宮津エコツアー · 5月 2022

5月 2022

6月は紫色のファンファーレ。

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各田んぼに勢揃いした命たち

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いっせいにスタート、

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大切なのは毎日まいにちの対話

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ゴールは秋。

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「むりにならんようにきばりまひょうで」

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丘の上から、紫色のメッセージ

 

 

 

 

 

 

 

 

新緑がひときわあかるい巨樹、 

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メタセコイアです。

戦後復興のシンボルになれ!そんなミッションをたくされ広く植樹されたので、兄弟が全国にいて、活躍しました。

 そんな兄弟の消息を「まいどなニュース」で、京都新聞・浅井 佳穂記者がとどけてくれました。木と人とのかかわりの深さをあらためてかんがえさせてくれたいい記事でした。

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地域の歴史を知るメタセコイア、無念の伐採 「申し訳ないではすまない…相談ほしかった」

配信

 
まいどなニュース

伐採されたメタセコイアの切り株(京都市北区・原谷中央公園)

「ひいながさいたら粟を蒔け!」

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ひいなとは、タニウツギのことです。

では、なぜ、タニウツギのことを「ひいな」と呼ぶのか、

「上世屋ではひいながさいたら粟を蒔けと「ひいな」、弥栄町舟木では「ひいなご」とよんでいることについては、調査が及んでいないようです。その解釈のポイントは「な」なんでしょう、つまりおひたし、和え物、みそ汁、ご飯に混ぜるなど食用にしたということです。りょうぶも「な」を含む方言がある、「ギョーブナ(静岡・愛知・熊野・奈良)、ジョーブナ(三重・奈良・和歌山)、サダメシ(青森・岩手・宮城・秋田。サルナメシの転訛か)がそれで、このナは食糧となる『菜』を意味する。」と和泉光一さんがおっしゃっています。」、、、こんなくるしまぎれのあてずっぽうをかってしておりました。

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違いますよ ひいなとはひな、雛のことと 国語辞典編集者の 神永暁さん。

以下のように解いてくださいました。
「雛(ひな、ひいな)」とは、もともと小さくて可愛らしいものを表す言葉。 平安時代の「ひいな遊び」に使われたのは、紙や布で作られた素朴な人形だったと考えられています。 やがて時代がすすむにつれ「ひいな遊び」の人形は華麗で立派なものになり、飾って楽しむものへと変化していきます。

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、「雛」は古くは「ひいな(歴史的仮名遣いは「ひひな」)」と言うこともあった。ただし「ひな」も「ひいな」も今とは違い、ひな祭りに飾る人形のことではなく、女の子が玩具にする、紙や土、木などで作った小型の人形のことを言っていた。
「ひな」と「ひいな」ではどちらが古い言い方なのかよくわからないのだが、『日本国語大辞典 第2版』を見ると、平安時代の用例は「ひいな」の方が圧倒的に多い。
たとえば『源氏物語』には、幼い紫の上の姿が可憐に描かれた以下のような場面がある。
「ひゐななど、わざと屋ども造りつづけて、もろともに遊びつつ」(『源氏物語』若紫)
「屋」というのは人形の家屋のこと。人形遊びをしている紫の上と「もろともに遊」んでいるのはほほえましいことに光源氏である。

春のありまつ福寄せ雛さんぽ道/有松東海道沿い一帯 | 【公式】名古屋 ...
平安時代には、人形に着物を着せたり、いろいろな調度を整えたり飾ったりする女の子の遊びを「ひいな遊び」と呼んでいた。
『枕草子』の「すぎにしかた恋しきもの」の段にも、「枯れたる葵。ひひなあそびの調度(=道具)」とある。
これらの用例からもおわかりのように、平安時代には貴族の子女にとって「ひいな遊び」とはふだんの遊びであり、もともとは3月の節句と直接の関係はなかったのである。

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ひいながさいたら粟を蒔けというのは、上世屋の方言ではなく、平安時代の雅ことばだったのです。