宮津エコツアー · かての木・糧の木=タニウツギと石川理紀之助さん

かての木・糧の木=タニウツギと石川理紀之助さん

5月、緑いや増す世屋谷の彩りは紫と桜色。
紫は藤

038ふじ

自然の成り行き任せになっている、その事情は置いておいて、さながら藤天国。

033藤

各地の藤の名所が新聞を賑わしますが、世屋谷の藤のスケールや、アクロバティックさには遠く及びませんよ。

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一方、桜色のタニウツギ。

032さくら

この花は、 里山の暮らしの日常との接点が多く、地方名もたくさん伝わっています。
「田植え花」 農事作業暦
「かじばな」火事花 燃える炎のような明るい色ではなく、幹が空洞なので、よく燃えるけれと゛爆ぜて火の粉が飛び散るのです、

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火事の原因になると、いろりには厳禁とされていました。
「かてのき」糧の木 飢饉へのそなえです。その方法、『葉をこきて其の儘干し臼にて細にすべし、 暫時水に入れ蒸して干し上げ、二重俵に入れて火棚の上にをくときは幾十年も味かわらざるなり、又食するには干しあげたるを煮出して絞り、炊きたる飯の上にあてうらすべし』。こう説いたのは明治時代の秋田県の農村指導者で、石川理紀之助さん。かれは、毎朝掛け板を叩いて村民の起床を促したといいます。それが、毎朝3時

こんなエピソードが伝わっています。
「吹雪の朝、理紀之助がいつものように午前3時に打ち終えて、雪まみれになって家に入ると、妻が言った。「このような吹雪の朝に、掛け板を打っても誰にも聞こえないし、ましてやこの寒さでは、誰も起きて仕事をしようとはしないでしょう」と。
理紀之助は答える。
そうかも知れないが、私はこの村の人々のためだけにやっているのではない。ここから500里離れたところの人々にも、また500年後に生まれる人々にも聞こえるように打っているのだ。」※美の国あきたネット

「世にまだ、生まれぬ人の耳にまで/響き届けよ、掛け板の音」石川理紀之助

、、、、、、日本はすごい国です、、、

056金さん

ところで、この石川理紀之助さんの、二宮金次郎さんにまさるともおとらない農村再生にかけた生涯、マスコミではまだ見たことありません、 NHKクロ現や歴史ヒストリアなどで取り上げたらどうですか、地域家庭学校企業のいまを変えるものが彼のせなかからみえるかもしれませんよ。

 

かい

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