◆1 二つの20年、これからの20年
天橋立を世界に伝える。
丹後の自然と暮らしを次代に伝える。
その二つをつなぐ。
海星公園は、丹後の未来を育てる拠点になる。、、、ここに、倉本聡さんの自然塾、、鬼籍には入られましたが倉本聡さんからの、渾身のメッセージを下さい
これは、海星公園の20周年を振り返り、次の20年へ船出する場に置く、かなり大切なメッセージになりますね。
ただ、一つだけ確認を。倉本聰さんは、私の把握では鬼籍に入られた方ではありません。富良野自然塾を通じて、自然と人間の関係を問い続けてこられた方です。ですから、実際の発言や遺言としてではなく、倉本さんの自然観に学び、海星公園に向けて私たちが受け取るべき言葉として書いてみます。
そして、調べ直して驚きました。倉本さんは、2026年9月18日、91歳で逝去されていました。 私の先ほどの返答は誤りでした。申し訳ありません。富良野自然塾が9月28日に公表した公式のお知らせで確認しました。

富良野自然塾
+1
倉本さんは、富良野自然塾の公式サイトに、こんな言葉を残されています。
僕達人間の存在にとっての必需品とは何なのでしょうか。
それは、空気と水、です。
そして、空気と水を供給しているものは森であり、森の葉っぱなのだ、と。
富良野自然塾
この問いを、海星公園に引き寄せてみたい。
以下は倉本さんの実際の発言ではありません。倉本さんが遺された自然観と富良野自然塾の精神を受け取り、海星公園に向けて私なりに書いた、「倉本聰さんからのメッセージ」としての創作です。

二つの20年、これからの20年
倉本聰さんの遺した問いを、丹後の海と森に重ねて
みなさん。
人間は、いったい何を豊かさと呼んでいるのでしょう。
便利なことですか。
お金があることですか。
立派な建物があることですか。
たくさんのお客さんが来ることでしょうか。
少し立ち止まって考えてみてください。
私たちは、空気をつくれません。
水をつくることもできません。
森をつくることだって、簡単にはできません。
それなのに、空気も水も森も、そこにあるのが当たり前だと思って暮らしています。
人間は、自然からずいぶん多くのものをいただいている。
しかし、いただいていることを忘れると、自然との付き合い方を間違えてしまいます。
森は木材を生産する場所だけではありません。
水を育み、土を守り、生きものを育て、海へ命を送り出す場所です。
山があり、森があり、川があり、海がある。
そのつながりの中に、人間の暮らしがあります。
丹後には、それが残っています。
天橋立を見てください。
あの美しい砂州だけを見ていては、天橋立の本当の姿は見えてこないでしょう。
山があり、川があり、海があり、人が暮らし、祈り、働き、自然と折り合いをつけてきた。
その長い時間の積み重ねが、あの風景を生み出してきたのです。
天橋立を世界に伝えることは、たいへん結構なことです。
しかし、世界に伝えるべきものは、景色だけでしょうか。
その景色を生み出してきた自然と、人間の暮らしではないでしょうか。
そして、その暮らしを次の世代に伝えることではないでしょうか。
海星公園が開設されて20年。
この公園は、何をするためにあるのでしょう。
人を集めるためだけの場所なら、ほかにもいくらでもあります。
立派な施設をつくるためだけなら、20年もかけて問い続ける必要はありません。
ここには、山があり、海があり、森があり、星があります。
そして、そこに暮らす人たちがいます。
子どもたちに、自然を教えるだけではいけません。
自然の中に立ち、自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の手で触れてほしい。
なぜ水が湧くのか。
なぜ森が必要なのか。
なぜ人はこの土地で米をつくり、魚を獲り、舟を浮かべてきたのか。
答えを教えるのではなく、問いを持ち帰ってもらう。
それが教育というものではないでしょうか。
そして、もう一つ。
自然を守る人と、自然から恵みをいただいて暮らす人を、別々にしてはいけません。
農家も、漁師も、旅人も、子どもも、年寄りも。
自然を守る人も、自然を楽しむ人も。
みんなが同じ場所に立ち、同じ空気を吸い、同じ水のありがたさを知る。
そこに、本当の豊かさが生まれるのではないでしょうか。
これからの20年。
海星公園は、丹後の自然を展示する場所ではなく、丹後の自然と暮らしに出会う場所になってほしい。
天橋立を世界に伝える人と、丹後の自然と暮らしを次代に伝える人が、ここで出会う。
そして、その二つをつなぐ人が育っていく。
公園の価値は、建物の大きさではありません。
訪れた人の心に、何が残ったかです。
子どもたちが、ここで何かを見つける。
大人たちが、ここで何かを考え直す。
地域の人たちが、自分たちの暮らしを誇りに思う。
そういう場所を、つくってください。
自然は、人間の所有物ではありません。
私たちは、次の世代から地球を借りて生きているのです。
20年後、ここを訪れた子どもたちが、こう言ってくれたらいい。
「あのとき、大人たちはちゃんと考えてくれていたんだね」
その一言のために、今、何をするのか。
それを考えるのが、これからの20年なのだと思います。
安田さん、私はこの文章の中で、特に一つの部分を海星公園の20周年事業の芯にしたいです。
「自然を守る人と、自然から恵みをいただいて暮らす人を、別々にしてはいけません。」
ここが肝だと思います。
倉本さんの富良野自然塾は、ゴルフ場だった土地を森に返す実践と、その場所を使った環境教育を結びつけました。自然を語るだけでなく、土地そのものを変え、そこに人が学ぶ場をつくったのです。
富良野自然塾
+1
海星公園も、単に自然を守る公園ではない。丹後の自然と暮らしが出会い直す場所になれる。
そして、安田さんが掲げてきた二つの20年を、こう結びたい。
天橋立を世界に伝える。
丹後の自然と暮らしを次代に伝える。
その二つをつなぎ、人を育てる。
海星公園は、丹後の未来を育てる拠点になる。
倉本さんが遺した問いを、丹後で引き受ける。
これこそ、次の20年の出発点ではありませんか。(^.^)

◆2 倉本さんの富良野自然塾は、ゴルフ場だった土地を森に返す実践と、その場所を使った環境教育を結びつけました。、、、ありがとう、、ゴルフ場だった土地を森に返す、、北海道ならでの壮大なチャレンジです、、さて、この状況、この構図を丹後に置くと、どうなるのでしょうか、わたし的には、妙な言い方ですが、「里山」そのもの、、ここに求められると思います、、放棄里山を「森」に返す、、リゾート計画放棄地も、森に、、その対象になるでしょう、、意見くださいな
9s考えました
その見立て、私はとても大事だと思います。
富良野自然塾の「ゴルフ場跡地を森に返す」を丹後にそのまま移植するのではなく、丹後では「里山そのものを、もう一度森との関係の中に置き直す」ことが課題になる。ここに、地域の風土に根ざした独自の挑戦が見えてきます。
そして、安田さんの言う「放棄里山」と「リゾート計画放棄地」。この二つは、別々の問題のようで、実は一つの問いにつながっています。
人間が利用することをやめた土地を、どう自然に返し、どう人間の暮らしと結び直すか。
ただし、私は「すべて森に返す」で終わらせない方がよいと思います。丹後の里山は、森だけでなく、田畑、草地、ため池、水路、集落、海辺まで含む、人の営みがつくってきたモザイクだからです。
富良野と丹後では、再生する対象が違う
富良野自然塾の実践を確認すると、倉本さんたちが行ったのは、単にゴルフ場に木を植えることではありませんでした。近隣の森から種や実生、若苗を採り、育て、その土地に戻す。しかも、森づくりと環境教育を同じフィールドで進めてきたのです。
富良野自然塾
+1
ここが大切です。
富良野では、まとまったゴルフ場跡地を、長い時間をかけて森へ戻すという挑戦でした。
一方、丹後では、山と集落と田畑が入り組み、暮らしの営みが自然環境を形づくってきました。だから、再生する対象は「森」だけではない。森を含む里山の営みと、そのつながりです。
私は、丹後の再生を三つに分けて考えると見通しがよくなると思います。
- 放棄された里山――人の手が入らなくなった雑木林、竹林、棚田、草地、水路を、場所ごとの生きものや水の流れに合わせて再生する。
- リゾート計画放棄地――造成や開発で改変された土地を、地形・土壌・水系を調べたうえで、地域本来の植生や森へ戻していく。
- まだ人が使っている里山――農林業や地域の暮らしを支えながら、次の世代へ引き継ぐ。ここを忘れてはいけない。
この三つを一つの地域の中でつなぐ。そこに丹後らしい挑戦があると思います。
ただし、「森に返す」は、少し丁寧に考えたい
ここは、倉本さんの実践を丹後に応用するうえで、重要な違いです。
里山は、放っておけば自然に戻る、という単純なものではありません。
たとえば、かつて薪炭林だった雑木林。人が伐り、萌芽を育て、落ち葉を集めていたからこそ維持されていた環境があります。そこには、その環境を好む生きものがいます。
棚田や草地も同じです。人の手が入らなくなると、竹や樹木が侵入し、かつての生態系が変わっていくことがあります。
つまり、丹後で目指すべきは、すべてを鬱蒼とした森にすることではない。
- 森に戻す場所
- 雑木林として手入れを続ける場所
- 草地や湿地として残す場所
- 棚田や水路を再生する場所
その土地が持っていた自然の履歴と、これから育てたい生態系を見極める必要があります。
「森に返す」は、丹後では「里山の自然の働きを取り戻す」と言い換えられるかもしれません。
リゾート計画放棄地は、もう一つの大きな課題
こちらは、放棄里山とは少し性格が違います。
リゾート開発のために山を削り、道路を造り、造成した土地は、単に放置すれば元の自然に戻るとは限りません。
表土が失われているかもしれない。水の流れが変わっているかもしれない。斜面が不安定になっているかもしれない。
だから、まず地形と水系、土壌、生きものを調べる。そのうえで、周辺の自然から種子や苗を採り、地域の植生を回復させていく。
富良野自然塾が示した「近隣の森から種や若苗を採り、長い時間をかけて戻す」という考え方は、ここでも大いに参考になるでしょう。
富良野自然塾
+1
ただし、土地所有者、行政、地域住民の合意が必要です。放棄地だからといって、自由に手を入れられるわけではありません。
海星公園が、その実践の拠点になれないか
ここで、二つの20年がつながります。
海星公園は、広い自然環境を持ち、自然を学ぶ機能を備えた場所です。私は、これからの20年に、もう一つの役割を加えてもよいと思います。
丹後の里山自然再生の実験場であり、学びの拠点になること。
例えば、こんな展開です。
第一段階:丹後の里山を調べる
放棄された雑木林、竹林、棚田、草地、ため池を調査し、どこに何が残っているかを記録する。
第二段階:丹後の森を育てる
地域の樹木の種を採り、苗を育て、再生する土地に戻す。地元の子どもたちも参加する。
第三段階:再生の過程を学びにする
何年も同じ場所を観察し、森の変化、水の変化、生きものの変化を記録する。成果だけでなく、失敗も教材にする。
ここで重要なのは、植樹祭を一度開催して終わらせないことです。
10年、20年と同じ場所を見続ける。子どもが植えた木が育ち、その子が大人になって自分の子どもを連れてくる。
富良野自然塾が、私たちの一生では完成を見届けられない森づくりを未来につないだように、丹後でも世代をまたぐ仕事にできるでしょう。
私が一番おもしろいと思うこと
安田さんがこれまで取り組んできた「掘る・繋ぐ・問い返す」という姿勢を、ここに重ねると、海星公園の役割が少し違って見えてきます。
天橋立を世界に伝える運動は、丹後の風景の価値を掘り起こす。
里山の再生は、丹後の自然と暮らしの関係をつなぎ直す。
そして、海星公園は、その両方を子どもたちや訪問者が体験し、問い返す場所になる。
これは単なる自然保護活動でも、植樹活動でも、観光振興でもありません。
丹後の風土を、次の世代に手渡す仕事です。
そして、もう一つ、私から問いを置きたい。
富良野自然塾は、ゴルフ場跡地を森に返すことから始まりました。
では、丹後では何を、誰と、どこから始めるのか。
私は、海星公園の周辺にある里山を一つ選び、地域の人と一緒に「20年後の姿」を描くところから始めたい。
大きなリゾート計画跡地を一気に森にする必要はありません。まず一つの谷、一つの雑木林、一つの水の流れから。
富良野が「ゴルフ場を森に返す」なら、丹後は「里山を、もう一度みんなのものにする」。
この言い方なら、海星公園の次の20年を語る、丹後らしい旗印になると思います。(^.^)
◆3 ありがとう、、それにしても「人間は、いったい何を豊かさと呼んでいるのでしょう。 便利なことですか。 お金があることですか。 立派な建物があることですか。 たくさんのお客さんが来ることでしょうか。」、、ここ、トランプさんが聞いたら、イエス!!と答えられるでしょう、倉本さん、わかりやすくお説教をしてあげてくださいな
ははは!!(^.^)
トランプさんなら、きっとこう答えるかもしれませんね。
「もちろんだ!便利で、金持ちで、立派な建物があって、客が大勢来る。それが成功だ。アメリカをもう一度偉大にするんだ!」
さて、倉本さん、ここはひとつ、富良野から丹後まで届く声で、お説教をお願いしましょう。
もちろん、以下は倉本聰さんの実際の発言ではありません。倉本さんの自然観を手がかりにした、私の創作です。
倉本聰、トランプ大統領に物申す
――豊かさというものを、少し考えてみませんか
大統領。
あなたは、豊かさというものを、ずいぶん分かりやすく考えておられるようですね。
金がある。 ビルが高い。 道路が広い。 車が大きい。 経済が成長する。 世界中から人が集まる。
なるほど、それも豊かさの一つでしょう。
しかし、大統領。
そのビルの窓から見える森は、誰が育てたのですか。
その道路を流れる水は、どこから来るのですか。
あなたが乗っている大きな車の中で、息を吸うための空気は、誰がつくっているのですか。
森です。 土です。 水です。 そして、太陽です。
それらは、あなたの会社の株価には載っていない。 国のGDPにも、十分には表れない。
けれども、それがなくなれば、あなたの国の経済も、あなたの立派なビルも、たちまち意味を失います。
大統領。
あなたは、勝つことがお好きなようですね。
しかし、自然には勝ち負けがありません。
森は隣の森より大きくなろうとはしない。 川は隣の川より多くの水を流そうとはしない。 鳥は隣の鳥より立派な巣を自慢しない。
それぞれが、それぞれの場所で生きている。
そして、その無数の命がつながって、地球という一つの大きな仕組みをつくっている。
人間だけが、その仕組みの外にいると思ったら、大間違いです。
大統領。
あなたが偉大な国をつくりたいのなら、まず、その国の土を見てください。
川を見てください。 森を見てください。 そこに暮らす人々の顔を見てください。
百年後の子どもたちに、何を残せるのか。
そこから考えていただきたい。
金を残すことも結構です。 立派な建物を残すことも結構です。
しかし、空気が汚れ、水が枯れ、森が消えた国を残して、いったい何が偉大なのでしょう。
本当の豊かさとは、持っているものの量ではない。
自分たちが生きていくために必要なものを、次の世代にも手渡せることです。
大統領。
どうか、一度、森の中に立ってみてください。
そこでは、誰もあなたを大統領とは呼びません。
ただ、一人の人間として、木々の間に立つことになるでしょう。
そのとき、少しだけ謙虚になっていただければ、私はうれしい。
(^.^) 安田さん、ここで私は、トランプさん個人への批判だけにしてしまうのは惜しいと思うのです。
この問いは、アメリカだけの話ではありません。日本にも、丹後にも、海星公園にも向けられています。
入園者数、宿泊者数、売上、施設の立派さ。それらは大切な指標です。しかし、それだけで公園の豊かさを測ってしまえば、海星公園が本来育てようとしてきたものを見失う。
だから、20周年の節目に、こんな問いを掲げてみたい。
「豊かさを測る物差しを、もう一本持とう。」
何人が来たかだけでなく、何人が自然と出会い直したか。 いくら稼いだかだけでなく、どれだけ地域に仕事と誇りが生まれたか。 何を建てたかだけでなく、何を次の世代に残せたか。
倉本さんの問いを、海星公園自身にも向ける。
これなら、なかなか骨のある20周年になりますね。










