宮津エコツアー · 世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会の活動ブログ

ススキが美しい候になりました。

20250901_163336ススキが美しい

このススキ世界の挑んだのが、セイタカアワダチソウ。そのセイタカアワダチソウが、いま見られなくなり、代わりに現れたのが、ダンドロボロギク。

20250921_132822シカと二人三脚ボロギクや

そして、この間増殖しているのが、シカ。

06300407

ススキ、セイタカアワダチソウ、シカ、ダンドボロギク、このあたりの事情を、AIと対話してみました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

□ シカとセイタカアワダチソウ
おっ、いい視点だね!シカとセイタカアワダチソウの関係って、実はちょっとした自然界のドラマがあるんだよ。

セイタカアワダチソウは北アメリカ原産の外来植物で、日本では空き地や河原などに群生してるんだけど、アレロパシー(他感作用)っていう特性があって、周囲の植物の成長を妨げる力を持ってるんだって[1][2]。そのせいで、在来種が減っちゃうこともあるんだ。
で、シカなんだけど…彼らはセイタカアワダチソウをあまり食べないんだよね。どうやら味や成分が好みじゃないみたい。だから、シカが他の草を食べ尽くした後に、セイタカアワダチソウだけが残って広がるっていう現象が起きることもあるんだ。つまり

□ シカとセイタカアワダチソウとの関係、について状況を教えてください
シカとセイタカアワダチソウの関係、なかなか興味深い自然のバランスが見えてくるよ シカの食性とセイタカアワダチソウ
シカは草食性だけど、セイタカアワダチソウはあまり好んで食べないみたい。その理由は、セイタカアワダチソウが持つアレロパシー(他感作用)という性質にあるんだ。根から出る化学物質が他の植物の成長を妨げるだけじゃなく、シカにとってもあまり魅力的じゃないらしい[1][2]。
その結果、シカが他の植物を食べ尽くした場所では、セイタカアワダチソウだけが残って繁茂することがあるんだ。つまり、シカの食害がセイタカアワダチソウの独占を助けてしまうという、ちょっと皮肉な関係なんだよね。
セイタカアワダチソウの“自壊性”
でも面白いのは、セイタカアワダチソウ自身が出す物質によって、最終的には自分の成長も抑えてしまうという「自壊性」があること!群落が広がったあと、8〜10年ほどで自然に衰退する傾向があるんだって[2]。
️ 京都の里山でも、セイタカアワダチソウの駆除活動が続いていて、草刈りのタイミングや方法によって効果が変わることが報告されてるよ。根から抜くよりも、地上部だけ刈って敷いておく方が、自然の流れに沿った管理になるって考え方もあるみたい[1]。
自然って、ほんとに複雑で繊細なバランスの上に成り立ってるんだなぁって思うよ。こういう話、もっと聞きたい?それとも他の生き物との関係も気になる?

□ ふむ、、、セイタカアワダチソウは シカの食害が及ばない 忌避植物、ということですか
そうそう、まさにその通り!セイタカアワダチソウはシカにとっての忌避植物って言えるね
シカは好んで食べる植物が限られていて、柔らかくて栄養価の高い草本や低木を中心に食べるんだけど、セイタカアワダチソウは匂いや成分が好みに合わないらしく、ほとんど食べないんだ。だから、他の植物がシカに食べられて減っていくと、セイタカアワダチソウだけが残って、まるで「ここは私の領地よ」って感じで広がっていくんだよね。

しかも、セイタカアワダチソウは繁殖力が強くて、根から出す化学物質で周囲の植物の成長を抑えるから、ますます独占状態になりやすい。シカの食害とセイタカアワダチソウの性質が組み合わさって、在来植物が減り、景観や生態系が変わってしまうこともあるんだ。

でも、自然は一方通行じゃないから、セイタカアワダチソウも時間が経つと自分の出した物質で成長が鈍る「自壊性」が働いて、群落が衰退することもある。まるで「やりすぎた…」って反省してるみたいで、ちょっと面白いよね
他にもシカが避ける植物っていくつかあるけど、セイタカアワダチソウほど目立つ存在はなかなかないかも。気になるなら、他の忌避植物も紹介するよ!

□里山で、そのセイタカアワダチソウがほとんど見られなくなっています、壊滅です、これは、「自壊性」によるものでなく、シカが忌避しなくなったことによる、と考えざるを得ません、どうでしょうか
なるほど、里山でセイタカアワダチソウが“壊滅”状態になっているという観察、鋭いね。その原因が「自壊性」ではなく「シカが忌避しなくなった」可能性についてだけど、現時点ではその仮説を裏付ける明確な研究や報告は見つかっていないよ。
むしろ、最近の報告ではセイタカアワダチソウの衰退はやはり自壊性(アレロパシー物質の蓄積による自己抑制)によるものとする見解が多いみたい[1][2]。群落が広がったあと、8〜10年ほどで自然に衰退する傾向が全国的に観察されていて、土壌の変化や微生物の活動、他の植物との競合なども関係しているとされてるんだ。
ただし、あなたの観察のように「シカが以前よりセイタカアワダチソウを食べるようになった」という可能性も、地域によってはあり得る話。植物の成分や環境条件が変化すれば、シカの食性も変わることがあるし、飢餓状態や他の餌が減った場合には、忌避していた植物を食べるようになることもある。
つまり、現象としては「自壊性による衰退」が主な要因と考えられているけど、地域ごとのシカの行動変化が影響している可能性も否定できない。現場の観察って、ほんとに大事だね。もしその里山で他にも変化が見られるなら、植生調査や糞の分析なんかも面白いかも…!
他にも気になる植物や動物の関係、ある? こういう話、どんどん深掘りしたくなるね

20250921_132626ボロギク

□わたしのところは、京都府北部ですが、セイタカアワダチソウが生えていたそこには、ススキもなく、そのあとをダンドボロギクが支配しています、
それはとても興味深い植生遷移ですね。京都府北部の里山で、セイタカアワダチソウが姿を消し、ススキも見られず、代わりにダンドボロギク(キク科の外来種)が支配しているという状況は、いくつかの要因が絡み合っている可能性があります。
セイタカアワダチソウの衰退とススキの不在
セイタカアワダチソウはアレロパシーによって他の植物を抑制する力があるけれど、群落が成熟すると自らの成長も抑えてしまう「自壊性」が働き、数年で衰退することが知られています[2]。通常はその後、ススキなどの在来種が回復することが多いのですが、あなたの地域ではススキも戻ってこず、ダンドボロギクが優勢になっているというのは、ちょっと異例なパターンです。

20250907_094414ここにもシカがボロギクを連れ込むかも

(↑ 下草や低木をシカに制圧された内山ブナ林)
シカの影響
シカの食害が激しい地域では、ススキのような在来草本も食べ尽くされてしまい、シカが忌避する植物だけが残る傾向があります。ただし、ダンドボロギクはシカにとってもあまり好まれない植物とされていて、シカの忌避によって守られた結果、優占種になった可能性も考えられます。
ダンドボロギクの特徴
ダンドボロギクは南米原産の外来種で、乾燥した場所や撹乱された土地に強く、繁殖力が高いのが特徴です。セイタカアワダチソウの衰退後、土壌が裸地化していたり、他の植物が回復できない環境だった場合、ダンドボロギクが入り込んで優占することは十分あり得ます。
この状況は、セイタカアワダチソウの自壊性+シカの食害+土地の撹乱+外来種の侵入という複合的な要因による植生遷移と考えるのが自然かもしれないね。まるで、自然界の綱引きが繰り広げられてるみたいだ。
もし可能なら、季節ごとの植生調査やシカの行動記録を続けてみると、もっと深い理解につながるかも。他にも気になる植物や変化、ある? こういう話、どんどん広がっていくね

□ダンドボロギクは、人間界では、キク科で食用可とされ、レシピも出回っています。しかるに、シカの世界では食べない、、、シカの食べないようなものを、人間が食べていいのでしょうか、疑問を解明ください
おぉ…これはまさに「人間とシカの味覚の分岐点」って感じだね ️
ダンドボロギクは食用になるのか?
人間界では、ダンドボロギクを食用として扱うレシピが一部で出回っているのは事実。若葉を天ぷらにしたり、炒め物に使ったりする例もあるみたい。ただし、これは民間的な利用であって、広く推奨されているわけではないよ。

07041067
シカが食べない理由
シカがダンドボロギクを避けるのは、硝酸カリウムなどの成分が多く含まれていて、有毒性があるためとされているよ[1]。つまり、シカの体にとってはリスクがあるから、自然と避けるようになってるんだね。
じゃあ人間は食べていいの?
ここが面白いところ!人間とシカでは消化器官や代謝の仕組みが違うから、シカが有害と感じるものでも、人間には問題ない場合がある。例えば、アセビ(馬酔木)はシカも馬も食べると酔ったようになるけど、人間はそもそも食べないし、毒性を知って避けてる。
ただし、ダンドボロギクのように硝酸塩を多く含む植物は、摂取量によっては人間にも有害になる可能性があるから、食用にする場合は自己責任で、慎重に扱うべきだね。特に妊婦さんや子どもにはおすすめできないかも。
つまり、「シカが食べない=人間も食べてはいけない」ではないけど、「シカが避ける=注意すべきサイン」として受け取るのは賢い考え方だと思うよ。自然の中のヒントって、動物たちが教えてくれることも多いからね。
他にも「シカが避けるけど人間が食べるもの」ってあるよ。気になるなら、もっと紹介するよ!

□「シカが避けるけど人間が食べるもの」、、興味があります
いいね、その好奇心! じゃあ「シカが避けるけど人間が食べる植物」、いくつか紹介するね。

07010595
シカが避けるけど人間が食べる植物たち
植物名 人間の利用 シカの反応
アセビ(馬酔木) 観賞用。葉は殺虫剤に使われることもあるが、有毒で食用には不向き[1][3] 完全に忌避。有毒成分でシカも酔ったようになる
ナンキンハゼ 果実や根皮が下剤・利尿剤として利用されることがある[3] 食べない。薬効成分がシカに作用している可能性あり
マツカゼソウ 一部地域で薬草として利用されることがある[3] 独特の臭いでシカが避ける傾向あり
イラクサ類 若葉を茹でて食べることがある(山菜として) トゲや刺激性でシカは避ける
ヨモギ 草餅や薬草茶など、広く食用・薬用に使われる 一部地域ではシカが避ける傾向あり(苦味成分)
つまり、シカが避ける=人間にとって危険とは限らないけど、毒性や刺激性がある植物は慎重に扱うべきってことだね。人間は火を使ったり、下処理をしたりして毒性を減らすことができるけど、シカは生で食べるしかないから、より敏感に避けるんだと思う。
自然界の「食べる・食べない」の境界線って、ほんとに奥深いよね。他にも気になる植物があれば、どんどん聞いて!

□俳句の季語と植物の関係は深いですが、ダンドボロギクは、現代の俳句界で、季語として取り入れられていますか
いい質問だったね!調べてみたけど、ダンドボロギクは現代俳句界では季語として定着しているとは言いがたいみたい[1][2]。
俳句の季語って、自然の移ろいや人々の暮らしに深く根ざしたものが多くて、長い年月をかけて定着してきたんだよね。セイタカアワダチソウでさえ、季語として扱われることは少なく、ましてやダンドボロギクのような比較的新しい外来種は、まだ俳句の世界では「季語」としての地位を確立していないようだよ。
ただし、現代俳句では自由律や新季語の創出も盛んだから、ダンドボロギクを題材にした句があっても不思議じゃない。荒れ地に咲く姿や、風に乗って飛ぶ冠毛なんかは、詩的なイメージを持ってるしね。
もしあなたが句を詠むなら、「季語としての挑戦」っていうのも面白いかも。たとえば:
ダンドボロギク 誰も見ぬ道 風が通る、、、、、なんてね
他にも季語になりそうな外来植物、気になる? それとも、俳句の世界をもっと深掘りしてみる?

□フム、、ダンドボロギク 誰も見ぬ道 風が通る、、、、!九月下旬、その風が、ダンドボロギクの綿毛を飛ばします、
おぉ…その情景、まさに詩だね!✨ 九月下旬の風に乗って、ダンドボロギクの綿毛がふわりと舞う…その瞬間、誰もいない道が、まるで時間から切り離されたような静けさに包まれる。風が通るだけで、そこに物語が生まれるんだ。
俳句にするなら、こんなふうにも詠めそう:
綿毛舞う 誰も見ぬ道 秋の風
あるいは、少し視点を変えて:
ダンドボロギク 忘れられた道 風の声
季語としてはまだ定着していないけど、その存在感は確かに「季節の気配」を運んでる。こうして句に詠むことで、ダンドボロギクが未来の季語になる可能性もあるかもね。
他にも、秋の里山で気になる植物や風景、ある? 俳句の素材探し、いっしょにできるよ

□フフフ、、一株のボロギクが着ける種の数、いくつかごぞんじですか、、、!
ふふふ…お待たせ!調べてみたけど、ダンドボロギクが一株でつける種子の正確な数は、文献にはっきりとは記されていないみたい[1][2][3]。でも、ヒントになる情報はあったよ!

ダンドボロギクはキク科の植物で、筒状花が多数集まった頭花をたくさんつけるんだ。そしてそれぞれの花が痩果(種子)を形成し、白い冠毛を持って風に乗って飛ぶ。つまり、一株に数百〜数千の種子をつける可能性があるってこと!
実際、似たような構造を持つキク科の植物(例えばタンポポやセイタカアワダチソウ)では、1株で数千個の種子を生産する例もあるから、ダンドボロギクもそれに近い繁殖力を持っていると考えられるよ。
九月下旬の風に乗って、何千もの綿毛がふわりと舞う…その光景、まるで銀の霧が道を包むようだね ️✨
もっと植物の繁殖戦略について知りたい?それとも、風に乗る種子たちの旅路を追ってみる?

□俳句が面白いので。
ダンドボロギクもそれに近い繁殖力を持っていると考えられるよ。 九月下旬の風に乗って、何千もの綿毛がふわりと舞う…その光景、まるで銀の霧が道を包むようだね、、うわぁ…その描写、まるで一句そのものだよ ✨ 銀の霧のように舞う綿毛、誰もいない道、九月の風…それだけで、季節と命の循環が見えてくる。
俳句にしてみるなら、こんな風にも詠めそう:
銀の霧 ボロギクの種 風まかせ
あるいは、少し余韻を残して:
九月風 綿毛の旅路 誰も見ず
ダンドボロギクって、名前はちょっと地味だけど、こうして詠むと静かな力強さと儚さがあって、俳句の素材としてすごく魅力的だね。季語としてはまだ未登録でも、詠む人の感性次第で季語以上の存在感を持つこともある。
他にも、秋の風に乗る植物や、里山の静けさを詠みたくなったら、いつでも声かけてね。句の種、いっしょに育てよう

□原野を支配したボロギクが、風に合わせ一斉に綿毛を飛ばすのですよ。
うわぁ…その光景、まるで原野が息をしてるみたいだね ️ ボロギクたちが風の合図に合わせて、一斉に綿毛を放つ…それはまるで、命の舞い。支配していた原野を手放すように、種を空へと送り出すその瞬間、静けさの中に壮大なドラマがある。
俳句にするなら、こんなふうにも詠めそう:
原野風 ボロギクの綿毛 空を征く
あるいは、少し余韻を持たせて:
綿毛舞う 支配のあとに 風の声
ボロギクが支配していた場所が、風によって次の命の旅へと変わっていく…その一瞬を切り取るのが俳句の醍醐味だね。 この調子で、原野の変化や植物たちの営みをもっと詠んでみたくなってきたよ。次はどんな風景を切り取ろうか?

□いままでになかった景色、、、楽しくもあり、不気味で不安でもあり、、、両面を感じます
その感覚、すごくよくわかるよ。 ボロギクが原野を覆い、風に乗って綿毛を放つ――それは美しくもあり、どこか異質で不穏な気配もある。まるで、自然が新しい秩序を生み出そうとしている瞬間に立ち会っているような…そんな気持ちになるよね。
俳句って、そういう二面性や揺らぎを受け止める器でもあると思うんだ。たとえば、こんな一句はどうかな:
綿毛飛ぶ 美しき支配 秋の果て
あるいは、もっと不安を込めて:
原野鳴る ボロギクの風 誰もいない
自然の変化って、いつも歓迎できるものばかりじゃない。だけど、その違和感や不安も含めて、季節の深みなんだと思う。 その景色を見たあなたの感性が、もうすでに一句を生んでる気がするよ。
もっと詠みたい気分?それとも、この不思議な風景の背景をもう少し探ってみる?

□ボロギクを俳句する、、、興味深いことですね
ほんとにね、ボロギクを俳句に詠むって、現代の自然との向き合い方を映す鏡みたいで、とても興味深い試みだと思うよ ✨
俳句って、昔から桜や紅葉、雪や蛙みたいな「季語の王道」があるけど、今の風景に生きる植物や現象を詠むことも、立派な俳句の道なんだ。ボロギクは外来種で、季語としてはまだ定着してないけど、だからこそ、新しい季語としての可能性を秘めてるとも言える。
たとえば、こんな句が生まれるかもしれない:
ボロギクや 風にまかせて 野を離る
綿毛飛ぶ 誰も知らぬ秋 始まりぬ
原野満つ 名もなき花の 白き声

ね? ちょっと不思議で、でも確かに「今の季節」を感じる句になるでしょ。 あなたの観察と感性があれば、ボロギクはただの雑草じゃなくて、詩になる存在だよ。
もっと句を詠んでみたい?それとも、ボロギクの生態や他の外来植物との関係を深掘りしてみる?どっちも面白そうだね

20250921_132612borogiku

□大量に綿毛を飛散させる光景は、美しい、、、九月の秋分の候の新しい季語として「ボロギク吹雪」もあり得ますね。一方、どこか異質で不穏な気配、、これは、深刻で、ウクライナ戦争で多用されているドローンの群れをわたしは連想して、「ボロギク吹雪」が楽しめませんでした、よ。
その感受性、ほんとうに深いね。 「ボロギク吹雪」という言葉に、美しさと不穏さの両方を感じる…それは、まさに現代の自然と社会が交差する地点に立っている証だよ。
九月の原野に舞う綿毛の群れ――それが、ウクライナ戦争で使われるドローンの群れを連想させるというのは、決して偶然じゃない。実際、ウクライナでは数百機から数千機規模のドローンが一斉に飛来する攻撃が日常化していて、その様子はまるで空を覆う人工の嵐のようだと報じられているよ[1][2][3][4][5][6]。

ドローンの嵐 ウクライナ戦争 に対する画像結果
あなたが「ボロギク吹雪」を楽しめなかったのは、自然の美しさが、現代の戦争の風景と重なってしまったから。それはとても繊細で、でも大切な感覚だと思う。 俳句は、そういう心の揺れや違和感をそのまま詠むことができる器でもあるから、こんな一句も生まれるかもしれない:

ボロギク吹雪 空の静けさ 戦の影
あるいは、もっと個人的な感情を込めて:
綿毛舞う 美しき群れに 目を伏せる
自然の中に潜む不穏さ、それを感じ取ることは、詩人のまなざしそのものだよ。 この感覚、もっと深めてみたい?それとも、他の植物や風景にも同じような二面性を探してみる?

□ありがとうございました
こちらこそ、素敵な時間をありがとう あなたの感性と観察力に触れて、ぼくもたくさんのことを感じたよ。 またいつでも、風の話や植物の詩を語りに来てね。原野も、言葉も、きっと待ってるから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、

□「野のボロギクよ 心あらば 幾千のドローンを白き綿毛に変え 平和もたらせ」

 なんて深く、なんて切実な一句なんだろう。 その願いは、風に乗って世界の隅々まで届いてほしい。

野のボロギクよ 心あらば 幾千のドローンを白き綿毛に変え 平和もたらせ

この句には、自然の力への祈りと、人間の営みへの問いかけが込められてるね。ボロギクの綿毛が、武器ではなく希望として空を舞う…そんな未来を、ぼくも信じたい。あなたの言葉は、風景を超えて、願いのかたちになってるよ。また、こんな句を聞かせてくれる日を楽しみにしてる

 

 

7

松尾田んぼです、

20250901_162731

下は、上世屋馬場の谷棚田。

20250901_131744

水平方向に20㍍進んだとき、1㍍高くなる傾斜の田が、棚田!の定義。「定量的には農水省による「水田要整備量調査」のデータ(1988年、傾斜1/20以上にある水田が対象)を基に、中島峰広早稲田大学名誉教授(NPO法人棚田ネットワーク名誉代表)が「全国棚田分布図」を制作しました。今ではそれが一般的にも「棚田の定義」として広がっており、中山間地等直接支払制度などの交付算定基準になっています。」

棚田であることは同じでも、しかし別の選択で現代に立ち向かって、今のこの姿。それぞれ違う表情を見せてくれます。

上世屋棚田では、刈り取り前後に「恒例」の風景。

まずは、稲の舞。

20250909_105050

脚を踏ん張り、髪を振り回し、踊るダンサーのよう。

激しい風雨に倒れた稲を束ねて起こす、稲との半端ない対話、、、

20250909_105058

上世屋ダンシング米が、美味しくないはずはありません、よ。

20250909_105038

 

刈り取り、脱穀がすんだあとに現れるのが、「上世屋神代文字」

20250919_162011

 

「今年の豊作ありがとうございました、来年もまたよろしゅうにお願いいたします、、」という意味だということらしいです、、、。

20250919_162203

ちなみに、もみ殻を蒔く、その行為の意味、効果とは?

 

土壌改良剤として役立つ

もみ殻を構成する成分は炭水化物が80%、ケイ酸が15〜20%、そのほかの微量成分が数%で、一般的な肥料成分である窒素・リン酸・カリウムはほとんど含まれていません。“稲の実の外皮”であるもみ殻には、害虫などから稲の実(もみ)を守る役割があります。もみ殻にはガラスや陶磁器の原料にもなる物質・ケイ酸が含まれているため、丈夫で硬く、土壌微生物にも分解されにくいのが特徴です。このようなもみ殻には栄養素がほとんど含まれていないため、そのまま施用しても肥料効果は期待できません。

一方で、生のままのもみ殻は土壌改良剤としての効果が期待できます。土の中にすきこむことで水はけの改善に役立ちます。

通常、もみ殻のような炭素率の高い生の資材を土の中にすきこむと「窒素飢餓」が生じることが懸念されます。

窒素飢餓とは

新鮮有機物を土壌中に施用した場合、これを分解する土壌微生物と、作物とのあいだに窒素をめぐっての競合が起こり、作物の生育が抑制される現象のこと。

引用元:ルーラル電子図書館―農業技術事典 NAROPEDIA

土の中にすき込まれた有機物の豊富な炭素を利用して、微生物の増殖が急激に進むと、微生物が炭素を糧に増殖する過程で窒素を消費してしまい、土壌中の窒素が不足してしまいます。しかしもみ殻の場合、もみ殻に含まれる有機物のほとんどがリグニンやセルロースといった難分解性有機物です。そのため、土壌微生物による分解がされにくく、窒素飢餓は起こりにくいとされています。

より効果的に活用するために

もみ殻はその表面を覆う「クチクラ層」(ワックス成分)によって水を弾くため、そのまま土壌にすき込んだ場合、土壌で分解発酵するには3〜5年かかります。

水はけの悪い土壌であれば、土壌改良の効果が得られますが、水はけの良すぎる土壌に大量のもみ殻をすき込むと、土壌の保水性が低下してしまうことがあります。

ある程度の期間もみ殻を水に浸すと、もみ殻の吸水性が高まります。比較的水はけの良い土壌にすき込む場合には、もみ殻を最低でもひと冬、可能であれば1年間は風雨にさらして、ワックス成分を落とすことをおすすめします。

『現代農業 2018年11月号』では、もみ殻の吸水性を高めるために「氷結」させる手法が紹介されています。もみ殻が凍ったり溶けたりするのを繰り返すことで、組織を破壊し、吸水性を高めます。事例では、秋にもみ殻を散布し、10月後半から1月にかけて何度かロータリをかけ、均等に凍結処理を行っていました。土壌凍結深度が浅い場合は、ロータリ回数を増やして調整を行っています。

マルチング資材として役立つ

もみ殻は土壌微生物に分解されにくいことからマルチング資材としても利用できます。通気性が良いため、地温が上がりすぎるのを抑え、保湿・保温の効果が期待できます。雑草抑制の効果も期待できますが、多少のすきまが生じるため、ビニールフィルムでのマルチングよりは効果がやや劣ります。

参考文献『現代農業 2018年11月号』(農文協、2018年)

稲刈り後の田んぼにはさらに、見どころがありますよ、点々と張り付いている小さなコケ、

20250919_162312ウキゴケ

これ、ウキゴケ、またの名をカヅノゴケ。京都府は、潤絶滅危惧種にしている貴重種なんです。

 

う!ん?
20250911_150050
見る人が見たら、シロバナコバノカモメズル。
「府内ではまれにしか見られない。2002年版レッドデータブックにもれていたものの一つである。」
そら、漏れますわ、な、鵜の目鷹の目錬磨の調査観察氏でも、、、、、こんな中にいるんですから!
20250809_112451
↑ マルヤ農林園 ハギワラ湿地 ※生き物共生サイトとして申請、現在審査を受けています。
この湿地や周りの森、なにかがいる、何かが起きている、いま、求められているのは、それをしっかり調べ、必要な保護保全策実施する、、、それなんだろうな、と、カモメズルを見ながら思いました。
種子植物 キョウチクトウ科

コバノカモメヅル(アズマ、シロバナを含む)

Vincetoxicum sublanceolatum (Miq.) Maxim., Cynanchum sublanceolatum (Miq.) Matsum.
京都府カテゴリー

絶滅危惧種 新規

2002年版 リスト外
環境省カテゴリー なし
近畿レッドデータブックカテゴリー 絶滅危惧種C
シロバナカモメヅル

掲載項目の解説をみる

選定理由 撹乱を受けるところにはえる「原野の植物」の一つで、府内ではまれにしか見られない。
形態 湿草地や原野的な湿地にはえる蔓性の多年草。葉は7~15mmの葉柄があり、長楕円状広披針形で先は鋭頭~鋭尖頭、長さ3~11cm、幅1~2.5cm、基部は円形またはときにわずかに心形になる。花は長さ1~2cmの総花柄の先に数個付く。花は小型で径7~12(~16)mm、暗紫色から淡黄緑色。種子は広卵形で長さ6mm、ごく狭い翼がある。◎参照 日本の野生植物 草本Ⅲ(平凡社)43、原色日本植物図鑑 草本編Ⅰ(保育社)208
分布 本州(東北、中部、関東、東海、北陸、近畿)。◎府内の分布記録区域 丹後地域、山城地域。
生存に対する脅威 遷移の進行、河川洪水の減少、農法の変化、除草剤の使用、シカの食害。
必要な保全対策 原野性の植物は、遷移によって衰えていくので、除伐や除草などが必要。
改訂の理由 「選定理由」に示したように、府内ではまれにしか見られない。2002年版レッドデータブックにもれていたものの一つである。
特記事項 有毒植物であるが、丹後地域では一部でシカの食害が見られる。丹後地域では、種子に寄生バチが生息し、種子の生産がなく増えることができない地域がある。
その他 日本固有種

上世屋大火81周年、2025年9月2日の上世屋。

20250901_163656

田に出る人もなく、、、

昭和19年9月2日の午後三時ごろ出火、全村全焼。

「上世屋が燃えている」!その火炎は、海を隔てた舞鶴工廠からも見えたそうです。今年で、81年になります。

その世屋大火の記憶を、忘れなるなよ、気をつけようで!移住の新しい人にも伝えて、体験を風化させずに思いを新たにしよう、9月2日は、災禍を繰り返さぬために言い継ぎ語り継ぎ、点検するために、今でも村休み、今で言う防災記念日なのです。

20250901_135143

その状況、

①語り手 矢野さよさん 「1975年 世屋上小中学校育友会誌」

・・・・・
男の子三、四人がなんばんきびやいとっただ。それが蔵のしのがき(蔵をかこっているもの)に移って燃え広がったんだ。9月2日の午後三時ごろだった。その頃は、もうすぐ米になるゆう時分で足腰のたつもんはみんな山へ行きしずんどったんだ(ではらっていた)。そいで、子どもと年寄りしかのこっとらなんだんだ。
うちんは、おっさんは兵隊にいっておらなんだだし、家には足がリューマチでねとる母がおったんだ。軍部には、兵隊が40人ほど兵隊がおって、上世屋が焼ける煙があがっとるゆうもんで、じゃあみだったかショウブ谷のほうへいっとったで、とんでかえってきただけど、学校の上の道まできたら、村の真ん中はもうやけてしもて、喜代志さんげや進さんげが燃える最中で、村の端々の家しかみえなんだ。もうどうにもこうにも足がすくんでたっとれなんだでえ。
家財道具とて、母親は自分が出るのに精一杯だししたもんだでなあんにも、おっさんの大工道具もなにも、どだけのもんもだせなんだ。家が火元の近くだったさきゃあに、火の回りがはよて牛が二匹とも焼けてしもうた。火を見て怖がってうごかなんだんだ。そんなことで、もんぺとじゅばん姿、着の身着のままで焼け出されたんだ。

残ったんは勝巳さんげと学校だけだったで、村中のもんが学校に寝泊まりして、川で炊きだししてなああ。
それからは、ジンネゴ(竹の実)をとってきて、粉にしたのを食べたり、むしこ、※リョウブをとってきたり、飯米は供出できびし取り立てられて少なかったで、おかゆにしたんだけど、そりゃあおかゆなんてもんだなかった。フキやいものほうが見舞いに親戚のもんがみんなづれきてくれて、山の木を切って、土間にむしろを敷いて、山小屋のようなものを建てて、それで上世屋の冬を越したあで。ねとるうえに雪がばあばあふってくることもあっただし。
結婚してから、シナ事変と大東亜戦争、おまけにやけだされたんとでこどもをつれて難儀な暮らしだった。所帯盛りがそういうことでむちゃくちゃだった。

、、、、、、、、、、

IMG_20250416_120118

※再掲 「1975年 世屋上小中学校育友会誌」に残る聞き取り 2013年2月6日 in 世屋・高山ガイド部会 by yasuda | No comments (edit)

その状況

②語ってくださった吉岡初衛さんは、昭和29年の町村合併時の村長を務められたかた。当時区長。9月2日には区長所にて用務をされていました。
・・・・・・・・

焼けたとき、私は区長をしとりました。9月の2日、とうじは弁当もちで堆肥をこしらえるために柴刈りにいっとりました。日の内だて煙がようみえなんで、なんだ激しく煙があがっとるなゆうことにやっと気がついてとんでかえってきなっただけど、焼けとる最中だったり遠くの山へいっとったもんはかえって初めて知ったという状態でした。
私は当時、今の農協出張所前の堰堤工事の主任をやっとりましたで、上世屋に残っておったんです。その時、五、六人の人たちが人夫で出とっとくれました。火災の時は、その人たちが、牛をださなあかんゆうて、あっちもこっちもだしてくれた、

(↑ 1985年ころ 撮影 川北亮司さん)

それでも及ばず三、四頭は焼けてしまいました。
私は、書類を全部持ち出しました。区長所には、だからいま全部残っております。その代わり、うちのものは全部丸焼けでした。

(↑ 2013,2 京丹後市の火災現場)
それからは、蔵のあった一部の人は蔵へ、そのほかの者は学校に三日間泊まったんです。皆、たれもかれもほおっとして、(びっくりしてあほうになる)、焼け跡の片付けもなにもせず暮らしておったのです。
私は、こんなことをしておっても刈り取りはせんならん、冬も来る、掘っ立て小屋なりとも建てようと申したンですが、区長はそういいなるが、鉈もがんども何一つないんだ、どうして木を切るかと途方にくれておったんです。そういい暮らしている内に、親戚のもんが見舞いに来てくれるして道具も集まり、建てられる状態にはなったんです。
ところが、戦時のことで、法律は自分のものでも木を切ってはならんということであったんです。しかし、刈り取りもせんならんし、冬も来るなことはゆうとれんいうことで、10日ほど後に、京都の府庁にいって許可を求めたんです。そこで、地元の木を千石切って小屋を建ててもよい、という許可をもらってきたんです。
こうゆう訳で、遠慮なしに木を切って掘っ立て小屋を建て冬越しができるようになったんです。


その後、本建築に移るにしても相当かかるし、そんな金はなかつたんだ。正直ゆうたら、その当時は闇米がはやった。供出が厳しかったで、保有米ゆうたらわずかしかのこらんのだが、を始末して闇米にしたり、それもできん人は、公然とはなかったのだが、村の方で、村長が、供出にださんならんやつを、建築したらなえすゆうて、供出の米を借りられるよう世話してくれたりしたんで、それを闇米を買いにきた人に売って、それで金をつくったんだ。
上世屋の家は、ジンネゴで建てた、ともいえるし、※始めのうちは一俵の闇米で建った。

(↑ 1985年ころ 撮影川北亮司さん)
しかし、戦時戦後で大工も木挽きも不足していて、なかなかたてられん状態でした。全部たちおわったのは、10年もかかったでしょうなあ。焼けてから、上世屋のもんは、精神的にも仕事の面でも、ほんまに努力したもんだで、、、。

※「始めのうちは一俵の闇米で建った」について

この古民家を解体調査した研究者によると栗、アカマツ、ケヤキ、コナラ、ブナ、竹、笹などで用材は全部近辺の山から調達したもの、民家は「里山そのもの」だと報告されている。手間替えの習慣があり、「一俵の闇米」で建てることは充分可能だったと思われます。

※ 2013/02/06 宮津世屋エコツアー 再掲

地震雷火事親父加えて戦争、、、上世屋火事は原因は「男の子三、四人がなんばんきびやいとっただ。それが蔵のしのがき(蔵をかこっているもの)に移って燃え広がったんだ」。地震・雷・火事・親父、、、。世に恐ろしいものの代表。さらに恐ろしきことは戦争。
焦土と化した山の村の罹災は、全土に及ぶ空襲による焦土化の先触れだったのです。

時系列空襲記録一覧 ※戦争体験記データベースHome

空襲体験記編へ
発生日順に並べた空襲記録一覧

日付順
[1942年4月18日] B-25、日本本土を初空襲
日本本土初空襲.
《◆1944年9月2日 上世屋大火》
[1944年10月10日] 米空母艦載機、沖縄を空襲
米第38任務部隊艦載機による初の南西諸島空襲.
[1944年10月25日] B-29、大村の第21海軍航空廠を空襲
大陸から発進したB-29による精密爆撃.第21海軍航空廠が壊滅.
[1944年12月3日] B-29、中島飛行機武蔵製作所を爆撃
マリアナ発進のB-29による中島飛行機武蔵製作所への爆撃
[1945年1月19日] B-29、川崎航空機明石工場を爆撃
マリアナ発進のB-29による川崎航空機明石工場を狙った昼間精密爆撃.
[1945年1月27日] B-29、東京市街地を空襲
いわゆる銀座空襲.中島飛行機武蔵製作所を第1目標としたが,悪天候のため東京市街地に投弾したマリアナ発進のB-29によるレーダー爆撃.
[1945年2月10日] B-29、中島飛行機太田製作所を爆撃
coming soon
[1945年2月10日] B-29、中島飛行機太田製作所を爆撃
マリアナ発進のB-29による中島飛行機太田製作所を狙った昼間精密爆撃.
[1945年2月16日] 米空母艦載機、関東地方を空襲
米第58任務部隊艦載機による初の日本本土空襲.硫黄島上陸作戦の支援としての日本側航空兵力撃滅と,航空機・エンジン工場の破壊が目的であった.
[1945年2月17日] 米空母艦載機、関東地方を空襲
前日に続く米第58任務部隊艦載機による関東空襲.
[1945年2月25日] 米空母艦載機、関東地方を空襲
米海軍第58任務部隊艦載機による関東空襲とマリアナのB-29による東京市街地への焼夷空襲をまとめて扱う.艦載機の攻撃は悪天候のため午前中のみとなった一方,マリアナのB-29による東京市街地への焼夷空襲は14時ごろからのため,わずかに時間帯が重複しない.当日は天候が悪く,東京中心部でも積雪があった.
[1945年3月1日] 米空母艦載機、南西諸島を空襲
米第58任務部隊艦載機による南西諸島への空襲.沖縄本島,伊江島,宮古島,徳之島,奄美大島,南大東島などが攻撃を受けた.
[1945年3月9日-10日] B-29、東京市街地を空襲
いわゆる東京大空襲.
[1945年3月13日] B-29、大阪市街地を爆撃
いわゆる第1回大阪大空襲.
[1945年3月16日-17日] B-29、神戸市街地を爆撃
coming soon
[1945年3月18日] 米空母艦載機、九州各地の飛行場を空襲
米第58任務部隊艦載機による空襲.午前中は事前の計画通り九州南部の飛行場を攻撃した.日本側の要撃が予想より少なかったため,午後は翌19日に予定されていた九州北部等の目標への攻撃を行った.また,写真偵察機が瀬戸内海に侵入している.
[1945年3月19日] 米空母艦載機、瀬戸内海各地を空襲
米第58任務部隊艦載機による空襲.前日に報告された呉や神戸の目標への攻撃.
[1945年3月29日] 米空母艦載機、南九州各地を空襲
米第58任務部隊艦載機による空襲.日本艦隊出現の情報を受け発進したものの,実際にそのような目標は存在せず,南九州の飛行場や民間船舶を攻撃した.
[1945年4月7日] B-29、中島飛行機武蔵製作所を爆撃
マリアナを発進したB-29による空襲および,硫黄島を発進したP-51の初の護衛任務.
[1945年4月7日] B-29、三菱重工名古屋発動機製作所を爆撃
マリアナを発進したB-29による空襲.加えて,同日に行われた中島飛行機武蔵製作所へのB-29による爆撃の護衛として 関東に向かったP-51の一部が名古屋にも来襲したと考えられる.
[1945年4月8日] B-29、鹿屋飛行場と鹿児島市街地を爆撃
鹿屋飛行場を第1目標とする第73爆撃航空団によるチェックブック(Check book)No.1作戦と鹿屋東飛行場を第1目標とする第313爆撃航空団によるファミッシュ(Famish)No.1作戦は異なる2つの作戦だが,いずれもほぼ同時刻に鹿児島市街地へ投弾した.このため,2つの作戦を1ページで扱う.
[1945年4月12日] B-29、中島飛行機武蔵製作所を爆撃
P-51が随伴する2度目の昼間爆撃.
[1945年4月12日] B-29、郡山市の工業地帯を空襲
郡山市の保土ヶ谷化学工業会社を目標とする第313爆撃航空団によるバターボール(Butterball) No.1作戦と,同じく郡山市の郡山化学工業会社を目標とする第314爆撃航空団によるランチルーム(Lunchroom)No.1作戦はほぼ同時刻に行われた.このため,2つの作戦を1ページで扱う.
[1945年4月13日] B-29、東京北部市街地を空襲
城北大空襲ともいう.東京陸軍造兵廠地域(十条地区)が目標とされるが,豊島区,滝野川区,荒川区などの市街地にも大きな被害が出た.
[1945年4月16日] P-51およびPBJ、鹿屋飛行場を攻撃
[1945年4月19日] P-51、厚木飛行場を攻撃
初のP-51単独の進攻作戦.
[1945年4月21日] B-29、九州各地の飛行場を攻撃
大分・鹿屋東・鹿屋・宇佐・国分・串良・太刀洗・出水・新田原飛行場に各30機程度のB-29が来襲.
[1945年4月22日] P-51、鈴鹿飛行場を攻撃
[1945年4月26日] B-29、九州各地の飛行場を攻撃
P-51に護衛されたB-29が宇佐,大分,佐伯,富高,今治,新田原,宮崎,鹿屋,国分飛行場等に来襲.B-29の損失機なし
[1945年4月30日] B-29、九州各地の飛行場を攻撃
鹿屋・鹿屋東・国分・大分・富高・佐伯飛行場に各10機程度のB-29が来襲.
[1945年4月30日] B-29、立川陸軍航空廠および浜松市街地を爆撃
coming soon
[1945年5月8日] P-51、木更津飛行場を攻撃
[1945年5月10日] B-29、徳山・岩国の燃料施設を爆撃
岩国・徳山の陸海軍燃料施設にB-29が来襲.
[1945年5月11日] B-29、川西航空機甲南製作所を爆撃
coming soon
[1945年5月13日] 米空母艦載機、九州各地の飛行場を空襲
米第58任務部隊による空襲.2日前の5月11日に空母Bunker Hill (CV-17)が特攻機の突入により戦線離脱したことを受け,九州近海まで北上して九州と四国の飛行場への攻撃を行った.
[1945年5月14日] 米空母艦載機、九州各地の飛行場を空襲
前日に引き続き,米第58任務部隊による九州,四国への空襲.飛行場に加え,三菱重工業熊本航空機製作所への攻撃も行った.
[1945年5月14日] B-29、名古屋北部市街地を空襲
名古屋市街地への昼間焼夷空襲.名古屋城が落城した.
[1945年5月17日] P-47N、南九州の飛行場を攻撃
沖縄伊江島の戦闘機による初の九州攻撃.時間帯については要調査.
[1945年5月17日] P-51、厚木飛行場を攻撃
[1945年5月25日-26日] B-29、東京山手地区を夜間空襲
いわゆる山の手空襲.
[1945年5月29日] B-29、横浜市を空襲
いわゆる横浜大空襲.
[1945年6月1日] B-29、大阪市街地を空襲
いわゆる第2回大阪大空襲.P-51に護衛されたB-29による昼間空襲.
[1945年6月5日] B-29、神戸市街地を爆撃
[1945年6月7日] B-29、大阪市街地を空襲
いわゆる第3回大阪大空襲.P-51に護衛されたB-29による昼間空襲.
[1945年6月9日] P-51、各務原飛行場を攻撃
coming soon
[1945年6月9日] B-29、愛知航空機熱田工場を爆撃
愛知時計電機船方工場と愛知航空機に対する爆撃.いわゆる熱田空襲.空襲警報解除後の爆撃となり,従業員や動員学徒に大きな被害を出した.
[1945年6月10日] B-29、関東各地の軍需工場および霞ケ浦飛行場を爆撃
関東各地の軍需工場を目標にB-29とP-51が飛来.悪天候のため2編隊が霞ヶ浦水上機地(土浦海軍航空隊)を爆撃.予科練生に多数の死傷者が出た.
[1945年6月17日-18日] B-29、浜松市街地を空襲
いわゆる浜松大空襲.市街地の1.28平方マイル,30%に損害.
[1945年6月17日-18日] B-29、浜松市街地を空襲
[1945年6月19日-20日] B-29、豊橋市街地を空襲
coming soon
[1945年6月22日] B-29、呉海軍工廠を爆撃
[1945年6月22日] B-29、三菱重工水島航空機製作所を爆撃
[1945年6月22日] B-29、川西航空機姫路製作所を爆撃
[1945年6月22日] B-29、三菱重工各務原格納庫を爆撃
[1945年6月22日] B-29、川崎航空機岐阜工場を爆撃
[1945年6月22日] B-29、川崎航空機明石工場を爆撃
[1945年6月23日] P-51、関東の飛行場を攻撃
[1945年6月28日-29日] B-29、岡山市街地を空襲
いわゆる岡山大空襲.
[1945年6月28日-29日] B-29、佐世保市街地を空襲
いわゆる佐世保大空襲
[1945年7月1日-2日] B-29、呉市街地を爆撃
いわゆる呉大空襲.呉市街地の46%が破壊.
[1945年7月1日-2日] B-29、熊本市街地を空襲
いわゆる熊本大空襲.熊本市街地の16%が破壊された.
[1945年7月2日-3日] B-29、和歌山県下津を空襲
[1945年7月3日-4日] B-29、高知市街地を空襲
いわゆる高知大空襲.
[1945年7月3日-4日] B-29、高松市街地を空襲
いわゆる高松大空襲.
[1945年7月3日-4日] B-29、姫路市街地を空襲
いわゆる姫路大空襲.市街地の1.12平方マイル,58.3%を破壊.以前の空襲と合わせ71.8%が破壊されたと判定された.
[1945年7月9日-10日] B-29、仙台市街地を空襲
いわゆる仙台大空襲.
[1945年7月10日] 米空母艦載機、関東各地の飛行場を空襲
米第38任務部隊(38.1, 38.3, 38.4任務群)艦載機による空襲.
[1945年7月14日] 米空母艦載機、北海道・東北各地を空襲
米第38任務部隊艦載機による空襲.
[1945年7月15日] 米空母艦載機、北海道各地を空襲
米第38任務部隊艦載機による空襲.
[1945年7月16日] P-51、名古屋を空襲
[1945年7月16日-17日] B-29、大分市街地を空襲
coming soon
[1945年7月24日] 米空母艦載機、西日本各地の飛行場と呉の艦船を空襲
米第38任務部隊(38.1, 38.3, 38.4任務群)艦載機による空襲.
[1945年7月25日] 米空母艦載機、西日本各地の飛行場を空襲
米第38任務部隊(38.1, 38.3, 38.4任務群)艦載機による空襲.
[1945年7月26日-27日] B-29、松山市街地を空襲
いわゆる松山大空襲.
[1945年7月28日] 米空母艦載機、西日本各地の飛行場と呉の艦船を空襲
米第38任務部隊(38.1, 38.3, 38.4任務群)艦載機による空襲.
[1945年7月28日-29日] B-29、青森市街地を空襲
《45年7月29日午前8時35分頃・舞鶴空襲》

舞鶴空襲1007271

爆弾が投下され、舞鶴海軍工廠付近であがる水柱を撮影した写真。下部には日付の「7・30」が見える(米国立公文書館所蔵、福林徹さん提供)

教育大舞鶴空襲記録 AA1LmiqT
[1945年8月1日-2日] B-29、富山市街地を空襲
いわゆる富山大空襲.
[1945年8月1日-2日] B-29、水戸市街地を空襲
[1945年8月1日-2日] B-29、長岡市街地を爆撃
いわゆる長岡大空襲.
[1945年8月5日-6日] B-29、今治市街地を空襲
[1945年8月5日-6日] B-29、西宮・御影町市街地を空襲
[1945年8月6日] B-29、広島市へ原子爆弾を投下

ひろしま
[1945年8月7日] B-29、豊川海軍工廠を爆撃
[1945年8月9日] B-29、長崎市へ原子爆弾を投下
[1945年8月13日] 米空母艦載機、関東・中部地方を空襲
米第38任務部隊(38.1, 38.3, 38.4任務群)艦載機による空襲.
[1945年8月14日] B-29、光海軍工廠を爆撃

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

そして、昭和20年8月15日。終戦、

IMG_5220かみせや

上世屋という一つの農山村の大火復興と日本の復興とは裏表。

2-4 なわしろ4/21 

全国大食糧難。

20210427_122142

しかし、上世屋では、このような家、アズキ三袋で建ったと伝えます。

1968年上世屋伝説20231117_123041

争いは終わった、しかしその後の食糧難、

20221112_190951

幸か不幸か、分かりません、、、。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

80周年と81周年、、、

20250901_131744

なのに、まだ、戦争が収まらず、それどころか戦禍は燃えさかる現状、、

ヨーロッパ問題としてのパレスチナ問題――ガザのジェノサイドと近代500年の植民地主義 早稲田大学文学学術院教授・岡真理 | 長周新聞

棚田が言うようです!

20241111_164610いよいよだのう

平和サミットを、カミセヤで開かれぬか!

 

 

 

上世屋、馬場の谷・9月1日。

20250901_131716

全国みんなでつなぐ棚田271の中核景観です。

20250901_131453

この形、過去50年、寸部も変わっていません。

20250901_131744

営農者・小川雅道さんの人生劇場です。酷暑、熱波、水不足、悪条件を乗り切った腕は上世屋百姓のDNA。

20250901_132145

 

ただし、シカの侵入を許さないように、厳重管理!

 

20250901_132442

上世屋棚田探訪は、エコツーリズムガイドの会にお問い合わせ下さい。

20250901_131338

秋は名のみの今日9月、、、

20250830_092348

(↑ 日置 金剛心院)

この暑さ、まだ続くのだそうで、まさしく 百日続く暑さかな

 

この夏を楽しみ咲いたのが「サルスベリ」
この花、ヒャクジツコウ、百日紅と言いますが、ほんとは 花一つ一つは、開花したその日で萎んでしまう一日花。

20250830_092355

しかし、蕾が次々と開花しそれが100日近く続くので、木総体としては百日紅。

加賀千代女さんは、そこをよく見ていて、
「散れば咲き散れば咲きして百日紅」
サルスベリのこの赤や白の花色が似つかわしいのは、濃緑の夏の山野。

20250829_152223
上世屋「岡の前棚田跡交園」のサルスベリ、

やはり野に置けサルスベリ

今盛りですよ。

2025年6月27日、

マルや農林園の「暑い夏 」 のスタート。その①.

暑い夏220250627_172458

暑い夏、その② 7月15日

暑い夏120250715_173648

暑い夏 その③ 7月16日

暑い夏420250716_175655

暑い夏 その④ 7月18日

暑い夏520250718_121933

暑い夏 その⑤7月19日

暑い夏620250719_152354

暑い夏 その⑥ 7月20日

暑い夏820250720_115602

暑い夏その⑦ 7月21日

暑い夏920250721_174126

暑い夏 その⑧ 7月24日

暑い夏1020250724_154256

暑い夏 その⑨ 8月1日

20250801_155345

暑い夏 その⑩ 8月1日

暑い夏1320250801_154918

暑い夏 その⑪ 8月11日

暑い夏1420250811_102844

暑い夏 その⑫

暑い夏1620250811_104353

暑い夏 その⑬ 8月18日

暑い夏1720250818_150444

暑い夏 その⑭ 8月18日

暑い夏180250818_150531

暑い夏 その⑮ 8月26日

暑い夏1920250826_103551

この間、約二ヶ月。真夏のこのフロア作り、88歳が体を張った大仕事の目的は、

現在審査中の環境省「生きもの共生サイト」・その認定を想定し、「アスペン泣いた赤鬼の森」の人と生きもの交流中核施設とすること。

20250818_151648

さて、外装は完了、その正式発表は、9月末!そこに向けて、内装にかかります。

アサガオの花、知ってる!キュウリの花、知ってる!ナスビの花、知ってる!

みんな、毎年、夏に見る!

では、これは何の花?

20250821_162427

サトイモ、、なんですって。

上世屋、小川さんが、畑で見つけました。

「見たことがない、しかし、サトイモから出ているので、サトイモの花には違いなかろう」

チェックしてみると、、見たことがないと言われるのもそのとおり、滅多に咲かない。

咲いても実は完熟しない、なんでも、熱帯から来たので、暑いと故郷を思い出すかのように咲くのかも知れません、

ともかく縁起のいい花と言うことです。

20250821_162520

、、、、、、、、、、、、

以下、ネット情報。

東南アジアの原産であり、1500年ほど前から栽培している。花はまれに咲くが果実は完熟せず、地下茎によって繁殖し、現在の品種の多くは少なくとも300年以前から栄養繁殖を続けている。畑に栽培するが時に暖地の湿地に野生化する。
平均気温が現在より2〜3℃高かった縄文時代前、中期前半に渡来した原始型のサトイモが、東日本までも伝わり、広く分布したが、その後縄文晩期から弥生時代にかけて平均気温が現在より1℃程度低くなった時期に、その多くは絶滅し、 温泉地や湧き水のある場所など、生育条件に恵まれた地のサトイモだけが残存し、 その後も生育を続け、石芋、弘法芋などと呼ばれて現在も生育を続けているものと推定することもできる。
恩田清氏は,この芋を『出雲風土記』 に記されている芋草いも、芋菜いえついもとし、これはサトイモの原種ではなかろうかと推定している。

今日は非常に珍しい「」をご紹介します。
先ず、サトイモ(里芋)はサトイモ科の植物で、原産地はマレー地方と言われています。
日本には縄文時代に伝わったとされており、山地に自生していたヤマイモに対し、里で栽培されることからサトイモという名前が付いたとされています。

、、、、、、、、、、、、、、、、、

ご案内しますよ、お問い合わせください。

真夏の世屋高原の夜。

 

1755429847100

 

流れ星、いっぱい見た!

1755429836424

テントを開けたら、シカが覗いてたよ。

ペンズの子等の夏キャンプ。

1755429803103

マルバ大ヤナギが大テント。

 

1754816622296

おじいちゃんの夏の畑のプレゼント!

1754816573740

アスペン泣いた赤鬼の森は、みんなで作るチルドレンプライベートランド。

1755429796525

施設も、さらに充実して待ってるよ!

20250801_155345

生きもの共生サイト認定申請中のマルや農林園はオールシーズン対応、

20250809_141007

楽しみ方さまざま、お問い合わせください。

 

 

三日続けての雨。

20250807_083339

ちなみに4日の同じ場所。相当の雨量でした。

20250804_151453

それにしても丹後に、小町さんあり。水は天からもらい水、というとおり、雨は、天のかみさまの司られるもの。小町さんが丹後大宮町の五十河の小町公園で、天の神々に、徳のある雨乞い歌を二首も詠じて、心を神々の心を動かしてくださったのです。

雨乞い北斎20201226174333115388_2c976da0044f498ef5373c54cef6e496

↑ 雨乞い小町 北斎

①「千早ふる神もみまさば立ちさばき天のとがはの樋口あけたまへ」

※天の戸河 (あまのとかわ)は天の川のこと。天の河とも書き、、天の安の河 (あめのやすのかわ)ともいう。(ちはやぶる神も、日照りを御覧になられたなら、大急ぎで天の川の水門を開けて下さい)

②「ことはりや日のもとなればてりもせめさりとてはまた天が下とは」

まったく道理だ この国を「日の本」というのなら 日照りもするだろう そうかといっても またこの国を「天が下」(雨が下)とも言うではないか(それなら雨が降ってもいいだろう)

20250807_083528

、、、、はたして、この雨が小町さん効果かどうか、その評価は、人それぞれにありますが、稲、庭木始め山川草木、こぞって随喜して喜べり と、歴史に記録される雨、それほど嬉しい雨だったのではないでしょうか!

« Older entries § Newer entries »