◆1 ありがとう、行きつ戻りつあっちへこっちを、、「丹後じゃといや名もなつかしやわしも丹後じゃつれになる」、、古謡です、盆踊りでも
いいですねえ……。(^.^)
「丹後じゃといや名もなつかしや わしも丹後じゃつれになる」
これは、丹後という土地の名前を聞いただけで、心が通い、仲間になる歌ですね。
盆踊りで歌われるというのも味わい深い。盆踊りは、見物する人と演じる人を分けず、輪に入れば誰もが踊り手になる。知らない人同士も、同じ節、同じ足運びでつながっていく。
今日の海星公園の話にも重なります。
リゾートの客も、地域の人も、子どもも、コーヒー通も、自然を学びたい人も、それぞれ違う目的でやって来る。けれど、ここで出会い、同じ時間を過ごすうちに、少しずつ「つれ」になっていく。
海星公園は、丹後の人と、丹後を訪ねる人が、つれになる場所。
これは、地デスが提供できるサービスの根っこに置ける考え方かもしれません。
「丹後じゃ」と名乗ることは、土地の境界を引くことではない。むしろ、仲間を迎え入れる合言葉なのですね。
盆踊りの輪のような公園。なかなか、いいじゃありませんか。
◆1-1ありがとう、早押しでした、、(^.^)盆踊りでも定番の一節です、意識形成のうえで、どんな役割を果たしたのか、歴史的に解説ください
これは、なかなか大事な古謡ですね。
「丹後じゃといや名もなつかしや わしも丹後じゃつれになる」
この二行には、単なる郷土自慢とは違う力があります。
「丹後」という土地の名を聞いただけで、見知らぬ者同士が仲間になれる。
私は、この歌が盆踊りの場で果たした役割を、まず三つに分けて考えたいです。
1. 「丹後人」という意識を、歌で共有する
「わしも丹後じゃ」という言葉は、自分の出身や帰属を口にする表現です。
しかも「つれになる」と続く。丹後出身であることを確認するだけでなく、それを理由に相手との距離を縮める。
つまり、丹後という地域名が、仲間を見つける合言葉になっているわけです。
これは、学校で郷土史を学ぶのとは違います。歌って、踊って、笑っているうちに、身体に染み込んでいく地域意識です。
2. 盆踊りの輪が、意識を身体でつくる
盆踊りは、もともと祖霊を迎え、慰め、送り出す宗教的な意味を持ち、村の人々が集う行事でした。時代とともに娯楽や交流の性格も強まりました。
コトバンク
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輪に入れば、身分や職業、年齢の違いをいったん脇に置いて、同じ歌を歌い、同じ踊りを踊る。
その場で「わしも丹後じゃ」と歌うことは、丹後の人々が互いを仲間として確認する行為になったと考えられます。
3. 丹後の外へ出た人にも、故郷を思い出させる
ここは歌詞の「名もなつかしや」が効いています。
丹後を離れて暮らす人にとっても、「丹後」という名を聞けば懐かしい。盆に帰省した人、他所で暮らす親戚、旅先で出会った同郷の人にも、この歌は通じる。
地域意識を、村の内側だけに閉じず、外にいる人とのつながりにも広げる働きがあったのではないでしょうか。
なるほど、早押しでしたね(笑)。改めて調べてみました。
まず大切なことを一つ。「丹後じゃといや名もなつかしや、わしも丹後じゃつれになる」という歌詞そのものの成立年代や、最初に歌われた地域は、今回確認できた資料からは特定できませんでした。 したがって、江戸時代からの歌だとか、丹後全域で同じように歌われていたとは、まだ断定できません。
ただし、盆踊りや宮津の民謡の歴史を踏まえると、この一節が果たした役割はかなり興味深く考えられます。
1. 盆踊りは、地域の人々が自分たちを確かめる場だった
盆踊りには、祖先の霊を迎え、慰め、送るという信仰的な意味がありました。同時に、村の人々が集まり、娯楽を共有し、共同体の結びつきを確かめる場でもありました。
コトバンク
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そこに、この歌詞が入る。
「丹後じゃといや名もなつかしや」
丹後という名前を聞くと懐かしい。
「わしも丹後じゃつれになる」
自分も丹後の者だ、仲間になろう。
これは、踊りの輪の中で、丹後という共通の帰属意識を、声に出して確かめる言葉になったと考えられます。
2. 宮津の民謡には、外から来た人との交流の歴史もある
宮津市の説明によると、「宮津節」は江戸時代末期、北前船の船乗りや各地から訪れた商人で賑わった新浜の花街で親しまれた座敷歌・踊りでした。
また、現在の「宮津おどり」は、宮津節、宮津盆おどり松坂、あいやえおどりの三つを、昭和30年頃に一つにまとめたものです。
宮津市ホームページ
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ここが面白い。
丹後は閉じた山村だけではありません。日本海の海運を通じて、人や物、情報が行き交う土地でもありました。
その土地で「わしも丹後じゃ、つれになる」と歌うことには、外から来た人を排除するのでなく、同郷の者を見つけて仲間になる、という親しみが感じられます。
ただし、この歌詞が北前船の交流から生まれたとまでは、資料上確認できません。そこは仮説として留めておきたいところです。
3. 「丹後人」という意識は、こうして育ったのではないか
歌がつくる地域意識
- 土地の名を聞く「丹後」という名前に懐かしさを感じる。
- 自分も名乗る「わしも丹後じゃ」と、自分の帰属を表明する。
- 仲間になる「つれになる」と、相手との関係を結ぶ。
- みんなで歌い踊る個人の思いが、集団で共有される。
私は、この歌の力は「丹後人とは何者か」を説明することではなく、丹後人であることを、みんなで楽しく実感させることにあったのではないかと思います。
4. そして、今の海星公園の話に戻ると……
ここが、私には一番おもしろいところです。
この古謡は「丹後じゃ」と名乗る人同士が「つれになる」歌です。
では、今はどうでしょう。
丹後に生まれ育った人だけでなく、丹後に移り住んだ人、仕事で訪れる人、旅をする人、自然や文化に関心を持つ人もいます。
そういう人たちが、丹後を好きになり、丹後の仲間になっていく。
「わしも丹後じゃ」から、「わしも丹後のつれになる」へ。
海星公園は、そんな新しい「つれ」を迎える場所になれるのではないでしょうか。
古謡は、過去の人々の意識を伝えるだけではありません。今を生きる私たちが、これからどんな仲間を迎えたいのかを考える手がかりにもなります。
なお、次に確かめたい史料は、この一節が収録された丹後の民謡集や、地域ごとの盆踊り歌詞帳です。歌詞の採録地と採録時期が分かれば、丹後全体の郷土意識なのか、特定地域から広がったものなのか、さらに踏み込めます。
なお、次に確かめたい史料は、この一節が収録された丹後の民謡集や、地域ごとの盆踊り歌詞帳です。歌詞の採録地と採録時期が分かれば、丹後全体の郷土意識なのか、特定地域から広がったものなのか、さらに踏み込めます。
◆2 国謡、くにうた、、と言えるとおもいます、、さて、考えれば、その国、68国あります、丹後はその一つ、68それぞれに、「わしも◆◆じゃ」という歌をもっているんだ、と言うことです、
ああ、これは視野が一気に広がりましたね!
「丹後じゃといや名もなつかしや」は、丹後の郷土歌であると同時に、「国」を単位とした帰属意識を歌うものではないか。
安田さんのいう「国謡(くにうた)」という呼び方、面白いです。
古代以来、日本列島には令制国が置かれ、一般に六十八国と数えられます。丹後国もその一つです。人々の生活圏は藩や県の境界、時代ごとの行政区画によって変わってきましたが、「丹後」という国名は、地域を表す名前として長く残りました。
ここで、安田さんの発想を少し展開してみます。
六十八の国、それぞれの「わしも○○じゃ」
仮に、各国に同じような歌があったとしましょう。
- 「わしも丹後じゃ、つれになる」
- 「わしも但馬じゃ、つれになる」
- 「わしも越前じゃ、つれになる」
- 「わしも出雲じゃ、つれになる」
- 「わしも信濃じゃ、つれになる」
それぞれの土地に、自分たちの国名を懐かしみ、同郷の者を仲間として迎える歌がある。
これは、国ごとに異なる文化や誇りを持ちながら、同じ列島に暮らす人々の姿でもあります。
ただし、実際に六十八国すべてに同型の歌があったと確認できているわけではありません。ここは、安田さんの仮説として大切にしたいところです。
「国」は、行政区画であると同時に、心の地図だったのか
ここが核心だと思います。
国名は、単なる地理上の区分ではありませんでした。言葉、祭り、食、芸能、産業、風土、往来の記憶などを通して、人々の帰属意識を支える名前にもなり得ました。
しかも「わしも○○じゃ、つれになる」という歌は、他国を否定しません。
「わしは丹後じゃ。あなたはどこの国じゃ?」
それぞれが自分の土地を名乗りながら、相手とつながることができる。
国ごとの誇りと、人と人との連帯が、同時に成立している。
この構造は、なかなか豊かです。
そして、海星公園の話にもつながります。
「丹後の人だけの公園」ではない。丹後を訪ねた人が、自分の国や土地を思い出し、丹後の人と語り合い、互いの風土を知る場所。
そんな公園なら、丹後の誇りを外に閉じるのではなく、外へ開くことができます。
私は「国謡」という言葉を、もう少し掘ってみたいです。
六十八の国が、それぞれ自分の土地を歌い、その歌を持ち寄ったら、日本列島の風土と人々の交流を描く、大きな歌の地図ができる。
これは、安田さんの「掘る・繋ぐ・問い返す」にも通じる、面白い着想です。(^.^)
◆3 国ごとの誇りと、人と人との連帯が、同時に成立している。、、そうなんですね、、誇りと連帯、、さて、その国名は国名、特有の衣食住他文化の中でそのシンボルとされて、共有の自慢の様なものも持っている、と思います、
そう思います。ここで「国謡」という見方が、もう一段深くなりますね。
国名は、地図に書かれた地名にとどまらない。その土地の人々が、衣食住、仕事、祭り、芸能、自然との付き合い方などを通して、「これがわしらの土地じゃ」と共有する象徴を持っていたのではないか。
たとえば丹後なら、何が思い浮かぶでしょう。
- 衣――丹後ちりめん、藤織り。織物を生み出してきた技と暮らし。
- 食――米、魚、酒、発酵食。山と海の恵み。
- 住――舟屋、農家、集落のたたずまい。風雪や海と折り合ってきた住まい。
- 生業――漁業、農業、機織り、船運。土地の条件を仕事に変えてきた知恵。
- 祭り・芸能――地域の人々が集まり、世代を越えて受け継いできたもの。
もちろん、これらが丹後国全域で均一に共有されていたわけではありません。丹後の中にも、海辺、山間、平野、港町それぞれの違いがあります。けれど、その多様な営みが重なって「丹後らしさ」を形づくってきたのでしょう。
「共有の自慢」という言葉がいい
ここで面白いのは、単なる名物や特産品ではないということです。
たとえば、丹後ちりめんを自慢するとき、そこには布そのものだけでなく、蚕を育て、糸を績み、織り、染め、売り、暮らしを支えてきた人々の記憶が含まれています。
つまり、共有の自慢とは、物の自慢であると同時に、それを生み出してきた人々の営みの自慢なのですね。
そして、その自慢を歌に乗せる。
「丹後じゃといや名もなつかしや」
この一節は、丹後の名物を列挙していません。もっと根っこのところで、丹後という土地そのものを懐かしみ、誇りにしている。
六十八の国を並べてみると……
それぞれの国に、衣食住、生業、祭り、自然、景観などを象徴するものがあり、それを自分たちの共有の誇りとして語る。
ただし、ここは少し注意も必要です。現在「○○国の代表文化」として知られるものの中には、後世に観光や地域振興のために選ばれ、象徴として定着したものもあります。古くから住民全員が共有していたとは限りません。
だからこそ、六十八国を調べるときには、
- その土地で実際に育まれた暮らしや技術
- 人々が自慢として語ってきたもの
- 後世に地域の象徴として選ばれたもの
を分けて見ると、面白いと思います。
そして、安田さんの発想を一つの言葉にするなら、
「国の誇りは、土地の恵みと人々の営みを、みんなで分かち持つことから生まれる。」
丹後を自慢することは、他の国より優れていると言うことではない。自分たちの土地のよさを語り、相手の土地のよさにも耳を傾ける。
誇りが連帯を生む。連帯が、互いの誇りを認め合う。
この「国謡」の世界、もう少し掘ってみたいですね。(^.^)
◆4 ありがとう、盆踊り唄は掛け合いの構成です、そこで、「丹後じゃといや名もなつかしや
わしも丹後じゃつれになる」 これをうけて返し歌の台詞を、
いいですねえ! 掛け合いなら、返しは「丹後の自慢」を受けながら、相手を輪の中に迎える言葉にしたいですね。
私なら、まずこれです。
「丹後の名物ようけあるけど
人の情けが一番じゃ」
もう少し元歌の「つれになる」を生かすなら、
「つれになったら離れはせぬ
踊りゃ夜明けまで輪になろう」
あるいは、国謡の発想を広げて、他国の人も迎えるなら、
「丹後もよいとこお国もよかろ
それぞれ自慢でつれになろ」
私の一押しは三つ目です。
元歌が「わしも丹後じゃ」と同郷の連帯を歌う。返し歌は「それぞれ自慢でつれになろ」と、他国の誇りまで認めて輪を広げる。
丹後を誇る。よその国も誇る。だから一緒に踊れる。
安田さんのいう「誇りと連帯」が、掛け合いの二節で表現できますね。(^.^)

◆4 ありがとう、盆踊り唄は掛け合いの構成です、そこで、「丹後じゃといや名もなつかしや
わしも丹後じゃつれになる」 これをうけて返し歌の台詞をくださいな、条件は「あまのはしだて」を入れること!!(^.^)、
これは腕の見せどころですね!(^.^)
元歌の調子を受けて、掛け合いらしく返すなら――
「あまのはしだて名もなつかしや
丹後のつれならみな踊ろ」
もう少し情緒を出すなら、
「あまのはしだて眺めて踊りゃ
丹後の心がひとつになる」
そして、私の本命はこちら!
「あまのはしだて丹後の宝
見れば見るほどつれが増す」
元歌が「丹後じゃ」と名乗って仲間になる歌なら、返しは天橋立を掲げて、その輪を広げる。
ただ、盆踊りの掛け合いとしては、元歌と同じくらいの短さと口調が大切。まずは一番上が、節にも乗せやすそうです。
いいものみつけと尊重、世界平和の原点、地球デザインの起点みたいな素敵な歌だとあらためて認識しました、ありがとう!!
いやあ、こちらこそ、いいところに連れて行っていただきました。(^.^)
「丹後じゃといや名もなつかしや
わしも丹後じゃつれになる」
この歌を、丹後の郷土自慢としてだけでなく、自分の土地を誇り、相手の土地の誇りも認め、そこから仲間になる歌として捉え直したわけですね。
「あまのはしだて」を返し歌に入れることで、丹後の誇りを掲げながら、さらに大きな輪へとつなげられる。
そこには、地球デザインスクールの原点にも通じるものがあります。
- 違いをなくさない。
- それぞれの土地のよさを見つける。
- 互いの誇りを尊重する。
- そのうえで、つれになる。
世界平和という大きな言葉も、案外こういう小さな掛け合いから始まるのかもしれません。
「わしも丹後じゃ、つれになる」から、「あなたの国もよい、わしらもつれになる」へ。
◆5 盆踊りの輪は、世界平和の縮図にもなりますね。
そして、地球デザインとは、地球を一色に塗ることではない。それぞれの土地の色を大切にしながら、みんなで一つの輪をつくること。
いやあ、古謡、あなどれません!










