イノシシ
イノシシ
ええー ここも掘っちゃったノー(`ヘ´)
あんたの掘ったのは「アマナ」なんだよぉ(´・ω・`)
たのむでぇ!にいさん!
「そんなに悪いことしたのかなぁ!」
梅雨入りしたと伝えました。
ムラサキツユクサがしっとりと落ち着いた雰囲気を漂わせてい.る世屋の里。ひょっとしてツユクサは「梅雨草」なのかもしれません。
土が乾いていた畑もやれやれ、といった風情です。
早苗田の畦に立つアザミの花。優しいカワイイ娘の化身のようです。彼女の履いているのはカエルの歌。姿は見えませんがモリアオガエルたちが梅雨入りを喜んでしきりに啼いているのです。
天気予報からは、エルニーニョ現象、偏西風の蛇行、それにによって長梅雨・冷夏になりそうという言葉が聞こえます。気がもめることですが、それはそれ、世屋バスで上がってきて、生き物や畑や田が醸し出す潤い感を楽しむゆったりウオーク、これは世屋のガイドのお奨め、。
これはまるで「二人静」だ!

、、、と連想したかたはよほどの教養人だったのですね。
その謡曲「二人静」のあらすじ。
「吉野勝手明神では、毎年正月7日の神事に、ふもとの菜摘から菜を摘んで神前にそなえる風習があった。それでこの年も例によって神職が、女達に菜を摘みにやらすと、一人の女が出てきて、「吉野に帰るならことずけて下さい。私の罪の深さを哀れんで、一日経を書いて弔って下さい。」と頼んだ。そして「あなたのお名前は」と尋ねられると、何も答えないで、夕風に吹きまわされた浮き雲のように、跡形もなく消えた。
そんな不思議な体験をした菜摘女は、そのことを神職に報告するのだが、女は話しているうちに顔つきが変わり、言葉つきも変わってきたので、神職は、「いかなる人がついているのか名をなのりなさい」と言うと、「静である。」と名のった。さては静御前の霊が菜摘女についたことがわかり、「それでは、ねんごろに弔うから舞いを見せて欲しい。」と女に頼む。すると女は精好織りの袴や秋の野の花づくしの水干など、みな静が勝手明神に収めた舞いの衣装を宝蔵から取り出した。女がその衣裳をつけて、舞いを舞おうとすると、いつの間にか静の霊も現われて、一人の女が二人になって舞を舞うのだった。
※二人静(能)www.yoshino.ne.jp/wakwak/seinenbu/sample/…/nou.htm - から。」
ちなみに「フタリシズカ」学名:Chloranthus serratus、センリョウ科の多年草。
木子峠の木陰で舞っていらっしゃいました。
観客は、ミヤマナルコユリ。
地の神、水の神の機嫌を損ねたらどえらいことになる、そんな神様を荒神さんと呼んで大事にお奉りしてきました。
溝谷川が等楽寺付近にでるあたり。河岸段丘状になった土手の画面右上に小さなほこら。

白龍の棲む聖山金剛童子山に源を発する溝谷川は暴れ川。水は半島の基盤のかこう岩まで谷を掘り下げています。丹後半島の地質は、手のひらの上に載せた豆腐のようなもの、そこに大雨でも降ろうものならたちまち山崩れ。
大きなツバキの木陰のこのほこらにも、荒ぶる土地の神様がまつられているのでしょう。

さて、その1 世屋姫様もかってはこういう性格のこういう小さなほこらにまつられていたのでしょう。ちなみに、「姫」というのは、神がかりになって神様のご託宣を伝える巫女様だったという説があります。今新たな卑弥呼ブーム。おもしろいもので「委」に人偏は倭、「委」に鬼で魏、それほど恐ろしい強国・魏と卑弥呼が結んだのは彼らがすでに鉄文化を持っていて、かなわない、その鉄をあわよくば手に入れたいという計算があったからだというのが最近の説。鉄を真っ赤に融かすその所行はまさに「赤鬼」そのもの。そこでさて、その2。せやの「せ」は鉄を意味する古語ではないかという斉藤さんの推測をここで当てはめると、卑弥呼の時代前後に大陸から渡来した巫女様だったのでは、、、、。私の推測、、いつも見当外れなんです、、、世屋姫様!あなたはいったいどなたなんですか?。
「朴 の 花 が
こ と し も わ た し を 呼 ん で い る」
と詩をしたためめられたのは宗教詩人坂村真民さん。

「顔 を う ず め て 訴 え た い 泣 き た い
ひ と な ら ぬ こ の 花 に
私 が 穢 れ て い る か ら
こ ん な に も 慕 う の で す
愚 か で あ る か ら
こ ん な に も 仰 ぐ の で す

こ の 世 で 遂 げ ら れ な か った
わ た し の 願 い を
こ の 花 に 告 げ て お こ う
多 く の 夢 を
こ の 花 に 託 し て お こ う
わ た し の よ み が え り を
こ の 花 に 頼 ん で お こ う」と。
ところで、花は高木なので難しいのですがの開花にあわせて放たれる芳香物質、これも素敵ですから機会があればかいでくださいね。
さて、この朴の花びらでお酒が飲めるというなんともありがたい情報が四国からもたらされました。花びらはスプーン状なのです。
波見では、このホオが再生竹林園のシンボルツリーになっています。ホオの花杯で、夢の炎に風を送りますか(^.^)
その酒は、「山法師」がいいようです、
山形の日本酒て゜なんでも、【「山」は自然環境、「法師」は自然の法則に従い、自然を壊さずに生きていく知恵者として、自然と人間の知恵の融合によって醸し出される酒の意】ということです、こんなに格調高い命名由来は余り知りません。
日本農業新聞5月29日に掲載の随筆のタイトル「ツバメどこに行った?」
四日市市の田中さんが、「今年、私は一羽もツバメを見ていません、、、」と。「毎年我が家の軒下に巣を作るツバメもどこに行ってしまったのでしょうか?」「他の地域でもそうなのでしょうか」とも。
この記事を見せてくれたのが、上世屋の農家、畏友M君。
ツバメと米作りはいっしょのもの、というのが彼の持論。ツバメの土間への出入りのためにサッシの玄関の戸を四角く切り取っているのです。昨年はこの穴をひんぱんにすりぬける姿が見られたのです。
しかし「うちのもおかしいのだ、六つも巣があって今までみんな使っていたのに一つしか使っていない、一組しか来ないのはおかしい」と。
経年変化を記録した上でではないので、多い、少ないはいえません‥来年は、そろって元気にやってくるのかもしれません。けれども実感としてはおかしい、異常感はぬぐえないのです。エルニーニョ現象と偏西風の蛇行などを伝えますので、風に乗り損ねて、よそで営巣していたりするのかもしれません。あるいは、たんぼの減少や米作りでもマルチをする農法の変化、そういうことが虫の発生も抑え、結果的にツバメの子育てを制限していたりするのかもしれません。越冬地の東南アジアの国々の事情、、、渡りの途中の事情なのかもしれません(´・ω・`)

丹後にコウノトリが飛んできたと喜んでいる一方で身近な鳥だったはずのツバメの減少が意味していることにはすこし寒けもします。ツバメの舞わない棚田なんて、、、世屋ツバメの実態をすぐに調べましょう。下世屋の新人さん、下世屋はどうなっていますか。とりあえず梅本さんたくのツバメ、きいてくださいませんか。
斜陽に映える白壁が映るたんぼの早苗は元気そのもの、
強い日差しも何のその。丹後の里山に夏。
人も稲の元気に負けてはいられません。
ぼくもがんばるのでがんばってねと、、よくわかりませんけど、、、モンシロチョウ。
さて、昨秋植え付けられたタマネギが半年かかって今収穫時期。立派なタマネギですねぇ、ちょっと写真撮らせてください
、「雪が少なかったのでぼけとってあかんできだわ」、、
え?
「キャベツでも何でも雪に押さえられなんだらあかん、」
、あらまあ、人間といっしょじゃないですか!
あげよう というわけで、新タマネギ 一ついただきまして、味噌汁で頂きましたが、どこがぼけているのかわからないまま美味しく頂きました。
それにしても、「ゆきにおさえられなんだらあかん」というのは心に残りましたけど、タマネギのできにそくしていえばどういうことをさすのでしょうか(^.^)