宮津エコツアー · みんなが持ち寄る豆知識

みんなが持ち寄る豆知識

植物・動物、スポット案内に加え、歴史・生活文化など地域の人しか知らないレアな情報まで

2012/09/03
葛の葉、

この穴をあけたのはだれ?

「はーい、ボク!美味しいよ」


カメムシくんか、名前はなんて言うの?
「わかんない」」
笹、(ちまきザサ)

この穴開けたの誰?
あんた?

「私は休んでいるだけ、」
あんたサト(ヤマ?)キマダラヒカゲっていうんなまえだったっけ、
「そうよ」
あなたのこどもじゃない?
「うちの子は、そんな食べ方しませんよ!」
さて、では、何方のおしごとなのか、チョウ屋さんによると、「蛾の仲間(ホソハマキモドキガ科)の幼虫が作った食痕」。つまり、 笹の新梢、葉がまだ何重かに巻いて重なっている部分の葉を食べた痕が、葉の成長とともに広がり、連続した穴になるということ。ミシン目とか、にたとえられます。中には、弾痕などを連想する向きもあります。でも、若い人にミシンとか、機銃掃射とか、わかりますかねえ。

2012/08/29
白花かあ、いまいちなんだねえ、効き目が!


赤花かあこいつはいまいちなんだねえ 効き目が!


ゲンノショウコ買い付け業者は、使い分けて買いたたくそうです。
世屋では、それが通じません。どちらも咲いています。
ちなみに、畦道の草ゲンノショウコは、フウロソウ科。ドクダミとセンブリとともに、日本の三大薬草。「いしゃいらず」「たちまちぐさ」などの異名も、整腸生薬としての優秀さを物語っています。」

2012/08/26
「皮から採れるノリで漉(す)く和紙は高級なんだそうですね。幹の髄は中空となっています、ので、ノリウツギ。大きい花びら四枚のは、虫寄せの飾りバナ、分布は、東アジア。北海道で「サビタ」というのがこれです。


「ノリウツギの花が無くなるまで帰るな」
和歌山県南部の山間部のある地域ではそういって親は娘を嫁に出すそうです。 どうしてかご存じのかたございますか。


アジサイ科ともユキノシタ科ともいわれます。

これは新エングラー体系とかクロンキスト体系とか、分類体系によるんだそうです。」

2012/08/26
モンシロチョウがオトコエシを訪れたのは、「白さ比べ」のため。(まあそうしておきましょうよ)


モンキチョウがオミナエシを訪れたのも「黄色さ」比べのためだったのですから。


ちなみに荒れた乾いた生育環境にも耐えられるタフさを持っているのは、オトコエシのようです。茎も丈夫で毛が生えているときたらどう考えても「おとこ」です。一方人なつっこいのがオミナエシ、華奢ですらっとしてどことなく色気を漂わせる、こちらは「おんな」。

では、「えし」とは?「めし飯」という説があります。米の飯のようだ、こちらは粟の飯のようだ。この辺から話がややこしくなります!米の飯は男が食って、粟の飯はおんなが食う!どう思います、許容範囲を越えるという向きのかたは、こういう話があります。「えし」を 茨城では、「おまえ・あんた」というそうです。これが古語だとしてあてはめたら、「おとこのひと」「おんなのひと」ということになります。

2012/08/24
クレープというフランス語があるそうです。スペルは、crêpe。意味は「  細かな縮みじわをつけた薄手の織物」つまり、 縮緬(ちりめん)のこと。
さて、この「クレープ」を冠した花が今満開。それがこれ、

サルスベリ。花弁の縮れ方がちりめんのようなので、英語では、 Crape myrtle (ギンバイカ)。

江戸時代に、中国南方から入ってきたものとされています。その頃は「百日紅」とかいて、ヒャクジツコウといっていたのでしょう

お寺やお墓にも多く植栽され、水上文学では、象徴的なシーンを彩ります。

さて、この花、いまは、「百日紅」とかいても、さるすべりと読ませます。「猿滑り」

といったって、木の生長に伴い、表皮のコルク層がはがれるだけで、実際それで滑るほどみっともない猿がいるわけでもありません。もしいたら、猿の面汚し、かざかみにもおけねえ、とつまはじきされてしまいます。
丹後では、「ちりめん花」と読んではどうですか!せっかく炎天下似咲き誇っているのです、地場産業振興に一役かっていただきましょうよ。

2012/08/23
生育するのは、人家の近くの里山付近。

有毒植物であったり、葉がなかったり、古くに中国方面からやってきたものとされるなどヒガンバナヒガンバナとよく似ています。リコリス!キツネノカミソリなどと共にヒガンバナ科です。


また、花茎と花だけ、葉がないところはウバユリと一緒。そこで、こちらを「裸百合」とよぶ地方もあるそうです。

ウバユリはともかく、Sさん、何とも色っぽい名前じゃないですか。余計なものはみんな脱ぎ捨てているっていうのですよ。

 

2012/08/21
ま、とにかく沿道にはよく目立ちます。からすざんしょ ねむ、あかめがしわ、やしゃぶし クサギ。かっては、「はげ縛り」。最近では、パイオニア植物と呼ばれます。地滑り、山火事などでできた新しい裸地にいち早く進出し、自然が森林へ戻る条件を作ってくれるたくましい樹木たちです。道路開設、耕作放棄など人為的自然破壊にも対応してくれています。
八月中旬からこれに加わって花が目立つのがタラノキ。

この木は、人との関わり方の深さでは、他の禿げ縛りとはちょっともソットも違うようです。

美味い、滋養がある、薬用成分を含んでいる、食用、薬用の面から飛び抜けているのです。

糖尿、腎臓、胃癌も効くなどと宣伝されました。獣にも人にも見つけられたら最後、よってたかって採取される、刺の鋭さは、その防衛のためかもしれません。サンネンウヅキと呼んで、扱いに注意を払いました。


ちなみに、 植物研究家の和泉晃一さんは、タラの語源を此の刺に注目して、 手を傷つける、手を荒らす、そこで、「手荒らし」の木。それが二重母音を避けたり、末尾が脱落して「たら」に変化したという説を唱えていらっしゃいます。

2012/08/19
丹後各地の地名について考察した書澤潔さんの『探訪 丹後半島の旅 地名語源とその歴史伝承を尋ねて』(文理閣)は丹念に足を運んでの考察だけに、その説得力は大変なものです。
澤さんは、「世屋」について、次のように述べています。「世屋とは、狭谷(せや)のことである。宮津湾にそった日置から、文字通り狭い谷を遡ると、下世屋、松尾、上世屋と秘境が続く」と。


多少疑問はあります。狭い谷というのは、龍渓の特徴であってもせや全体の特徴ではない。世屋の特徴は高原ではないか。狭い谷を遡った順が、下世屋、松尾、上世屋というのもおかしい。上世屋や木子の人たちが、宮津へ出るのに逆のコースをいったかというと、それは最近のこと、大正年間までは駒倉へでて、内山へ行き、五十河、岩滝経由でいきました。で

下世屋・畑・松尾・駒倉・木子などの里の人たち全体を納得させる力がない!けれども、そこは澤先生。反論の根拠がありません。今日まで、そう信じていました。
しかし、この景観をみて、ちょっとまてよと思い始めています。


縦貫林道成相線から天の橋立左側を見たものです。

説明してみます。左の付け根には、元丹後の国府・府中。背後に緩やかな角度でつながっている山が世屋の山々。
この景観に込められた歴史的な位置関係に語源があるのではないかと。
上世屋の立村は704年真応上人による観音様の発見がきっかけとされています。
704年というと、律令制度の完成期に当たっています。
日本史上最初の戸籍とされる庚午年籍が作成されたのが、670年頃。その戸籍をもとに、
1.豪族らの私有地を廃止すること
2.中央による統一的な地方統治制度を創設すること
3.戸籍・計帳・班田収授法を制定すること
4.租税制度を編成すること
などが整備され、その本格的律令法典として登場したのが、701年に制定・施行された大宝律令。
府中には、その律令に基づき国司が政務を執る令制国の中心地・国府のあったところ。
741年(天平13年)、には、僧20人をおく国分寺建立の詔が出されています。
「せや」という地名は、戸籍・計帳・班田収授法を制定する過程で生まれたのではないだろうか、という思いつきです。この国府に関係した役人が世屋という名を命名したと仮定すれば、国府の背後の山の里、という意味で、背後の山、つまり背の山、せのやま、のとまを省いて、せや。
地名には縁起のいい意味の漢字を当てよという号令が和銅年間に出されています。そこで、せは背でなく世、やは山でなく屋。こうして今の「世屋」が誕生!

こう考えたのですが、とお伺いをすべき先生は、もういらっしゃらない。

ちなみにこの景観は、丹後一宮から丹後二ノ宮へ辿る大内峠付近から見ることができます。

ここは、与謝野鉄幹氏も訪れ、そのさい詠まれたの歌の碑が建っています。


楽しみは大内峠にきはまりぬ
まろき入り江とひとすじの松

 

 

2012/08/18
Mさんが大切に育てているのは、キャベツ。


(↑ 2011,4.14)

大きくなりました、けれど、、、?

(↑ 2011,7.9)

こんなにしてしまったのは、モンシロチョウくん あんたか、


(シロウマアサツキの蜜を吸う)

私じゃないわ
じゃあ、モンキチョウ君  あんたか、


めっそうもない、、、、!
どちらかが嘘をついています。さて、犯人は、モンシロチョウです!
キャベツはアブラナの仲間です。菜の花もそうです。アブラナを食草にするのは、モンシロチョウ。
一方、モンキチョウの幼虫の食べるのはマメ科の植物。クローバーや合歓、クサネムなど。

どちらも同じ「、チョウ目(鱗翅目)アゲハチョウ上科シロチョウ科」。けれども、幼虫の食べ物は全く違うのです。進化の過程で、環境に適応するためにそれぞれが身につけた知恵です
モンシロチョウくん、

Mさんは怒ってないよ、農薬も撒かないよ、農薬と放射能は洗っても落ちない、けれど、泥と青虫のウンチは洗えば落ちる、って。

今日、世屋・松尾の溝口さんから明るい声で電話がありました。

「松尾の一本桜がもう咲きそうだよ!」

「今年は鳥にやられずにすんだから、去年みたいなことはないわ。あと1週間くらいで見頃になるからガイドさんたちに伝えて。」

そう。去年は大雪で食べ物がなくなった鳥たちが一本桜の蕾をことごとく食べてしまい、多くの人をがっかりさせました。

今年はリベンジですね。

ちなみにこの松尾一本桜。溝口さんが30数年前、ご家族の記念にと植えられたもの。

海まで続くかに見える16町歩の棚田のまん中に毎年華やかな花を咲かせます。多くのカメラマンが訪れる名所となっており、市役所にも「いつ頃咲きますか?」という問合せをたくさんいただきますよ。

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