研究を始めた理由
昨年、ジョロウグモの一生を1年間観察し、巣と糸について研究した。風で移動し巣を張ること、太陽光で糸を強くしていることなど、自然を上手に使って生きていることに驚いた。その後も登下校時に注意して見ると、周囲のクモのほとんどがジョロウグモだ。「なぜこんなに多いのか」と不思議に思い、研究することにした。
観察記録(2013年10月~2014年8月)
10月28日夕方:母グモが門わきのポスト裏に産卵しているのを発見。〝卵のう〟を保護する糸(子グモのエサになる)を出していた。糸がけは深夜1時ごろまで続いた。
10月30日:母グモがいなくなった。
11月14日朝:玄関軒下で母グモが死んでいた。
2014年4月23日:卵のうが少し大きくなり、白っぽかった色がピンク色に変わった。
4月30日:卵のうがまた少し大きくなり、ひびも入っている。もうすぐ子グモたちが出てくるのか。
5月3日:ポストの中が子グモだらけになっては大変と、卵のうを採取しビンに入れた。
5月22日朝:ビンの中の卵のうの下から、数百匹の子グモが誕生(出のう)した。
5月31日:子グモたちが2回目の脱皮。
6月21日:子グモたちがビンの上まで糸を張った。
6月23日:ビンの中いっぱいに糸が張られたので、すべてを「お茶の木」に逃がしてやった。
〈子グモたちのエサ〉
◇子グモは「自分の体長より大きな虫は食べない」のか。
【実験1】出のう後21日目の子グモたちのビンに、死んだミツバチとヒメナガカメムシを入れた。
《結果》
しばらく様子をうかがい、みんなで糸を出して巻いてから食べた。
〈リーダー子グモ〉
◇子グモたちにリーダーはいるのか。
【実験2】昨年のバルーニング(クモが糸を風に乗せて、空中を飛ぶ)実験で、1匹では飛ばず4匹では飛んだ。移動するときも、1匹を先頭に移動した。今回は子グモすべてを同時に「お茶の木」に放した。
《結果》
複数の小集団ができ、それぞれにリーダーの子グモがいて、その後を他の子グモたちがついて行った。リーダーの先導で木の頂上まで行きバルーニングしたが、リーダーが先に飛ぶわけではない。
〈ジョロウグモと気象〉
◇母グモの「産卵」「卵のうから離れる」「死ぬ」の行動と気象条件は関係するか。
【実験3】2013年10~11月の1日の最高・最低気温、日照時間、降水量などの記録を調べた。
《結果》
朝晩が冷え込み出し、最高気温が前日より上がった日に産卵、朝の最低気温が0.8℃と一番冷え込んだ日に死んだことなど、気象の影響を受けている可能性は高いが、母グモ1匹だけでは結論が出せない。
◇ジョロウグモの減少と気象は関係するか。
【実験4】2014年6月15日~7月27日の間、家の周辺6カ所の木(1カ所は子グモを放したお茶の木)にいるジョロウグモを2日ごとに数え、この間の気象記録と照合した。
《結果》
5カ所計130匹の残存数は34匹(26.2%)、お茶の木(数百匹)は残存0匹だった。とくに風速が強い日、降雨後に個体数は減少するなど、気象と関係があった。
〈ジョロウグモの個体数〉
◇周囲にはどんなクモがいるのか。
家周辺の木ではジョロウグモが減少したが(実験4)、道を歩けばよく目につく。ジョロウグモと同じ円形の巣を張るクモを調べた。
【実験5】2014年6月下旬に、家の周辺と学校敷地内、保育園周辺の3カ所で調査した。
《結果》
クモの種類と合計個体数はジョロウグモ(337匹)、ナガコガネグモ(49匹)、アシナガグモ(12匹)、ゴミグモ(9匹)、コガネグモ(6匹)。やはりジョロウグモが多かった。その秘密を探るため、2番目に多いナガコガネグモと比べることにした。
〈ジョロウグモとナガコガネグモの巣の相違〉
◇巣の大きさ、糸の数
【実験6】各33匹の巣を調べた。
《結果》
ジョロウグモの巣は楕円形、ナガコガネグモは円形に近い。ともに体長が大きいと巣も大きくなり、大きさはジョロウグモが長手40.9cm、短手が32.1cm、ナガコガネグモは長手24.3cm、短手20.3cm(どちらも平均)。横糸間の幅は、ジョロウグモの方が巣の内側から外側までほぼ等間隔で狭い。こしき(巣の中心で縦糸が交差する部分)は、ジョロウグモでは巣のやや上寄りにある。
◇糸の強度
【実験7】巣の一番外側の枠(わく)糸が切れるまで、どれだけの重さに耐えられるか、各30匹の枠糸について、1円玉(重さ1g)をおもりに使って調べた。
《結果》
ナガコガネグモは平均10.8g。ジョロウグモは2013年7月調査の若グモが平均24g、同10月調査の大人グモが平均36g。ジョロウグモの方が2倍以上強い。
◇糸の伸び強度
【実験8】各20匹の枠糸(10cm)を、切れるまで引っ張った。
《結果》
ジョロウグモの伸びは平均14.5cm、ナガコガネグモは平均17.6cm。ナガコガネグモの方がよく伸びた。
◇糸の粘着力
【実験9】紙テープ(1.8×5.0cm)の端に横糸を5回着け、もう1枚の紙テープを貼り合わせる。これにクリップ(0.4g)を付けていき、何gで紙テープがはがれるか、各30匹について調べた。
《結果》
ジョロウグモは平均0.65g、ナガコガネグモは平均2.4g。ジョロウグモの方が弱かった。横糸にある粘球の大きさ、間隔に違いがあるのかもしれない。
◇横糸の粘球
【実験10】顕微鏡で観察した。
《結果》
粘球の直径はジョロウグモが1.0~5.5mm、ナガコガネグモは0.9~5.0mm。ともに大きさ、間隔も一定ではない。粘球自体の粘着力が違うのかもしれない。
◇巣模型実験
【実験11】実験6の結果を基に、段ボール箱にたこ糸を張り、ジョロウグモとナガコガネグモの巣の2倍模型を作った。横糸に水のりを着け、大(直径15mm)中(10mm)小(7mm)の糸玉を、巣模型の真上と側面から30回ずつ当てて、玉の捕獲(ほかく)率を調べた。
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2倍の巣模型。ジョロウグモ(右)とナガコガネグモ(左)
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《結果》
ともに側面から糸玉を当てた場合の捕獲率が低い。ジョロウグモの巣模型・側面では、大きい糸玉ほど跳ね返されて捕獲率が下がる。ナガコガネグモの巣模型・側面では中の糸玉が、ちょうど糸間にひっかかり、捕獲率が高かった。糸間隔よりも大きな糸玉がすべて捕獲できるわけではない。
《考察》
巣模型・側面が実際の巣に近いので、ジョロウグモの巣のように網目が細かく、粘球の粘着力も強くない場合、大きな虫はかかりにくい。かかった虫が逃げることもあるので、実際の捕獲率はもっと低いのではないか。
〈ジョロウグモとナガコガネグモの身体能力の相違〉
◇持久力
【実験12】どれだけ糸を出し続けられるのか。幅15cmの糸巻き器を自作し、クモがぶら下がりながら出す「しおり糸」を巻き取り、長さを測った。
《結果》
ジョロウグモ(30匹)は平均10.6m(平均体長2.3cmの約460倍!)、最長は21mもあった。ナガコガネグモ(同)は平均4.5m。ジョロウグモの方がたくさん糸を出せるので、高い所にも移動でき、糸をふんだんに使った網目の細かい巣を作れる。
昨年の実験で、ジョロウグモは巣に乗せた綿毛をエサと間違えた。脚で触り、エサではないと分かると去った。エサを巣の揺れで感じ、脚で確かめるのか。
◇視力①
【実験13】ラップで2つに仕切った箱の一方にクモを入れ、もう一方にバッタ、マイマイガ、カエル、カマキリをそれぞれ入れて、クモの行動を調べた。
《結果》
ジョロウグモ、ナガコガネグモはともに仕切りをくぐって相手に近づいたが、襲うことはなかった。ジョロウグモはカマキリに食べられた。
◇視力②
【実験14】ジョロウグモ(30匹)、ナガコガネグモ(同)の巣に、死んだ10匹のガとハチ、ガガンボを1匹ずつそっと置いた。
《結果》
ともに昼間は食べなかったが、夜9時ごろに食べていた。夜、巣を張り替える時に、虫に気がついたのではないか。巣にかかったエサを目で見ているわけではない。
◇聴力
【実験15】ジョロウグモ(2013年秋30匹、14年夏30匹)、ナガコガネグモ(30匹)の巣を、音叉(周波数440㎐)、携帯電話(バイブ)、手で揺らした。
《結果》
どのクモも手での揺れをエサと間違えなかった。13年秋に実験した大人のジョロウグモは音叉と携帯に反応し、とくに音叉をエサと間違えた。14年夏の若いジョロウグモは音叉と携帯にも寄って来なかった。ジョロウグモが音叉に反応する・しないは、体長約4.5cmが分かれ目のようだ。
◇好む揺れ
【実験16】体長4.5cm以下のジョロウグモ(30匹)、ナガコガネグモ(同)の巣に、7音(ラシドレミファソ)のハンドベルを当てて揺らす。
《結果》
どの音にも反応が悪かった。昆虫の羽音の周波数(1秒間の振動数)はハンドベルより低い。身の周りにある、音叉よりも低い周波数はハンド・マッサージ機(150㎐)、天敵スズメバチの羽音周波数と同じだ。
◇振動への反応
【実験17】ハンド・マッサージ機でジョロウグモ(40匹)、ナガコガネグモ(30匹)の巣を揺らした。
《結果》
ジョロウグモの50%が反応し、ほとんどが逃げた。反応する・しないは体長4.0cm付近で分かれる。ナガコガネグモは90%が反応し、ほとんどがエサと間違えて近づいた。
◇聴毛
【実験18】クモの脚にある「聴毛」(振動を感じる毛)を観察した。
《結果》
聴毛の本数はナガコガネグモの方が多い。ジョロウグモの第1脚にある聴毛の本数は左右それぞれ約28本。体長が約4.0cm以上で、聴毛が急に増える。
◇音への反応
【実験19】音叉をクモから約10cm離して鳴らした。
《結果》
ジョロウグモ(30匹)は67%、ナガコガネグモ(同)は83%が反応し、動いた。
◇揺れの衝撃
【実験20】折り紙(15×15cm、1g)の1/2大、1/4大、1/8大、1/16大、1/32大、1/64大の紙を手で丸めて、巣に落とした。
《結果》
ジョロウグモは小さい紙ほど反応し、ナガコガネグモは大きい紙ほど反応した。
◇巣の振動場所
【実験21】体長4.5cm以上のジョロウグモ(30匹)とナガコガネグモ(同)の巣の上側②下側右側④左側の順に音叉を当てた。
《結果》
ともに音叉を当てた順番に反応が悪くなった。クモは振動を覚えたのではないか。またジョロウグモは巣の上側の振動にはよく反応したが、方向違いが多かった。これは巣の上側は網目が不規則で、振動が伝わりにくいこと、ジョロウグモの後ろ脚の聴毛の数が少ないことが関係している。だから、こしきも巣の上寄りに構えているのではないか。
◇記憶力
【実験22】実験21とは順番を変え、音叉を左側②右側下側④上側の順に当てた。
《結果》
音叉を当てた順に反応が悪くなった。やはりクモは記憶力がある。
◇瞬発力
【実験23】クモがエサに向かう様子をビデオ撮影し、エサへの移動速度を測定した。
《結果》
ジョロウグモ(12匹)の平均速度は秒速728mm、ナガコガネグモは秒速587mmだった。
◇エサの捕り方
【実験24】巣に生きたエサ(チョウ、トンボ、ハムシ、イナゴ、バッタなど)を乗せ、クモの狩りの仕方を観察した。
《結果》
エサが巣にかかると、ジョロウグモは①かみつき②糸巻き③運ぶ④食べる、ナガコガネグモは①糸巻き②かみつき③運ぶ④食べる、という順番。
《考察》
ジョロウグモのエサは、ほとんどがすばしっこい小さな虫。網目は細かいが粘着力の低い巣ではすぐ逃げられる。そのため速いスピードで近づき、まずかみついて相手の動きを止める。ナガコガネグモは、巣には割と大きな虫がかかりやすい。大きな虫は動きも大きく、反撃されやすい。かみついて注入した毒もすぐには効かないので、真っ先に太い糸で、相手の動きのある部位を封じる攻撃をする。
研究を終えて
ジョロウグモは、ナガコガネグモに劣る点もあるが、それは必要ないからだ。自分で工夫して生きているから、今の環境でも個体数が多いのだ。クモは一見、気色悪いけど、本当は害虫を食べてくれる良い生き物だ。これ以上、人間が環境を変えてはいけないと思う。