宮津エコツアー · 人間の物語を、世界遺産運動にも、海星公園の20周年にも! 天の橋立を世界遺産に 243

人間の物語を、世界遺産運動にも、海星公園の20周年にも! 天の橋立を世界遺産に 243

◆1 世界に伝えるべき価値とは、名産品そのものではなく、なぜその土地で、それが生まれ、育ち、受け継がれてきたのか、、、そうかあ、、世界遺産は冠島に、橋はない、泳げ、泳いで渡れ、、、と、火明かりの命が夢枕(^.^)

はははは!!!(^.^)

夢枕に立ったのは、火明かりの命ですか。しかも、なかなか手厳しいお告げですね。

「世界遺産は冠島に、橋はない。泳げ、泳いで渡れ!」

これは、なかなか深い(笑)。

ちょっと立ち止まってみましょう。

冠島には、天橋立のような観光客を迎える橋も、土産物屋も、名産品を売る店もありません。人が自由に渡れる場所でもない。そこにあるのは、島そのものと、海と、鳥たち、そして人間が長い時間をかけて結んできた関係です。

だからこそ、問いが生まれます。

  • なぜ人は、この島を特別な場所として見てきたのか。
  • なぜ海を越えて、祭祀や信仰の物語が伝えられてきたのか。
  • 島の自然と人間の営みは、どのように関わってきたのか。
  • その関係は、今どのように受け継がれているのか。

そして、ここが面白い。

冠島と天橋立は、同じ丹後の海にありながら、まったく違う姿をしています。

冠島は海に浮かぶ島。天橋立は海の中に伸びた砂州。けれど、どちらも海と陸、自然と人間の関係を考えさせる場所です。

ただし、冠島の価値を世界遺産として語れるかどうかは、また別の検証が必要です。火明かりの命のお告げだけでは登録できませんからね(笑)。

私なら、今日の夢枕から、こんな言葉を拾います。

「橋がないから、渡れないのではない。橋がないからこそ、渡る意味を問い直す。」

そして、泳いで渡るのは、海ではなく、私たちの思い込みかもしれません。

名産品から風土へ。観光名所から人間の営みへ。天橋立から丹後の海へ。

いやあ、火明かりの命、なかなかいい仕事をなさいますなあ!(^.^)。

◆2 ふふふふ、幾人溺れたことか、それでも飛び込む「夢老い人」よ!!(^.^)

ふふふふ!!(^.^)

溺れても、溺れても、また飛び込む。 それが「夢老い人」ですか!

しかし、ひとつ申し上げたい。

夢を追う人は、夢に向かって泳ぐ。夢老い人は、夢の中にまで泳いでいく。

しかも、ただ泳ぐのではない。 海底をのぞき、潮の流れを読み、島の岩肌を確かめ、岸に戻っては地図を広げる。

ときには溺れる。ときには岸を間違える。 でも、そこで拾ったものが、次の問いになる。

ただし、救命胴衣は着けてくださいよ(笑)。

そして、今日の一節を残しておきましょう。

**橋のない海に、夢老い人は飛び込む。 渡り着く先に、世界遺産があるとは限らない。 けれど、渡ろうとした海の中に、まだ知らない丹後が眠っている。**

いやあ、「夢追い人」ではなく「夢老い人」。 この一字の違いに、人生の深みと笑いがありますなあ。(^.^)

◆3「夢老い人」、、うん、、このイメージでフォークソング、、武田鉄矢と高石友也さん、笠木透さん、三者のミックスイメージでいただけませんか

いただきましょう!!!(^.^)

三人の名前が並ぶところが、またいいですねえ。

ただし、特定の歌手それぞれの歌い回しや作風をそのまま再現するのではなく、そこに通じるフォークソングの魅力――語りかける言葉、土の匂いのする人生観、社会へのまなざし、みんなで歌える力強いサビを合わせてみます。

ギター一本。少ししゃがれた声。最初は独り言のように、最後はみんなで歌う。

『夢老い人』

― 橋のない海へ ―

一番

夢を追うのは 若者だと 誰が決めたか 知らないが 夢を老いても 捨てられず 今日も海辺に 立っている

山を見上げりゃ 雲が行く 川を見下ろしゃ 海へ出る あの山もまた 海の底から 顔を出したと 誰が言う

二番

冠島まで 橋はない 泳いで渡れと 声がする 火明かりの命が 夢枕 おまえは何を 見てきたか

名物だけを 並べても この土地のことは わからない 誰が耕して 誰が織り 誰が海から 魚をとった

サビ

ああ 夢老い人よ まだ見ぬものを 見に行こう ああ 夢老い人よ 溺れた数だけ 海を知る

橋がなければ 橋を問え 道がなければ 道を探せ 明日の丹後は 今日の問い まだまだ これから これからだ

三番

藤を績む手に 山があり 布をまとう手に 海がある 棚田の水は 川を下り 魚のいのちを 育ててる

昔の人が 残したもの 古い名前や 小さな祠 誰も気づかぬ その奥に 世界へ伝える 物語

四番

世界遺産に なるかどうか それだけならば 夢は小さい 子どもたちに 何を渡す どんな丹後を 残してゆく

若いもんには 笑われる 年寄りには 心配される それでも海へ 飛び込むのさ 夢を老いても 夢は老いぬ

最後のサビ(みんなで)

ああ 夢老い人よ まだ見ぬものを 見に行こう ああ 夢老い人よ 溺れた数だけ 海を知る

橋がなければ 橋を問え 答えがなければ 問いを残せ 明日の丹後は みんなのもの まだまだ これから これからだ!

歌のイメージ

  • 前半:ギターのアルペジオ。独り言のように静かに始める。
  • 「冠島まで橋はない」:少し調子を上げ、語り歌にする。
  • サビ:ストロークを強め、仲間が加わる。
  • 最後:「まだまだ、これから、これからだ!」を全員で歌う。

私がこの歌でいちばん大事にしたいのは、ここです。

「夢を老いても 夢は老いぬ」

夢を追いかける若者の歌ではない。長く生きて、失敗もして、溺れた経験もある人間が、それでもなお海へ向かう歌。

そして、夢老い人は一人ではない。

丹後の山にも、海にも、田んぼにも、まだ問いを持っている人がいる。

これは、なかなかいいフォークソングの種になりましたぞ!(^.^)

ギターの音作りやフォークソング制作に、ギタ-リグも一案です。

◆4 hあはh丹後夢老い人、マルヤ農林園・矢野武さんにささげよう!!

はははは!!!それは、歌の行き先が決まりましたね!!(^.^)

『丹後夢老い人』――マルヤ農林園・矢野武さんに捧ぐ。

90歳の矢野さんに、夢を追う若者の歌を贈るのではない。

丹後の土に向き合い、田んぼを守り、自然と折り合いをつけながら生きてきた人に贈る歌です。

そして、矢野さんを単なる「長寿の農家」として歌ってはいけませんね。

歌の主人公は、年齢ではなく、今も丹後の未来に手を伸ばしている人です。

献辞をつけるなら、こんな具合でしょう。

丹後夢老い人

マルヤ農林園・矢野武さんに捧ぐ

夢を老いても 夢は老いぬ

丹後の土に根を張り、明日の風景を夢見る人へ。

それから、これは大事なこと。

矢野さんに歌を聴いてもらうとき、最後にこう尋ねたい。

「矢野さん、まだ夢がありますか?」

きっと、その答えの中に、二番、三番の歌詞が隠れていると思います。

歌を完成させるのは、こちらではない。矢野さんの言葉です。(^.^)

◆5 ああ、曲作りは吉幾三さんにたのもう、、映像は、ブラ丹後花鳥風月さん!

あはははは!!!(^.^)

おお、制作陣まで決まりましたか!

『丹後夢老い人』プロジェクト、始動!!

丹後夢老い人

― 夢を老いても、夢は老いぬ ―

袖志の棚田(丹後) | フォトギャラリー | 海の京都観光圏
  1. 献呈先マルヤ農林園・矢野武さん
  2. 作曲構想吉幾三さんにお願いしたい!演歌の哀愁とフォークの語り、そしてみんなで歌えるサビ。
  3. 映像構想ブラ丹後花鳥風月さん。丹後の山、棚田、海、鳥、人、そして働く手。
  4. 企画・発想丹後の夢老い人たち。

映像は、最初から矢野さんの顔を大写しにしない。

朝の田んぼ、土を踏む足、稲の葉、山から流れる水。鳥の声。

そして、矢野さんの後ろ姿。

最後に、こちらを振り返って、ひと言。

「まだ、やることがあるでな」

……これでギターが鳴り出したら、たまりませんなあ。

ただの記念歌ではありません。

丹後には、まだ夢を老いていない人がいる。

それを映像に残す。歌に残す。次の世代に渡す。

いやあ、世界遺産運動にも、海星公園の20周年にも、こんな人間の物語が必要ですね。(^.^)

◆6 ジョーは死なねえ、、!!

ああああ!!!(^.^)

「ジョーは死なねえ……!!」

そうだ、そうだ!!

夢老い人は、明日のジョーだ。

何度倒れても、何度リングに沈んでも、立ち上がる。

ただし、丹後夢老い人のリングは、ボクシング場じゃない。

山の棚田、海辺の集落、冠島、天橋立。 相手は、老いでも時代でもなく、諦めてしまう心かもしれない。

そして、主題歌の最後は、これで決まりです。

「ジョーは死なねえ! 夢老い人も、まだ終わらねえ!」

矢野武さんに捧げる歌が、いつの間にか丹後の応援歌になってきましたなあ。

燃えろ、丹後夢老い人!!(^.^)

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