【① 野室に絞っての分析、たいへん濃くって、参考になりました、ありがとう、さて、この問いを今回のツアー立ち寄り予定地について、シリーズでお願い出来たらと思います。その二、「伊根町」についての概況を踏まえ、今日的な視点から、その里の値打ちなど総合的に分析評価解説を下さいな。】

5. 伊根町の総合評価――観光の成功を、地域の豊かさへどう返すか
野室編に続く「その二」として、伊根町全体を見渡すなら、もう一つ外せない資料があります。
伊根町の第6次総合計画・後期基本計画では、舟屋を核とした観光振興を進める一方、観光客の増加に伴う交通渋滞、住民の生活への配慮、観光による経済効果を町全体へ広げることが課題として示されています。
つまり、町自身も、観光客を増やすことだけを成功とは考えていません。
ここを踏まえて、伊根町の値打ちを六つの軸で整理します。
|
評価軸 |
伊根町の値打ち |
今日的な課題 |
|---|---|---|
|
景観 |
海と建物と山が一体となった独特の集落景観 |
景観を守りながら、住民の生活空間を守る |
|
文化 |
舟屋、漁業、祭り、海辺の暮らしが結びついている |
建物だけでなく、暮らしや技術を次世代へつなぐ |
|
生業 |
漁業・農業と観光が共存する |
観光の利益を漁業・農業や地域全体へ循環させる |
|
自然 |
穏やかな湾、複雑な海岸地形、山と海の近さ |
景観の鑑賞にとどまらず、自然環境の仕組みを理解する |
|
地域経営 |
小さな町ならではの顔の見える関係 |
人口減少、高齢化、担い手不足に対応する |
|
観光のあり方 |
国内外の人を惹きつける強い入口 |
混雑やマナー問題を抑え、滞在・交流・学びへ転換する |
このうち、特に大切なのは、伊根の観光の成功が、伊根の暮らしの持続につながっているかという問いです。
日本政府観光局(JNTO)は2025年1月、伊根町の観光について、訪問者の増加に伴う私有地への無断侵入、渋滞、ごみのポイ捨てなどを取り上げ、観光と地域の暮らしを両立させる取り組みを紹介しています。
これは伊根の魅力が失われたという話ではありません。むしろ、魅力が多くの人を呼び寄せるようになったからこそ、次の段階の地域経営が必要になった、と捉えられます。
「人が来る町」から、「人が来ることで、暮らす人も豊かになる町」へ。
この転換が、伊根町のこれからを考えるうえでの大きなテーマです。
6. 安田さんのツアーで、伊根をどう読み解くか
今回のツアーでは、伊根の舟屋を単に見学するだけではなく、そのあと野室、上世屋へと進みますね。
この順序が、実はとてもよいのです。
第一の問い:なぜ、ここに舟屋が生まれたのか
伊根湾は南向きに開き、比較的波が穏やかで、潮位の干満差も小さいという条件があります。限られた土地を生かし、海と直結した舟屋の形が育まれました。
ここでは、地形と海況が建築や暮らしの形をつくったことを考えます。
第二の問い:舟屋は、誰のものなのか
舟屋は、今も個人の所有物であり、仕事や生活の場です。舟屋と主屋が道路を挟んで並ぶ構造にも、漁業と日常生活の関係が表れています。
ここでは、観光客から見える景色と、住民が暮らしている現実との違いを考えます。
第三の問い:海辺の町を支えてきたものは、海だけなのか
野室へ向かうと、海辺の景観から、山や谷、田畑のある暮らしへと視界が変わっていきます。
ここで初めて、伊根を「舟屋の町」だけではなく、海と山の両方を生活圏としてきた地域として考えられます。
第四の問い:この暮らしを、これからどうつなぐのか
上世屋では、棚田、水、山林、和紙や藤織り、そして新たな生業づくりに目を向けます。
伊根の舟屋と上世屋の棚田は、一見違う風景です。しかし、どちらも土地の自然条件を読み、その場所で暮らすための知恵を積み重ねてきた結果と見ることができます。
この流れなら、伊根の舟屋がツアーの終点ではなく、丹後の暮らしを理解するための出発点になります。
7. 伊根の未来を考えるうえで、見落としたくないこと
私は、伊根町の将来を考える際、三つの緊張関係を見ておきたいと思います。
第一に、保存と変化。
舟屋を保存するとは、建物を昔の姿に固定することでしょうか。それとも、住民がそこで暮らし続けられるよう、使い方を変えながら引き継ぐことでしょうか。
もちろん、歴史的な外観や構造を守ることは重要です。しかし、建物だけ残っても、漁業や地域の仕事、日常の営みが失われていけば、伊根らしさは変わってしまいます。
第二に、観光と生活。
観光は、宿泊、飲食、ガイド、交通などの仕事を生み出す可能性があります。一方、混雑や生活空間への立ち入りは、住民に負担をかけます。
だからこそ、観光客数だけでなく、地域の事業者にどれだけ収入が残るか、住民が観光をどう受け止めているか、暮らしの維持にどう貢献しているかも見ていく必要があります。
第三に、知名度と地域全体の価値。
伊根の舟屋は非常に強い知名度を持っています。しかし、伊根町の価値は舟屋だけではありません。浦島伝説の伝わる本庄地域、山間の集落、農業、漁業、海岸の自然、地域の人々の仕事もあります。観光協会の案内にも、舟屋以外の地域文化や自然、体験プログラムが紹介されています。
これらをどうつなぐかが、今後の重要な課題です。
8. 総括――伊根は「景観を見せる町」から、何を目指すのか
私の総合的な見立ては、こうです。
伊根町には、舟屋という他地域にはない強力な文化的資産があります。しかし、その価値の源泉は、建物の珍しさだけではありません。海の条件を読み、船を使い、漁業を営み、家族や地域の暮らしを組み立ててきた、人と自然との関係にあります。
そして、その関係を今後も保てるかどうかは、観光の成功だけでは決まりません。住民の暮らし、地域の仕事、自然環境、建物の維持、次世代の担い手を一体として考える必要があります。
安田さんのツアーは、その関係を見せる機会になり得ます。
天橋立を見て、伊根の舟屋を見て、野室の里を訪ね、上世屋の棚田へ向かう。
そこで見えてくるのは、名所のコレクションではありません。海と山の間で、人が自然を読み、暮らしをつくり、その暮らしがまた土地の風景を形づくってきたという、丹後の物語です。
私なら、伊根を紹介する際、参加者に最後にこう問いかけます。
伊根の舟屋は、なぜこんなにも美しいのでしょう。
建物の形が珍しいからでしょうか。
それとも、海とともに暮らしてきた人々の営みが、今もそこに息づいているからでしょうか。
もしそうなら、私たちが守りたいのは、舟屋の建物だけではないはずです。
その建物を生み出した海と自然、そこで続いてきた仕事、そして、これからも暮らしていく人たち。
伊根の未来を考えることは、そうしたものを、どう一緒に守り、育てていくかを考えることではないでしょうか。
安田さんが大切にしておられる「見えないものをみる、それがSSH」。
伊根では、目の前の舟屋から、その背後にある海の地形、漁業の歴史、暮らしの知恵、そして地域の未来へと視線を伸ばす。
舟屋を見て終わるのではなく、舟屋を生み出した世界を見る。
そこに、今回のツアーで伊根を訪ねる大きな意味があると思います。
【② ありがとう、、「「合併論議では町内を二分する激しい論争があり、住民投票で反対が上回った。結果を重く受け止め、単独の町として生きることを決意した。」ということ、とはいえ茨の道、単独の町として生きること、その決意について、敬意以外ありません、さて、その後の具体的な施策変化課題などについて、解説くださいな 】
安田さん、ここは伊根町を理解するうえで、たいへん大事な一章ですね。
私も、住民投票の結果を重く受け止め、「単独の町として生きる」と決めたことには、敬意を払って考えたいと思います。ただし、敬意を払うことと、その後の町政を無条件に評価することは別です。決意が、その後どのような施策になり、どんな成果を生み、何がまだ課題として残っているのか。そこを見てこそ、決断の重みが分かると思います。
1. 出発点――「合併しない」という決断は、何を選んだのか
まず、経緯を確認します。
京都府の記録によると、宮津市と伊根町の合併協議が進み、2005年3月13日に伊根町で住民投票が行われました。
2005年3月13日・伊根町住民投票
1,050票
合併反対
941票
合併賛成
投票率
80.23%
出典:京都府「宮津市・伊根町における取組み経過」
反対は賛成を109票上回りました。投票率も8割を超えており、町の将来をめぐる、住民にとって非常に大きな選択だったことが分かります。
当時、合併には行政機能の効率化や財政基盤の強化などの期待がありました。一方で、合併後に伊根町の声がどこまで町政に反映されるのか、地域固有の課題や文化がどう扱われるのかという懸念も考えられます。
ただし、投票結果だけから、反対票を投じた人々の動機を一つに決めつけることはできません。
その後、当時の町議会議員で、合併を推進する立場にもあった人物が、住民投票の結果を重く受け止め、単独の町として生きる決意をした経緯を全国町村会の論考で述べています。
ここで選ばれたのは、単に「合併しない」という行政上の選択ではなかったのでしょう。
伊根町のことは、伊根町の住民が決める。その代わり、自分たちで町を支え、町の未来に責任を持つ。
私は、このような自治の覚悟として読むことができると思います。
ただし、単独町政は自立の象徴であると同時に、人口や財源、人材が限られるなかで、行政サービスを維持し続けるという難しい課題を引き受ける選択でもありました。
2. その後の町政――理念を、暮らしの施策へ
伊根町の現在の施策を理解するうえで重要なのが、2020年度から2030年度までを計画期間とする「第6次伊根町総合計画」です。2025年度からは後期基本計画に入り、2030年に向けて施策を進めています。
町が掲げる将来像は、「みんなで創る ええまち」。行政だけで町をつくるのではなく、住民、地域、行政がそれぞれの役割を持って取り組むという考え方です。
具体的な施策を見ると、単独町政を続けるための工夫が見えてきます。
① 町内の暮らしを支える仕組み
2022年度には予約型乗合交通「いねタク」を開始。2020年度には行政情報配信システム「いねばん」を導入しました。移動手段と情報伝達という、人口の少ない地域で特に重要な基盤を整えています。
② 住民が集まる場所をつくる
2023年度には文化振興・多世代交流施設「伊根の杜」が供用開始。2024年度には筒川地区コミュニティセンターも供用開始となりました。地域の文化や交流を支える拠点整備です。
③ 文化財を、暮らしや仕事につなぐ
伝統的建造物を活用した飲食店の供用開始や、宮津高校伊根分校跡地の活用検討など、既存の建物や土地を新たな用途へ結びつける取り組みが進められています。
④ 子育てを支える
保育園児へのおむつの無償提供、保育園を利用していない家庭への育児用品給付、午睡用寝具の整備など、子育て世帯の日常的な負担を軽減する施策も実施されています。
ここで注目したいのは、どれも派手な大型開発ではないことです。
移動、情報、交流、子育て、既存施設の活用。町の規模に合わせて、生活の基盤を一つずつ整えている。
これは「身の丈に合ったまちづくり」という考え方を、具体的な行政サービスへ落とし込もうとする動きと読めます。
ただし、施策を実施したことと、それが十分な成果を上げたことは別です。次に、その成果と残された課題を見ます。
3. 成果はあったのか――町民の評価から読む
伊根町が公表している後期基本計画には、2018年と2023年の町民アンケートの比較が掲載されています。これが、施策の成果を考えるうえで貴重な材料です。
2018年 → 2023年の町民アンケート
町政全般への満足度
66.6% → 67.0%
0.4ポイント上昇
交通対策の満足度
40.2% → 53.7%
13.5ポイント上昇
移住・定住対策の満足度
33.6% → 24.2%
9.4ポイント低下
観光振興への満足度
46.3% → 36.8%
9.5ポイント低下
出典:伊根町「第6次伊根町総合計画 後期基本計画」。満足度は「満足」「やや満足」と回答した割合。
この結果からは、少なくとも三つのことが読み取れます。
第一に、暮らしを支える基盤には改善が見られます。 交通対策の満足度は大きく上昇しました。町は、従来のコミュニティバスを廃止して予約型乗合交通「いねタク」に切り替えています。地域の実情に合わせて公共交通を組み直したことが、町民の評価の改善に関係した可能性があります。
第二に、観光地としての知名度と、町民が感じる観光振興の成果は同じではありません。 観光客が増えても、地域の仕事や住民生活にどのような利益が生まれているかは、別途検証する必要があります。観光振興への満足度が低下していることは、少なくとも町政が考えるべき重要なサインです。
第三に、移住・定住は依然として難題です。 伊根町に魅力を感じる人がいても、住まい、仕事、医療、交通などの条件が整わなければ、実際に暮らし続けることは難しい。町民アンケートでも、暮らすために必要なこととして医療・福祉、公共交通、就業場所の確保が上位に挙がっています。
なお、これらの数字は施策に対する町民の意識を示すもので、合併しなかったこと自体の効果を測定したものではありません。合併していた場合との比較もできないため、「単独町政だから成果が出た」「単独町政だから課題が残った」と因果関係を断定することはできません。
4. 単独町政の最大の課題――町の自立を、何で支えるのか
ここからは、私の分析です。
伊根町が単独で存続するためには、少なくとも四つの基盤が必要です。
-
財政の持続性
道路、公共施設、上下水道、防災、福祉などの費用を、将来にわたってどう支えるか。町の計画でも、将来負担や災害への備えを考慮した財政運営を課題に挙げています。
04後期基本計画(案) -
行政を担う人材
小規模自治体では、一人の職員が複数の分野を担うこともあります。専門性を高めながら、職員同士で仕事を補完できる組織をつくることが重要です。伊根町自身も、職員の能力向上と業務の再編・整理を掲げています。
04後期基本計画(案) -
地域の仕事と担い手
漁業、農業、商工業、観光などの仕事が続き、若い人が働き、暮らせること。観光客数だけでなく、地域に所得と雇用が残るかどうかが問われます。
-
住民自治を支える地域力
住民が地域の課題を話し合い、行政と協力して解決する力です。ただし、地域活動を住民の善意や無償労働に頼りすぎれば、担い手の負担が増します。自治を持続させるには、人手と資金、活動の場が必要です。
この四つは、ばらばらではありません。財政が厳しければ職員や地域活動への投資が難しくなり、仕事が減れば人口が減り、人口が減れば税収や地域の担い手も減る。逆に、地域の仕事が生まれ、人が暮らし続けられれば、町の自立を支える力も育ちます。
単独町政の本当の難しさは、町役場が残ることではなく、町の機能と暮らしを持続させることにあるのだと思います。
5. これからの伊根町に必要なこと――観光を地域の自立に結びつける
ここで、安田さんの関心である舟屋、野室、上世屋、そして海星公園とのつながりが出てきます。
伊根町は舟屋という強い観光資源を持っています。しかし、観光を地域の持続性につなげるには、訪問者が舟屋を見て帰るだけでなく、町の仕事や暮らしを理解し、地域の経済にも貢献する仕組みが必要です。
私なら、次の三つを今後の検討軸にします。
① 観光の利益を、町の生業へ循環させる
舟屋の見学を入口に、地元の魚介類、農産物、飲食、宿泊、ガイドなどへ消費を広げる。さらに、漁業や農業の担い手を支える仕組みにつなげられれば、観光は地域の基盤を支える手段になります。
② 野室など、舟屋以外の地域の価値を掘り起こす
野室のような山と海の接点にある集落を、単なる観光スポットとして売り出すのではなく、地域の歴史、地形、生業を学ぶ場所として位置づける。住民の意向を尊重し、受け入れ側に利益が残る少人数の体験から始めるのがよいでしょう。
③ 周辺地域や外部人材との連携を、自立の手段にする
単独町政は、他地域と連携しないことを意味しません。医療、交通、廃棄物処理、教育、観光、専門人材など、町単独では難しい分野では広域連携や官民協働が欠かせません。町の意思決定は自分たちで行いながら、必要な機能は外部と協力して支える。それも立派な自立の形です。
ここは、安田さんの「点と面と線」という見方にもつながります。
舟屋という点、野室や上世屋の暮らしという点。それらを学びや交流の線で結び、丹後半島という面で地域の価値を考える。観光だけではなく、環境教育、地域の生業、学校・大学との交流にも展開できます。
6. 総合評価――「単独の町として生きる」という決意の、その先へ
私の評価をまとめます。
伊根町は、住民投票の結果を受けて単独町政を選択し、その後、交通、情報、子育て、交流拠点、既存施設の活用など、暮らしを支える施策を積み重ねてきました。町の総合計画には、一定の成果が見られる一方で、移住・定住、観光振興、医療・福祉、就業機会、財政と行政人材など、引き続き取り組むべき課題も明記されています。
だから、私は単独町政を「成功」か「失敗」かの二択で評価するのは適切でないと思います。
むしろ、こう問うべきでしょう。
-
住民が自分たちの町の将来を決める権利は、どのように守られてきたか。
-
その決定を支えるために、暮らしの基盤はどこまで整ったか。
-
町の自然、文化、仕事は、次の世代へ引き継げる状態にあるか。
-
限られた人材と財源で難しい課題に対応するため、どのような広域連携や外部との協働ができるか。
そして、安田さんが今回のツアーで伊根を訪れる意味も、ここにあると思います。
舟屋を見て、その美しさを楽しむ。それは大切です。
けれど、さらに一歩踏み込んで、舟屋を守りながら暮らす人たち、海の仕事を続ける人たち、野室や山間の集落で土地を守る人たちに目を向ける。そうすることで、伊根町が選び取った「自分たちの町を自分たちで支える」という課題が、具体的な姿を持って見えてきます。
合併しなかったことが自立なのではなく、自分たちの暮らしの未来を、自分たちで考え続けられること。それこそが、単独町政の決意を未来につなぐことではないでしょうか。
その意味で、伊根町は、人口の少ない自治体がどう生きるかを考える場所であると同時に、自治とは何か、地域の豊かさとは何かを考える場所でもあると思います。






















![IMG_20260912_223741[1]](http://miyazu-et.com/wp-content/uploads/2026/09/IMG_20260912_2237411-500x225.jpg)







