、伊根はわからない。舟屋だけでも、伊根はわからない。」――観光地のイメージを、山・水・田んぼ・酒造りへと広げる。

  • 「小川さんは、ツバメを飼っているわけではありません。同じ季節の中で、一緒に暮らしているんです。」――自然共生を、難しい理念ではなく、暮らしの一場面から考えてもらう。

この三つは、今回の旅の骨格になり得ます。

そして、安田さんが最初におっしゃった「天橋立を世界遺産に」という夢。ここに届かせるためにも、丹後の魅力をたくさん紹介する旅から、参加者の「天橋立を見る目」が変わる旅へ、もう一段、原稿を研げると思います。

三稿は、材料を削る段階というより、材料のあいだにある「一本の線」を、はっきりさせる段階に来ています。

1. 三稿のいちばん大きな課題――「天橋立」が、途中から見えなくなる

少し厳しいことを申し上げますね。

この原稿、伊根と上世屋のガイドとして読めば、実に豊かな材料があります。しかし、「天橋立が見える目をつくる旅」として読むと、天橋立が冒頭の車窓に登場したあと、終盤まで主役の座から退いてしまうのです。

これは惜しい。

今回のツアーで、参加者に見てもらいたいのは、伊根の舟屋の魅力だけでも、上世屋の棚田の美しさだけでもない。

伊根で海と暮らしの関係を見た。 上世屋で山と水と暮らしの関係を見た。 そして、最後に天橋立を思い出したとき――

「あの砂州も、こうした山や川や海のつながりの中で生まれたのか」

と、景色の見え方が変わる。

ここまで連れていきたいのですよね。

そのために、冒頭と最後に、天橋立を置くのです。

冒頭は、答えを言わずに問いを置く

たとえば、宮津駅での挨拶のあと、こんな一言を加える。

今日は、伊根と上世屋を訪ねます。

海の町と、山の村。
一見、ずいぶん違う場所に見えますね。

でも、この二つの場所を巡ったあとで、もう一度、天橋立のことを考えてみたいんです。

天橋立は、なぜ、あそこにあるのでしょう。

そして、なぜ、私たちはあの景色を、これほど大切に思ってきたのでしょう。

その答えを、私から先に申し上げるつもりはありません。

今日一日、皆さんと一緒に探してみたいと思います。

これなら、世界遺産の夢を最初から大声で訴えなくても、旅全体に一本の問いが通ります。

2. 「最後の一色」は、三つの場面に絞って見せる

安田さんが長く掘り下げてきた地球・地形・歴史・生業の話は、どれも大切です。ただ、一日で全部を同じ濃さで伝える必要はありません。

私なら、次の三場面を特に大切にします。

天橋立全景 | GANREF

第一景 天橋立を見て、伊根の方向を知る

「伊根って、こっちなの!?」

これは、単なる笑い話ではありません。見慣れた天橋立を、丹後半島の地形の中に置き直す瞬間です。

ここでは解説を詰め込まず、海、山、砂州、対岸の位置関係を、まず参加者自身に見つけてもらう。

天橋立・京丹後周辺おすすめ観光スポット10選

第二景 海の伊根から、山の伊根へ

「海だけでは、伊根はわからない。舟屋だけでも、伊根はわからない。」

ここで野室の田んぼ、山の水、赤米、酒造りへと視野を広げます。

海辺の観光地の背後に、山から海まで続く暮らしの世界がある。ここが、旅の中盤の大きな発見です。

Kamiseya, Kyoto Prefecture, Japan Rural Scenery

第三景 上世屋で、自然と人の関係を見る

棚田、湧水、和紙、藤織り、ツバメ、自然共生サイト。

ここでは「昔ながらの暮らしはすばらしい」とまとめないことが重要です。

地元で暮らしてきた人の土地の記憶と、外から来た人が持ち込む新しい技術や発想。その両方が重なり、地域の未来がつくられていく。

自然と共生するとは何か。その問いを、参加者の手元に残します。

この三場面がしっかり立てば、ほかの話題は、それを支える材料として整理できます。

たとえば、織田・豊臣・徳川、冶金工場、鉄道、北前船、巨樹、鹿、藤織り、学校跡地。どれも面白い。しかし、全部を同じ強さで話すと、参加者の記憶の中で主役が増えすぎます。

主役は一つ。山・川・海と人間の関係を見直すこと。ほかの話は、その主役を照らす光。

この整理が効くと思います。

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3. 今回、ぜひ残したい言葉

三稿には、すでに磨けば光る言葉があります。私は次の四つを残したい。

伊根・野室

「海だけでは、伊根はわからない。舟屋だけでも、伊根はわからない。」

観光地のイメージを、流域の暮らしへと開く言葉です。

冠島・沓島

「無人島というのは、人が住んでいないという意味です。人との関係がないという意味ではありません。」

島を、単なる地形や生物の生息地ではなく、信仰・漁業・航海・軍事・生態系が重なる場所として見せられます。

上世屋・小川さんの家

「小川さんは、ツバメを飼っているわけではありません。同じ季節の中で、一緒に暮らしているんです。」

「自然共生」という抽象語が、目の前の家と田んぼの風景に降りてきます。

終盤・旅全体

「今日、天橋立を見たとき、これまでとは少し違うものが見えるようになっていたら、うれしいです。」

これが今回の旅の到達点です。世界遺産という言葉を使わなくても、その価値を考える入口になります。

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4. ただし、時間配分は、もう一度組み直したい

三稿は、内容の整理だけでなく、時間の現実性も重要です。

特に午後は、移動時間、下車、現地での説明、参加者が発見する時間が競合しています。

場面

現状の時間

気になる点

冠島・沓島の展望

10:30〜10:40

10分で何を見せ、何を語るかを絞る

野室

10:50〜11:40

作業・滝・水道井戸・田んぼの全てを扱うなら、優先順位が必要

向井酒造

12:00〜12:40

見学・交流・昼食との関係を確認

和紙工房

13:50〜14:10

20分で伝承者の経歴を全て紹介するより、仕事の現場を見せる

松尾の田んぼ

14:20〜14:55

1km歩く時間と湧水・生きもの観察の時間を確保

マルヤ農林園

15:00〜15:20

自然共生サイトの意味を一つの問いに絞る

藤織り工房

15:45〜16:05

経歴紹介を圧縮し、素材・技・暮らしの接点を見せる

また、時刻表には、岡の前・ノウダ周辺の到着時刻や、世屋高原上世屋休憩所の出発時刻など、整理が必要な箇所があります。実際の走行時間と駐車・乗降時間も含め、現地で無理なく回れるかを確認したいところです。

参加者が発見する余白は、時間が余ったときに生まれるものではありません。あらかじめ確保しておくものです。

説明を二分短くしても、参加者が「あれ、あの水はどこから来ているんだろう」と考える三分があれば、そのほうが旅の成果は大きいかもしれません。

5. 事実関係で、公開前に確認したい箇所

原稿の骨格とは別に、ここは丁寧に確認しておきましょう。

  • 「周囲15km」「松並木約4km」「10kmばかり遠回り」:阿蘇海の周囲を指すのか、松並木を歩くルートを指すのか、参加者に誤解されないよう整理する。

  • 阿蘇海と与謝の海の名称:「天橋立ができて海が二つになった」という説明は、魅力的な仮説として提示するならよいですが、確定した語源や命名史としては話さない。

  • 野田川・野田・湿地の関係:地名の響きから地形を考えるのはSSH的に面白い。ただし、語源が確定していないものは「この地名から何が想像できるでしょう」と問いにする。

  • 伊根の舟屋の現在の景観:道路整備だけで成立したと単純化せず、港の利用、集落の形成、道路・埋立てなどが重なった景観として扱う。

  • ウナギと高さ60mの滝:滝の上流でウナギが見つかったことと、そのウナギが垂直の滝を登ったことは別です。観察・研究で確認された事実と、登攀経路の仮説を分けて話す。

  • 巨樹約3,500本:安田さんたちが調べた範囲での概数なら、そのように説明する。丹後全域の公式総数のようには聞こえないようにする。

  • 全国のシカ推定数・京都府の捕獲目標:数字の対象年度と公表時点を明記する。ツアーで数字を使う目的が「多さに驚くこと」なのか「里山の管理を考えること」なのかも定めておく。

こうしたところは、正確さを確保しつつ、全部を説明する必要はありません。むしろ「まだ分からないことがある」と示すのも、探究の旅にはふさわしいと思います。

6. そして、最後の場面に「世界遺産への夢」を戻す

三稿の締めくくりには、「矛盾を我がことにせよ」という安田さんの考えが入っています。私はここを大切にしたい。

自然と共生するとは、工場をなくすことでも、昔の暮らしをそのまま保存することでもない。便利さも、産業も、保全も、地域の暮らしも、矛盾を抱えながら未来をつくっていくことです。

ただし、最後の「五つの話」は、何を指すのか分かりにくいので、山・川・海・人の暮らしへまとめ直すのがよいでしょう。

そのうえで、こんな終わり方はどうでしょう。

今日は、海から山へ、丹後を巡ってきました。

伊根では、海だけでは見えない暮らしがありました。
上世屋では、山の水が田んぼを潤し、米を育て、和紙や藤織りの仕事につながっていました。

そこには、長くこの土地で暮らしてきた人の記憶があり、新しくこの土地にやって来て、仕事を始めた人の挑戦もありました。

昔からあるものを守ることと、新しいものを生み出すこと。
自然を守ることと、人が暮らし続けること。

簡単には答えの出ない問いが、たくさんありましたね。

でも、山があり、水が流れ、川が海につながり、人がその土地で暮らしてきた。そのつながりの中に、今日見てきた丹後の姿がありました。

さて、ここで、もう一度、天橋立のことを考えてみたいんです。

天橋立を、ただ美しい砂州として見る。
それも、もちろん大切なことです。

でも、あの砂州を生み出した大地や水の動き、周囲の山や海、そこに暮らしてきた人々の歴史まで見えてきたら、天橋立は、少し違う場所に見えてこないでしょうか。

私は、天橋立を世界遺産に、という夢を、もう一度考えてみたいと思っています。

天橋立だけを大切にするのではなく、天橋立を生み出した山も、川も、海も、そこに生きる人々の営みも、一緒に大切にしていく。

そんな天橋立の見方を、次の世代に手渡せないだろうか。

今日の旅が、そのことを考える小さなきっかけになったなら、うれしいです。

一日、お付き合いいただき、ありがとうございました。

この結びは、世界遺産運動への賛同を求める演説ではありません。参加者が今日見たものを、自分の中でつなぎ直すための呼びかけです。

安田さん、ここが大事だと思うのです。

夢を語ることと、夢を参加者に発見してもらうことは、違う。

前者だけなら、安田さんが一日中語ればよい。でも後者を目指すなら、語らない時間も必要です。参加者が自分で景色を見て、自分で問いを持ち帰る。その余白をつくるために、ガイドは語ることを選び、時には語らないことも選ぶ。

蟷螂の斧、しまう必要はありませんよ。(^.^)

ただ、斧を振り回して全部を切り開くのではなく、参加者の目の前に、一本の道を開く。

四稿では、その道筋を一緒につくりましょう。

、、、、

【参加者募集】10月17日~文化と生物多様性のつながりを学ぶ~「伊根と上世屋の魅力にふれる現地研修会」を開催します!

京都府・きょうと生物多様性センターでは、文化と自然のつながりを体感することで、生物多様性についての理解を深めていただく様々な催しを開催しております。

今年は府立丹後海と星の見える丘公園(通称うみほし)の開園20周年を記念し、伊根町の日本酒と宮津市上世屋の里山文化をテーマに「日本酒×里山トークライブ~伊根に生きる、上世屋に生きる~」を開催しました。その第2弾として、「伊根と上世屋の魅力にふれる現地研修会」を実施します。皆様のご参加をお待ちしております。

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