雪衣を着せてもらった木々たち、

満開の雪ザクラ並木に見入る人。

こんな朝に向かうところはここでしょう、平治峠の新兵衛さん。

文政年間民衆の蜂起のリーダーに感謝した民衆の寄付で作られ、冬が来る前に毎年、しんべえさんガ寒くないようにと薦を着せて差し上げるのです。
そして、再び民衆が立つときには、しんべえさん、たすけてくださいよと祈るのです、、、、。
♪ゆきやこんこあられやこんこ降っても降ってもまだふりやまぬイヌは喜び庭かけまわるYも喜び朝から丹後を駆け回る(^.^) ※
ち
雪衣を着せてもらった木々たち、

満開の雪ザクラ並木に見入る人。

こんな朝に向かうところはここでしょう、平治峠の新兵衛さん。

文政年間民衆の蜂起のリーダーに感謝した民衆の寄付で作られ、冬が来る前に毎年、しんべえさんガ寒くないようにと薦を着せて差し上げるのです。
そして、再び民衆が立つときには、しんべえさん、たすけてくださいよと祈るのです、、、、。
♪ゆきやこんこあられやこんこ降っても降ってもまだふりやまぬイヌは喜び庭かけまわるYも喜び朝から丹後を駆け回る(^.^) ※
ち
「橋立や 聞きわたりこし おもかげも 心にかかる 今日の雪かな 」と橘千蔭さん。
橋立の雪はどんなだろうと想像し、是非見たいものだと思いをつのらせていらっしゃるのでしょうか。

うん!雪だ!思い立ったら、、、飲みかけのコーヒーを置いて大内峠に急行!雪雲の中、と言うより雲の橋立!

ちなみにこの歌は「天の橋立百人一首」あまのはしだて出版に収めてあります。その帯に「古来天の橋立はいっさいの人口を加えない自然そのものの美を形成し、ここへ杖を引くすべての人を魅了した」と小川隆太郎氏(アララギ派歌人)。ところで、その砂一粒一粒がどこをふるさとにしているか、考える人はあまりないですよね。大阪城を作ったのは多くの多くの農民民衆だとだれもいわないのと同じで、日ヶ谷や波見や世屋の谷をふるさとにしていることは横においといて、神の造形なんて言うわけです。 そんなことを思い、足踏みしながら待つこと約30分、雲が動くではありませんか、

橘さん、貴方がご覧になりたかった雪の橋立はこんなだったのですか?

帰ってきても、コーヒーはまだ冷めずに待っていてくれて、それをのみました、、、。この贅沢(^.^)
また、木下幸文さんは
「浦風に 雨横切りて 橋立の 松の半ばは 隠れけるかな」と時雨時の景色を、
さらに八田知裕さんは 「波のうえの 霞む朝けに 見渡せば 今も空なり 天の橋立」 と朝霞の景観をそれぞれ切り取って歌ってらっしゃいます。
雪も雨も霞も橋立の彩りにしてしまう筆力、、、すごいものです。
五年になる世屋の里でのエコツーリズムの活動をまとめさらにアピールするパンフを作ることが、現在受けている地域振興助成の支援で可能になっています。

その構成の始めには、郷土史家岩崎英精先生のこの文章をいただこうと考えています。
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宮津市。旧日ヶ谷付の牧、旧世屋村の麻谷・松尾・駒倉・旧府中村の西谷・東谷。
与謝郡。伊根町旧筒川村の田坪・吉谷。
竹野郡。丹後町旧豊栄村の力石・旧宇川村の竹久僧・旧野間村の住山・小杉。これらはいずれも現在潰れた旧藩時代の村々であり、町村制施行後は大字部落乃至小字であります。

いま申し上げた村々は例外なく山村、丹後半島の屋根といわれる五〇〇メートルから七〇〇メートルの山々に囲まれた山村でありますが、この幾百千年の歴史に生きてきた村人が、先祖代々の墓をはじめ、苦心して築きあげた家屋敷も、先祖代々の血と汗とで育ててきた田畑、さらに個人の、あるいは共同の山林原野までも見捨てゝ、これらがいずれも経済的生産の価値を失って、まさに自然にかえってしまっても、何処からも誰からも一円の金も補償してはくれないのであります。
しかもなおこれらの人々は村を棄てゝ出てゆくのでありますが、その出てゆかねばならぬ理由がどこにあるかと申しますと、それは「もうこの村ではとても生活が成りたたないから…」という一語につきるのであります。ある週間雑誌や新聞には昨年の豪雪に将来を絶望して出るんた…などと書いていたのもありますが、この人々は断じて単なる豪雪、一年や二年の大雪でヘコタレたのでは決してありません。楽しい生活、平和な暮しができるのなら、こうして先祖伝来の村を捨てるでしょう、もっとも多少の時代的影響はありましても、断じてこれらの村々が潰れるといった現象はおこらないはずであります。

いわば、そこには豪雪よりも台風よりも、もっともっと恐ろしい現代的飢餓が彼ら村人をおそい、日夜ひしひしとその苦しみが肌にせまってくる昨今の生活、この怖ろしい現代的飢餓にたえられなくった人々が個々にまた集団で、村々を見捨てゝ出てゆき、そうして村は潰れ亡びるのであります。
ではいったいその怖ろしい現代的飢餓とはどこからきたのでしょうか、それは戦後の生活環境の激変、ことに自民党池田内閣の「所得倍増政策」の結果でありまして、独占的な資本のみにはほゝえむ所得倍増政策こそは、豪雪よりも台風よりも怖ろしい飢餓の波であり、こゝにこそ現代的「逃散」は当然におこるべくしておこりつゝあるのであります。おそらく以上申し上げた村々だけが亡びたのではなく、きっとこれからもどしどしと亡びる村が出るでしょうし、これはやがて全国的規模において現われる前徴であることも間違いないと思うのであります。

さて私が皆さんに訴えて、お願いしたいことは、ここであります。私はここで政治を語り、社会経済を云々しているのではなく、このようにして潰れ亡びる村々と、その村々をつつむ村や町や市の、その歴史の変化を、この際ぜひとも強い関心をもって見守り、お互に地方史を目標とするものが協力して、私たち現代人の責任においた、後世の若い人たちに誇りをもって引継ぎうるような歴史を明らかにすべきだと思うものであります、
《 『両丹地方史』亡びゆく村々を思うて》
宮津市の郷土史家 岩崎英精氏はこのように訴えられました。一九六四年(S39.12.30)のことです。人が自然とともに暮らせば里山、しかし、人が去ればそれは原野です。その原野は、今や滋賀県一県分に広がっています。

平成一七年成立のエコツーリズム推進法は、丹後国定公園指定や生物多様性国際条約などとともに 里山の自然と暮らしの活用保全は国家的課題だとして 「後世の若い人たちに誇りをもって引継ぐ」その視点と必要から成立したものです。
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以下、森のガイドウオーク、里のガイドウオーク、等に続ける予定です。
隣村駒倉が集団離村を決めた昭和47年ころ。上世屋の百姓を任ずるAさん、百姓仕事をこう言いました。「金の目を見るまでにはなんと数限りない手間と重労働が積み重ねられることか」と。

その内容はというと、「膝をも没する段々の高いたんぼを一クワ一クワ泥をすくい上げては畦塗り、一差し一差しの田植え、アヒルのように田の中を這い回っての草取り、秋は秋で一株一株刈り取って一把一把を日を暮らしての稲掛け、一束ずつにくくって持って帰ったら夜なべの脱穀、乾燥、調整。」と。

その頃、寺山修司さんは、こんな歌を詠みました。 「冬の斧 たてかけてある壁に さし陽は強まれり 家継ぐべしや」

たにうつぎや合歓が5月から7月になると、美しく花咲かせる原野はそうして生きたAさんたちの、打ち代わられることのなくなったたんぼです。里の人たちが「一クワ一クワ、一差し一差し、一株一株、一把一把、一束ずつ」畦塗りから出荷まで、たんぼで数えたその数を表すように枝いっぱいにたくさんのたくさんの小さな花をさかせます。

そして、一つ一つの花たちが、耳をすますとうたっているのです、、
♪、、ファイト、、、たたかう君の歌を、、、たたかわない奴らが笑うだろ、、、、、、、ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく 諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく、、、、ファイト! 闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ、、、、♪
◆雪道で 誰か踏みけむ 足跡の 上に足置き ゆるりと歩き 朝日歌壇に掲載された歌。
◆しんしんと 雪降りし夜に その指の あな冷たよと 言いて寄りしか 斎藤茂吉さん 山形の人です。
◆「寒いね」と話しかければ 「寒いね」とこたえる人のいる温かさ 俵万智さん

(↑ 1/9)
さて、京の雪国・上世屋は贅沢なところです。だって、こんなすぐれた歌々の意味を、そうかなぁではなく、そうだ!と実感を持って理解できるんですから(^.^)
それにしても雪降る日は昼間でも寒くて雪暗い!

(↑ 2013.2.11)
ので、明るい街灯を点けたいとおもいました。
ムシロを二つ折りして、両側を縫い合わせ袋状にした入れ物がありました。それをカマスといいました。カマスというと魚を連想しますが、そうではないのです、塩や籾などを入れました。時には土をいれ土嚢にも使いました。
さて、薄緑が美しい繭。

。繭の形がカマスに米などを入れて膨らんだカマスの形ににているなぁ、と思いつく人があって、ヤマカマスと呼ぶ地方があるそうです。また親はヤママユガの仲間のウスタビガ。黄土色を基調にしたむくむくのガです、ウスタビの「タビ」は旅とか足袋ではなく、「手火」つまり提灯のことといいます。これも木にさがる繭の形がアイデアになっています。
天の橋立駅に特急が到着しました。

ここからはお乗り換えです。世屋の里天空鉄道に。

上世屋すってんしょ。※すってんんしょとは木子の「方言」。駅のこと。

待合室。

名所案内をみると、「高天原」。

改札口をでると、、、ガイドさん。
「これは、神様の子どもたちの雪遊びです」

ほんとに、高天原なの?
「ほら 巫女様が歩いてらっしゃるじゃないですか、、、」

、、、、一瞬の夢でした。

「橋立すってんしょ」の待合の、「ここよみ」が笑っていました。
ええ、“高天原でスノーシュー やりますよ、、、(^.^)
見てさへや 惣身にひびく 寒の水 (一茶)

惣身は「そうみ」と読みます。体全体のこと。おおーさぶぅーってことですね、一茶さん!

さて、寒の水は、薬。餅をついたり、薬をのむのにも用いるということです。
汲み置きしても一年腐らないといいます。ほんとのような気がします。
◇なにやってんですか

◆カニをやっているのです(^.^) 場所は宮津節ってご存じですか、「♪たんごのみやづでぴんとだしたぁ」 そこで、ピント館!正確には四軒町ピント館。京都の木屋町のような場所です。 宮津の歴史や文化を生かした町づくりを目指す「宮津観光ピント会」の皆さんの活動拠点にされているところとか。
ここの情報は、miyazu.sblo.jp/ -で。

(↑ 1/6)
さて、カニは噂の間人ガ二。 親指の緑のタブ輪ガ証明。それの中どころ三匹。 脚30本 八人で。公平に割れば三~四本。超希少品。いやあ土産(うま)い!日本海の冬の味覚、カニバスで道路が渋滞するのもわかりますね。
◇それにしても、なんでつどってんですか?
◆それですよ、、、。生き残りを考えるために。 (※カニ、あんたらの生き残りのために、俺たちは絶滅するのか(`ヘ´))
丹後は生き残れるか、宮津は生き残れるか、与謝野町は?伊根町は?世屋の里は?貴方のお店は?貴方のご商売は?
◇どういうこと?
◆今後日本は人口急減期に入り、岳山の急坂下りの勢いで江戸時代ぐらいにまで落ちる。衰退するのは地方である。

(↑ 白々と明ける丹後の山野)
◇わたしは大丈夫ですよ、子どもたちも都会でそこそこがんばっていますし、世の中、勝ち組負け組しかないんですよ,
◆ほんとですか、コンクリートジャングルの中で人間してられますか、お孫さんたちはたくましく育ってらっしゃいますか!アトピーをお持ちじゃありませんか、いじめしてませんか、貴方は退職なさってなにされてます?パチンコ、、、大手の会社の年商2,000,000,000,000円、それでも勝ち組?
◇何か手があるんですか、何ができるんですか、どうしたらいいんですか、、、。
◆里山活性、
◇そういうのって流行のようにあるんじゃないですか、
◆「里山資本主義」を検討しませんか!温故知新、地域が一つにつながって、お互いが生かされることを目指すシステムです。
◇本気なんですか

(場所を移して橋立ワイナリー買ままキングレストラン)
◆ええ、志は本物の方たちですよ、
◇どうしてわかるんですか。
◆「うちゅうでいちばん」が4冊うれたんですから(^.^)(^.^)(^.^)

、、、、、、要するに、
北の空

南の空

人は南へ南へと行きたがる

けれど北行きの電車をもっともっともっと走らせようってことです。
私たちのエコツーリズムも、「北行きの電車」。

北行きの電車にのりませんか!
◇、、、、、、、、、、、!、、、、、、顔出してみるかな、、、、!

(↑ 去年の秋、空き家移住された方が作られた雪囲い 竹林活用がされています。)
◆ 予定は2月8、9日。会場は、天の橋立ユースホステル。タイトルは仮称「里山会合」、テーマは「里山が生き残りのキーワード」これも仮。内容は寄り合い、中心には、橋立ユース厨房の腕によりをかけたカニなべ。構成は、検討中、、、予算は8000円泊付き程度、里山見学ありこんなイメージになりそうです。
参加資格?しいて言えば、土が産むものすべて「土産うま・い」と読める人、土から産まれるものすべて「土産うつく・しい」と読める人、そういう人たちを探しているんだという方、そんな人たちとの人脈を広げたいと思っている方(^.^)
冷たい朝です。

(上 1/12 森本)
水たんぼに張った薄氷に朝日が差しました。

無造作に扇を置いたような紋様。

こんなところから分厚くなって行くのですね、まだ小寒、これからが期待されます。

それにしても、液体が固体に変化し、発達成長していくドラマに神秘を感じます。今ならその一部始終をビデオ撮影できるんでしょうから、どなたかやってみられませんか(^.^)