「大宮の民話」所収の 『ひいふ谷の山桜』の話は、こう始まる
「新宮の奥に、ひいふの谷いう所があるが、そこに、なんでもむかし、大きな桜の木があったげな。その桜は、宮津の町からでもよう見えたということだが、宮津の殿様は毎年お城から花見をしとったそうな。」
新宮は、今の京丹後市大宮町。ひいふの谷から、宮津の御城下が見えるかが問題だが、新宮は、鼓ヶ岳を境にして成相寺の裏手に当たる。鼓ヶ岳の稜線に生育していたとすれば、宮津の殿様が毎年お城から花見をしとったというのは、あり得る噺だ。
話は、こう続く。
ところがある年、一向に花が咲かん。それで家来をやって、調べさせたところ、なんと花が咲かんはずだった。その木をえぐり取って、木地わん作りが住みついとって、仕事をしとったそうな。その一の枝でつくった立臼が、つい、ひとむかしまで、茂さん家にあったそうだが、あんまり重たいので、つづみ形にしてあったということだ。その枝でつくった不精盆いうのが、あっちやこっちやに残っとるという話だ。
(大宮町教育委員会1991年)
「立臼が一の枝でつくれた」そりゃあどれだけ大きい木だだったろうなあと座は盛り上がったのだろう。
井上喜一郎さんのお話だ。
さて、この話、今の人たちはにわかには信じないかもしれない、しかし、大げさなホラ噺と違うぞとい山山桜が上世屋に咲いています。
化石燃料が木や炭に置き換わって、山村の暮らしが変わり、獣害被害も厳しい。「田園まさに荒れなんとほっす」、人は守勢一方の現実が進行しています。しかし、それでも、世屋川流域全体には海岸から内陸の村々を経て分水嶺をなす稜線にかけ、シイノキ、タブノキ、カツラ、トチノキ、イタヤカエデ、ホオノキなど気候帯にふさわしい樹種が、巨樹巨木を含め、さらに相当数の準巨樹が巨木になるべく息づいて 豊かに美しく充実した自然を保っています、
里山再生は可能、そのことを、私たちに確信させるように咲く山桜。
舞鶴湾を望む「アスペン泣いた赤鬼の森・マルヤ農林園上世屋」の近くです。
案内しますよ。
ちなみにこの「アスペン泣いた赤鬼の森・マルヤ農林園上世屋」の今のメニュー
ジャガイモの植え付けです。
お代?!
もらったことないな、遊びに来てくれる人から!
この農林園の開設目的は、暮らしや学びの幅や深さそして視野、明日を思う人と人の絆、そういったものたちがより豊かになっていくこと、だから。それでは、こまる?、
それじゃ、種イモ一個50円でどう。植え付けから収穫まで、シカ対策もしっかりして、手伝いさせてもらうで、七つ八つは収穫できるから。
「つながりあって楽しんでもらったらええんじゃ」