みちのくフクジュソウ
ヒメザゼンソウ
共通すること二つ
一つめ。
成育地、産地が限られている稀少種だと言うこと。
どちらも、京都府は、「絶滅寸前種」に指定して保護保全をはかっています。
二つめ。
おいしそうなこと。
が シカやウサギが食べていません。
ということは、どちらも毒をもっている!
戦国時代、敵対勢力に毒を盛って、、という話が各地で伝えられていますが、丹後でも、そんな話があります。
そんな際のリストに挙げられていたのかもしれません。
世屋・高山ガイド部会の活動ブログ
光に力が戻ってきました。
3月1日は、高校の卒業式。
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若者よ 夢を描け 夢を播け
若者の食べ物は 夢ぞ
若者よ 夢を食って走れ
人生は 100m
2時間10分で走ればいい
ただし 気持ちはいつも9秒9
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こんな祝辞が山の上からも、旅立つ若者たちに贈られていました!
さて、
2月新型ウィルス 逃げる
3月コロナ病苦 去る
ばんざぁい、、、!
この3月4月のうちに、丹後を「旅立つ」若者たちのためにも、現下のパンデミックをこくふくしたいものです。
そのためにも、中途半端なことをしないで、科学医学の見地からの対策を徹底することが大切だとおもうのですが、どうなんでしょうか。
「春に至れば人間万物鮮やかなり」
(上世屋 フクジュソウ 2/22)
春、「春」は、意味し意味を組み合わせた会意文字なんだそうですね。
「甲骨文字の左辺は上下に分かれ、「木」の二つの部分である。木の中間に「日」があり、太陽が昇ることを表している。字の右辺は「屯」であり、潜り込んだ根が発芽することを表している。」
『この漢字を、「はる」と読むことにしようと思うが、皆々様、よろしゅうごさいますか?』
~もうすこし説明いただけますかな!~
(ネコヤナギ 五十河 2/21)
『私どもの国では、草木の芽が膨らむのも「張る(はる)」。田畑を耕すのも「墾る(はる)」、天気がよくなるのも「晴る(はる)」と申します』
(ウメ 日置 2/22)
~よろしかろう「春」を「はる」と読むということ、同意致します~。
さて、環境まるごとの変化を「春」ということなら、
圧倒的な丹後の春のお奨めは、伊根の奥、寺領の紅梅。
雪止みて、里駆け回る ドラえもん (せやのぶそん)
さて、ドラえもんに 世屋・野間・美土野の里はどこ?と尋ねたら、正面の雪山の向こうだと教えてくれました。
案内してあげようとタケコプターで連れて行ってくれたのは、美土野の里。
ねえ、どらえもん、この看板に書いてあること、本当なの!
玉さんとこの美土野には、どんなラインがあったのか、ほんとうのとこをしりたいんだ、あんたのどこでもドアで、つれていってもらえないかなあ!
いいよ、、、、、!
ということで、連れて行ってくれた天正10年(1582年)6月13日(西暦7月2日)。
そこには、伝えられていることとは違うことが、、、、。
、、、、、、、、、、、、、、、
がんばれよ、埼玉のおいぼれカエルさん!
丹後のよぼよぼカエルより。
五十河の里の民家の庭先に咲いたフクジュソウ。
「まあ、あんた天気予報をみならなんだだきゃあな」という声が聞こえてきそうです。
今晩から大雪になるいうとるでぇ、と。
おっしゃるとおり、天気予報通りの強い寒波がきています、
さて、植物が、自分の開花ホルモンを出すタイミングを測るのは日照時間。寒暖積雪などを目安にしているのではないのだそうです。
フクジュソウが春の彼岸花と呼ばれる所以です。
信じませんよ、光秀さんが生きている、なんて。
『兼見卿記』 『公卿補任』 『言経卿記』 『多聞院日記』『華頂要略』など、公家さんたちの日記に、本能寺事件は記されているということ。
なかでも、生々しいのは、『言経卿記』。ここには、光秀は醍醐の辺りに潜んでいるところを郷人が討ち取って、首を本能寺に献上した。6月17日、光秀の家臣・斎藤利三は近江堅田(滋賀県大津市)に潜んでいるところを探し出され、京都市中に乗り物で移動し、六条河原で斬られた。
7月2日には、、光秀と利三の首は胴体と接続させて、京都粟田口で磔にされたという。そのほか光秀方の将兵の3000余の首については、首塚を築いたと。
光秀さん生存説は「妄説」。亡くなっているのです、、
けれども、「麒麟」は死んではいない、もうすこしいえば、
光秀さんの体からは離れたけれども、ということでしょうか。、
「みつひでさまをおまもりするようにといえやすさまから」
『麒麟』様が次に付くのは、いえやすさま、というメッセージ。
池端さんの脚本の元に、役者照明音楽道具衣装すべてのスタッフいったいとなった仕事に、ブラボー!ブラボー!
麒麟は不滅なのです、なぜなら、麒麟は「希望」なのだから。
希望を持つ限り、麒麟は生きていて、私たちのそばにいる。
ひょっとして、光秀さんもその側にいらっしゃるのかもしれない、、、、、
信長のような人、世界中にいっぱいいるじゃないですか
その陰で涙を流している人たちを押さえつけるような体制もつづいていて、戦争も紛争もたえないじゃないですか。
けれども、若者たちは向かうのは希望の光の差す方向。
そんな彼らのために、「光秀さんは、殺してはいけない、うらぎりものとして、檻に閉じこめてはいけない、光秀さんは、いきていて、野に放たれた、それは、希望に向かって歩む者への応援歌、それが、大河の役目だろう、、、と思いますから。

さて、丹後半島ガラシャロマン学の立場からは、生きていて欲しい。なので、芦田まなさんの演じる玉さんのういういしい健康なイメージと重なって、哀しみの中にほわぁぁっと温かみのあるエンディングはたいへんよかった。
、、では、生かしたのはだれか、その黒幕は、、、朝廷であり、細川さん、あなたではありませんか。

光秀を救え、、、当面の敵は信長打倒、光秀には不安がある。保険を秀吉にばかりかけていては危うい、徳川殿も恐るべし、局面を藤井そうた八段のように読み切ったうえ、光秀生かすべし、極秘裏に動いたのです。
しかも、その場所は、丹波の山奥に、、、
ではないだろう、都に近すぎる
玉とともに、自らの国・丹後は与謝郡の山奥、味土野に隠したのです
根拠は!
味土野には、城が二つといいます。
女城と男城です。不思議がられています。男城には警護の侍が詰めていたと説明は、不自然、離れすぎていると。城というかぎり、城主と目される格式の男がいると考えていい。
女城の城主は、玉。男城の城主は、光秀、、、、、、、。この功績により、細川家は、今日までキングメーカーとして、続くことになった。
ね、、、、■◆■さん

光秀丹後の味土野潜伏の事実は、歴史家によって、完璧に拭き取られたのです。
(ひていできませんね、ほそかわけならやりかねない、まあ一次資料をさがしましょう)光秀丹後の味土野潜伏の事実を、完璧に拭き取り、
明智光秀公辞世句
「心しらぬ人は何とも言はばいへ 身をも惜まじ名をも惜まじ」
「順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元」
順序正しい道もそれに逆らった道も、同じ一本道に変わりはない。
(明智軍記)
などと、光秀さんの言いもしなかった歌を捏造し、真実をゆがめたのは後世の歴史家たちなのです。

あらためて、麒麟が来るの光秀さんから、、世を平らかに!そして、和やかに!
青を衝けのえいいっつぁんに送られたメッセージ、楽しみたいですね。