戦後、昭和21年、一円札紙幣が発行されました。
この方、二宮尊徳翁、つまりのちの金さん。他の著名人を差し置いて、登用されていたこと知りませんでした!
さて、期待される人間像を文部省、そして官製道徳復活! 顔をしかめましたけれど、そのことと金治郎像が存在することとを結びつけるのは、これは早急にすぎる、報徳思想が報国思想にすり替えられたのだ、ご自身は墓石も碑も建てるでない、松か杉を植えておけと遺言なさっていると「ノスタルジックアイドル二宮金次郎」で井上章一さん。
国の舳先を戦争遂行に向かってよいしょよいしょよいしょと向けなければならない、そんな道具につかわれたのは事実です、
しかし、戦後、GHQの教育政策の中で奉安伝や御真影と一緒に撤去されたわけではない、それどころか、二宮尊徳は「日本の生んだ最大の民主主義者」であり、「新生日本は二宮尊徳の再認識を必要とする。」とGHQ新聞課長ダニエル・c・インボーデン氏が絶賛しているというのです。
井上章一さんはGHQは、少年時代のリンカーンと金治郎さんとが、並んで、二人でひとつの本を読み、それを背後の自由の女神が見守っているという図柄の絵を、富山の画家牧野重五郎に描かせていることを、紹介しています。
「国も時代も異にしている、この二人(リンカーンと金治郎)の偉大な日本と米国の指導者は、世界中の自由を大切に育て上げる、すべての国民の精神を象徴し、世界のいたるところ、すべての人々に次のことをすすめます。自由の光りに、頭と心とを開きましょう。一緒に自由というものを勉強いたしましょう。(『白と黒』1952年5月号) 」
封建時代は封建時代で、戦争中は供出で、資本主義経済の中では資本をもたない小規模経営のために、厳しい里山の暮らしを励ましたのは、金さん、あんただったことはまちがいのないこと!