宮津エコツアー · yasuda

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野田川を泳ぐ生き物

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外来生物なんです!

どこから来たかって?

 

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「ヌートリア」

冗談はおいておいて、このヌートリア、ペアーで泳いでいました。

ビーバーかカワウソかとおもいましたけど、ぬーとりあ。

侵略的外来種といわれているものですから、凶悪ないきものかと思っていましたが、ネットを覗くと、とんでもない有用外来生物ではないですか!

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「肉にはタンパク質20-21%、脂肪4-10%が含まれている。中国、特に広東省や広西チワン族自治区の広東料理では、「野味」と呼ばれる各種野生動物の料理(ジビエ)が珍重されており、ヌートリアも省区内や江西省などで飼育されたものであるが、食用にされている。料理店では「鼠」という字を避け、「海龍」と呼ばれる場合がある。炒め物や揚げ物にする例が多い。1965年ごろ、広州動物園の中で経営されていた鶯園という野味料理店では、酢豚を応用した「糖醋海狸鼠」という料理が出されており、イノシシに似た食味であったという」

「丈夫で育てやすく、柔らかい上質な毛皮が安価に入手できるため、第二次世界大戦頃には軍隊の防寒用飛行服の裏地として、世界各国で飼育された。日本では1939年にフランスから150頭が輸入され、飼育が奨励された。当時は軍隊の「勝利」にかけて「沼狸」(しょうり)と呼ばれ、1944年ごろには西日本を中心に全国で4万頭が飼育されていた」

「季節を問わず繁殖し、年に2・3回出産する。妊娠期間は約4か月で、平均5匹の子を産む。十分に発達してから生まれるため、丸1日後には泳げるようになり、3日後くらいには早くも成体と同じ餌を摂り始める。その後、約半年で性成熟する。寿命は5-8年程度。」

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猪・鹿・沼狸、、、三大ジビエになる素材じゃないですか。

二株のケヤキの間に杉を抱き込んだ、いずれも胸高周径300cm以上の巨樹

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興味ぶかいのは泉がこの木の根株から湧いていること。

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この泉と巨樹、大納言小豆で有名な伊根の薦池にあります

山の中の里につく「池」の文字の由来の泉かもしれません。

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さて、この薦池に関して有名なのは、鬼は外福は内、という節分定番の鬼払いをしないこと。

こんなことが言い伝えられています。

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むかし、むかし、薦池村の庄屋さんが大江山の元伊勢に参拝に行った帰りに雪で遭難してしまいました。その時、夢か現か、鬼が現れこういいました。「節分に豆をまかないでくれたら助けてやろう。」庄屋さんが約束すると、「約束を守るなら、村を火から守ろう。」鬼はそう言い残して去りました。「庄屋さんの言うことなら間違いあるめぇ。」以来、薦池では鬼は神様。村人たちは鬼を信じ、節分がありません。

 

「実際、焼畑で延焼しかけた時、突然強い雨が降り、火が消えた。本当に鬼が村を守ってくれた。」と村人は、今でも鬼の伝説を語り継ぎます。

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間もなくその節分、しかし、今冬は明日から三月!と言われてもそうだね、はやいもんだと頷いてしまいそうな1月31日です。

 

宮津高校の生徒たちが取り組んできたフィールド探求の活動の報告会を、日置・金剛心院様のご協力で、ご本堂をお借りし、開催させていただくことになりました。

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二月十七日です。

以下の内容で準備されています。 

(1)里山が教えてくれたこと

   報告:探究部 

(2)丹後の巨樹の住民登録に取り組んで見えてきたこと

  報告:探究部 多々納先生 お手伝い ガイドの会

(3)丹後は「麒麟」をどう迎えたか!

  報告;宮津高校 橋本先生

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未来に生きようとする高校生たちが、ふるさと・丹後のフィールドの暮らしや自然を眼と心に焼き付けておくことは、将来の丹後にとっても大きな意味があるのではないでしょうか。

内容は盛りだくさん!

若い学徒たちが、里山丹後に何を感じ、何を見つけ、何をかんがえたのか、に耳を傾けながら、大人や地域は何が出来るのか、一緒に考える時間になることを願っています。

お出にくいときではありますが、お誘い合ってご参加頂きますようご案内いたします。

 

 

なんだ、これは?

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「ぼたいじゅ菩提樹」なんだそうです。

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細い葉の真ん中から下がる種、空に放つとくるくる伝回りながら飛びます。

丹後では与謝野町下山田のお宮さんにあります。

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このお社、「明境社」。

よめません、「あけさい」さんとよぶんだそうです。

もう一つの謎、

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天橋立に松の苗を植えたのは、ここのご祭神さん、八千本全部を一夜のうちに植えたんだと伝えられています。植林造林をする神様ということなんでしょうか、それにしても、気になるのは、一晩のうちにというところ。阿蘇海を閉ざした砂嘴がどのように出来たのか、いろんな議論がされています。地震地滑りを想定する説明もあります。この伝承はその謎にふれているのかもしれません。

 

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「こんな歳もなけりゃななぁあ!」

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一月二十二日現在のせやの里です。

ちなみに、下の雪景色

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2013年一月十八日の記録。

毎年毎年雪に埋もれ、雪すかしに追われるのが習わしのせやの照美さんのおっしゃることです。

「どんな歳もありますわなぁあ!」

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ありゃ、3月みたいですわなあ、福寿草がさきませんかぇ!雪請いを、せんなりませんかえ!

だいたいこうやっておちょくると降るようです。

 

小さな花で大きな花を!
「小さな花の歌」・歌詞看板制作協力のお願い

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この村から旅立ち、たくさんの人生を支える大きな仕事をしたこの歌に、ふるさとを見せてやりたいとおもい始めたのはいつの頃からでしょうか。
人は、歌に支えられて生きていきます。まさかこの歌がそんな歌になるとは、思いもしませんでした。手紙を書いた少女たちにはもう、「孫」が出来たとか。歌い続けてくださった黒坂さんの手から手へわたされ続けたこの歌にも、子や孫、ひ孫たちがたくさんできて、間違いなく多くの人たちを支えています。

IMG_4868.jpgかんばん

さて、年が明けてありがたいのは、丹後の冬にしては温かくて、一月末には梅が咲きそうな勢いなことと思うのは、我ながらじじむさいなあとおもっています。一緒に歩いてくれた歌への恩返し! しかし、これも、しじむさいといやぁじじむさい、懐かしむだけじゃ意味がないですから。問題は、この機会に、これがなにかのきっかけになるように、それを仕掛けておけるかというところなんだろうと思います。上世屋から生まれた歌が地球の命の歌として長く歌われて、さらに大きな花を咲かしていくことを願って、皆様のお力をお貸しいただきますようお願いする次第です。

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■ゆうちょ銀行間の場合   記号 14410 番号 50805871

名義 安田潤 ヤスダ メグム

おいでいっしょに イン上世屋 実行委員会
■他金融機関利用の場合  ゆうちょ 店名 四四八

店番 448 普通 口座番号 5080587
■お問い合わせ      080ー2517ー6999(宮・世エコツアーガイドの会)

比沼麻奈為神社の巨スギ、

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それらの周径420cm超。

下は 五箇・大呂神社。

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手前はむくろじで496cm、奥のスギ600cm。

さて、巨樹と神社がワンセットの理由については、わかっているようでいてもなんだか説明し切れない、そんなことでしたので、 樹木医 山本利幸さんの、日本人の樹木崇拝について、の講演原稿のアップ、大変興味深かったです。

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もともと日本は巨樹がいっぱいあった国です。 モンスーン地帯で木がよく育つ所ですから、 木の文化の国として栄えてきたわけです。 日本には巨樹、 老樹がたくさんあり、 特に神社仏閣では神木・霊木として、 個人では先祖伝来の樹木として、 地域では町や村のシンボルとしてそれぞれ大事にされ、 貴重な郷土の文化遺産として親しまれてきた歴史があります。

原始時代から古墳時代にかけて、 自然は人々に生きる恵みをもたらしてくれる崇拝の対象であるとともに、 死をもたらす恐怖の対象でもありました。 例えば、 地震、 雷、 台風、 干ばつ、 冷害は恐ろしいことで、 こうした現象が起きるのは神のなせるわざだと古代の人は考えました。 災いを防ぐために、 大きな石や木に注連縄を張って神格性を持たせ、 それを祀ることで自分たちの安泰を願ったんです。 巨石・巨樹を信仰の対象にすることで、 天災から逃れようとしました。
そうした古代人の考え方は、 やがて造園という概念が出てきたときにも引き継がれました。 日本の庭園は西暦600年代の推古天皇の頃に造られたという記録が日本書紀に記されています。 当時から、 日本の庭園は石組みと樹木を配することが特徴で、 これは他の国には見られないことです。 そもそも庭園文化は大陸の影響を受けて作られるようになったのですが、 出来たものは古来からの日本的発想で作られたわけです。 太陽、 月、 星、 雪、 風など天然物崇拝と、 身近にある山、 岩、 樹木など自然物崇拝は深く日本人の精神に根ざしており、 飛鳥時代から今日の庭園まで、 その精神は長く引き継がれてきました。

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(上 宮津 籠神社)

樹木崇拝は自然崇拝のひとつの形ですが、  どこの神社にもたいていは神木があります。 昔、 神主が神様を天上からお呼びするときに神様に本殿に降りてもらう儀式をしましたが、 その時のよりしろとなったのが神木です。 お宮の回りに大きな木を植えて「降神の儀」を行って、 神様が天上からお宮に降りてくる時の手助けとするものです。 なお、 どうしても神が降りてくるにふさわしい木がないときは、 榊を本殿の回りに立てて、 それをよりしろの代わりとしました。

樹木は人間よりはるかに長寿ですから神様に近いと考えられたのはもっともなことで、 実際、 仙人の風貌に近い老樹が多く、 信仰の対象にもなりやすかったのでしょう。
巨樹・老樹は長い風雪に耐えて生き抜いただけあって、 見るだけで畏敬の念を抱かせる風格があります。 老大木には精霊が宿ると信じられており、 神木とか斎木と呼んでいます。

樹木は日本人の風景観・文化観を伝える大事な生き証人ですし、 今後も残していかねばならないと思っていただければと願う次第です。

~みどりの歴史資産保全と市民のくらしというテーマの講演会~.
古の中のアヴァンギャルディズム013

web.kyoto-inet.or.jp/org/gakugei/judi/semina/…/kur013.htm – キャッシュ

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巨樹調査しながらもっていた、もわもわ感すっきりした気分です。

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(上 口大野府営住宅駐車場の椎 周径 456cm)

丹後半島の巨樹探索を重ねて、現在、確認数約130本を越す勢いです。何かの評価をするのにはまだまだですが、密度としてはなかなかだろうと感じています。

この調査、林道自然ガイドパンフ第二版 に反映させたいと準備しています。

 

 
(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai

2019年の初撮りは、やはりここ!

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小さなずんぐりむっくりで、標高は高くはない半島だけれども、日本海と若狭湾を仕切っているため、特に冬は北西の季節風を受け、様々な形の雲を生みます。

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四季、広々とした里山空間の空に繰り広げられる雲のパフォーマンスは見飽きません。

さて、青空も覗いて穏やかな年明けがうれしいです。あらためて明けましておめでとうございます。

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ところで、このポイントのある里「明田」のお守り社は、「心木神社」といいますが、読み方に大半の方が迷います。

1 しんき 2 こころぎ 3 しんぼく 、、、

教えてもらいました。三番、しんぼくさんなんだそうです。

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神木ではあらわせないニュアンスがあったのかも知れません。

geocities.jp/k_saitoでは、次のような見解を述べておられます。

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心木神社(元村社) 明田小字奥地
「中郡神社明細帳」に祭神、由緒とも不詳としているが、もと木の信仰として明治維新までは心木大明神と称していた。心木は神木であったであろう。木積山は明田・久住に連なり、久住に木積神社があり、当地高原寺には、「木積神社心木神」の小観音像が保存されている。心木神社の祭神ではないか。明治六年に神体を白弊に改めて心木神社と称した。
たぶん木積神社系の神社ではなかろうか。この神社のすぐ後に高原寺があり、そこに観音菩薩像(金像10㎝)が所蔵されていて、背面に「木積神社心木神」、台の裏に「由利重明」の銘があり、同地の氏神心木神社の神体でないかといわれている、ものがある。その「木積神社心木神」を祀るようである。木積は穂積で火津見、心木はたぶんシキで坑道のこと、ここはあるいは水銀鉱の神かも知れない。

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しんぼく、これを「心の木」と理解するのは単純で恥ずかしいのですが、人は木から生まれると言い伝える地もあるということですから、母なる木という意味で、親しんで来られたのでは無いか、そう思いました。なんだかそれでもいいような温かさを醸し出しているのが、スギやタブなどの社の木々。

特に鳥居のそばのケヤキは周径300cmを越す巨樹です。

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去年は、「災」の漢字で締めくくらざるをえないような一年でしたが、今年はこの「穏やかさ」が続いて「穏」で締めくくれるような一年になればありがたいと思ったようなことです。

 

 

 

「鯨」踏切を行くKTR。

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2018年もいよいよ大晦日。

振り返ってみると、今年一番は 京都府丹後広域振興局森づくり推進室様のご支援をえながら「丹後縦貫林道ものがたり」を作成できたこと。

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準備した700部をほぼ受け取って頂くことが出来ました。
『丹後縦貫林道ものがたり』、丹後の自然・歴史・文化・なにより人間のすばらしさを伝える貴重な一冊ですね。一読して、編集された方々の自然への愛、情報の精査、読者への信頼、未来への責任感、、、。美しいものがいっぱい詰まっていて、心が躍りました。ますます丹後半島を訪れてみたくなりました。』東京で出版に関わる編集者の方からいただいた感想です。あるいは「いずれの地域でも昔のままの環境を維持することに大変苦慮されている実情のあるなか、この冊子は同じように里山の保全に熱い思いを持つ地域の皆様にとって、とても重要なヒントがたくさん詰まっているような気がいたしました。」こんな感想もいただいています。

そんな感想に励まされて、改訂増補し、第二版を目指してきました。

第一版では、何がそこにあるのか、どんな暮らしや自然があるのか、それを道はどう結んでいるのか、そのあらましをまとめてみました。第二版には、さらに川の生き物や山の木の大きさの調査、林道の新しい仲間などを新しく加える事が出来そうです。

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来春早くには形にしたいと、割付構成、デザインの相談も進めてもらっています。

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医師で詩人の谷口謙先生の『私説郷土考』は、「小さな ずんぐり 親指の頭のような半島だ」で始まります。古代から現代まで丹後半島で起こっていたことを医師の目で語られるこの詩は続きます、「連日 人々は都市部に走り けんめいに 観光化を計っている残された町 だけど ぼくがうまれ 生涯を終えるだろう土地 古い歴史 鮮やかな山と海」と。
丹後縦貫林道は、その親指の頭のような半島に「残された町」を結ぶ山の道です。

二版に予定の、 ~序・「希望」の道~です。

阿蘇海、与謝の海(宮津湾)、栗田湾、舞鶴湾、伊根湾、久美浜湾、若狭湾そして日本海、丹後のどの町もどれかの海を望み、抱き、海に面している。丹後は確かに海の京都だ。
1980年、その海を鳥のように見せてくれる道がこの半島の山麓を、約50kmに渡って走った。。丹後縦貫林道と名付けられた。牧場ができた、スキー場ができた、旅行村が出来た、しかし、人足はいつのまにか途絶えた。道路の付け替えともいうほどの手直しも必要とした。
2017年秋、太鼓山線 角突山線 成相線 大内線 奥寄線 全五線が再びむすばれた。この道は、山陰海岸ジオパーク、若狭湾国定公園、「世界で 最も美しい湾クラブ」加盟の海を展望しながら、命あふれる生物多様性保全上重要里地里山500、日本の里100の里、京都府景観資産選定地を含む丹後天橋立大江山国定公園、「海の京都」・丹後半島を縦に貫き走る。
丹後半島は日本海の水平線の丸みの向こうに、故郷の大陸をみたいと思っているかのように、いまも隆起を続けている。私たちの来し方と行く先を、もっと高いところから見せようとしているのかもしれないとしたら、この道に託されたのは、私たち人間、そして一緒に生きる仲間たちの「希望」に他ならない。

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このガイドブックを、丹後の奥深いところへ踏みいるために、役立てていただける事を願いながら、来る2019年もこの「ものがたり」を「けんめいに」績み、紡ぎ続けていきたいとかんがえています。良いお年をお迎えください。

 

 

 

 

ロンドンパリバリピカッソダダーン!

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丹後の雪祭りはにぎやかで華やかなんです!

なんですか、年末のこの雪は!

屁みたい、しめった線香花火みたいじゃないですか、

いじょう、異常です!

と、誹っていたら、降るんです、本格的に。

雪有り月に雪が無い、それこそ異常、

ロンドンパリバリピカッソダダーン!

ロンドンパリバリピカッソダンダダーーン!

北の空に向かって、叫びながらの年の暮れです。

 

 

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