《①》梅小路公園
【朱雀の庭】
平安建都1200年を記念し、長い歴史の中で培ってきた京都の作庭技術、技法の枠を結集し、伝統と創生の調和をめざして作庭された平成の日本庭園が「朱雀の庭」です。
この池泉回遊式庭園には、中央の浅池の周囲に築山や滝、野筋や花床などが配置され、歩みにつれて変化する景は、訪れるたびに新鮮な発見に満ちています。
【いのちの森】
いのちの森は、もとは草も木もない都心の貨物駅だった場所に、いきものの生息空間(ビオトープ)の再生を目指して造られました。起伏に富む地形や多様な水辺環境を再現し、人為的な干渉を控えることで、植物やいきものの自然な再生を試みています。電車の線路に隣接し、京都駅から徒歩15分という立地にあるにもかかわらず、四季を通じて多くのいきものの姿を見ることができます。
おお、これは今の秋の丹後ツアーの冒頭に、**かなり面白い「対比軸」**を持ち込めますね。
朱雀の庭と、いのちの森。
一見するとまったく別物ですが、実は両方とも、
「人間が都市の中に自然をつくり直した場所」
なんです。
そして、ここから丹後へ出発する。
朱雀の庭
これは、極めて高度な人間による自然の編集です。
池をつくる。
築山をつくる。
滝をつくる。
野筋をつくる。
花床をつくる。
そして、
「歩みにつれて変化する景」
を設計する。
つまり、
人間が「自然らしい景観」を構成している。
いのちの森
こちらは、少し違います。
もともとは、
草も木もない貨物駅。
そこに、
- 起伏
- 水辺
- 多様な生息空間
を人間がまず再現する。
しかし、その後は、
「人為的な干渉を控えることで、植物やいきものの自然な再生を試みる」
という方向へ進む。
つまり、
人間が舞台をつくり、その後、自然に委ねる。
そして、ここから丹後へ
ここ、ものすごくいい問いが立つと思うんです。
「では、丹後の自然は誰がつくったのでしょう?」
天橋立は?
世屋の棚田は?
伊根の舟屋は?
世屋の森は?
波見の集落は?
朱雀の庭のように、
人間が意図してつくったのか。
いのちの森のように、
人間が舞台をつくって、自然の再生を待ったのか。
それとも丹後では、
人間と自然が、何百年、何千年もかけて一緒につくってきたのか。
ここに「生業」が入ってきます。
だから冒頭に、こんな一節を置くのはどうでしょう
京都には、すばらしい庭があります。
朱雀の庭。
池があり、築山があり、滝があり、野筋があり、
人が歩くたびに景色が変わるように、
京都の作庭の技術を結集してつくられた庭です。そして、そのすぐ近くには「いのちの森」があります。
もとは貨物駅。
草も木もない場所でした。そこに地形をつくり、水辺をつくり、
生きものが暮らせる場所をつくった。そして今度は、人間が少し手を引いて、
いのち自身の再生を待っています。さて。
今日は、そこから丹後へ行きます。
伊根へ。
上世屋へ。そこで皆さんに、ひとつ考えていただきたい。
丹後の自然は、誰がつくったのでしょう?
山は?
川は?
田んぼは?
舟屋は?
森は?自然がつくったのでしょうか。
人間がつくったのでしょうか。
それとも――その間に、もう一つの答えがあるのでしょうか。
そして、
「今日は五つの変化を見つけてください。」
へ。
これはかなり強いと思います。
しかも、この導入なら、安田さんが掲げている
「自然、人、生業」
の三つが、最初から一本になります。
朱雀の庭=人が自然をデザインする
いのちの森=人が自然の再生を支える
丹後=人と自然が長い時間をかけて風景をつくってきた
という仮説です。
ただし、最後の丹後については、あえて「答え」として言わない。
参加者に一日かけて発見してもらう。
これなら、10月17日のバスは単なる移動手段ではなく、**「京都という都市から、丹後という生きた風景へ入っていく実験装置」**になりますね。(^.^)

おお、それは面白い発見ですなあ。(^.^)
しかも**「天橋立と書いてないのに、天橋立に見えた」**というところが、むしろ大事だと思います。
まず一点、慎重に分けましょう。
朱雀の庭の設計者が「天橋立を意図してデザインした」と確認できない以上、それを事実としては言えません。
しかし、安田さんが水の流れと地形の組み立てから「これは天橋立だ」と読んだ――これは、庭園を見るうえでかなり筋の通った「景観読解」だと思います。
なぜ「天橋立」に見えたのか
朱雀の庭は、単なる池ではありません。
水面+中島的な地形+築山+滝・水の流れ+周囲を巡る園路
によって、歩くにつれて景観が変化するようにつくられています。
そこで安田さんが、
水の大きな面の中に、細長い陸地が入り込み、両側から水に挟まれ、その背後に山・地形が立ち上がる
という構造を見たのなら、それは確かに天橋立の景観構造を連想させる。
つまり、松並木そのものを模写しているかどうかではなく、
「水の中に陸が伸びる」
「その陸と背後の山が一つの景観になる」
という構造です。
そして、ここが今回ものすごく面白い
安田さんは今、
朱雀の庭 → いのちの森 → マルヤ農林園・岡の前棚田跡交園 → 伊根・上世屋
という線を考えておられる。
ところが、その出発点の朱雀の庭の中に、天橋立を見つけてしまった。
これは偶然の発見として、ツアーの冒頭に使えます。
たとえば梅小路公園で、
「みなさん、これ、何に見えます?」
と聞く。
「池でしょう」
「庭でしょう」
「島でしょう」
そして安田さんが、
「私には、天橋立に見えるんです。」
(笑)
もちろん、
「設計者がそう言ったわけではありません。
今日は私の読みです。」
と断っておく。
これがいい。
すると「庭」と「丹後」が反転する
普通は、
京都の庭園 → 丹後の自然
と考えます。
ところが今回は、
丹後の天橋立を知っている人が、京都の庭園を見て「天橋立」を発見する。
つまり、
天橋立を見る目を持っていると、京都の庭まで違って見えてくる。
これはSSH的です。
「正解を教えてもらう」のではなく、
自分が持っている仮説で景観を読み、別の場所で検証する。
そして「自然共生サイト」が、ここで効いてくる
朱雀の庭とマルヤ農林園・岡の前棚田跡交園が、同じ「自然共生サイト」という制度の中にある。
ここも面白い。
片方は、
都市の中で、人間が設計した庭。
片方は、
山の中で、人間の暮らしと農林業がつくってきた環境。
一見、まったく違う。
ところが両方に、
「人間が自然とどう関わって、生きもののいる場所をつくるか」
という問いがある。
そして梅小路には王朝植物のフジバカマまである。
すると、
平安京 → 庭園文化 → 植物文化 → 現代の生物多様性保全 → 丹後の里山
という、思いもよらない線が一本引ける。
そして、私はここに「天橋立」の別の意味を感じます
安田さんがずっと探しているのは、
「天橋立という物」ではなく、「天橋立という関係」
でしたよね。
朱雀の庭で見つけた「天橋立」は、まさにそれです。
砂州3.6kmという物体をコピーしたのではない。
水と陸と山と人間の視線がつくる関係性を、安田さんが読み取った。
だから、
「天橋立は、どこにでもある」
と言うのではなく、
「天橋立を見る目を持つと、別の場所にも“天橋立的な関係”が見えてくる」
と言った方が正確でしょう。
これは結構深いですよ。
そして、10月17日のツアー冒頭で梅小路公園の写真を一枚見せて、
「この庭の中に、天橋立があります。
さて、どこでしょう?」
とやったら……
参加者、絶対に探しますよ。(^.^)
そのあと、
「では今日、丹後で五つの変化を探してください。」
とバスに乗る。
庭の中の“天橋立”を探すところから始まり、最後は海から山へ、自然と人の関係そのものを探す。
これ、かなり美しい導入になりそうです。
























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