【ありがとう、次は、世屋高原のマルヤ農林園をお願いします、ワンオーナーの農園ですが、別名「アスペン泣いた赤鬼の森」とも名乗っているように意味不明な謎おおき農園です。ここについて、今日的な視点から、その農園の価値など総合的に分析評価解説を下さいな。ちなみに、以下わたしのメモです。「 かつての湿地放棄棚田・里山再生型自然共生サイト▼ 《共生の対象》 ▼ ①子ども、▼地元の高校生、 宮津天橋高校フィールド探究部、▼都会の学童 発達支援団体「PENS」と提携し、フル開放▼▼ ②湿地湿原性の動植物▼ ノダフジ ※野田 ショウブ 紙漉きノリウツギ (サビタ)▼ 『サンショウモ』『サジオモダカ』『コナギ』『ミズオオバコ』▼ 『ミツガシワ』『コウホネ』『ミズオトギリ』 『メダカ』▼ 『マルバヤナギの巨樹』 モリアオガエル▼▼ →脅威 アメリカザリガニの異常集結▼▼ここで何が起きたのか、なにが起きているのか、生きものを守るとは、何をすることなのか。そして、この山の暮らしを支えている水は、どこから来て、どこへ向かうのか。そのつながりを学ぶのテーマをここで掘っているのがシンボルプラント『サンショウモ』の保全活動で、日本自然保護大賞を受賞!▼▼真冬にマイクロバス三台で子どもたち。 人間関係形成力を主体的で自由な自然活動をとおして育むこと ※ユーチューブ『花鳥風月・ぶら丹後』で検索可能▼地質地形 クロボク、火山灰、九州鹿児島の鬼界カルデラ▼▼※ 90歳になったらなにしてらっしゃいます▼ 「天空のアマノハシダテを作ってるのだ」!!】
安田さん、これはまた、松尾田んぼとは違う意味で、実に奥の深い場所ですね。
松尾田んぼが「農業を続けることによって、景観と生態系を守る」場所だとすれば、マルヤ農林園は、人の手が離れた田んぼや湿地に、もう一度人が関わり直すことで、自然と人間の関係をつくり直そうとしている場所だと思います。
しかも、その主役が一人のオーナーでありながら、子ども、高校生、発達支援に関わる人たち、自然観察をする人たちへと、活動の輪が広がっている。
宮津市の紹介記事でも、マルヤ農林園上世屋と岡の前棚田跡交園は、自然環境の保全と学びをつなぐ拠点として紹介されています。目指すのは、牧歌的な風景を楽しむだけでなく、エコロジーやジオロジーを学び、実際の保全活動につなげること。環境省の「自然共生サイト」にも認定されています。
私の総合評価を先に言うと、ここは単なる個人の農園ではありません。
「湿地の再生」「生物多様性の保全」「子どもの育ち」「地域の学び」「個人の志」が交差する、小さな実践拠点です。
そして「アスペン泣いた赤鬼の森」という謎めいた別名。これも含めて、既存の観光施設の物差しだけでは測りにくい場所ですね(笑)。

1.何が起きた場所なのか——放棄された棚田が、湿地の再生拠点になる
まず、この農園を理解する鍵は「湿地湿原性の動植物」という言葉にあります。
田んぼは、人間が食料をつくるために水を管理する場所です。しかし、田んぼが耕作されなくなると、そこに水がたまり続けるとは限りません。水路が詰まったり、排水の仕組みが変わったり、草木が繁茂したりして、環境は少しずつ変化します。
一方、場所によっては、耕作放棄後も水がたまり、湿地的な環境が維持されることがあります。そこに、かつての水田に生きていた植物や、湿地を利用する動物が残ることもある。
つまり、耕作放棄地は、どこも同じように荒れ地になるわけではありません。
人間にとっては「使われなくなった田んぼ」でも、生きものにとっては、かろうじて残された生息地になっている可能性がある。
マルヤ農林園の価値は、そうした土地を一律に整地して農地へ戻すのではなく、そこに何が生き、どんな水の流れがあり、どのような環境を再生できるのかを考えるところにあります。
ただし、湿地を守ることは、何もせず放置することとも違います。湿地には、水位や水質、日当たり、草刈り、周辺からの土砂や栄養分の流入など、環境を左右する条件があります。
そこで必要になるのが、観察し、記録し、手を入れ、その結果をまた確かめるという営みです。
これは、単なる農園経営というより、土地をフィールドにした、継続的な自然再生の実践と呼ぶのがふさわしいと思います。
2.シンボルプラント、サンショウモ——小さな水草が、里の過去と未来をつなぐ
サンショウモ(Salvinia natans)
水面に浮かんで暮らすシダ植物です。水田や水路などの環境と関わりが深く、農地の管理の変化によって生育環境が失われることが問題になります。
宮津世屋エコツーリズムガイドの会による保全活動の記録では、サンショウモを京都府の絶滅寸前種として扱い、その生育する棚田環境の保全を活動目標に掲げています。草刈りや獣害対策、水田植物のためのビオトープづくり、学校や環境保護団体への普及活動なども記録されています。
安田さんのメモにある「シンボルプラント」という位置づけは、とても重要です。
サンショウモ一種を守るだけなら、植物の専門家がその生育場所を保護すればよい、という話に見えるかもしれません。しかし、その植物が生きている場所を調べると、水田の履歴、水の管理、耕作放棄、草刈り、周辺の土地利用など、地域の歴史や人間の営みが次々に関わってきます。
サンショウモは、小さな植物でありながら、土地全体の変化を考える入口になっているのです。
ここで大事なのは、保全を「珍しいものを囲って守る」ことだけにしないことです。
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なぜ、ここにサンショウモが残っていたのか。
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どんな水の条件が必要なのか。
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かつての田んぼの管理は、生育にどう影響していたのか。
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いま、どのような管理をすれば、将来も生き続けられるのか。
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サンショウモ以外の水田植物にも、よい環境になっているのか。
こうした問いを、現地での観察と記録によって確かめていく。
一種の保全から、環境の仕組み全体の理解へ。 これが、マルヤ農林園の自然保護活動を評価するうえでの核心だと思います。
なお、サンショウモの現在の生育状況や個体数、保全活動の最新成果については、今回確認できた資料だけでは判断できません。現在の状況は、現地の記録や活動主体への聞き取りで確かめる必要があります。
3.生きもののリストは、農園の「履歴書」である
安田さんのメモには、サンショウモ以外にも、実に多くの植物や動物が登場します。
水田・湿地の植物
サジオモダカ、コナギ、ミズオオバコ、ミツガシワ、コウホネ、ミズオトギリ、サンショウモなど。
これらの植物がどこに生育し、水深や水の動き、日照、草刈りの影響をどう受けているかを調べることで、湿地の状態が見えてきます。
水辺と周辺の樹林をつなぐ生きもの
メモにあるモリアオガエルは、水辺だけでなく、産卵に使う環境や周囲の樹木とも関係します。水たまりだけを守っても十分ではなく、水辺と林のつながりを見る必要があるわけです。
このリストは、単に「珍しい生きものがたくさんいる」という自慢のためのものではありません。
むしろ、それぞれの生きものが、どんな環境を必要とし、どんなつながりの中で生きているのかを考えるためのリストです。
ただし、挙げられた種が現在すべて農園内で確認されているのか、過去の記録を含むのか、周辺地域の記録なのかは、現時点では一つずつ確認できていません。調査記録には、確認日、場所、個体数、生育・生息状況を添えると、保全の成果を判断しやすくなります。
ここで「生きものの履歴書」をつくってみる
| 記録する項目 | 分かること |
|---|---|
| 初めて確認した時期 | いつから存在が知られているか |
| 毎年の確認状況 | 生育・生息が続いているか |
| 水位・水質・植生 | どんな環境条件と関係するか |
| 管理の履歴 | 草刈り、水路整備、外来種対策などとの関係 |
| 周辺とのつながり | 湿地・田んぼ・林・水路のどこを行き来しているか |
これが積み重なると、マルヤ農林園は、自然を体験する場所であると同時に、地域の生態系の変化を学ぶための記録拠点にもなります。
4.脅威としてのアメリカザリガニ——守るために、人はどこまで手を入れるのか
安田さんが挙げている「アメリカザリガニの異常集結」は、保全の難しさを考えるうえで重要な問題です。
アメリカザリガニは外来種で、水草を切ったり、底泥をかき混ぜたり、ほかの水生生物を捕食したりすることで、水辺の環境に影響を及ぼすことがあります。小さな湿地では、その影響が目立つ場合もあります。
ここで生まれるのは、自然保護にとって避けて通れない問いです。
自然を守るために、人間が生態系へ介入することは、どこまで許されるのか。
私は、まず「異常集結」がどの程度のものなのかを把握することが必要だと思います。
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いつ、どの範囲に集まるのか。
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水位や季節と関係があるのか。
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在来の水草や水生動物に、どのような影響が出ているのか。
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捕獲や管理を行った場合、何が変化したのか。
そのうえで、捕獲、侵入・拡散防止、生息環境の改善などを組み合わせ、効果を確認する。捕獲した個体を生きたまま別の水域へ移さないことも重要です。
大切なのは、外来種を悪者として語るだけではなく、人間がつくってきた土地の変化も含めて、なぜ現在の生態系になっているのかを調べることです。
湿地を再生するというのは、ただ生きものを増やすことではありません。どの生きものを守り、どのような環境を目指し、どんな管理を続けるのかを、観察と検証を通じて決めていくことなのです。
5.クロボクと鬼界カルデラ——足元に、九州の火山の物語がある?
クロボク土、そして火山灰。
黒っぽい土が見られるなら、その成り立ちを調べることも、農園の魅力を深める手がかりになります。一般に黒ボク土は、火山灰などの影響を受けた土壌に多く見られますが、黒い土がすべて火山灰由来とは限りません。
安田さんのメモには「九州鹿児島の鬼界カルデラ」とあります。ここは地質学的にも興味深いテーマです。
鬼界カルデラの大規模噴火では、約7,300年前に鬼界アカホヤ火山灰が広範囲に降り積もりました。日本列島各地の地層や土壌を調べる際に、広域に分布する火山灰は、過去の環境を読み解く重要な手がかりになります。
ただし、マルヤ農林園のクロボク土が、鬼界アカホヤ火山灰を含むのかどうかは、今回確認できた資料からは確定できません。 ここは、現地の土壌断面や地質資料、火山灰の同定などによって確かめたい点です。
仮に鬼界アカホヤ火山灰が確認できれば、世屋高原の小さな湿地と、遠く鹿児島の火山活動が、地層を通じてつながることになります。
これは安田さんのSSHの眼にぴったりです。
「この土は、どこから来たのか?」
その問いから、土壌学、火山地質学、植物の生育、農業、湿地の形成へと、学びが広がっていく。
また、世屋高原の地形については、京都府の資料が、上世屋周辺に地すべり地形の移動堆積地があり、平坦面を利用した集落や棚田が形成されてきたことを紹介しています。
この地域では、地形の成り立ちが、人の暮らす場所や水の集まり方、農地の分布と結びついています。
マルヤ農林園の湿地も、単独の水たまりとして見るのではなく、地形・土・水・植生・人間の土地利用が重なってできた場所として調べると、いっそう深い理解につながるはずです。
6.子どもたちを「フル開放」する——自然体験は、人を育てる環境でもある
ここは、私がマルヤ農林園の価値として、とりわけ大きいと考えるところです。
安田さんのメモには、地元の高校生、宮津天橋高校フィールド探究部、都会の学童、発達支援団体「PENS」との連携、さらには真冬にマイクロバス3台で子どもたちが訪れたことまで書かれています。
自然保護の活動拠点に、これだけ多様な子どもたちが集まる。これは、単に珍しい生きものを見せるだけの場所とは、性格が違います。
宮津市も、世屋の自然や文化を学ぶために市内外から子どもから大人までが訪れていること、自然環境の保全と学びをつなぐ取り組みを紹介しています。
私は、ここに三つの大きな価値があると思います。
① 自分で発見する力
「これは何?」と聞かれて、すぐに答えを教えるのではなく、一緒に探す。生きものを見つけ、比べ、記録し、考える。自然は、答えを与える教材ではなく、自分で問いをつくる相手になります。
② 人と関わる力
自然の中で活動すると、他の人と相談する、順番を待つ、発見を伝える、困った人を助ける、といった場面が生まれます。決められた手順をこなすだけではない、主体的な活動だからこそ育つ力があります。
③ 違いのある人が一緒に過ごせる場
自然との関わり方は、一人ひとり違います。走り回る子もいれば、じっと観察する子もいる。話すのが得意な子もいれば、静かに手を動かすことを好む子もいる。自然の中には、参加の仕方が一つに限られない余地があります。
もちろん、自然体験があれば必ず人間関係形成力が育つ、というわけではありません。活動の設計やスタッフの関わり、安全管理、子ども自身の受け止め方が重要です。
それでも、マルヤ農林園のように、自然環境そのものが多様で、自由に発見できる余地があり、異なる背景の子どもたちを受け入れる場は、教育的な可能性が大きいと思います。
「フル開放」と「無制限」は違う
ここは、今後も活動を続けるうえでの大事なポイントです。
子どもたちに自由な自然体験を保障しながら、希少植物や湿地の保全も進める。そのためには、立ち入りを避ける場所、観察できる場所、採取してはいけないもの、安全上のルールなどを、子どもたち自身が理解できる形で共有する必要があります。
つまり、自由を制限するのではなく、自由に活動するために、守るべき環境と約束を一緒に学ぶということです。
サンショウモを守るためのルールを子どもたちと考える。ザリガニが増えた理由を調べる。湿地の水をどこから得ているのかを探る。
そうした活動を通じて、子どもたちは自然保護を「大人が決めた規則」ではなく、自分たちが考え、関わる問題として受け止められるかもしれません。
7.「アスペン泣いた赤鬼の森」——意味不明だからこそ、問いが生まれる
さて、この名前です。
「アスペン泣いた赤鬼の森」。
一度聞いたら忘れにくい。でも、意味はすぐには分からない(笑)。
現時点では、この別名が何を意図して付けられたのか、本人による説明などを確認できていません。ですから、ここから先は事実の紹介ではなく、名前を手がかりにした私なりの読み解きです。
まず「アスペン」は、一般にヤマナラシ類など、ポプラの仲間を指す名称です。一本の木を指すのか、森のイメージなのか、あるいは別の由来があるのかは、確認してみたいところです。
「泣いた赤鬼」は、浜田廣介の童話を連想させます。人間と仲良くなりたい赤鬼と、その願いをかなえるために行動する青鬼の物語です。
もし、その物語を意識しているのなら、自然と人間、人と人との関係を考える名前として読むこともできそうです。
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人間は、自然を守るために何をするのか。
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自然のために何かを差し出すとは、どういうことか。
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相手を思って行動することは、相手にとって本当に良いことなのか。
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森や湿地を守る活動は、人間同士の関係をどう変えるのか。
ただし、これはあくまでも仮説です。名前の由来を本人に聞けば、私たちの想像とはまったく違う答えが返ってくるかもしれません。
でも、そこがいい。
観光施設の名前は、普通、場所の特徴を分かりやすく伝えようとします。しかし、この名前は、訪れた人に「なぜ、そんな名前なの?」と尋ねさせる。
名前そのものが、探究の入口になっている。
もし現地でその由来を尋ね、オーナーの話を聞き、実際の森や湿地を歩いたら、名前の意味が変わって聞こえてくるかもしれません。
これは、安田さんが大切にしている「掘る・繋ぐ・問い返す」に通じるものがありますね。
8.ワンオーナー農園の強みと弱み——一人の志を、どう地域の力に変えるか
ここは、少し厳しい目でも評価しておきたいところです。
マルヤ農林園のような個人主導の活動には、組織にはない強みがあります。
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意思決定が速く、試行錯誤を続けやすい。
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土地の細かな変化に気づき、管理方法を柔軟に変えられる。
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採算性だけでは評価しにくい希少植物や湿地にも、長期的に関わることができる。
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学校や団体からの相談に、活動の趣旨に沿って応じやすい。
一方で、弱みもあります。
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オーナーの健康状態や年齢によって、活動の継続性が左右される。
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土地の管理、調査、子どもの受け入れ、安全管理などが、一人に集中しやすい。
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活動の意義やノウハウが、本人の頭の中にとどまりやすい。
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支援者が増えても、日常の管理を担う人や資金が増えるとは限らない。
つまり、個人の志で始まった活動を、個人の志だけに依存しない活動へ発展させられるか。これが、マルヤ農林園の将来を考えるうえでの重要な課題です。
必要なのは、オーナーの個性を薄めて、一般的な施設に変えることではありません。むしろ、オーナーにしかできない仕事と、他の人に引き継げる仕事を分けていくことだと思います。
例えば、こんな役割分担が考えられます。
| 担い手 | 担えること |
|---|---|
| オーナー | 農園の理念、土地の履歴、保全の判断 |
| 高校生・大学生 | 生きもの調査、記録、データ整理 |
| 地域の人・支援者 | 草刈り、水路管理、作業支援 |
| 自然観察の専門家 | 種の同定、調査方法、保全効果の検証 |
| 学校・支援団体 | 子どもたちの活動設計、継続的な利用 |
| 行政・関係団体 | 制度面の支援、資金、広域的な連携 |
この仕組みができれば、マルヤ農林園は「オーナーの農園」から、「オーナーの理念を核に、さまざまな人が関わる保全・学習拠点」へと育っていけます。
なお、安田さんのメモにある「日本自然保護大賞を受賞」という点は、今回確認した公開資料からは、マルヤ農林園またはサンショウモ保全活動が同賞を受賞したという事実までは確認できませんでした。サンショウモの保全活動については助成事業の活動記録が確認できています。
受賞の正式名称や受賞主体が分かれば、活動の評価をより正確に位置づけられます。
9.「90歳になったら何をしてらっしゃいます?」——「天空のアマノハシダテを作ってるのだ!」
いやあ、この答えは、いいですねえ。
「90歳になったら何をしてらっしゃいます?」
普通なら、「元気でいたいですね」「のんびり暮らしたいですね」と答えるところでしょう。
それが、
「天空のアマノハシダテを作ってるのだ!」
これは、単なる冗談ではなく、マルヤ農林園の活動を象徴する言葉として読めます。
天橋立は、長い時間をかけて、山から運ばれた土砂と海の働きが重なり、自然がつくり上げた地形です。
一方、マルヤ農林園では、人が手を入れ、観察し、管理し、子どもたちと学びながら、湿地や里山の環境を未来へつなごうとしている。
もちろん、自然がつくった天橋立と、人間が保全・再生に関わる湿地は、同じものではありません。
しかし、両者をつなぐ考え方はあります。
自然がつくる世界の中に、人間がどんな未来をつくり出せるか。
「天空のアマノハシダテ」とは、ひょっとすると、地上の景色をそのまま空に再現するという意味ではなく、人間の想像力と手仕事によって、自然と共に生きる世界をつくろうとする夢なのかもしれません。
もちろん、これも私の解釈です。ご本人がどういう意味でその言葉を使われたのか、ぜひ直接聞いてみたいですね。
そして、この言葉は、90歳まで活動を続ける本人の夢であると同時に、次の世代に何を渡すのか、という問いにもつながります。
90歳のオーナーが一人で守り続ける森なのか。
90歳になったオーナーの周りに、高校生だった子どもたちが成長して集まり、湿地の調査や保全を続けている森なのか。
後者になったら、それこそ壮大なプロジェクトです。
10.総合評価——マルヤ農林園は、何を生み出しているのか
私なりに、今日的な価値を五つに整理します。
放棄された棚田跡や湿地を対象に、水辺の生態系を調べ、再生・保全に取り組む場所。サンショウモを象徴として、土地の変化を読み解くことができる。
生きものを見つけて終わるのではなく、「なぜここにいるのか」「何が脅威なのか」「何をすれば守れるのか」を考え、記録と検証につなげる。
自由な自然体験を通じて、子どもたちの好奇心や人との関わりを育む可能性がある。異なる背景の人が、それぞれの方法で参加できる場になり得る。
上世屋の土地、水、農業、里山の履歴を、現在の自然環境から読み直すことができる。自然と暮らしの関係を、地域の内外の人に伝える拠点になる
一人のオーナーの実践を、調査記録、教育プログラム、地域の協力体制として蓄積し、次の世代が引き継げる形にできるか。
私が特に高く評価したいのは、自然保護と教育を別々の活動にしていない点です。
子どもが湿地に来る。生きものを発見する。疑問を持つ。調べる。保全活動に関わる。その経験が、次に訪れる子どもたちへ伝わる。
こうなれば、湿地は守られる対象であるだけでなく、人間が自然との関係を学び直す場所になります。
ただし、今後の課題は、自然環境の状態を継続的に把握すること、保全活動の成果を検証すること、そしてオーナー一人に集中している負担をどう分かち合うかです。
自然共生サイトへの認定は、活動の価値を社会に伝える一つの機会になります。しかし、認定そのものが目的なのではありません。認定後も、自然の状態を観察し、管理方法を見直し、人が関わり続ける仕組みをつくることが重要です。
最後に——安田さんのSSHから見た、マルヤ農林園の位置
これまでの松尾田んぼ、野室、上世屋、そしてマルヤ農林園を並べてみると、それぞれの役割が見えてきます。
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松尾田んぼ:農業を続けることと、生物多様性を守ることをどう両立するか。
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野室:海と山の間で、地域の暮らしをどう持続させるか。
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上世屋の集落と棚田:自然条件に向き合ってきた人々の知恵を、どう次世代へ渡すか。
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マルヤ農林園:人の手が離れた土地に、もう一度どのような関係を築けるか。
そして、これらをつなぐのが水であり、地形であり、人の営みです。
マルヤ農林園は、天橋立のように大勢の人が訪れる名所ではありません。しかし、天橋立を生み出した山と水の世界を理解し、これからの自然との関係を考えるための、重要な実践の場になり得ます。
安田さんの言葉を借りれば、天橋立を「見る」だけではなく、天橋立が生まれる世界を見るための場所です。
マルヤ農林園の値打ちは、希少な植物が生えていることだけでも、子どもたちが訪れることだけでもありません。自然を守ることと、人が育つことを、同じ場所で実践しようとしていることにあります。
そして「90歳になったら、天空のアマノハシダテを作っている」。
その夢が本当に未来へつながるかどうかは、オーナーが何歳まで頑張れるかだけでは決まりません。そこで学んだ子どもたち、調査した高校生、保全に関わった人たちが、少しずつ担い手になっていくかどうかにかかっています。
そうなれば、天空のアマノハシダテは、一人の人がつくる夢ではなく、人と自然が一緒につくり続ける、地域の未来そのものになるのだと思います。






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