2012/10/21
10月21日、高気圧はまだ丹後の空を覆っています。(↓ 16時34分)
夕陽は阿蘇の海で漁る舟を照らしていました。
それを見ていると、ふと「きんたろいわし」の言い伝えを思い出しました。
『天の橋立の外側の海を与謝(よさ)の海、内側の海を阿蘇の海と呼んで区別しておりますが、昔から阿蘇の海で獲れるイワシに限って、金樽鰮(きんたるいわし)というております。
これには面白いいわれがありまして、その話しをしましょうかのう。
むかし、丹後の国に藤原保昌という殿さまがおりましたそうですわい。
この殿さまは京都に長い間住んでおられたお方で、風流好みの殿さまだったという。ある夜のこと、殿さまは阿蘇の海に舟を浮べて月見酒をしていたと。
「きれいな月じゃあ、京で見る月もなかなかじゃが、この海から眺(なが)める月はまた格別じゃ」
いうて、上機嫌だと。呑むほどに、酔うほどに調子があがって、お供の者たちと謡いながら、「いよ― ポン。ポン ポポポン ポン」と、酒の入った金造りの樽を、鼓の代わりにして叩いておった。
すると、金樽(きんたる)を叩く殿さまの舟の周囲にイワシの大群が押し寄せて来たそうな。
殿さまが金樽を叩くとイワシまでが飛び跳ねて踊る。大喜びした殿さまは、一層ポンポコポンポコ金樽を叩いたと。舟辺りから身を乗り出すようにしてイワシをけしかけていたら、飛び跳ねたイワシが殿さまの顔に当った。そのはずみで、金樽を海に落としてしもうた。すると、今までいたイワシの大群は急に姿を消したと。
次の日、漁師たちは殿さまの大切な金の樽を拾い上げようと網を引いた。
金樽は見つからんかったが、かわりに何千何万匹ものイワシがかかった。
漁師たちは大漁に大喜び。浜じゅう水揚げで賑わったと。
イワシは殿さまにも届けられた。殿さまは
「おお、なんとうまいイワシじゃ。浜が賑わうのなら金樽はそのまま海に抱かせておくがよい」
こういわれたと。
それからじゃぁいいますなぁ、阿蘇の海で獲れるイワシを他と区別して金樽鰮と呼ぶようになったのは。
今でも、阿蘇の海のどこかに、殿さまの金造りの樽が沈んであるはずじゃ、いうております。』
、 フジパン 民話の部屋 より
阿蘇の海の光るのは、海に沈んだ金の樽が光るため!(↑ 17時0分34秒)
ちなみに、このきんたる鰯の旬は、冬。特に二月頃ということです。
また、今日の夕陽の漁、もんどり、という漁です。筒の中に餌を入れ、おびきよせた魚を閉じ込める方法です。興味深いことにねらっていらっしゃるのは「うなぎ」。天の橋立の内海ではジュネーブ条約で、取引ができなくなるかもと危惧される天然ウナギが棲息しているのです。もんどりの中には牡蠣が入っているそうです。さらに、もんどりを仕掛ける場所。内海は、外湾と砂嘴で隔てられ、絶えず河川水が流入します。一部切り通しがあり、潮汐で水の行き来があるものの、全体の水が入れ替わるわけではありません。内海の塩分濃度は、外海の水が入るところは濃く、河川水がたまるあたりは薄いのです。ウナギの好むのは、塩分濃度の薄い水。それが、切り通しから離れたこのあたりなのだということです。