宮津エコツアー · 天下の反逆者の娘の逃避行路

天下の反逆者の娘の逃避行路

ほほーがらしゃさんは!

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「元気な里日置会議」さんの看板です。

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「細川ガラシャ」さんのことなら金田マリ さんという方が歌っておいでるんですって。

この歌、ユーチューブで視聴できます、こんなうたてす。
♪散りぬべき時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ
移り変わりは世の常なれど 光秀の謀反に声も無し
我が子と別離 身を隠す 丹後奥山味土野の里の
花無き峰に呼子鳥
(詩吟 細川玉子 源八岳 作)
群雄覇を争いし 戦国の季 人心頽廃して 節義無し
斯くの時敢然信仰に生き 殉節の血は染む 浪速の地
篤き信仰十字架胸に 命ささげて 義を守る
苦難の道を凜として 生きた証しをこの世に遺し 細川ガラシャ ちりてゆく
詩 山田美楓 曲 猪俣義周
呼子鳥とは、直訳すれば、人に呼びかけるように鳴く鳥ですが、鳥の種類については、カッコウだ、いやいやウグイスだ・ホトトギスだ・ツツドリだ、ヒヨドリだ、いやいやさにあらずサルでござるぞ、と各説とびかっています。あのとりは私になにかようでもあるかのようにないていますわね、と感じたらなんでも呼子鳥、聞き手の主観にゆだねられている範囲がおおいようです。


金田版細川か゛らしゃ、現在回数746回、応援してあげましょうよ(^.^)

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さて、か゛らしゃ話で忘れてならないのが、伊崎義明さんの『戦国哀史・花無き峰』(昭和52年刊)。話では、謀反人の娘となった妻を夜陰に乗じ逃したのは忠興の独自の判断、しかも極秘で実行。その際に玉に付けたのは二人のみ、一人は侍女霜、実は信長から玉を通して光秀を見張るように命じられた女忍者、一人は弓の木城ただ一人の生き残り鉄砲の名手稲富伊賀守祐直(すけなお)、目指すは野間の庄の山奥、霜ゆかりの地、忠興からの密命を帯びた二人にまもられたお玉さんをのせた手こぎ舟は宮津を発ったあと文珠の切れ戸から内海にはいって、府中の中村という浜に立ち寄ったことになっていて、その後どのコースをどれくらいかけて味土野に辿りついたかは、触れてらっしゃいません。「伊賀守たち三人が、野間の庄の行者山に近い高雄山の中腹にある山毛欅の森の炭焼き小屋に辿りついたのは、幾日目であったろうか。」とされているのみ。

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『戦国哀史・花無き峰』は、戦国のさまざまな謎に果敢に挑戦して、見事に仮説をたてておられて名作です、稲富祐直を主人公においた松本清張の「火の縄」と比べよむと、ローカルな視点とメジャーの視点との違いが際立ち、見解や設定もことなり、おもしろさが増すかもしれません。

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その味土野は、正面丹後アルプスの稜線左、なだらかにくだった奥にあります。考えて見れば、逃避行に足跡が残るはずはないのです、、、、逃避行の一行は日置浜に上陸、世屋から野間コースをたどった、という説、そのさいこの沿道の里里の だれか゛どういう援助をしたかもひそかにかつ具体的につたわっていて説得力はありますよ。また、修験者の庇護家て゛もあった細川家は、修験者にゆだね、丹後の行者山いまの金剛童子山へ向かわせたということですよといまの、ほそかわさんの奥さんのお話もあるそうです。

細川家の謀略にかかってほろぼされた一色家の残党の怨念のきえやらぬ丹後の地、宮津から味土野までの天下の反逆者の娘の逃避行、そこだけにかき゛ってどなたか小説仕立てでえがくことに挑戦してくださいませんか。

ちなみに、緊急極秘脱出行のさいの味土野へのルートについて、伊崎さんは、内海府中から姿をけしたかたちにしておられますが、状況がおちついてからは、細川家として隠棲生活を保護するようになり、宮津から海路日置、そして陸路世屋路て必要な物資の搬入をおこなったとかいておられます。

 

 

 

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