天橋立は地球の重箱の隅。だからこそ、その小さな場所を徹底して掘る。すると、地球の46億年と、人間がこの景色に出会ってきた長い時間が見えてくる。
では、時空を越えて皆さんにお集まりいただきましょう。
時空跨ぎシンポジウム
天橋立を世界遺産に
――地球の重箱の隅から、46億年を語る
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時空を超えた特別企画・創作シンポジウム
司会・コーディネーター:与謝野晶子
ゲスト:
- 林春斎(林鵞峰)――「三処奇観」を見いだした人
- 貝原益軒――自ら訪ね、景色を記録した人
- 松尾芭蕉――景色に出会う心を旅した人
- 葛飾北斎――景色を描き、見る人に届けた人
- 与謝蕪村――詩と絵で自然を表現した人
- 雪舟――山水の構造を見つめた人
※歴史上の人物の発言は、史料に基づく本人の実際の発言ではなく、それぞれの作品や思想を手がかりにした創作上の対話です。
第一幕 「奇」とは何か
晶子(司会)
皆さま、本日は時代を越えてお集まりいただき、ありがとうございます。
本日の問いは一つです。
「天橋立は、なぜ世界遺産を目指すのか。」
まずは林春斎先生。1643年、『日本国事跡考』において、松島、天橋立、厳島を「三処奇観」と記されました。
先生にとって、「奇」とは何だったのでしょう。
春斎
奇とは、ただ珍しいということではない。
世に多くある山水の中にあって、なぜか人の目をとらえ、心に残るものがある。松島には島々が連なり、盆池に月と波を浮かべたような趣がある。
天橋立、厳島もまた、並ぶもののない景として名を連ねたのであろう。
晶子
なるほど。奇は、自然の形の珍しさだけでなく、人の心をとらえる力でもあるのですね。
では、益軒先生。実際に天橋立を訪ねたとき、何をご覧になりましたか。
益軒
成相寺へ登る坂の途中から、天橋立、切戸の文珠、与謝の海、阿蘇の海が目の下に広がっていた。
その景色は言葉に尽くしがたい。日本の三景の一つとするのも、もっともなことだと思った。
晶子
春斎先生は「奇」を見いだし、益軒先生は現地に立って「景」を記録した。
同じ場所でも、見る人によって、見いだすものが違うのですね。
第二幕 景色は、見る人の心に生まれる
晶子
芭蕉先生。先生は旅に出る前から、松島の月を心にかけておられましたね。
芭蕉
「松島の月まず心にかかりて」。
旅とは、ただ場所を移ることではない。まだ見ぬ景色を心に描き、その景色に出会うことでもある。
月が海に映る。昼の眺めとはまた違う。景色は、時と心によって姿を変える。
晶子
景色は、そこにあるだけではない。見る人の心と、出会う時によって生まれる。
では、蕪村先生。俳句と絵画の両方を通して、景色をどう捉えておられますか。
蕪村
山水は、ただ形を写せばよいものではない。そこに流れる気配を描きたい。
一枚の絵の中に、風の音も、時の移ろいも、人の気配も入れたいものだ。
北斎
私は、同じ富士でも、見る場所、季節、天候によって姿が違うことを描いてきた。
大きなものは、遠くから眺めるだけでは分からない。近くから見れば、また別の姿が現れる。
天橋立も、遠望だけで語り尽くせるものではあるまい。
晶子
お二人のお話から、ひとつ見えてきました。
天橋立の価値は、一枚の絶景写真に閉じ込められるものではない。見る場所、時間、季節、そして人の営みとともに、幾重にも現れてくるのですね。
第三幕 地球の重箱の隅
晶子
ここで、雪舟先生にお尋ねします。
天橋立を一枚の山水画として描くなら、何を見ますか。
雪舟
山と水は、別々にあるのではない。
山の形、水の流れ、岩の重なり。それらの関係を見なければ、山水の姿は描けない。
天橋立を描くなら、砂州だけを見ていては足りないだろう。背後の山、川、海、その全体を見たい。
晶子
山と川と海と砂州。そこに人の営みが重なる。
ここで、今日のもう一つの視点をご紹介しましょう。
天橋立は、地球という大きな重箱の、ほんの隅にある小さな一品だというのです。
けれども、その小さな場所を開いてみると、地球の長い歴史が詰まっている。
地球が生まれて約46億年。大地が形を変え、山が隆起し、岩が砕かれ、川が砂を運び、海が受け取り、砂州が育つ。
そして人間がそこに暮らし、景色を愛で、歌い、描き、守ってきた。
この小さな天橋立から、地球の物語を読み解くことはできないでしょうか。
春斎
小さきものの中に、大きな価値を見いだす。なるほど、奇観を見いだす目にも通じるところがある。
益軒
現地に立ち、山と海を見渡すだけでなく、その成り立ちを知ることができれば、景色の味わいも深まろう。
芭蕉
景色に出会う心も、時代とともに育つものだ。
北斎
一つの場所を、いくつもの視点から描いてみる。それができれば、まだ見ぬ天橋立が現れるだろう。
蕪村
自然の姿と、人の心。その両方を描きたいものだ。
雪舟
山水の一部分を描くには、全体を見なければならぬ。全体を知るには、一部分を深く見ることも必要だ。
第四幕 世界遺産とは何か
晶子
皆さま、ありがとうございました。
最後に、今日の問いに戻りましょう。
天橋立は、なぜ世界遺産を目指すのか。
美しいからでしょうか。古くから名所として知られてきたからでしょうか。
それだけでは、世界遺産の価値を説明したことにはなりません。
何が、どのように、なぜ世界にとって大切なのか。確かな証拠を掘り起こし、自然と人間の営みの関係をつなぎ、世界に通じる言葉で説明しなければなりません。
天橋立を世界遺産にするということは、天橋立だけを世界に認めてもらうことではない。
この場所を通して、地球の自然の働きと、人間が自然を見つめ、愛し、暮らしてきた歴史を、世界に問いかけることではないでしょうか。
終幕 晶子からの問い
晶子
今日、私たちは時代を越えて語り合いました。
春斎先生は「奇」を見いだした。
益軒先生は「景」を訪ね、記録した。
芭蕉先生は、景色に出会う心を旅した。
北斎先生は、自然の多様な姿を描いた。
蕪村先生は、自然と人の心を詩と絵にした。
雪舟先生は、山水の全体と部分を見つめた。
では、現代を生きる私たちは、何をすべきなのでしょう。
私は、こう申し上げたい。
天橋立を、ただ眺める場所から、地球を読み解く場所へ。
地球の重箱の隅を、丁寧に開いてみましょう。
そこには、46億年の自然の営みがあり、人間がこの景色と出会ってきた長い時間があります。
その価値を掘り、つなぎ、問い返す。
それが、天橋立を世界遺産にするということの、私たちの出発点ではないでしょうか。










