アジサイは一花で一村隠しけり 世屋野蕪村
「サイズといい色目といい、花期といい、実によく出来た花です!」
アジサイは並木の松と競うごと
藍色はいずれを映すか梅雨丹後
この園芸種として人気のこのアジサイ、そもそも原種は日本のもの、その原種が、上世屋で今咲いています!
さて、日本からヨーロッパへ、ヨーロッパから日本へ、このアジサイの旅、ウィクペディアが下記のように解説しています。
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狭義のアジサイ(ホンアジサイ)は、日本で原種ガクアジサイから改良した園芸品種で、ガクアジサイに近い落葉低木。6月から7月にかけて開花し、白、青、紫または赤色の萼()が大きく発達した装飾花をもつ。ガクアジサイではこれが花序の周辺部を縁取るように並び、園芸では「額咲き」と呼ばれる。ガクアジサイから変化し、花序が球形ですべて装飾花となったアジサイは、「手まり咲き」と呼ばれる。
栽培は、梅雨期に主に挿し木によって繁殖させている。日本、ヨーロッパ、アメリカなどで観賞用に広く栽培され、多くの品種が作り出されている。原産地は日本で、ヨーロッパで品種改良されたものはセイヨウアジサイと呼ばれる。変種のアマチャは稀に山地に自生するが、多くは寺院などで栽培されている。また、漢方で用いないが、民間では薬用植物として利用できる。
なお、後述の通り本種は有毒植物であるため、園芸や切り花として利用する際には取り扱いに注意が必要である。
アジサイに関して、キュー植物園系のデータベース Plants of the World Online(POWO)は#分類で後述する原種や変種も含め Hydrangea macrophylla として日本と火山列島に自生し、その他世界の様々な国や地域に持ち込まれているとしている[8]。なお、POWO が利用している地域区分は分類学データベース専門調査委員会(英: Taxonomic Databases Working Group; 略称: TDWG)[注釈 2]によるものであり、そのために2001年に提供された4段階による区分法では1段階目のアジア-温帯(Asia-Temperate)、2段階目のアジア東部(Eastern Asia)までは共通しているものの、3段階目で日本(Japan)と火山列島(Kazan-retto)という別々の区分に分けられているということに留意されたい[9][10]。
アジサイの語源ははっきりしないが、最古の和歌集『万葉集』では「味狭藍」「安治佐為」、平安時代の辞典『和名類聚抄』では「阿豆佐為」の字をあてて書かれている[11]。もっとも有力とされているのは、「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」がなまったものとする説である[11]。そのほか、「味」は評価を[注釈 3]、「狭藍」は花の色を示すという谷川士清の説、「集まって咲くもの」とする山本章夫の説(『万葉古今動植物正名』)、「厚咲き」が転じたものであるという貝原益軒の説がある[11]。
花の色がよく変わることから、「七変化」「八仙花」とも呼ばれる[12][13]。
日本語で漢字表記に用いられる「紫陽花」は、唐の詩人白居易が別の花、おそらくライラック[6]に付けた名で、平安時代の学者源順がこの漢字をあてたことから誤って広まったといわれている[14]。草冠の下に「便」を置いた字が『新撰字鏡』にはみられ、「安知佐井」のほか「止毛久佐」の字があてられている。アジサイ研究家の山本武臣は、アジサイの葉が便所で使われる地域のあることから、止毛久佐は普通トモクサと読むが、シモクサとも読むことができると指摘している[15]。また『言塵集』にはアジサイの別名として「またぶりぐさ」が挙げられている[15]。
シーボルトはアジサイ属の新種に自分の妻「おタキさん」の名をとって Hydrangea otaksa と命名し、物議をかもした[16][17]。これは Hydrangea macrophylla と同種であった。
落葉低木で、樹高は1 – 2メートル。葉は対生し、葉身は厚く光沢があり、淡緑色で葉脈のはっきりした卵形で、周囲は鋸歯状。
花序は大型で、5月から7月に紫(赤紫から青紫)の花を咲かせる。一般に花といわれている部分は装飾花で、大部分が中性花からなり、萼が大きく花弁状で目立つ。中央にある両性花は極小で目立たず、退化した雄蕊10本と雌蕊3 – 4本がある。数え方は「◯朶(だ)」という。母種のガクアジサイでは、花序の頂部がたいらで両性花が多数あり、密集した両性花の周囲だけに装飾花(中性花)がみられるが、アジサイ(ホンアジサイ)やセイヨウアジサイではほとんどが装飾花となっている。また、装飾花の欠如した変種も知られている(ガクアジサイ「三河千鳥」など)。
花の色[編集]
花(萼)の色はアントシアニンという色素によるもので、アジサイにはその一種のデルフィニジンが含まれている。これに補助色素(助色素)とアルミニウムのイオンが加わると、青色の花となる[18]。従来は理論の域に留まっていたが、今般、実際にアジサイの花で直接確認された[19]。
アジサイは土壌のpH(酸性度)によって花の色が変わり、一般に「酸性ならば青、アルカリ性ならば赤」になると言われている(リトマス試験紙と逆なので注意されたい)。これは、アルミニウムが根から吸収されやすいイオンの形になるかどうかに、pHが影響するためである。すなわち、土壌が酸性だとアルミニウムがイオンとなって土中に溶け出し、アジサイに吸収されて花のアントシアニンと結合し青色を呈する。逆に土壌が中性やアルカリ性であればアルミニウムは溶け出さずアジサイに吸収されないため、花は赤色となる[20]。したがって、花を青色にしたい場合は、酸性の肥料や、アルミニウムを含むミョウバンを与えればよい[21]。同じ株でも部分によって花の色が違うのは、根から送られてくるアルミニウムの量に差があるためである[22]。花色は花(萼)1グラムあたりに含まれるアルミニウムの量がおよそ40マイクログラム以上の場合に青色になると見積もられている[23]。ただし品種によっては遺伝的な要素で花が青色にならないものもある。これは補助色素が原因であり、もともとその量が少ない品種や、効果を阻害する成分を持つ品種は、アルミニウムを吸収しても青色にはなりにくい[24]。
また、花色は開花から日を経るに従って徐々に変化する[25]。最初は花に含まれる葉緑素のため薄い黄緑色を帯びており、それが分解されていくとともにアントシアニンや補助色素が生合成され、赤や青に色づいていく[25]。さらに日が経つと有機酸が蓄積されてゆくため、青色の花も赤味を帯びるようになる[注釈 4]。これは花の老化によるものであり、土壌の変化とは関係なく起こる[27]。
他に花が緑色の品種(ヤマアジサイ「土佐緑風」など)も知られており、観賞用として緑の花が販売されることもある。しかし日本ではファイトプラズマ感染による「アジサイ葉化病」にかかったものも稀にみられる[28][29]。この病気の治療法は知られておらず、感染拡大を避けるため発病株は処分したほうがよいとされる[28]。
この種は、装飾花の分布から、ガクアジサイと、狭義のアジサイ(ホンアジサイ)に分かれる。またこれらとは別に、ヤマアジサイ Hydrangea serrata やハイドランゲア・スティロサ Hydrangea stylosa を同種とする説もある。
分子系統では、栽培種にヤマアジサイに近縁なものとH. stylosaに近縁なものとがあり、交配による多系統かもしれない[30]。
- ガクアジサイ
- 原種 H. macrophylla f. normalis
- 房総半島、三浦半島、伊豆半島、伊豆諸島、足摺岬、南硫黄島、北硫黄島[31]で海岸に自生する[32][33](足摺岬のものは人為的植栽起源)[34]。このため、ハマアジサイとも呼ばれる[33]。高さは2 m程度だが[32]、4 mに達することもある[35]。
- 花序は多数の両性花を中心として、装飾花が周りを縁取る[32]。名称の「ガク」はこのさまを額縁になぞらえたものである[33]。花序は直径12–18 cm、装飾花は直径3–6 cmで色は白色・青色・淡青緑色・または淡赤紫色[32]、両性花は濃紫色である[33]。葉は厚く、大きく(長さ10–18 cm[32])、種小名 macro (大きい) phyllus (葉)の由来となっている[33]。葉の表面は濃緑色で光沢がある[32]。栽培品種に ‘花火’、‘城ヶ崎’ などがある[36]。
- アジサイ(ホンアジサイ)
- 変種 H. macrophylla var. macrophylla
- 日本原産のガクアジサイの品種だが、自生しているという説もあり[37]、起源ははっきりしない[38]。他のアジサイとの区別のためホンアジサイとも呼ばれる[37]。
- 花序はほとんど装飾花のみからなり、種子ができるのはまれであるため、挿し木や株分けで増やす[32]。花序の大きさは20–25 cm程度である[32]。古く日本から中国へ伝わったものが、18世紀にさらにヨーロッパへと持ち込まれ、多くの園芸品種が作られた[38]。日本では輸入したものがセイヨウアジサイとも呼ばれる。かつて、シーボルトはこの品種を H. otaksa と命名したが、学名としては現在では使われていない[39]。ちなみに学名上は、ガクアジサイより先に命名されたこちらが Hydrangea macrophylla 種の基亜種という扱いである。
- ヤマアジサイ
- 別種 Hydrangea serrata だが、亜種 Hydrangea macrophylla subsp. serrata 等とする説もある[40]。
シーボルトとあじさいと牧野富太郎[編集]
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出典検索?: “アジサイ” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2012年7月)
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鎖国時代に長崎にオランダ商館員の一員として日本に渡来し、オランダ人と偽って出島に滞在し医療と博物学的研究に従事したドイツ人医師にして博物学者シーボルトは、オランダに帰還してから植物学者のツッカリニと共著で『日本植物誌』を著した際にアジサイ属 14 種を新種記載している。その中で花序全体が装飾花になる園芸品種のアジサイを Hydrangea otaksa Siebold et Zuccarini と命名している。しかしこれはすでにカール・ツンベルクによって記載されていた H. macrophylla (Thunberg) Seringe var. macrophylla のシノニム(同一種)とみなされ、植物学上有効名ではない。にもかかわらず、牧野富太郎が自著の各種植物図鑑において Hydrangea macrophylla Seringe var. otaksa Makino の学名を用い種の記載者が Seringe で変種の記載者が牧野自身であるとする事実と異なる処置を行っていることから、一部の植物学書であたかも H. otaksa が植物学的な有効名であるかのような誤解が広まってしまっている。
牧野は上記の植物学的に不可解な処置と矛盾する言動をまた、著書の中で行っている。シーボルトは自著の中で otaksa をアジサイが日本で「オタクサ」と呼ばれていると命名の由来を説明しているが、牧野は日本国内でこの呼称が確認できなかったことからシーボルトの愛妾の楠本滝(お滝さん)の名を潜ませたと推測し、美しい花に花柳界の女性の名をつけたとして強く非難している。そして自らも新種の笹に自らの妻の名から「スエコザサ」と名付けた。
牧野のこの推測によって「オタクサ」の名はシーボルトとお滝さんのロマンスをイメージさせて文人作家の創作意欲を刺激し、詩歌にこの名を詠み込むことなどが盛んに行われている。
低木で、5月から7月頃、青、紫、ピンクなどの花(装飾花)を密につけ、手毬状をなす。初夏あるいは梅雨時期の風物詩として広く親しまれ、鑑賞用に庭園や公園に植栽されてきた。また、咲き始めの頃は白っぽく、次第に色が変ってくることから「七変化」とも呼ばれる。園芸種も多い。
日本全国各地にアジサイを境内に多く植えたアジサイ寺と呼ばれるような観光名所がある。アジサイの名所として神奈川県鎌倉市などが有名である。公共の施設では大阪府民の森ぬかた園地、神戸市立森林植物園、舞鶴自然文化園に約5万株のアジサイが植えられている。三重県津市にある「伊勢温泉ゴルフクラブ内の福祉と環境を融合したあじさい園」には 2万5000平方メートルに 56 種類・7万5000株のあじさい園が2008年6月より新設された。また神戸市の裏六甲ドライブウェイおよび奥摩耶ドライブウェイ沿いには延々とアジサイが自生している。神奈川県の箱根登山鉄道では開花時期に合わせ夜間ライトアップされたアジサイを楽しめる特別列車が運行されている。岩手県一関市にある「みちのくあじさい園」は、15万平方メートルの杉山に300種・3万株のアジサイと、元日本アジサイ協会会長 故・山本武臣氏の収集・栽培品が「山本コレクションコーナー」として保存されている。
- 寺院の名所は、アジサイ寺を参照