なんかおかしい。
おかしい?
お・か・し・い
ふふふふ おかしい!
「こおいつはー春からえんぎがいいー」
つたえるNACS-Jからのプレスリリースです
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公益財団法人日本自然保護協会(会員約2万4千人、理事長:亀山 章)は、自然保護と生物多様性保全に大きく貢献する取り組みに対し、その成果と尽力を表彰する「日本自然保護大賞」の2021年度授賞者を決定しました。
公益財団法人日本自然保護協会は、「自然保護憲章」制定40周年にあたる2014年に、日本の自然保護と生物多様性の保全に大きく貢献した取り組みを表彰する「日本自然保護大賞」を創設しました。本賞では、地域性、継続性、専門性、先進性、協働の観点から、生物・生態系の研究、自然保護の実践、環境教育の推進などの優れた活動に賞をお贈りしています。 第8回となる今年度は、SDGsや生物文化多様性への関心や行動の高まりなどを踏まえながら、幅広いジャンルから募集し、3つの応募部門に対し全国各地から101件(保護実践部門42件、教育普及部門43件、子ども・学生部門16件)のご応募をいただきました。いずれも熱意にあふれた意義ある活動ばかりでしたが、活動の将来性や社会への波及性などに注目して慎重に審議した結果、3部門につき大賞各1件のほか、選考委員特別賞2件への授賞が決定いたしました。また、13の活動が入選となりました。 *詳細は、当会「日本自然保護大賞2022」ウェブサイトをご覧ください。 http://award.nacsj.or.jp/
コクヨ株式会社、四万十町森林組合(高知県) 結の森プロジェクト ー 環境と経済の好循環を目指して 四万十町の民有林を拠点に、森林保全と地域経済の好循環を生み出す「結(ゆい)の森プロジェクト」を2006年から展開。約100haのモデル林から始めた森林管理は5,425haまで拡大し、すべてFSC®森林管理認証を取得。間伐材家具や結の森ブランド文具を開発して全国販売も行っている。

里山クラブ可児(岐阜県) 森と人、人と人が繋がり、創り伝える、ふるさと“我田の森” 荒廃していた我田(わがた)の森の整備・保全に20年にわたり取り組み、岐阜県第2号環境保全モデル林に指定されるに至った。森のようちえん、大学のゼミ研究、行政による環境学習講座、企業による社会貢献活動や里山体験ツアーの受け入れなど、多様なセクターとのパートナーシップを着実に広げている。

京都府立宮津高等学校・宮津天橋高等学校 フィールド探究部(京都府) 丹後を駆けるF探のチカラ ー 地域の宝を探し、伝え、作り出す 丹後地域全域で、巨樹や在来のタンポポ、人と自然との関わりを伝える財産を探し出し、その価値を発信。2021年から新たに、住民と協働して子どもが遊べる豊かな川づくり「人・川・ハッピー大作戦」に挑むなど、生徒一同が強い課題意識をもって地域の環境を守る人の輪を広げている。

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まずはおめでとうございまあす。
↑ 18日 かみせや
そして、
しみんやおとなには、
かれらがとりくんだ生物・生態系の研究、自然保護の実践、環境教育の推進、それらを、将来に社会へつなげる そのしごとがあること、
わかものたちからボールがなげられている、これをわすれては いけないと思います、、
ねえねえ、雪はどうして雪なの!
「神聖であること」「いみ清めること」を意味する「斎(ゆ)」に、「潔白(きよき)」の「き」。「潔斎(けっさい)」を意味する「斎潔(ゆきよし)」から。
「深雪(みゆき)」の上略。
雪は古くから信仰の対象とされており、大雪の年は豊年の兆しと考えられていた。

そのため、「斎(ゆ)」に「潔白(きよき)」の「き」。もしくは、「斎潔(ゆきよし)」の説が有力とされている。
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ついでに、雨は!
雨の語源を大別すると、「天(あめ)」の同語説と、「天水(あまみづ)」の約転説になる。 古くから、雨は草木を潤す水神として考えられており、雨乞いの行事なども古くから存在する。 「天」には「天つ神のいるところ」といった意味もあるため
物の怪たちが動き出す気配
人間たちの時間は終わるのだ
何かがうごめき始めていることを告げる雲と風と海。
丹後の魅力は、我が世の春と栄華を極めているニンゲンの姿がかき消される時間がまだあること。
それが、国定公園たる所以ではないでしょうか。
だから冬がすき、、、
でも、植物たちはそんな書生っぽい哲学にはつきあってはくれません。
(↑ 日置 モクレン)
彼らが計っているのは、ひたすら日の出と日の入りの時間と方位。つまり日照時間の変化。
ちなみに1月、1日に日の出は7;05、日の入りは16;56だったものが、31日には、日の出は16,56、日の入りは17;24へ。日照時間は、一月の間に37分伸びていきます。


| 京都府カテゴリー |
準絶滅危惧種 |
|---|---|
| 2002年版 | 準絶滅危惧種 2002年版を参照する |
| 環境省カテゴリー | なし |

| 選定理由 | 冬鳥として府内で越冬する。越冬個体数は少ないが、近年減少はしていない。 |
|---|---|
| 形態 | 全長120cm。全身が白色で、オオハクチョウより少し小さいがよく似ている。嘴の先は黒く基部は黄色で、黄色部の先は丸い。 |
| 分布 | 北極海沿岸のツンドラ帯で繁殖し、冬鳥として本州以北に渡来する。国内の越冬地はオオハクチョウより南に偏る。府内では宮津市阿蘇海に少数が渡来する。◎府内の分布区域 北部地域(宮津市)。 |
| 生態的特性 | 家族で渡来し、安全な開水面で就塒する。昼間は浅瀬で水草を、夜間は水田の刈り跡で落ち穂を採食することが多い。 |
| 生息地の現状 | 府内では宮津市阿蘇海に約20羽が渡来するほか、久美浜湾や京都市内にも飛来することがある。 |
| 生存に対する脅威 | ねぐらとする河口での工事など。 |
| 必要な保全対策 | 採食生態等を調査し、採食地と休息地を一体として保全する必要がある。 |

さて、丹後国府は写真正面の丹後山塊を背負って、その山裾に、置かれていました。
小川家代々の稲を乾かしてきた岡ノ前稲木立つ
その冬姿。
春
夏
秋


ここは風がよくとおる稲乾しには最適の所なんです。
柱の材は栗。冬の風雪や夏は熱射は、無駄なものをすべてそぎ落とす
あんたが立っているからわしも立っている
樹と百姓がお互いを認めあっているようだ
その小川家の軒先ツバメの巣の下の干物
マムシなんだそうです
さて、
柱材の栗、腐りにくくても腐らないわけではありません
今年も一本、更新しました。
買うのではありません
山から切り出してくるのです。
気候 地形 地質 暮らしを丸ごとをぎゅっと一体にした詰め込んだ景観
鉄や油やコンクリートで作ろうとして作れるものではありません。

なので、ここは、「丹後天橋立大江山国定公園」。
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平成19年6月29日に中央環境審議会の答申を受けて、新規指定としては17年ぶりであり、初の京都府の地域名称を冠した「丹後天橋立大江山国定公園」が平成19年8月3日に誕生しました。

丹後天橋立大江山国定公園は、丹後半島の「海岸」、その背後にある「高原」、大江山連峰の「山容」と変化に富んだ表情豊かな公園です。

丹後半島海岸地区は、日本海に面し、岩礁海岸や砂浜海岸、砂州など、多様な海岸地形となっています。
この地区は、半島が持つ多様な地形に併せ、砂浜や奇岩、砂州、島、岬など、さまざまな海岸景観があり、歴史的資源などの文化景観を含め、海岸独特の自然風景です。
世屋高原地区は丹後半島の東側に位置し、権現山、太鼓山、依遅ヶ尾山、金剛童子山など、標高500メートルから600メートルの稜線が連なる高原地形です。
この地区は、府内有数の広大な落葉広葉樹林帯と谷を流れる渓流や希少な草花等による山間景観、山頂から真下に海を見下ろす半島ならではの眺望景観があり、棚田や歴史的資源などの文化景観も包含する多様な自然の風景地です。
大江山連峰地区は、丹後半島の南に位置し、西から赤石ヶ岳、千丈ヶ嶽、鳩ヶ峰、鍋塚、鬼の岩屋、杉山、赤岩山、由良ヶ岳と、標高600メートルから800メートルの稜線が東西に連なっている連山地形であり、この地域を代表する山です。
稜線からは360度の視界が広がるパノラマ景観や連山の山岳景観、鬼嶽稲荷神社から見る海原のような雲海と、多様な自然風景を望むことができます。
また、当指定地域は、日本三景の天橋立そして、丹後王国さらには、大江山の鬼伝説など歴史や文化にも彩られています。
指定を契機に、関係市町及び既存の活動とも連携しながら、積極的に府民ぐるみで地域の自然を守り育てる取り組みを実施していくとともに、当公園の魅力ある地域資源の利活用の活動を府民協働で展開していく予定です。

京丹後市大宮町森本(京丹後大宮IC)から峰山町新町(大宮峰山IC)まで、延長 : 5.0 kmの工事です。
ここに橋桁が架かります。

森本(京丹後大宮IC)前の交差点。

この車もその橋を走ることになるのです。
この橋の渡る谷は、山田断層と平行する断層によって生まれたもので、三重谷と言います。
三重、、
小野小町さんが『九重の 花の都に住みはせで はかなや我は 三重にかくるる』と詠んだ三重の里はこの谷一体を指す、という伝説がある谷です。
『大宮町誌』※丹後の伝説:57集-小野小町伝説-から。
ので、この橋の名、まだ決まってないなら、「三重谷小町橋」、ですね!
「鳥取までとは言わん、目の黒いうちに「むねやま」まではつなげてほしいなあ」
むねやま、とおっしゃいました!生粋の丹後人は、峰山のことをむねやまと呼ぶのです。
道を作るのは一世代ものなんですね。
(↑ 森本側から見る三重)
そもそも、みえ、三重という地名はどういうことにゆらいするのか、
三重地名に潜むか、意外な重金属公害の先例。※丹後の地名 三重 から引用
「どちらにお住まいですか」と問うと、「三重ですわ」とか「鳥取ですわ」などといった答えが返ってくることがあるが、丹後人でもこう聞けば、三重県の人かとか、鳥取県の人かと勘違いする人が多い。別にこうした地名はそうした県名に限らず全国に多く見られる地名で、丹後にもある地名である。どこの三重ですか、とか、どこの鳥取ですかと聞き返さないと、とんでもない間違いが起こる。
そして地名が同じということはその地の来歴もほぼ同じではなかろうかと考えられるのである。三重は水辺だというのは現代人の一部がそう考えるというハナシであって、チグリス・ユーフラテスとか四大古代都市文明とか持ち出すまでもなく、はるか古代から人が住み、まして水田耕作しているのならどの地も水辺に決まっているではないか、なぜここだけを特に三重などと呼ぶのか、本当に水辺の意味だけかどうかは何も自明なわけではない。どうしても水辺だと言うなら、この水は飲料あるいは農業用ではないかも知れない、鉱業の精錬に使われていたほかには見ない水のあたりという意味かも知れない。
古い記録としては『古事記』倭武命の記事。
「其地より幸でまして、三重村に到りましし時、亦詔りたまひしく、「吾が足は三重の勾の如くして甚疲れたり。」とのりたまひき。故、其地を説けて三重と謂ふ。」
ここは難解らしくて、自分の足は、ねじり曲がって、三つ重ねにした餅のようになっている」とか「道が三曲りしたように」いったことから、その村を三重と呼ぶようになったという。伊勢国三重郡の地である。
また、『播磨国風土記』、賀毛郡の三重里について次のような由来が記載されている。
「賀毛郡三重の里。土は中の中。三重と云ふ所以は、昔、一女在りき。タカムナを抜きて、布以て裹み食らふに、三重に居てえ起立たざりき。故れ、三重と曰ふ。」この地のタケノコを食べて体が三重に曲がり立ち上がれなかったという。ここは東隣の滝野町には穂積がある。但馬にも若狭にも三重はあるが、古い記録はない。
伊勢と播磨は離れていて、どちらかが真似したとも思えないし、地名説話の思いつきが、普通なら思い付きもしないものであるし、しかも両者がかくも偶然に一致し過ぎたということもないように思われる、何か実際のそうした過去が語り継がれていたのではとも思われるのだが、もしこうしたことが起こるとすれば、それは何かその地に公害、重金属があるということではなかろうか。日本では、公害が避けられるようになり幸いにも体が三重に曲がった悲惨な人は見なくなったが、頭や心が三重に九重に曲がったのはゴロゴロいる、まともでシャンとした人を探すのに苦労するくらいであるが、自分でも周囲も気がついてないようだが、気の毒に日本の悪しき社会制度公害の深刻な犠牲者たちかも…
若草山に木が生えないのは大仏造立で使った水銀だ、平城京が棄てられたのはこのためだとか、近くは水俣病、これも水銀である、最も近くは「想定外でした」のレベル7放射能汚染、そんなわずか千年単位の自然の動きも想定できなかった超低脳どもに10万年間の放射性廃棄物の安全な管理ができるのか、100パーセント以上に決してありえない話であることは子供でもわかる、この国は狂っていると誰もが感じたことであろう。
丹後三重には何か鉱山があって重金属公害があった地であったかも知れない、ウラン鉱石の地でもあり、あるいは放射能汚染だったかも知れない、下流の丹後王国はそれによって滅びた、といった超意外な歴史が隠されていたかも…。
歴史は繰り返して、超愚かにも想定外でしたと、原発を大爆発させて、人類は地球を棄てなければならなくなるのかも、あるいはそんな歴史の先例となるのかも知れない三重である。
なお『丹後半島の旅』(澤潔著)は、少し北になる明田について、
〈明田南方に入(にゅう)谷がある。「ニフ」・「ニウ」には、入り込んだ谷の外に赤土の意がある。また「ニュウ」は丹生で水銀の意であり、徳川時代五十河を含めたこのあたり一円の土地が久美浜天領であり、年貢の三割を米の代りに銀納していたことからも、入谷が水銀産地であった可能性もある。〉
明田には確かに入谷の小字がある、付け足せば明田は赤田であった可能性もある、水銀朱の赤い処の意味かも知れない。水銀汚染で体が三重に曲がった地であったかも知れないような話になってきて、古い伝説もまんざら荒唐無稽と切り捨ててしまうこともできないのである。

ちなみに、
さらに