春は曙の『枕草子』、十一段から二十段までは、山、市、峰、原、淵、海、陵、渡り、太刀、家とテーマは設定するものの説明なしの回答の羅列。
そのなかで、十六段、海の稿は、こうです
「海は水うみ。与謝の海。かはふちの海 伊勢の海。」
単語の羅列そのものなので 現代語訳のしようがない!しいてやるなら、海はみずうみ、つまり琵琶湖。与謝の海。これは今の丹後地方宮津市与謝野町にまたがる。かはふち、これは淀川川口の海とかかわち河内の海とも、伊勢の海は、三重県の海。
海産物などの豊富さ旨さなのか、伝承なのか、景観なのか、宮廷では、おしゃべりが弾んだことでしょう、けれどそういうことは一切記録無し。
それぞれの海自身も、四つの海の一つに選抜されたことについては名誉なことなのだけれどなぜ私が?と戸惑っているのでしょう。
言葉と言葉のあいだの空白の部分のおしゃべりを耳を澄まして聞くしかないのですね(^.^)
とうの清少納言さん、じつはそれを計算してのことかも。後世の読者への作文教材につかえるようにと。
ということなら、やってみましょうか。中宮様の問いかけにたいするお応え集というのか゛枕草紙。問いかけにあたるお題か゛たてば、「笑点」のようにスイスイのはず。
たとえば、海水浴。
中宮様いわく、毎日あついことです、清よ、水浴びがしたい、どこがいいかのぅ?
「海は水うみ。与謝の海。かはふちの海 伊勢の海。」!
あるいは、食べ物。
中宮様か゛お尋ねなりました、清よ、美味しい貝や魚をたべにいきたい、と゛こがいいかのう?
「海は水うみ。与謝の海。かはふちの海 伊勢の海。」!
また、リフレッシュ。
中宮様か゛いつになくしずんだようす。いかがなされました、と尋ねると宮中くらしはつかれる、ひろいけしきをみてのびのびしたいものじゃとおっしゃったので、海を見にまいられたらいかがて゛しょう、それはいい、でどこが?と問われたので「海は水うみ。与謝の海。かはふちの海 伊勢の海。」!よっつを推薦いたしました。
、、、、いかがでしょう、清少納言様!
ということなら、このお客さんたちのなかに、中宮様と清少納言さんが、紛れていらっしゃるかも。
ただ、清さん、当時、宮津市与謝野町伊根町をまとめて与謝郡としていたので、そこの海という意味では外れてはいないのですが、「ここより東の海を与謝の海と云ひ、西の海を阿蘇の海と云ふ。」と「丹後国風土記」逸文ではわけてはおりますよ!、、あらそう(^.^)。