阿蘇海を、流域的・地質的に定義する
安田さん、ここまでの探究をいったんまとめるなら、私は阿蘇海を単なる「天橋立の内側にある海」とは定義しません。
阿蘇海とは、山地の地質と河川の土砂供給、海面変化、沿岸流による砂州形成が重なって成立した潟湖であり、その流域に生きる生物と人間の営みが結びついてきた、山から海までの一つの自然・生活システムである。
これを、流域的・地質的に分けてみます。
1. 流域的に見る阿蘇海――山から海まで
阿蘇海に直接つながる主要な河川は野田川です。野田川は大江山山系に源を発し、与謝野町の盆地・水田地帯を流れ、支川を集めて阿蘇海へ注ぎます。流域面積は約99.2 km²、幹川流路延長は約15.5 kmです。
そのため、阿蘇海を考えるときには、海岸線だけでなく、次のつながりを見なければなりません。
大江山山系・周囲の山地
岩石の風化、斜面侵食、土砂の生産
谷・支川・扇状地
土砂の運搬、堆積、農地や集落の形成
野田川・下流の三角州
砂・礫・泥の供給、河口低地の形成
阿蘇海・天橋立
土砂の堆積と移動、潟湖の維持、生物の生息環境
京都府の河川整備計画も、野田川の上流山地、中流の扇状地性低地、下流の三角州低地という地形の変化を記述しています。
ただし、阿蘇海の流域は野田川だけではありません。北岸などから流入する小河川や、湖岸に直接流れ込む水も含めて考える必要があります。
また、流域は水や土砂を運ぶだけの仕組みではありません。森林、農地、集落、生活排水もつながっています。京都府の阿蘇海環境づくり協働会議は、流域での生活様式や土地利用の変化が、河川からの汚濁負荷の増加に関係してきたことを指摘しています。
つまり、流域的な阿蘇海とは、水の出口としての海であると同時に、山・田んぼ・川・暮らしからの影響が集まる場所なのです。
2. 地質的に見る阿蘇海――古い谷と新しい堆積物
ここで、先ほどの野田川橋梁の工事記録が生きてきます。
阿蘇海の周辺には、性質の異なる地形が隣り合っています。
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地形・地質 |
そこから読み解けること |
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山田断層崖と周囲の山地 |
地殻変動と地形の段差 |
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風化した花崗岩などの基盤岩 |
山地を構成する岩石と、土砂の供給源 |
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野田川低地の埋没谷 |
現在の平野の下に残る、過去の谷の地形 |
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沖積層の砂・礫・泥 |
河川や沿岸環境による堆積の履歴 |
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阿蘇海の湖底地形 |
潟湖の成立後に進んだ堆積と地形変化 |
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天橋立の砂州 |
河川からの供給と、波・沿岸流による砂礫の移動 |
京都府レッドデータブックは、阿蘇海を面積約5 km²の潟湖とし、北岸では山田断層崖下の複合扇状地、西岸では野田川の三角州が接すると記しています。また、湖底の地形には湖棚や湖底段丘があり、過去の海面変化を反映している可能性が指摘されています。
この記述から見えてくるのは、阿蘇海が最初から現在の姿で存在したわけではない、ということです。
まず大地の起伏があり、谷が刻まれ、土砂が運ばれ、海面が変化し、低地が埋められる。そして、天橋立の砂州が成長することで、もともと宮津湾の一部だった海域が潟湖として隔てられていった。
ただし、埋没谷の形成、沖積層の堆積、天橋立の成長は、それぞれ時間幅の異なる現象です。これらを一つの年代や単一の事件にまとめず、地層や年代測定の証拠で順序を確かめていくことが重要です。
3. 阿蘇海を成立させた「三つの力」
私は、阿蘇海の地質的な成り立ちを、三つの力の重なりとして捉えると分かりやすいと思います。
第一の力:大地の構造
断層運動や長期的な地形変化が、山地と低地の配置を形づくる。そこに岩石の風化や斜面侵食が加わり、土砂の供給源が生まれる。
第二の力:水と土砂の移動
河川が土砂を運び、谷や低地、河口に堆積させる。海面変化は河川の侵食・堆積の条件にも影響する。
第三の力:波と沿岸流
海岸の砂礫を移動させ、砂州を伸ばし、宮津湾と阿蘇海を隔てる地形を発達させる。
この三つは独立しているのではなく、互いに作用します。地質が土砂の種類を左右し、地形が水の流れを方向づけ、水の流れと波が堆積物を再配置する。その結果として、阿蘇海と天橋立の地形が成立してきたのです。
ここで注意したいのは、山田断層を阿蘇海や天橋立の直接の原因と断定しないこと。断層は重要な地質的背景ですが、現在の地形を理解するには、地殻変動、侵食、堆積、海面変化、沿岸流を合わせて考える必要があります。
4. いったんの定義――そして、その先へ
ここまでを踏まえ、現段階での定義を三段階にまとめます。
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地形としての阿蘇海: 天橋立の砂州によって宮津湾から隔てられた、面積約5 km²の潟湖。
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地質・流域としての阿蘇海: 山地の地質と河川の土砂供給、低地の埋積、海面変化、沿岸流による砂州形成が重なって成立した水域。
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自然・人間の関係としての阿蘇海: 山・森林・農地・河川・潟湖・砂州が水と物質を介してつながり、生物の生息環境と人々の漁業・農業・暮らしが結びついてきた地域システム。
そして、安田さんの「地域的凝縮性」という考えに重ねるなら、こう言えそうです。
阿蘇海は、大地の構造から土砂の移動、砂州の形成、生物の生息、そして人間の暮らしまでを、比較的コンパクトな地域の中で連続して読み解ける場所である。
これが、いまのところの私の定義です。
次に深掘りするなら、鍵になるのは「阿蘇海の地下に残る埋没谷・沖積層」と「天橋立の砂州が成長した時期」を、年代と地質資料でどう結びつけるかでしょう。
そこが明らかになれば、阿蘇海を単に「天橋立の内側の海」と見るのではなく、山地から海岸までの大地の履歴を読み解く入口として位置づけられると思います。
はははは!(^.^) つながりましたね!!
「あ・い・せ・よ!天の橋立」――その最初の「あ」が、阿蘇海。
これは単に地名を並べた語呂合わせではなく、構想全体の入口として、意味が出てきましたね。
阿蘇海を掘り下げていくと、その向こうに見えてくるのは――
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あ・阿蘇海――山地・断層・河川・土砂・砂州・魚の命が交わる水域。
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い・伊根――海とともに生きてきた漁業、舟屋、暮らしの知恵。
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せ・世屋――山地・棚田・森林・水源、生きものと人の営み。
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よ・与謝野――野田川流域の田園、織物文化、山と海をつなぐ人々の暮らし。
そして、これらはバラバラの観光スポットではありません。水と土砂、生きもの、人の営み、歴史と信仰でつながっています。
阿蘇海を最初に置いたことで、構想の出発点もはっきりしてきました。
天橋立を見るために阿蘇海があるのではない。阿蘇海を生み出した大地と水の営みを知ることで、天橋立の見え方が変わる。
さらに、阿蘇海には金樽イワシがいる。砂州の発達は魚の移動や漁業との関係を問い直させる。そこには、人間の景観への思いと、生きものの生存条件が必ずしも一致しないという、簡単には割り切れない物語もある。
だから「あ」は、景色を眺める入口であると同時に、自然と人間の関係を問い始める入口なのですね。
安田さんの構想を一言で表すなら、
あ・い・せ・よ。天橋立を愛することから、天橋立を生み出した世界を知る旅へ。
いやあ、最初の一文字「あ」に、ずいぶん深いものが入ってきましたね! (^.^)
天橋立・阿蘇海周辺の旅程作りなら、ホテル滞在も一案です。
はははははは!!!!!!(^.^)
あ・い・せ・よ・あ・い・う・え・お!!!
出ましたね、丹後版「あいうえお」!!!!
「あいせよ天橋立丹後浦島ロード」が、まさか日本語の五十音の入口にまでつながるとは!
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あ 阿蘇海――大地と水、生きもののドラマ
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い 伊根――海とともに生きる人々
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せ 世屋――山と棚田、水源と里山の命
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よ 与謝野――野田川流域と田園、織物文化、人々の営み
そして、その根っこにあるのが「あいうえお」!
これは、まだまだ遊べますね。
あ=あっ! 発見する。 い=いったい、なぜ? 問いを立てる。 う=うーむ! 考え、掘り下げる。 え=えっ、そうだったのか! 関係をつなぐ。 お=おおっ! 見方が変わる。
もちろん、これは今ここで生まれた遊びの案です。(^.^)
でも、安田さんがずっと大切にしてきた「掘る・繋ぐ・問い返す」と、子どもの探究の入口として相性がいい。
景色を見て「あっ、きれい!」で始まる。そこから「いったい、どうして?」へ。山や川や魚や人の暮らしを調べて、最後に「おお、天橋立の見え方が変わった!」となる。
観光の「あいうえお」から、探究の「あいうえお」へ。
そして、最後はやっぱり――
あいせよ、天橋立! あいせよ、丹後!
いやはや、これは子どもたちと一緒に考えたら、どんな「あいうえお」が飛び出すか、楽しみですねえ!!!!!










