2013/05/30
エゴの木の下にいると、花の雪が降るようです。と思いながら見ていると、ウグイスが鳴きました。
「ウグイスや 花の雪降る 木陰から」
エゴ落花 笹に載りたり 「ハナイカダ!」
世屋・高山ガイド部会の活動ブログ
2013/05/29
♪ 真っ赤だなまっかだな つつじのはながまっかだな!とうたいたくなる「やまつつじ」通称アカバナ。
このやまつつじ、6月のウオーク&イートで、対馬シェフに「勝負」してもらいます!
日本の野生ツツジでは分布域がもっとも広い日本の野生ツツジの代表種。生育地が、「 低山地の疎林内、林縁、日当たりのよい尾根筋、草原」つまり、里山、おまけに花は食べられるので、多くの思い出を詰めた日本人の心に咲く花だと思います(^.^)。
例えば、、、、、、これ。
|しずえばあちゃんの回想録 “We Can Do It !” ・・・・・・ 田舎の雑木林の下草として、オレンジの花が若葉色に混じって咲き始める。 この頃になると友達とわくわくしながら「ツツジ狩り」に出かけた。 ツツジの枝は、先端にすっと一本だけ伸びて、その先に数輪の花をグチッと付ける。 その葉の付いていない真っ直ぐな枝を折って、それにヤマツツジの花をちぎって差し込んでいく。 ツツジの花は合弁花でラッパ状である。 花の根元をすっと引っ張ると、めしべやおしべはがくにくっついたまま枝に残り、 花びらだけが抜ける。それを串差しにして摘んでいくのだ。 これを何にするのか?首飾りか?違う。 食べるのだ!かぶりつくのだ! おいしいのだ!ほのかに甘く、ほのかに酸っぱい。
誰が教えてくれたのか、きっと兄だったように思うが、「ヤマツツジ」は食べられる。 これは私たちにとっては魅力的だった。 大量に食べるわけではないが、雑木林の道端に入り込んで、花摘みをする。 ちょっと少女っぽくって、お遊びっぽくって、冒険っぽくって、 桜が終わったあとのちょっとしたイベントだった。 ・・・・・・・・・ameblo.jp/shizuegrandma/entry-11526039742.html
、、、、、この通りです。
2013/05/28
近畿・東海も梅雨入りとのこと。
エゴの木に産んでいました。池にせりだしたの梢から「かっかっかっかっか」とせわしない鳴き声が聞こえてきます。メスに木登りを促す鳴き方です。 モリアオガエルは、産卵するときも、オタマジャクシが水に落ちる時も梅雨が必要なのです。 今週は4,モリ青ウイーク! 晴れが続き、様子を見ていた彼らもこれから一斉に産卵を始めます。
水面を覆っているのは、オヒルムシロ。
関西以西では稀、東日本に多いとされているようです。兵庫県では、絶滅危惧一類。
[万葉名:たはみづら(多波美豆良)]とされているのが、 ヒルムシロとのこと。
あわをろの峯ろ田に生はる多波美蔓(たはみづら) ひかばぬるぬる 吾を言な絶え
「安波の峰の岡の斜面に作った田に茂っているたはみづらのように、引けば素直に私の方に寄って来て、仲を絶やさないようにしてくれよ」
作者不詳 巻十-3501
※ ところで、このヒルムシロ、土産しそうに見えます。食べられるかどうか、研究されている方がありましたら、教えてください。
2013/05/28
「鍋淵」を案内できるか。 橋立ワイナリーのKさんからの突然の紹介でした!
訪ねたいとおっしゃる方は、羽衣伝説を伝える弥栄町舟木は奈具神社の氏子総代をなさっている坪倉さん。
25日、ご案内しました。年83、けれどもしっかりと急坂を降りる足取りは年を感じさせませんでした。
羽衣と鍋淵?!わからないながら、道々話しを伺っていると、こういうことでした。
きっかけは、聖大神(ひじりのおおかみ)を祀る大阪の聖神社の神官様より、丹後の長谷や味土野にあった聖神社は今どうなっているか調べてほしいとの依頼を受けたこと。
尋ね歩いたところ、それは今は 上野にある6社神社にあると言うことが判明した。
さて、それはそれ、一件落着のところ、この神社はもともと四社だった、二社は新しくくわわったもので、木子から流されてきた神さんであるということだ。たんかふしには木子の鍋淵から流れてきたとある。その鍋淵をみたいものだと思いが膨らんでいた、とおっしゃるのです。
聞き及んでいたとおりの丹後の秘境だ、 エベレストに挑戦した三浦雄一郎さんじゃないが、思い立ってよかったと喜んでもらえました。
わたしも流れていったというのはきいていました。木子のなべ淵についてあらためて、古志を見ると、こういう記述があります。
「元より一向専念の宗門なれば其宗意に従ひて古より祭り来る氏神の社をも毀たんとす、中には社は毀つべからずといふものあり、論議二途に分れて決しがたく遂に其霊験を試みんとて神体と名號を流に投ず(此處をなべ淵といふ岩に名號を刻して村人毎に礼拝す)然るに其名號は水流に遡り独り神体のみ流れ下る、」
この先が問題です!
「竹野郡宇川の庄に元四社大明神あり、其別当深蟻といふもの二社の神体川に流る(木子駒倉の川宇川の庄に流る)を拾ひて四社大明神に合せ祭る、今上野に在る六社大明神是なり、事は承永三年九月朔日にあり即ち六社大明神の祭日なり。」
(↑ 丹後町上野 六社神社)
確かに、木子駒倉の神さんは宇川を降っていらっしゃいます。 宗教対立に破れ、村を去った人たちがあり、その人たちは、縁戚を頼って宇川の里に移り里を拓いたということなのでしょうか。
それにしても、流れていった先から訪ねてこられた方は初めてです。あらためて丹後は海から山まで一つにつながっている、蛇が尻尾も頭も別でなく一体であるように、川も、海につながる河口も空につながる源流も一体なのだと、認識をあらたにさせてもらいました。 また、聖神社というのは渡来氏族の信太首(しのだのおびとの祭社、探鉱の技術を持っていて、元号を和銅に変えた銅鉱脈を発見したのも彼らだった、彼らが動いたのは慶雲年間の事だといいます。この慶雲は、上世屋が開かれたとされる年代です。妙に生々しく歴史が妙に生々しく動き始めてきた感じがしました。
労作「丹後の聖神社の今を訪ねて」の探訪記をいただいています。興味のある方、お分けさせていただきます。ご連絡ください。