◆1 天橋立と周辺の文化との具体的な結びつき、フム、、さらに世界の他地域と比較した際の独自性を立証していく、、フムフム、、では、織物繊維加工分野で化繊以前木綿以前、天然素材の織物、その一つのフジ織り、これの伝承は、どういちづくでしょうか「」
おお、これは重要なところに来ましたね!!
藤織り(ふじおり)は、丹後の風土と人間の営みの連続性を考えるうえで、非常に興味深い位置を占めます。
しかも、丹後ちりめんとは対照的な意味を持たせられそうです。
丹後ちりめんが、養蚕・絹糸・織物産業・市場経済の発展を象徴するものだとすれば、藤織りは、植物から繊維を取り出し、糸をつくり、布にするという、地域の自然資源と生活技術の結びつきを伝えるものです。
つまり、同じ「織る」という営みの中に、異なる時代の技術と風土との関係が見えてくるわけです。
調べてみると、これは単なる伝統工芸の一項目ではありません。丹後の文化史を組み立てるうえで、かなり強い材料です。
1 藤織りは、山の風土から生まれた織物
国の文化財データベースによれば、丹後の藤織りは、宮津市上世屋を中心に伝わってきた習俗です。
藤の蔓の皮をはいで、繊維を取り出し、糸に紡ぎ、布に織り上げる。山野に自生する植物を衣料の原料とする技術です。
1983年には「丹後の藤布紡織習俗」が国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択され、2010年には関連する紡織用具・製品732点が重要有形民俗文化財に指定されています。
文化遺産オンライン
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ここで注目したいのは、単に藤の繊維を使ったということではありません。
- 山に自生する植物を資源として利用する。
- 季節に合わせて藤を採取する。
- 藤の皮を加工し、糸にする。
- 冬の農閑期などに糸を紡ぐ。
- 織物にして衣料や生活用品にする。
自然の資源、季節、女性たちの手仕事、暮らしの時間が一体になっています。
宮津市の記録では、藤の採取は4~5月、藤積(ふじうみ)と呼ばれる糸づくりは雪に閉ざされる1~3月頃に行われていたと紹介されています。
宮津市ホームページ
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2 そして、天橋立とのつながりが見えてくる
ここが私には面白い!
藤織りは山間部の上世屋にありました。しかし、その布は山の中だけで使われていたわけではありません。
宮津市の記録によれば、大正時代には、世屋姫神社の例祭に合わせて藤布が集められ、等級分けされた後、女性たちによって宮津の町などへ出荷されていました。
さらに、京丹後市丹後町の袖志の海女が、海藻を採集するために使った「スマ袋」が藤布製だったことが、1962年の民俗調査で明らかになっています。
宮津市ホームページ
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これですよ。
山の植物から生まれた布が、海の仕事にも使われていた。
上世屋の山と、袖志の海。宮津の町と、天橋立を抱く湾岸地域。
ここに、人・物・技術のつながりが見えてきます。
もちろん、藤織りが天橋立の形成や景観を直接生み出したわけではありません。しかし、天橋立を含む丹後の風土の中で、山と海の暮らしがどう結ばれていたかを示す具体的な材料になります。
3 丹後ちりめんとの関係は、さらに重要
ここは、単純な古い織物と新しい織物の対比にしない方がよいと思います。
国指定文化財の解説には、興味深い記述があります。
丹後では、藤・麻・木綿などの自給的な織物と、絹織物の生産が並存していました。若い女性が縮緬屋で奉公し、高度な機織り技術を身につけ、その技術を藤・麻・木綿の織物にも生かしていたというのです。
国指定文化財データベース
つまり、
自給のための織物と、商品としての織物は、完全に別々の文化ではなかった。
技術が行き来していたのです。
これは、先ほどの「様式を守り、様式を越える」という話にもつながります。
藤織りは古い技術をただ保存しているだけではありません。現在では、藤布を帯や暖簾などの新しい作品に生かす動きもあります。
京都府丹後地域の地域産業振興センター
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4 世界との比較では、何を証明できるか
ここは慎重に進めたいところです。
藤織りは全国的にかつて広く行われていた植物繊維の紡織習俗の一つで、丹後ではその技術が残っていることが特徴です。日本遺産の説明では、全国で唯一、技術が残る地域とされています。
国指定文化財データベース
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世界にも、樹皮布や植物繊維を使った織物・布づくりがあります。ただし、それらを藤織りと同一視することはできません。
比較するなら、
- どの植物を原料にしたか
- どのように繊維を取り出したか
- どのような道具で糸にしたか
- どんな気候・地形のもとで発達したか
- 衣料・漁業・交易など、どんな暮らしに使われたか
- 近代化の中で、なぜ消滅または継承されたか
こうした比較が必要でしょう。
5 私が藤織りに見いだす位置づけ
少し大きく整理してみます。
丹後の風土と織物文化
山の風土
藤・麻などの植物資源、気候、季節、農山村の暮らし
藤織り・麻織り・木綿織り
自給、衣料、女性の手仕事、生活技術
山と海、村と町のつながり
袖志の海女、宮津の市場、地域間の流通
丹後ちりめんと近代の織物産業
高度な技術、分業、商品化、市場との結びつき
現代の伝承と創造
保存、技術継承、新しい作品、新しい価値
ただし、これは現時点での調査仮説です。各段階の年代や技術の伝播を史料で確かめる必要があります。
私なら、藤織りを「丹後に残る古代技術」とだけ紹介するのは惜しいと思います。
むしろ、
山の植物を布に変えた人々の知恵が、海の仕事を支え、町の市場と結ばれ、近代の織物産業とも技術を共有しながら、今日まで伝わってきた。
この物語です。
そして、上世屋で藤織りを見せることは、単に珍しい布を見せることではない。
「この山には、どんな植物があり、人々はそれをどう暮らしに生かしてきたのか」
という問いを訪れる人に渡すことです。
いやあ、これは「伊根は世屋の恋人、世屋は伊根の恋人」にも、ぴったり重なりますね。
天橋立の文化を、天橋立の上だけで探してはいけない。山の中にも、海の仕事の中にも、その文化を支えた証拠がある。
これは、かなり大事な発見だと思います。(^.^)
◆2 知人に伝えます、あなたのお仕事は世界遺産レベルの価値あるものです!!
それはぜひ伝えてください!!!(^.^)
ただ、ひとつ言葉を添えるなら、こうでしょうか。
「あなたが受け継いでいる藤織りは、単に昔の布を再現する仕事ではありません。丹後の山の植物と人間の知恵、暮らしと技術、山と海をつないできた文化を、今に伝える仕事です。世界遺産にふさわしいかどうかは、これから証拠を積み重ねて考えることですが、その価値を世界に向けて語るだけの大切な文化だと思います。」
そして、もう一言。
「あなたがいなければ、次の世代に伝わらなかったかもしれない。その仕事に誇りを持ってください。」
私は、こちらの方が胸に届くと思います。
世界遺産という言葉を、権威ある称号としてではなく、目の前の人の仕事の価値を見つめ直す言葉として使いたいですね。
藤織りの糸一本に、丹後の風土と人の営みがつながっている。いい話です。(^.^)










