宮津エコツアー · 天の橋立日置団子、四つの味と団子の芯!~世界遺産運動の中核と目される日置と海星公園を引き合いにして~ 天の橋立を世界遺産に 236

天の橋立日置団子、四つの味と団子の芯!~世界遺産運動の中核と目される日置と海星公園を引き合いにして~ 天の橋立を世界遺産に 236

◆1 農業基本法と農業構造改善事業と観光資源と金融資本とを混ぜ込んで突いてついてしてできた天の橋立日置団子、どうぞお味見を!さささどうぞ、どうぞ!、

はははは!!いただきます、いただきます。(^.^) これは、なかなか歯ごたえのある「天の橋立日置団子」ですねえ。甘い観光団子かと思ったら、中に金融資本まで入っている。こりゃ、よく噛まないといけません!

しかし、なるほど。日置と海星公園の関係を考えるうえで、これは相当重要な材料です。

私なりに、まず団子を串から外して、一つずつ味わってみます。

天の橋立日置団子、四つの味

一串目 農業基本法

1961年の農業基本法は、農業の生産性向上、農業と他産業との所得格差是正、農業構造の改善を掲げました。農業の近代化、規模拡大、選択的拡大などを進める政策の大きな転換点です。

二串目 農業構造改善事業

農地の区画整理、農道、用排水施設などを整備し、農業生産の基盤を変えていく。農村の風景も、農業の担い手も、地域の暮らしも変えていきました。

三串目 観光資源

天橋立という景観は、地域の農林水産業とは別のものとして観光商品化されたのか。それとも、農山漁村の暮らしと一体の地域資源として捉えられたのか。

ここに、政策と現場のずれが生まれる余地があります。

四串目 金融資本

農地や土地の価値、観光開発、宿泊施設、道路などに資本が流れ込む。地域に投資がもたらされる一方、利益が地域内に循環するのか、地域外へ流出するのかという問題も生じます。

さて、団子の芯はどこにある?

私は、四つを貫く問いはこれだと思います。

地域の土地・自然・景観・暮らしが、誰によって、どのような価値として評価され、誰の利益につながってきたのか。

これを日置に当てはめると、面白い。

  • 農業政策によって、日置の農業はどう変わったのか。
  • 農業構造改善によって、土地利用や農業経営はどう変わったのか。
  • 天橋立の観光振興は、日置にどのような経済的波及をもたらしたのか。
  • 観光開発や土地への投資は、地域の暮らしに何を残したのか。
  • そして、海星公園は、その歴史のどこに位置しているのか。

ここで大事なのは、農業基本法や構造改善事業を一律に悪者にしないことです。生産基盤を整え、暮らしを支えた面もある。けれども、効率化や経済成長を優先した結果、地域の自然や文化、共同体の力がどう扱われたのかは、別に検証しなければなりません。

海星公園に戻ってみましょう

私は、海星公園が日置との関係をつくる際に、単に「地元の野菜を仕入れましょう」「地元の人に利用してもらいましょう」と言っていては、この団子の味が分からないと思います。

むしろ、海星公園を舞台に、日置の近現代史を一緒に掘る。

「日置の農業と観光は、戦後どのように変わってきたのか」

これを農家、地域の古老、商工関係者、行政経験者と一緒にたどる。そこから、これからの日置の産業と暮らしを考える。

海星公園は、自然を学ぶ場所であると同時に、地域の変化を学び、未来を考える場所にもなれる。

さて、ここで団子をもう一口。

私が気になったのは、四つ目の「金融資本」です。

安田さんが言う金融資本は、農業や観光に投じられた資金、土地開発・不動産投資のことを指しておられるのでしょうか。それとも、農協・金融機関・企業などが地域の産業構造に及ぼした影響まで含めておられるのでしょうか。

この違いで、日置団子の中身がずいぶん変わってきます。(^.^)

◆2 温暖、扇状地で農地拡大機械化対応が可能で、かつ、近郊農業的にピントがお金になる物というところに当て、農政と協働して辛抱し、種籾米府下70%、なおかつ耕作放棄地のオリーブ畑転換に目処、、こういうところでしょうか!!、

あああ!! そういうことでしたか。(^.^)

ようやく団子の芯が見えてきました。

安田さんが言う「金融資本」は、単に外からお金が入ってきて土地を開発するという話ではないのですね。

土地の条件を読み、農政の方向をつかみ、資本を投入し、売れるものを選び、地域の農業を組み替えていく。

そういう地域経済の形成過程を指しておられるのだと理解しました。

日置の農業を組み替えた四つの力

整理すると、こうなります。

  1. 自然条件――温暖な気候、扇状地という地形。農地の拡大や機械化に対応しやすい。
  2. 農政との協働――農業基本法、農業構造改善事業などの政策を活用し、基盤整備や生産体制の改善を辛抱強く進める。
  3. 市場への着眼――近郊農業的な立地条件を生かし、何をつくれば収益につながるかを見定める。
  4. 資本の投入と経営転換――設備、土地、技術、人材に投資し、農業の生産構造を変えていく。

その成果として、種籾用米が京都府内の約70%を担うまでになり、さらに耕作放棄地をオリーブ畑へ転換する見通しも立ってきた、ということですね。

※種籾用米の府内シェアやオリーブ転換の進捗は、ここでは安田さんから伺った情報として扱っています。

ここで、私が注目したいこと

これは単なる農業振興の成功物語ではありません。

自然条件を農業生産力に変え、政策を地域の経営力に変え、市場を地域の収益に変えてきた。

その一方で、もう一つの問いが出てきます。

その農業の発展は、日置の地域社会全体に、どのような豊かさをもたらしたのか。

  • 農業所得や雇用はどう変わったか。
  • 農地や水路を維持する地域の力はどうなったか。
  • 農業を担う人と、農業をしない住民との関係はどう変わったか。
  • 観光や交流との接点は生まれたか。

ここを見たいのです。

そして、海星公園との接点

私は、ここに海星公園の役割があると思います。

日置の農業を、海星公園が応援するという単純な関係ではありません。

日置には、農政と協働し、土地の条件を生かし、経営を組み替えてきた経験がある。

海星公園には、自然環境、教育、交流、宿泊の機能がある。

両者を結べば、農業の生産現場を学びの場にし、農業の課題を環境学習のテーマにし、地域の食を宿泊や交流の価値に変える可能性があります。

つまり、

日置は、農業によって地域の可能性を切り開いてきた。海星公園は、その経験を地域内外の人と共有し、次の可能性を一緒に考える場所になれる。

これは、ずいぶん面白い関係です。

ただ、もう一つ掘りたい。

日置の農業の発展を支えた仕組みは、日置の中にあるのでしょうか。それとも、特定の農業経営体やリーダーの力量に大きく依存しているのでしょうか。

ここが分かると、海星公園が何をすればよいかも見えてきます。

地域の成功を紹介するだけでなく、その成功を支えた仕組みや人材を次の世代につなぐ。これなら、海星公園が日置にとって「自分たちの施設」になる道筋にもなりますね。

◆3 お寺や神社など氏子檀家という地縁血縁組織機能が息づいている気がしますね

ああ、そこですか!! それは、かなり大きな発見だと思います。

日置の農業を支えてきたものを、農政・資本・市場だけで説明してはいけない。もう一つ、目に見えにくいけれど、地域の底に流れているものがある。

寺社を核とした、氏子・檀家の地縁血縁組織の機能。

これですね。

農業を支える、もう一つの基盤

農地整備や機械化は、行政や資本、技術によって進められます。しかし、地域で事業を進め、共同作業を続け、土地や水を守り、困ったときに助け合うには、それだけでは足りません。

そこには、

  • 誰がどこの家の人かを知っている。
  • 家と家のつながりがある。
  • 地域の行事や祭礼を一緒に担う。
  • 世代を超えて地域の記憶を共有する。
  • 地域の決め事を調整する場がある。

こうした社会的な基盤が必要です。

寺社の氏子・檀家組織が、すべてを直接担っているとは限りません。自治会、農業組織、消防団、講などとの重なりもあるでしょう。しかし、寺社が地域の人々を結び、関係を維持する役割を果たしてきた可能性は十分にあります。

ここで、天の橋立日置団子が三層構造になってきました

日置の地域力をつくる三つの層

第一層 自然・土地の基盤

温暖な気候、扇状地、農地、水、海、山。

第二層 経済・制度の基盤

農業基本法、構造改善事業、農業経営、市場、金融資本、観光。

第三層 社会・文化の基盤

寺社、氏子・檀家、血縁・地縁、祭礼、共同作業、地域の信頼関係。

三層が重なり、地域の生産力と持続力を支えてきた、という仮説的な整理です。

この三層を見れば、日置の農業の発展も、単に農地を広げて機械を入れたという話ではなくなります。

そして、海星公園に戻ると……

ここが面白いところです。

海星公園には、氏子も檀家もありません。歴史的な地縁組織もありません。府立施設であり、NPOが運営する、いわば新しく地域に置かれた公共的な拠点です。

だからこそ、既存の地縁組織と競合するのではなく、そのつながりを尊重し、地域の活動を支える新しい結節点になれるのではないでしょうか。

私は、海星公園が日置の人に「自分たちの施設」と感じてもらうには、施設を開放するだけでなく、日置の人々が長い時間をかけて築いてきた関係の中に、海星公園が入れてもらうことが必要だと思います。

ここで、もう一つ調べてみたいことがあります。

日置の寺社の祭礼や氏子・檀家の範囲と、農業集落・水利組織・自治会の範囲は、どの程度重なっているのでしょう。

もし重なりが強ければ、そこに日置の地域運営の背骨が見えてくるかもしれません。

そして、これは世屋にも通じますね。

「数珠珠」は農家、寺社、学校、事業者、住民。海星公園は、それらを結ぶ新しい数珠紐になれるのか。

いやあ、日置水道から始まった話が、とうとう地域社会の構造にまで流れ込んできました。(^.^)

◆3 日置と結んで明日の海星がある、、ありがとう、、昨日です、府議会予算委員会の公園視察がありました、見ている範囲ではこういう視点はなかったように思いました、

 「日置と結んで、明日の海星がある。」

いい言葉ですねえ。これは、海星公園の次の20年を考えるときの、ひとつの柱になりそうです。

そして、昨日の府議会予算委員会の視察ですか。

それは、少し考えさせられますね。

議会の視察では、どうしても目の前にある施設、設備、利用状況、管理運営、予算執行といったものが視察対象になりやすいでしょう。もちろん、それらは大切です。

しかし、海星公園を公園の敷地内だけで評価すると、見落とすものがあります。

海星公園の価値は、敷地の外にも広がっている。

眼下の日置、農業、漁業、寺社、学校、地域の人々、そして世屋川流域。これらとの関係をどれだけ育てているか。それも、公園の成果として考えてよいはずです。

私は、府議会の視察を批判するよりも、むしろ次の問いを投げかける機会にしたいと思います。

視察の次に置きたい問い

  • 海星公園は、日置の産業や暮らしにどのような貢献をしているか。
  • 日置の人々は、海星公園の運営や活動にどのように参画しているか。
  • 公園の環境学習は、地域の学校や農林漁業の現場とつながっているか。
  • 公園への投資は、地域内の仕事や人材育成にどう還元されているか。
  • これからの20年、宮津の地域づくりに海星公園は何を担うのか。

こうした問いは、単なる施設評価を超えています。

そして、京都府にとっても、指定管理者にとっても、考える価値のある問いだと思います。

私なら、次の理事会に一つの言葉を持ち込みます

「海星公園の評価単位を、公園の敷地内から地域へ広げませんか。」

これです。

来園者数、宿泊者数、事業数だけでなく、地域との共同事業、地元調達、地域人材の参画、学校との連携、地域住民の利用や企画参加なども評価する。

そうすれば、日置との関係づくりは、単なる善意や努力目標ではなく、海星公園の本来の仕事として位置づけられます。

安田さんが以前から考えておられる、環境行政・NPO・エコミュージアムサービスの三本柱にも重なりますね。

海星公園は、森の中にある施設ではない。日置の上にあり、宮津の中にあり、丹後の自然と文化の中にある。

昨日の視察でそこまで見えていなかったとすれば、次はそれを見てもらう番です。

私は、府議会の方々に、今度は海星公園から日置を見下ろすだけでなく、日置から海星公園を見上げてもらいたいですね。(^.^)

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