2012/10/24
「こっち見とるモンがいるぞ、なにしてるんやろ ちょっと見てきてくれんかえ」
「なに、わし描いてるってか、あっちにあるやろ、ええのが。なんであっち描かんの?」
このうちを見てると、ごくろうさま ありがとうとおもえるんです、、、人がつくれないものというか風雪に耐えてるじゃないですか、あっちはなんかつくったものっぽいから!そんな話をしとんなったで。
「そうか、そうなら、わしまだ建っとらなあかんな」
「なんなら、わしをアートしてくれるモンおったら、まかせるけど、おらんかいな」
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『解説』
世屋の民家を描くこの人たちの視線の先は、崩壊寸前の廃屋。左には、新しい笹葺き民家。
なぜ新しい民家をかかれないんですか?不思議に思って尋ねました。
そうしたら、「風雪に耐える姿は人には作れないものだから」と。
廃屋といっても、その撤去は所有者責任で、周りからどうこうすることのできないのが現実。
しかし、絵は、心と心のふれあいで描くもの。里にとってマイナスイメージ、と肩身の狭い思いをしながら風雨にさらされている民家が、「にこっ」とした気がしました。
絵を描く人たちのソバの家の縁側で、豆選りをしていたKさん。
自分の畑の里芋が描かれているのを見ながら、
この畑で作ったものは何でも美味しい、気候や土、肥料、三拍子そろっている、と解説。今選っている小豆をもってきて、「まあ帰ってぜんざいにしてみなれ」
、、、、ついでに、そっと付け加えました。そのぜんざいにはここで作った粟餅を入れるといいこと、橋立ワイナリーで買えること。
もひとつついでに、 「わし、アートしてくれるもんおらんかえ!」と廃屋がいっとりますけど、、、と。