宮津エコツアー · トピックス

トピックス

「ビオ対馬プロデュース」

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ここまで、よく来(再起)ましたね、、、、。

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体が喜ぶ!

心が喜ぶ!

頭が喜ぶ!

地域が喜ぶ!

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この四つの「喜ぶ」を、メイドイン丹後という言葉に込めた対馬シェフのプロデュース喫茶。

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「ソフィア」とは「神の叡智」と訳すのだそうです。

3月オープン。

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(↑ 2018/9 奥伊根ウオーキングッ 蝙蝠岳でグランディングッ)

丹後里山グランディングッ!(ウオーキングッを改称)の企画発信もここからさせて頂きます。

多目的な活用も可能とのこと。ぜひごひいきにしていただくことをお願いします。

宮津高校の生徒たちが取り組んできたフィールド探求の活動の報告会を、日置・金剛心院様のご協力で、ご本堂をお借りし、開催させていただくことになりました。

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二月十七日です。

以下の内容で準備されています。 

(1)里山が教えてくれたこと

   報告:探究部 

(2)丹後の巨樹の住民登録に取り組んで見えてきたこと

  報告:探究部 多々納先生 お手伝い ガイドの会

(3)丹後は「麒麟」をどう迎えたか!

  報告;宮津高校 橋本先生

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未来に生きようとする高校生たちが、ふるさと・丹後のフィールドの暮らしや自然を眼と心に焼き付けておくことは、将来の丹後にとっても大きな意味があるのではないでしょうか。

内容は盛りだくさん!

若い学徒たちが、里山丹後に何を感じ、何を見つけ、何をかんがえたのか、に耳を傾けながら、大人や地域は何が出来るのか、一緒に考える時間になることを願っています。

お出にくいときではありますが、お誘い合ってご参加頂きますようご案内いたします。

 

 

小さな花で大きな花を!
「小さな花の歌」・歌詞看板制作協力のお願い

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この村から旅立ち、たくさんの人生を支える大きな仕事をしたこの歌に、ふるさとを見せてやりたいとおもい始めたのはいつの頃からでしょうか。
人は、歌に支えられて生きていきます。まさかこの歌がそんな歌になるとは、思いもしませんでした。手紙を書いた少女たちにはもう、「孫」が出来たとか。歌い続けてくださった黒坂さんの手から手へわたされ続けたこの歌にも、子や孫、ひ孫たちがたくさんできて、間違いなく多くの人たちを支えています。

IMG_4868.jpgかんばん

さて、年が明けてありがたいのは、丹後の冬にしては温かくて、一月末には梅が咲きそうな勢いなことと思うのは、我ながらじじむさいなあとおもっています。一緒に歩いてくれた歌への恩返し! しかし、これも、しじむさいといやぁじじむさい、懐かしむだけじゃ意味がないですから。問題は、この機会に、これがなにかのきっかけになるように、それを仕掛けておけるかというところなんだろうと思います。上世屋から生まれた歌が地球の命の歌として長く歌われて、さらに大きな花を咲かしていくことを願って、皆様のお力をお貸しいただきますようお願いする次第です。

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■ゆうちょ銀行間の場合   記号 14410 番号 50805871

名義 安田潤 ヤスダ メグム

おいでいっしょに イン上世屋 実行委員会
■他金融機関利用の場合  ゆうちょ 店名 四四八

店番 448 普通 口座番号 5080587
■お問い合わせ      080ー2517ー6999(宮・世エコツアーガイドの会)

2019年の初撮りは、やはりここ!

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小さなずんぐりむっくりで、標高は高くはない半島だけれども、日本海と若狭湾を仕切っているため、特に冬は北西の季節風を受け、様々な形の雲を生みます。

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四季、広々とした里山空間の空に繰り広げられる雲のパフォーマンスは見飽きません。

さて、青空も覗いて穏やかな年明けがうれしいです。あらためて明けましておめでとうございます。

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ところで、このポイントのある里「明田」のお守り社は、「心木神社」といいますが、読み方に大半の方が迷います。

1 しんき 2 こころぎ 3 しんぼく 、、、

教えてもらいました。三番、しんぼくさんなんだそうです。

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神木ではあらわせないニュアンスがあったのかも知れません。

geocities.jp/k_saitoでは、次のような見解を述べておられます。

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心木神社(元村社) 明田小字奥地
「中郡神社明細帳」に祭神、由緒とも不詳としているが、もと木の信仰として明治維新までは心木大明神と称していた。心木は神木であったであろう。木積山は明田・久住に連なり、久住に木積神社があり、当地高原寺には、「木積神社心木神」の小観音像が保存されている。心木神社の祭神ではないか。明治六年に神体を白弊に改めて心木神社と称した。
たぶん木積神社系の神社ではなかろうか。この神社のすぐ後に高原寺があり、そこに観音菩薩像(金像10㎝)が所蔵されていて、背面に「木積神社心木神」、台の裏に「由利重明」の銘があり、同地の氏神心木神社の神体でないかといわれている、ものがある。その「木積神社心木神」を祀るようである。木積は穂積で火津見、心木はたぶんシキで坑道のこと、ここはあるいは水銀鉱の神かも知れない。

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しんぼく、これを「心の木」と理解するのは単純で恥ずかしいのですが、人は木から生まれると言い伝える地もあるということですから、母なる木という意味で、親しんで来られたのでは無いか、そう思いました。なんだかそれでもいいような温かさを醸し出しているのが、スギやタブなどの社の木々。

特に鳥居のそばのケヤキは周径300cmを越す巨樹です。

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去年は、「災」の漢字で締めくくらざるをえないような一年でしたが、今年はこの「穏やかさ」が続いて「穏」で締めくくれるような一年になればありがたいと思ったようなことです。

 

 

 

「鯨」踏切を行くKTR。

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2018年もいよいよ大晦日。

振り返ってみると、今年一番は 京都府丹後広域振興局森づくり推進室様のご支援をえながら「丹後縦貫林道ものがたり」を作成できたこと。

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準備した700部をほぼ受け取って頂くことが出来ました。
『丹後縦貫林道ものがたり』、丹後の自然・歴史・文化・なにより人間のすばらしさを伝える貴重な一冊ですね。一読して、編集された方々の自然への愛、情報の精査、読者への信頼、未来への責任感、、、。美しいものがいっぱい詰まっていて、心が躍りました。ますます丹後半島を訪れてみたくなりました。』東京で出版に関わる編集者の方からいただいた感想です。あるいは「いずれの地域でも昔のままの環境を維持することに大変苦慮されている実情のあるなか、この冊子は同じように里山の保全に熱い思いを持つ地域の皆様にとって、とても重要なヒントがたくさん詰まっているような気がいたしました。」こんな感想もいただいています。

そんな感想に励まされて、改訂増補し、第二版を目指してきました。

第一版では、何がそこにあるのか、どんな暮らしや自然があるのか、それを道はどう結んでいるのか、そのあらましをまとめてみました。第二版には、さらに川の生き物や山の木の大きさの調査、林道の新しい仲間などを新しく加える事が出来そうです。

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来春早くには形にしたいと、割付構成、デザインの相談も進めてもらっています。

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医師で詩人の谷口謙先生の『私説郷土考』は、「小さな ずんぐり 親指の頭のような半島だ」で始まります。古代から現代まで丹後半島で起こっていたことを医師の目で語られるこの詩は続きます、「連日 人々は都市部に走り けんめいに 観光化を計っている残された町 だけど ぼくがうまれ 生涯を終えるだろう土地 古い歴史 鮮やかな山と海」と。
丹後縦貫林道は、その親指の頭のような半島に「残された町」を結ぶ山の道です。

二版に予定の、 ~序・「希望」の道~です。

阿蘇海、与謝の海(宮津湾)、栗田湾、舞鶴湾、伊根湾、久美浜湾、若狭湾そして日本海、丹後のどの町もどれかの海を望み、抱き、海に面している。丹後は確かに海の京都だ。
1980年、その海を鳥のように見せてくれる道がこの半島の山麓を、約50kmに渡って走った。。丹後縦貫林道と名付けられた。牧場ができた、スキー場ができた、旅行村が出来た、しかし、人足はいつのまにか途絶えた。道路の付け替えともいうほどの手直しも必要とした。
2017年秋、太鼓山線 角突山線 成相線 大内線 奥寄線 全五線が再びむすばれた。この道は、山陰海岸ジオパーク、若狭湾国定公園、「世界で 最も美しい湾クラブ」加盟の海を展望しながら、命あふれる生物多様性保全上重要里地里山500、日本の里100の里、京都府景観資産選定地を含む丹後天橋立大江山国定公園、「海の京都」・丹後半島を縦に貫き走る。
丹後半島は日本海の水平線の丸みの向こうに、故郷の大陸をみたいと思っているかのように、いまも隆起を続けている。私たちの来し方と行く先を、もっと高いところから見せようとしているのかもしれないとしたら、この道に託されたのは、私たち人間、そして一緒に生きる仲間たちの「希望」に他ならない。

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このガイドブックを、丹後の奥深いところへ踏みいるために、役立てていただける事を願いながら、来る2019年もこの「ものがたり」を「けんめいに」績み、紡ぎ続けていきたいとかんがえています。良いお年をお迎えください。

 

 

 

 

秋、10月のようですが、実は、12月21日!

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(上 大宮町森本付近)

春、3月のようですが、じつは、12月24日!

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(上 岩滝町 お菓子の館前付近)

あったかいクリスマスに温かい贈り物二つ

まずは、イルミネーション。

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「いちは」と「かる」と読めませんか!

どちらも、上世屋で生まれて、自分の孫のようにかわいがっている子供の名前。

もう一つはサンタのプレゼント。

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「小さな花の歌」の歌詞看板。絵と書は川嶋英子さん、スケッチは法月俊雄さん、制作施工は谷津さん、皆さんの協力で出来ました。

ただし、年末に寒波襲来、大雪の予想もあるところから、そうそうに雪囲いです。

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お披露目は少し先の予定です。

うれしい便りが富山から。

20181027 富山作品紹介㈰

富山県読書感想文コンクールで、

里山で木を織る 藤布がおしえてくれた宝物

川北亮司さく/山田花菜え

を読み、作者からのメッセージをしっかり受け止め、今の身の回りの様子を考えた小学生の感想文が金賞受賞とのこと。

発行の汐文社が「京都の里山には、藤の木から布を織る「藤織り」という業があります。でもかたい藤の木を、どうやって布に変えるのでしょうか? 40年に渡り取材した日本の伝統技術とともに、自然と共生する大切さを子どもたちの目線で描く著者渾身のノンフィクション。」と紹介する京都丹後発の作品が広く読まれ、古代布藤布からのメッセージが伝えられていること、うれしいかぎりです。
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その著者川北さんを招いての宮津市立宮津図書館講演会、11月25日です。

シリーズ 子どもたちの挑
ジャンル 2017年度読み物・絵本
対象 小学校中学年~中学校

林道全通記念里山ウオーキングッも、七回を数えます、

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うりはだかえで、はうちわかえで、やまもみじ、こしあぶら、たかのつめ、やまぼうし、おおかめのき、まんさく、ブナ、あおはだ、おおうらじろのき、いたやかえで くろもじ、だんこうばい、数々の落葉広葉樹たちが、秋の彩りをさまざまに競う上世屋・内山ブナ林!紅葉の落ち葉道は耳からも秋。

今回は、「駒倉峠入山口→高山山頂→内山ブナハウス→内山東谷ブナ林→高山山頂→駒倉峠入山口。」歩行距離約5キロメートルの高山周回コースです。標高差約200㍍、距離は「内山~高山山頂コース」の倍、上り下りもたくさんありそのぶん変化も様々。

先日は、小学三年生もがんばりました。同じ日、一見かなりご高齢のハイカー達、聞くと兵庫県から、このコースで歩いて縦貫林道スイス村経由で経ヶ岬まで、とおっしゃっていました。

 

「森を楽しもう、森に分け入ろう、森を遊ぼう。子どもも若者も老人も、性別を問わず里山はやさしく暖かく誰でも受け入れてくれる。野趣豊かな花々が咲き、鳥が謳い、若葉の葉ずれ、けものたちの軽快な足音・・・、それらが語りかける言葉に耳を傾け、森の精気を胸一杯に吸い、体中にみなぎるさわやかないのちのよろこびに浸り、生きていることを実感する。  そんな至福の一刻を森はいつでも与えてくれる。」と河合雅雄さん。※(「森に還ろう―自然が子どもを強くする」・子どもと自然 岩波新書)

そんな森が身近にある丹後に暮らす幸せ!生かさない手はありません、紅葉のブナ林はあなたをきっと待ってますよ、「 至福の一刻」を仕掛けて

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お問い合わせ申し込みは、090-3162-4499 NDクッキングスクール川内まで。

 

金さん!

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川北さんがかえってくるど!

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『「どぶさ」つくって待っとるいうといてくれ!』

ほっかほっか酒の味

~成人向けリレーフォーク~  川北亮司 詩・曲


僕は毎日 子どもをおいかけて 今日もやっぱり汗だらけ
君は毎日 牛とニワトリを そだててやっぱりクソだらけ
ぼくらの仕事は疲れるけれど つめたいヤツにはわかるまい
仕事を終えた 身体にまわる ほっかほっか酒の味

僕は毎日 牛とニワトリを そだててやっぱりクソだらけ
君は毎日 山の中で 木を切りやっぱり オガクズだらけ
ぼくらの仕事は疲れるけれど 逃げてくヤツにはわかるまい
仕事を終えた 身体にまわる ほっかほっか酒の味

僕は毎日 山の中で 木を切りやっぱりオガクズだらけ
君は毎日 車にもぐって 修理でやっぱり油だらけ
ぼくらの仕事は疲れるけれど あこぎなヤツにはわかるまい
仕事を終えた 身体にまわる ほっかほっか酒の味

僕は毎日 車にもぐって 今日もやっぱり油だらけ
君は毎日 虫歯を見せて 歌ってやっぱりツバだらけ
ぼくらの仕事は疲れるけれど ぬくぬくヤツにはわかるまい
仕事を終えた 身体にまわる ほっかほっか酒の味

僕は毎日 虫歯を見せて 今日もやっぱりツバだらけ
君は毎日 バイト探しで 歩いてやっぱりマメだらけ
ぼくらの仕事は疲れるけれど ぬくぬくヤツにはわかるまい
仕事を終えた 身体にまわる ほっかほっか酒の味

 

 

 

細川たまさんが辿ったであろう丹後の海の路、山の道を歩きます!

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その味土野へのルートについて、細川家正史に記録はありません。小説家三浦綾子さんはこう想像しました。

「敵を欺くためには、味方から欺かねばならぬ。」という幽斎のすすめもあって、玉子が城を出る姿を、家中でみたものはない。夜陰に乗じて宮津の浜から舟に乗り、伴のもの数人と、警護のもの二十名ほどに守られて、日置の浜に渡った。
略 日置の浜で、ほんの二ときばかり舟の中でまどろみ、夜の明け切らぬうちに一行は味土野に向かったのだ。途中の山道のけわしさも、並大抵ではなかった。男でもたやすく登れるところではない。

一方、小説家永井路子さんの想定した道は陸路です。。

追われるように宮津の館を出て、炎熱に焼かれながら、山肌にしがみつき、夏草のしげみをかき分けながら、この味土野の山奥にたどり着いたのは夏のさなかだった。従者に輿脇を護られて夜明けに宮津を出た一行は、暫くの間は、松の木越しに海の見え隠れする道を辿ったが、岩滝の部落から、北へ向かうと、しだいに山が迫ってきて、輿もそのあたりで棄てねばならなかった。

小説家二人の想像は違います。今回は、三浦ガラシャを採用します。

古道について、『伊根町史 下 伊根町の旧道』は、こう語ります。
「古く道路は主として山沿いにつくられ、至るところに峠があって、ほとんどが徒歩であった時代には、山道は近道ということが最大の条件であり、どんな急坂もいとわなかった。各集落を結んで、山裾や川沿い、海岸沿いの道を通って、峠を越すには近道が選ばれ、人のやっと通れる道で、道幅は一㍍足らずであり、山村では車の通れるような道路はなかった。また農村にあっては、田をつぶさないことが極めて重要であったので、平地ではずいぶん曲がりくねった道がつくられていた。道幅はせまく、荷物の運搬は人の背や肩でかつぎ、重い荷物は牛の背にのせて運んだ。旧街道筋のあちこちに、今も残る観音堂や多くの石地蔵と共に三界万霊塔、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経などの碑が各地に建立されて、「道しるべ」とともに旅路の安全を祈り、峠のけわしい道の上がり下りに、道行く人々にやすらぎをあたえている。」

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人が「蟻」だった時代の道は、木立や藪に埋まっていますけれど、山道は近道ということが最大の条件!そんな目で見れば、たまさんの辿った道も見えてくるはず。玉さんが、先に立って道案内してくださるかもしれませんよ。

 

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