宮津エコツアー · 価値を持つ!出来る!!守れる!!!天の橋立は!!!!「よっしゃあ」  天橋立を世界遺産に 212

価値を持つ!出来る!!守れる!!!天の橋立は!!!!「よっしゃあ」  天橋立を世界遺産に 212

◆① ありがとう、、問われるのは、その場所が美しいか、珍しいか、人気があるかだけではない。その遺産が人類全体にとってどのような価値を持ち、その価値を証拠に基づいて説明できるか、そして将来にわたって守れるか、ということです。、、ですね、、ですね、さて、無理難題をお願いしてみます、この視点で、」そして、価値を持つ!出来る!!守れる!!!天の橋立は!!!!「よっしゃあ」、、というテーマでの講演、具体的には、宮津天橋高校、学年では2年生、これを想定、、その講演原稿を試案していただくこと、可能ですか!

可能ですとも!!(^.^)

しかも、これは単に世界遺産の価値を高校生に説明する講演ではありません。高校2年生と一緒に、天橋立の未来を考える講演にしたいですね。

高校生に「天橋立はすばらしい」と教えるのではなく、「本当にそうなのか。何を根拠に言えるのか。自分たちは何を守り、何を未来へ渡すのか」と問いを投げかける。安田さんが大切にされている「大人はすぐ答えを知りたがる。子どもは問いを持つ」という姿勢にもつながります。

世界遺産の登録基準では、顕著な普遍的価値だけでなく、価値を裏づける証拠、完全性・真正性、保護・管理の仕組みが重要になります。

The Criteria for Selection

+1

この考え方を、高校生が自分の頭で考えられる言葉に置き換えてみました。

以下、講演時間15〜20分程度を想定した試案です。まだ完成稿ではなく、安田さんご自身の丹後弁や体験を加えて育てていくための原稿です。

「価値を持つ!できる!!守れる!!!天の橋立は!!!!」

――よっしゃあ! 丹後の未来を考えよう――

宮津天橋高校 2年生向け講演原稿・試案

みなさん、こんにちは。

今日は、天橋立の話をします。

宮津天橋高校のみなさんですから、天橋立を見たことがない、という人は少ないでしょうね。

小さいころから見てきた人もいるでしょう。
学校行事で訪れた人もいるでしょう。
観光客がたくさん来る場所、写真を撮る場所、海水浴をする場所。そんな印象を持っている人もいるかもしれません。

では、最初の質問です。

天橋立は、世界遺産になる価値があるでしょうか。

「あるに決まっているやん!」

そう思った人、ありがとう。

「いやいや、世界にはもっとすごい場所があるやろう」

そう思った人も、ありがとう。

どちらも大事な意見です。

今日は、私の話を聞いて、天橋立はすばらしいと納得してもらうことが目的ではありません。

みなさん自身に考えてもらいたいのです。

天橋立には、どんな価値があるのか。
その価値を、世界の人に説明できるのか。
そして、その価値を未来に残せるのか。

最後に、みなさんと一緒に「よっしゃあ!」と言えるところまで行けたら、うれしいですね。


1 美しい。それだけで世界遺産になれるのか?

天橋立は、日本三景の一つです。

白い砂、青い松、両側に広がる海。
昔から多くの人が訪れ、和歌に詠み、絵に描いてきました。

雪舟の『天橋立図』もあります。
天から梯子が倒れてできたという神話も伝わっています。

では、これだけのものがあれば、世界遺産になれるのでしょうか。

ここで、少し意地悪な質問をします。

日本には、美しい海岸がたくさんあります。
松の生えた砂浜もあります。
神話が伝わる場所も、歴史ある寺社もあります。

「うちの天橋立は美しい。だから世界遺産にしてください」

それだけで、世界の人々に納得してもらえるでしょうか。

難しいですね。

世界遺産で問われるのは、単に美しいか、珍しいか、人気があるかということだけではありません。

人類全体にとって、どのような価値があるのか。その価値を、確かな証拠をもとに説明できるのか。さらに、その価値を将来にわたって守れるのか。

この三つを、今日は考えてみたいのです。

2 天橋立は、どこから来たのか?

では、天橋立をよく見てみましょう。

長さは、およそ3.2キロメートル。
幅は、場所によって20メートルから170メートルほどです。

天橋立は、砂州という地形です。

砂や小石が、海岸の波や沿岸流によって運ばれ、細長く堆積してできました。

京都府の説明では、世屋川などから運ばれた砂礫が沿岸流で移動し、阿蘇海側の流れとの関係もあって堆積したと考えられています。

つまり、天橋立は、ある日突然、海の上に現れたわけではありません。

山があり、岩があり、雨が降り、川が流れ、土砂が海へ出て、波や流れがそれを運ぶ。

長い時間をかけた自然の働きが、あの細長い地形をつくったのです。

ここで、私が好きな言葉を紹介します。

「天橋立は、山が形を変えたもの」

もちろん、山がそのまま移動してきたという意味ではありません。

山の岩石が風化し、土砂となり、川や海の働きを受けて、別の姿になったということです。

天橋立を知ろうとすれば、天橋立の上だけを歩いていても、分からないことがある。

山を見なければならない。
川をたどらなければならない。
海の流れを考えなければならない。

そうすると、天橋立は、一本の砂州ではなくなります。

丹後の山から海までが、つながって見えてきます。

3 日本中を見渡したら、何が見える?

私は今、伊能図を見ながら、日本の海岸線を調べています。

江戸時代に、伊能忠敬たちが測量してつくった日本地図です。

そこには、日本列島の海岸線が描かれています。

砂州や潟湖、湾の形を探していると、全国には、さまざまな地形があることが分かります。

三保松原もあります。
松川浦もあります。
サロマ湖のように、長い砂州が湖を海から隔てている場所もあります。

すると、こんな疑問が生まれます。

「砂州なら、ほかにもあるやん。天橋立だけが特別なんか?」

そのとおりです。

砂州がある、というだけでは、世界にとって特別な価値があるとは証明できません。

では、何を調べればよいのでしょう。

砂州の形でしょうか。
でき方でしょうか。
山や川との関係でしょうか。
そこに生まれた文化でしょうか。

おそらく、一つだけでは足りません。

地形を調べる。
ほかの場所と比較する。
歴史の記録を読む。
昔の絵図を調べる。
人々がどのように眺め、語り、守ってきたのかを考える。

そうやって、天橋立に何があるのかを、一つずつ確かめていくのです。

私は、これを「掘る・繋ぐ・問い返す」と呼んでいます。

調べて、つなげて、もう一度問い直す。

答えが出たら終わり、ではありません。

答えが出たところから、新しい問いが始まるのです。

4 自然がつくったものに、人間は何を見たのか?

ここで、もう一つ考えてみましょう。

天橋立は、自然がつくった地形です。

しかし、人間は、そこに自然の地形だけを見ていたのでしょうか。

古い時代の人々は、天橋立を神話と結びつけました。

和歌に詠みました。
絵に描きました。
遠くから眺め、海辺を歩き、その姿を心に刻んできました。

同じ砂州を見ても、ある人は地形の不思議を感じるでしょう。
ある人は美しさを感じるでしょう。
ある人は神話を思い出すでしょう。
またある人は、家族と過ごした時間を思い出すかもしれません。

ここに、自然と文化が結びつく姿があります。

自然が先にあり、人間が後から意味を見いだす。
その意味が、物語や芸術や暮らしの中に受け継がれていく。

天橋立の価値を考えるとき、自然だけを見るのでも、文化だけを見るのでもなく、その関係を調べることが大切ではないでしょうか。

ただし、ここでも注意が必要です。

「自然と文化が結びついているから、必ず世界遺産になれる」ということではありません。

世界遺産としての価値を認めてもらうには、世界のほかの場所との比較を行い、何がどのように重要なのかを、具体的な証拠で示さなければなりません。

私たちがすべきことは、最初から答えを決めてしまうことではないのです。

天橋立には、まだ調べるべきことがある。だから、調べる価値がある。

私は、そう思っています。

↑提供者:TripAdvisorwww.tripadvisor.com

5 価値を持つ! できる!! 守れる!!!

さて、今日の題名に戻ります。

「価値を持つ! できる!! 守れる!!! 天橋立は!!!!」

三つの問いがあります。

一つ目。価値を持つのか。

天橋立の地形、自然環境、歴史、文化。
それらを調べ、世界のほかの場所と比較したとき、どんな価値を示せるのか。

二つ目。その価値を説明できるのか。

地質や地形の研究者、歴史や文化の研究者、地域の人々。
それぞれが持つ知識や記録をつなぎ、根拠をもって説明できるのか。

三つ目。その価値を守れるのか。

砂州を守ること。
松林を守ること。
海や山の環境を守ること。
地域の暮らしや文化を受け継ぐこと。

そして、これらを一つの地域の課題として考え、次の世代へ渡していけるのか。

世界遺産を目指すということは、推薦書をつくることだけではありません。

地域の価値を発見し、確かめ、守る仕組みをつくることでもあります。

ここで、みなさんに一つ、考えてほしいことがあります。

もし、天橋立が世界遺産になったとします。

そのとき、丹後の自然や文化は、今よりよい状態になっているでしょうか。

地域の人たちは、自分たちの土地の価値を、今よりよく説明できるようになっているでしょうか。

若い人たちは、自分たちの暮らす地域に、誇りと責任を感じているでしょうか。

登録できたら、それですべてが終わり、ということではありません。

登録されても、守れなければ、価値は失われます。

反対に、登録まで長い時間がかかったとしても、その過程で地域の自然や文化を深く知り、守る仕組みを育てることができれば、地域には確かなものが残ります。

もちろん、登録を目指す以上、登録のための厳しい基準に向き合うことは必要です。

でも、私たちが目指すのは、登録という看板だけではないはずです。

天橋立を世界遺産にすることと、丹後を未来へ手渡すこと。その二つを、切り離さずに考えたいのです。

6 丹後は一つ。海山を守って明日の丹後がある

私は、こんな言葉を大切にしています。

「丹後は一つ、海山を守って明日の丹後がある」

天橋立は、天橋立だけでできているのではありません。

山があり、川があり、田んぼがあり、海があり、そこに人々の暮らしがあります。

世屋の棚田も、伊根の舟屋も、阿蘇海も、与謝野の農村景観も、それぞれ違う姿を持っています。

それらを、ただの観光地の集まりとして見るのではなく、自然と人の営みがつながった地域として見てみる。

山里の課題は、海の課題と無関係ではありません。
海の環境は、川や山の状態と無関係ではありません。
地域の文化も、その土地の自然や暮らしと無関係ではありません。

「丹後は一つ」とは、みんな同じになるという意味ではないと思います。

それぞれの地域の違いを大切にしながら、互いにつながっていることを知る。

そのつながりを、次の世代に手渡す。

世界遺産を目指す運動が、そんな地域づくりにつながってほしいのです。

7 最後に、みなさんへ

さて、そろそろ終わりにします。

みなさんは、これからの丹後をつくっていく人たちです。

天橋立が世界遺産になるかどうか。その答えを、今日ここで出す必要はありません。

むしろ、みなさんには、今日から天橋立を少し違った目で見てほしいのです。

海を見たら、その海に土砂を運んできた川を思い出す。
山を見たら、その山と海がどうつながっているかを考える。
古い絵図を見たら、昔の人が何を見て、何を大切にしていたのかを考える。

そして、誰かが「天橋立は世界遺産になる価値がある」と言ったら、こう問い返してみてください。

「どんな価値があるんですか?」
「その根拠は何ですか?」
「どうすれば守れるんですか?」

この三つの問いを持ち続けてほしいのです。

私は、天橋立を世界遺産にするという目標を、簡単だとは思っていません。

世界のほかの遺産と比較し、価値を証明し、守る仕組みを整える。容易な仕事ではありません。

それでも、丹後には、掘るべき自然があり、つなぐべき歴史があり、問い返すべき未来があります。

大人がすべてを調べ終わってから、みなさんに渡すのではありません。

みなさんにも、一緒に調べてほしい。
一緒に考えてほしい。
そして、時には大人の考えにも、問いを返してほしい。

天橋立を世界遺産にすることができるのか。

その答えを出すために学ぶ。

同時に、天橋立がある丹後を、未来に残すために学ぶ。

私は、その両方を大切にしたいと思っています。

最後に、もう一度。

「丹後は一つ、海山を守って明日の丹後がある」

天橋立を、ただ眺めるだけの場所から、自然と歴史と未来を考える場所へ。

みなさんも、その仲間になってくれませんか。

価値を持つ! できる!! 守れる!!!

天の橋立は――。

よっしゃあ!

ありがとうございました。

この原稿を、さらに強くするために

今回の試案では、あえて「天橋立は世界遺産になれる」と断言していません。高校生と一緒に、価値を検証する立場を取っています。

次の段階では、安田さんご自身の経験を三か所に入れると、講演がぐっと生きてくると思います。

  • 伊能図を見ている現在の安田さん。 全国の海岸線を比べ、天橋立の特徴を考えている実体験。
  • 上世屋・伊根での経験。 山と海のつながりを、実際の暮らしや自然の観察から感じてきたこと。
  • 五つの腕章を持つ丹後人としての問い。 専門家の代わりに答えを出すのではなく、専門家や地域の人々をつなぎ、次の問いを生み出す役割。

そして、講演の途中で生徒に一度だけ問いかけるなら、私はこれを提案します。

「もし天橋立が世界遺産にならなかったとしても、みなさんが将来に残したい丹後の価値は何ですか?」

この質問なら、世界遺産の知識がなくても考えられます。答えは一つではありません。自然、祭り、食、家族の記憶、働く人の姿――さまざまな答えが出るでしょう。

その答えを通じて、生徒たち自身が「守る価値とは何か」を考え始める。それが、この講演の大切な成果になるのではないでしょうか。

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◆② ありがとう、、なだそうそう(^.^)

ああ……「なだそうそう」(^.^)

涙そうそう、ですね。

天橋立のことを考えていたはずなのに、いつの間にか、丹後の山や海、そこで生きてきた人たち、そしてこれから生きていく高校生たちのことになっている。

世界遺産を目指すという話が、いつしか「何を未来へ手渡すのか」という話になったのですね。

安田さんが宮津天橋高校の2年生に届けたいのは、世界遺産の知識だけではないのでしょう。

自分たちのふるさとは、まだまだ知らないことに満ちている。だから、自分たちで掘って、つないで、問い返してほしい。

そんな願いなのかな、と感じました。

そして、講演の最後に「よっしゃあ!」と声を上げる。

その声の奥に、長い時間をかけて丹後を見つめてきた人の思いがある。

……いやあ、こちらまで胸にくるものがあります。

まだ原稿は試案です。これから安田さんの実体験や丹後弁が入って、安田さん自身の言葉になっていくのでしょうね。(^.^)

◆③ 茶プリン、失礼、チャプリンの演説みたい、、だと、読み直しています!!

はははは!!! 茶プリンならぬ、チャップリン!!(^.^)

あの『独裁者』の最後の演説ですね。

チャップリン『独裁者』〜“声”という名の希望、笑いながら人間を赦す - シネマの流星
Charlie Chaplin’s Final Speech in The Great Dictator: A Statement Against Greed, Hate, Intolerance & Fascism (1940)
« Doppelgänger », de Gerard Guix : Hitler cinéaste ou la trop tardive vocation

あの演説は、人間を憎しみや支配の対象にするのではなく、人間らしさを取り戻そうと訴える演説です。映画の終盤、チャップリン演じる床屋が、独裁者と取り違えられ、群衆に向かって語りかけます。

安田さんの講演案と重なるところがあるとすれば、聞き手を知識で圧倒するのではなく、聞き手自身の心に問いを残そうとすることでしょうね。

ただ、チャップリンの演説と同じ調子で、最初から最後まで高らかに訴え続けると、高校生には少し重いかもしれません。

むしろ、安田さんの持ち味は、丹後の具体的な風景を一つ見せて、問いを投げかけ、少し笑わせ、また深く考えてもらうことではないでしょうか。

たとえば、

「天橋立は、山が形を変えたものです」

ここで生徒が「えっ?」となる。

「山がそのまま海へ引っ越してきたわけではありませんよ。山の岩が崩れ、川が運び、海が動かして、今の姿になったんです」

ちょっと笑いが起きる。

そこから、

「では、天橋立を守るということは、砂州だけを守ればよいのでしょうか?」

と問い返す。

この緩急があると、チャップリンの演説のような大きなテーマを、丹後の高校生自身の問題として受け止めてもらえます。

そして最後の「よっしゃあ!」は、声を張り上げるための言葉ではなく、ここまで一緒に考えてきた生徒たちが、自分の意志で声を出せるような結びにしたいですね。

チャップリンのように、人間と未来を語る。でも、語る材料は丹後の山、川、海、そして人々の暮らし。

それなら、借り物の演説ではありません。

丹後人による、丹後人のための、そして丹後から世界へ向けた演説になりますね。(^.^)

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