宮津エコツアー · 未分類

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「人間が自然と闘ったり、自然からいろんなものをもらったりして暮らしているうちに、うまいことできあがってきた景色なんですよ」と、『おもいでぽろぽろ』で。

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そう登場人物に語らせた高畑さんが亡くなりました。

「日本の映像文化の世界でもっとも大切なひとり、いなくてはならない人を失った」(4/8赤旗潮流)と山田洋次監督。

上世屋や伊根が含まれている日本の里の100選はその山田監督が中心に選ばれたもの。

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今日は、岩滝の子どもたちが棚田跡にジャガイモを植えにやってきてくれました。※4/6

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棚田跡というもののほとんど崖のようなところに刻んだまさに「棚」。

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ここにメークインを植えました。

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ところで、自然とたたかうという場合のたたかうは「闘」を当てて、「戦」は使いません。

確認してみると、

「戦」・・・「勝敗をはっきりさせるに、争う場合。」(例:トーナメントを戦う)

「闘」・・・「相手の力につぶされないように立ち向かう。」(例:病気と闘う)

とありました。

たしかに、しぜんとのたたかいといっても、それは勝った負けたの問題ではないですね

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「時代に押しつぶされそうになりながらがんばっている里山」

この里山景観も、「闘う」ことなくして保てません。

僕も応援するんだ!

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わたしたちも、と宮津高校フィールド探究部の若者も春休み二回目のフィールドワーク(4/8)IMG_3310

彼らはお昼も自前。

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まずはご飯を炊いておむすびにして、味噌汁の具はアサツキとオオイタドリを野に求めて、その酸っぱみのあるオオイタドリは酢味噌和え。さらにスィーツは、対馬シェフの世屋フキのコンポート二年熟成もの。

情けは人の為ならず、己が為なり。

念ずれば花開く!

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その作業を、スイセンが見守っていました。

咲かなくちゃならん

DSCF3042桜

寒くても、 お彼岸なんだから、、、

畑や田んぼの段取りの目安にしてもらっているのだから、、、

秋のリンドウまでの花々のリレー、春の第二走者

、、、初桜にはそんな初々しい健気さを感じます。

第三走者は、タムシバでしょうか、そうしているうちに百花繚乱の春。

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ところでこの桜、おそらく、「小彼岸」。

「コヒガンはエドヒガンとマメザクラの交雑種と考えられている。 花期が早く、春の彼岸ごろには花が咲き始める。花は五枚一重で薄い紅色の花を咲かす。ただし、色はソメイヨシノよりも濃い。春の早くに咲くため、葉よりも先に花をつける。萼は細長いが、根元が少し膨れている。また、毛が多い。これらの特徴は母種の特徴を継いでいると考えられる。なお、萼はエドヒガンよりも細長い。 樹木としてはあまり大きく育たず、5m程度である。枝を沢山張り巡らせる性質がある。」(さくら図鑑roku-go.my.coocan.jp/hanamain/jumoku/sakura)

そのマメザクラも道端の林に。

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これは、キンキマメザクラ。 さて、サクラを漢字で書きなさい!と言われて、「偽客」と答える人がいらっしゃったらなかなか面白い人です。〇です。すごく美しいのにただで楽しめるし『パッと咲いてサッと散る』桜を、客の中に紛れ込み、歌舞伎や芝居の特定の場面を盛り上げ、いい雰囲気を作り出したりする役をする者に例えたのですって。

韋駄天・いだてんさんなんだそうです。

DSCF2923いだてんさん

某禅寺の鴨居に祀られて、訪れる善男善女を見守ってらっしゃいました。

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ちなみに韋駄天さんとは「特に伽藍を守る護法神とされ、中国の禅寺では四天王、布袋尊ととも山門や本堂前によく祀られる。日本の禅宗では厨房や僧坊を守る護法神として祀られる。また小児の病魔を除く神ともいわれる。密教の曼荼羅では護世二十天の一尊として西方位に配される。韋駄天が釈尊のために方々を駆け巡って食物を集めたとの俗信に由来して、「御馳走(ごちそう)」という言葉が出来た。」とウィクペディア。

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叱り励まししながら見守ってくださる存在が何かにつけ希薄になっている今日ですが、それだけに、尺にも満たない大きさではありますけれど、相撲のお関取衆、夏冬のオリンピックすべての種目のメダリストたちの肉体と精神とを煮詰めて一つの形に作り直したとしたら、こんなお姿になるのかなぁと圧倒されながら、ほれぼれして拝見しました。

さて、善男善女が聞き入ったのは梅木さんご夫妻のお話。

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視力も聴力も与えられないで生きていきなさい、だれが彼女にそんなことを強いたのでしょうか。

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「小さな村の暮らし方」それが神ならむごすぎる運命を与えられた女性と、人とはなにか生きるとは何かの根本を探り続けることを自らに課した男との暮らし、握り合う手の指で交わす二人の会話は、梅木さんの翻訳で、私たちに伝えられます。

研修ではないのでレポートは必要ないのだけれど、紡ぎだされるエピソード一つ一つがサンドペーパーみたいなものですから、何となく聞きながら、

生きるとは生かすこととみつけたり、、韋駄天さんも聞き入ってらっしゃるように見えたり、梅木さんが韋駄天さんに見えたり、二人の愛の世界の深さに目をつむり聞き入ったことです。

韋駄天さん、これからも、見守ってくださいよ、せやの里を!

 

 

 

 

1 櫟、どう読みますか 2橡、読みをこたえてください 3歴木、木の名前です。読めますか  4椢、三字で読み方を答えなさい、ヒント、クで始まります。5櫪、同じくヒント二字めはヌです。6椚、同前 ヒント三字目はギ。

つまり【櫟・橡・櫪・椚・椢】字は違いますが、読みはみんなクヌギ。

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おっさんふたりに抱きつかれた木こそその【櫟・橡・櫪・椚・椢】さんなんです。

リサーチしておきましょう。

日本国語大辞典 くぬぎ 【櫟・橡・櫪・椚・椢】
〔名〕
ブナ科の落葉高木。本州、四国、九州の山野に生え植林もされる。幹は高さ一五メートル、径六〇センチメートルにもなる。樹皮は深く縦に裂け、若枝には褐色毛を密布する。葉は柄があり互生し長さ八〜一五センチメートルの長楕円形で、縁は芒(のぎ)状に鋭く切れ込む。五月ごろ、新枝の葉腋(ようえき)に、小さな黄褐色の花穂を生じる。どんぐりと呼ばれる果実は、径二センチメートルぐらいの球形で黒褐色を帯び、椀形の大きな殻斗に包まれている。樹皮は染料に用いられ、種子は食用または糊料に、材は薪炭用および、シイタケの培養原木に使われる。漢名、櫟・橡。くにぎ。ふしまき。かたぎ。ふしくれぼく。つるばみ。学名はQuercus acutissima ▼くぬぎの花《季・夏》 ▼くぬぎの実《季・秋》
*日本書紀〔720〕仁徳五八年五月(前田本訓)「荒陵(あらはか)の松林(はら)の南に当りて忽に両(ふたつ)の歴木(クヌキ)生ひたり」
*琴歌譜〔9C前〕高橋振「道の辺の榛(はり)と久奴伎(クヌギ)としなめくも言ふなるかもよ榛と久奴支(クヌギ)と」
*新撰字鏡〔898〜901頃〕「櫪 閭激反馬 久比是又久奴木也」
*十巻本和名類聚抄〔934頃〕一〇「挙樹 本草云挙樹〈久奴岐〉日本紀私記云歴木」
*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「クヌギ 櫟」
語源説
(1)皮を煎じて染料とするところから、クヅニルキ(屑煎木)の義〔名語記〕。
(2)クリニギ(栗似木)の義〔日本語原学=林甕臣〕。
(3)クノキ(食之木)の転。クは飲食の概念を表示する原語で、クヌギは食用の実を結ぶ槲斗科植物の総称だった〔日本古語大辞典=松岡静雄〕。
(4)クニキ(国木)の転。「景行紀」に、天皇が筑紫の道後で歴木(くぬぎ)と称する大木を御覧になり、その国を御木の国と名づけられたとある。クヌギ(歴木)の旧称がクニキ(国木)に変わり、更に音転した語〔東雅・名言通・大言海〕。
(5)古く、火に焚く木をクノギといった。それが特定の燃料用木に限られるようになり、クヌギといわれたらしい〔地名の研究=柳田国男〕。
(6)クは「栩」の音ku からで、字義は柞櫟。栩の木の義〔日本語原考=与謝野寛〕。

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径六〇センチメートルにもなったら、とんでもない木だといわれる。としたら、五十河小町公園のこの木なぞ、もう神様、そういう扱いですよ。

天皇さまが 新しい天皇さまが 丹後に来られたら、

「(4)クニキ(国木)の転。「景行紀」に、天皇が筑紫の道後で歴木(くぬぎ)と称する大木を御覧になり、その国を御木の国と名づけられたとある。クヌギ(歴木)の旧称がクニキ(国木)に変わり、更に音転した語〔東雅・名言通・大言海〕」
の故事 に倣って、たんごの「くにぎ」とおっしゃってくださるのではないでしょうか。

それにしても、クヌギの漢字表記は五つもある。しょくぶつはカタカナ表記、なんていうもんだから漢字をつかわない。自然ガイドなんかみるとこんなのもあるこんな貴重なしゅるいだとかまあ書いてある。みんなカタカナ表記。だけれども、それが自然への興味関心へといざなうかというとかえって自然からとおざけている、首絞めていることもあるのじゃないかとちょっと反省しました。

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{「はるの指揮者がタクトを振り上げました!」

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とでも、題をつけるかぁとおもいました。

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これには「okと太鼓がいいました」と。
三月五日の天声人語は、チェコの作家カレル・チャペックの『園芸家の一年』という書の言葉を紹介していました。曰く「小さな芽から若い葉が伸び、花がつき始めた木がある。一方で堅い芽のままの木もあり、『地中からあるいは、空から発せられる“始め!”という号令のようなものを待っている。」

オンユアーマーク!スターターの声がかかる、号砲前の緊張した静寂をチャペックさんは表していらっしゃるのだとおもいました。

さらに、『はにかむ葉よ、恥ずかしがるな』『うぶ毛に包まれて眠るものたちよ、背をのばせ』という言葉も。カレル・チャペックさんは、十分意識なさっていることだとおもいますが、まあ、人を指す残りの指は己に向くということですから、いくつになっても、恥ずかしがっていたり、背を丸めている自分がいるわけです。

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それはそうとして、と春の命たちにはかっこよく、そう語りかけてみようと思います。

そんなことをおもいながら、始めに戻って

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「春の指揮者、指揮台に」でいきますか!

「山深く 蕗のとうなら 咲いている」.

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山頭火 さんです。

「山深く ネコヤナギなら ふくらんでいる」

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世屋野蕪村です。もう一つ、

山深く 春の金さん 何を読む

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私は、『 農村の風情や文化に浸るだいご味』( 桂暎一 新葉社 信州大学名誉教授 農産物流通学 専攻)を読みました。

カントリーウオークというのは、「ごくありふれた水田や畑の間を、あるいは農村の人々が生活している集落のなかを、静かに歩き回って農村の風情や文化に触れ、農村を肌で感じながら、それぞれの人が自らの関心にそって興味のある何かを見出し、そこに楽しみや充実感を味わうこと」
そして、「農村を、あくまでも農業の営みと農家の生活が息づいている場としてとらえ、そうした人間臭さと豊富な自然が織りなして醸し出す農村的風情や文化に浸ることにカントリーウオークの醍醐味を求める。そして、カントリーウオークには、者の豊かさに心の豊かさが加わった「新しい豊かさ」を育む可能性が期待されるばかりでなく、農業の振興と農家生活の充実を促す役割が展望できるというのが著者のひそかな思いなのである。」というところに共感しました。

というのも、必要に迫られての読書。

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平成30年2月27日 関 係 各 位

京丹後市観光協会 大宮町支部 京丹後市観光協会 顧客誘致戦略プロジェクト ノルディック部会

 

「ノルディックウォークで巡る五十河・霧ノ宮神社ガイドツアー」のご案内

早春の候、皆様には益々ご健勝のことと存じ上げます。平素は、支部活動にご理解とご協力を頂き、厚くお礼申し上げます。

つきましては、表記ガイドツアーを計画いたしましたのでご案内いたします。

小野小町の里で知られる、五十河地区『霧ノ宮神社』社裏にそびえ立つ八岐杉は京丹後市指定文化財に指定されており、その姿はまさに圧巻です。

近くにありながら、なかなか機会が少ない京丹後市の歴史に触れるガイドツアーです。今回はノルディックウォークの体験会をかねておりますのでノルディックウォークの経験のない方もお気軽にご参加ください。

参加頂ける方は、別紙にてお申し込み下さい。(お電話での受付も承ります)

日  時      平成30年3月14日(水)《小雨決行・荒天中止》午後1時 受付開始

午後1時30分出発 ~   90分程度

集合場所        京丹後市大宮町五十河  小町の里公園 第2駐車場

ガ イ ド      宮津世屋エコツーリズムガイドの会  安田 潤氏

ポールは観光協会で準備いたしますのでお持ちでない方は申込時にその旨お伝え下さい。動きやすい服・靴でお越し下さい。防寒具・雨具は各自ご準備下さい。

以上                                 《お問い合わせ・お申し込み先》

〒627-0012京丹後市峰山町杉谷770 京丹後市観光協会大宮町支部 事務局(羽衣ステーション内) TEL&FAX (0772)62-8560

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「里地・里山は、特有の生物の生息・生育環境として、また、食料や木材など自然資源の供給、良好な景観、文化の継承観点からも重要な地域である。」と環境省。ここ五十河は丹後でも最強クラスの里山パーク。そのうえ、ジオパーク 小町パーク!三つそろっているところは他にはなかなかない、ええとこです、
エコツアーガイドウオークと、ポールウォーキングとのコラボ、ちょっと面白い試みです。

お時間が許すようでしたら、いかがですか。

 

酒蔵の入り口に緑の杉玉。

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新酒ができているよのサインだというのですが、杉を用いるのにはどんなわけがあるのでしょうか。

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雪模様と『京の春』、違和感がないわけではありません。

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けれども、暦ではまもなく節分、雪の下で準備している春たちを思いながら飲む酒。

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京の春は丹後伊根から、命名のおおらかさに心も温もります。

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そこをバス!

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困難が大きいほど春のありがたさは増す、というものです。

「どなたさんですだえ、あんたさんは?」

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雪の足跡は冬の森歩きの楽しみ。

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ですが、うーん ウサギではない狐でもない、リスでもない、その他足跡を残すほどの森の生き物といえば、テン、それに熊、まさかぁ!

あったかいのにつられて冬眠から覚めたのか、

ちょっと調べてみると、これが熊。

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石川県/市ノ瀬ビジターセンターのhp、五月の残雪の上に残っていたものということです。

熊とはちがいます、としたら、残るのはタヌキ!

けれどもタヌキの体型は短足でずんぐりむっくり。深い積雪には向かない。ので 冬は里近くに降りているはず、、タヌキと冬の森と結びつかなかったのですが、 「梅の花に似た4本の指の跡」がついている、ということですから、やはりタヌキ!と判断できると思います。
森の雪が少ないため、森にいたという事情のようです。

タヌキがいるほど雪が消えた中ですが、スノーシューをやりたいとお客さん、

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奈良からですよ、朝六時に出発されたのですって、ですから、雪が解けたのでできない、やれないという選択肢はなかった!

「よそから運んできてもやらんならん」のです。

そこを何とかしのぐことができたのは、637mの岳の実力 北西向きの斜面には50cmの積雪。

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このスノーシューは二月にも予定。

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次の寒波には期待できそうです。

それにしても、あの足跡は、クマを思わず連想するほどの大きさ。足跡の主はどんな大きさだったのでしょう、ひょっとして「岳」の古タヌキだったのかもしれません。ついでに、もう一つのネタ。「タヌキ」というのは世屋言葉ではありません。「たのき」といいます、です、はい!だから「岳の古たのき」。

成相寺の秋。

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11月はもみじ月。

、、、ガイドとしては「もみじの雑学を仕込んでおかなくっちゃ!」です。

まずは、もみじはもとは和語で、はのいろが赤や黄色に変色するという意味の動詞「もみ・づ」が名詞になったもの。の動それに漢字を当てて【紅葉づ・黄葉づ】。

次に、(紅葉づ)と(黄葉づ)にも使い分けにも歴史があるとのこと。
「奈良時代は「もみつ」と言っていました。その頃はまだ、しっかりした漢字表記はなく、万葉仮名で書き表していましたが、「黄葉つ」と、「黄」の文字を使うことの方が多いようです。
平安以降、「黄(いろい)葉」よりは「紅(い)葉」の方を重要視するようになったようで、また、「もみつ」ではなく「もみづ」と濁音で言うようになって、「草木の色が色づくこと、またはその葉」を「もみぢ」と言うようになり、漢字表記も「紅葉」の方がより一般的になったのです。ですから、 「黄葉づ」と「紅葉づ」の両方の表記があるのですが、平安以降は「紅葉づ」の方が多く使われた、ということです。」   ヤフー知恵袋ura9man3さん2008/9/1100:00:46

そこで、応用実践!。、、、、、
「雪降りて年の暮れぬる時にこそつひに紅葉ぢぬ松も見えけれ」この歌の作られたのは、万葉集ですか、古今和歌集ですか?

ことしもありがとう、来年もたのむでぇと秋起こし。

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こちらは。イノシシ起こし!

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食べろ食べろ栄養をつけないと冬が越せないぞ!

いののししというのは、人の暮らしの側にいる「野良獣」です。うっかり草刈りもできません、餌場を作ってやっているようなものです。

来年もいい花咲かせてね、というメッセージなのかなぁと思うようにしようとは思います。雑草を根ごと起こして、土に酸素を送って健康にしてくれているのですから。が、それにしてもこの荒らしようは異常です。今年は大雪かも知れませんよ。冬の厳しさを予見する本能が食べさせていると思わざるをえません。

あんたもはよ山をおりなれ!

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うごけんようになるで。

 

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