フクジュソウ
春の彼岸花なのに、一月も早い開花です。
ネコヤナギ
菜の花
早春の三点セット!が出揃いました。
加えて、スイセンも、、、、。
なら、ヤマアカガエルの産卵は?、、、
しかし、水面には冬枯れの柿の木が映るのみ
もう少し寝ていたいようです。
宮津市観光推進会議からの案内です。
講演をいただくお二人の講師先生を検索してみました。
まず、『天橋立の歴史的文化的意義と世界遺産』の佐藤先生!
①著書
『日本古代の宮都と木簡』(吉川弘文館、1997)
『古代の遺跡と文字資料』(名著刊行会、1999)
『出土史料の古代史』(東京大学出版会、2002)
『古代の地方官衙と社会』(山川出版社(日本史リブレット)2007
『大学の日本史 教養から考える歴史へ 1』山川出版社 2016
『列島の古代』(日本古代の歴史6、吉川弘文館、2019)
② 講演例
摂関政治への過程における皇位継承と藤原氏
講師詳細
古代の皇位継承は、天皇制や律令制の確立をみた後にも、必ずしも安定して行われた訳ではありませんでした。皇位継承は、その時々の政治的条件のもとで実現してきたのであり、時に女性天皇の登場をみたり、大規模な争乱をともなうこともありました。本講座では、日本古代の政治史展開における大きな軸であった皇位継承に焦点をあてることによって、改めて古代の天皇や貴族社会をめぐる歴史的・政治的状況の特徴を考えてみます。
今期は、平安時代前期の九世紀半ばから中期の十世紀後期にかけて、藤原北家=摂関家が外戚となっていわゆる前期摂関政治から摂関政治を実現していく過程の皇位継承の特徴について、継承をめぐる争乱・課題や藤原氏内部の争いに焦点をあてながら、たどりたいと思います。 (講師記)
もうお一方の『丹後から世界遺産を発信する』の岡田先生。
①所属 専攻分野
国士舘大学,イラク古代文化研究所,教授, 研究分野:建築史・意匠,建築史・意匠,考古学,人文・社会系,考古学(含先史学),
②視点・週間読書人 掲載『 掠奪されたメソポタミア』NHK出版についての 書評
~文化財不祥事を暴き出す アメリカは如何に歴史を学ばなかったか~
「二〇〇三年にアメリカがひき起こした、しかも大量破壊兵器製造という誤った情報に基づいたイラクへの軍事介入について、かねてより訝しく思うことがあった。誤情報に基づくにせよ、サダム・フセイン政権の打倒は当時、いったんは大多数のイラク国民の支持を得たように見えた。しかしその後の新政権の樹立から国の安定に至るはずの過程で、サダム政権を支えたスンニー派あるいはバース党員が徹底して排除され、夥しい元公務員失職者が国土に溢れた。内外の中東研究者の多くが、アメリカ主導のこうした戦後計画の危うさを指摘していた。事態はその通りに進行し、文化財行政や遺跡保護での無政府状態のみならず、繰り返されるスンニー、シーア両派の武力衝突や自爆テロ、さらには近年のイスラム国の台頭を招き、そこから軍民両面でイラク支援をやむなく宿敵ロシアと悪の枢軸イランを頼みとせざるを得ない自己矛盾に至るまで、米軍によるバグダード制圧から十三年余、信じられないアメリカの失政が彼の地で展開している。懸念された最悪のシナリオを、アメリカは採用したのだった。まるでイラクの果てしない混乱を、意図して選択したかのようだ。そんなはずはない。では何ゆえに。
本書を通読して、その答えが見えたと言えば独りよがりに過ぎるだろうか。桁違いの軍事力と人材を誇り、他を圧倒する情報網を駆使して打ち立てられるはずのアメリカの世界戦略に、信じられない杜撰さとそれゆえの脆弱さが付きまとっていることを、著者は徹底的に暴き出す。イラクでの文化財不祥事を伝えるその著者は、シカゴ大学文化政策研究センターの当時所長。「何か手を打っておけば(博物館掠奪という)この災難を防げたかもしれない」「自分の職務怠慢を思い知らされた」という懺悔の念が、彼をして執筆に駆り立てた。
シカゴ大といえば、筆者らとも親交があり本書では主役級の役回りで登場するマグワイア・ギブソン教授ら多くの古代オリエント研究者を輩出したこの分野の世界的拠点であり、著者以外に本書を著すべき適者がいないことも納得だ。博物館の彫像持ち去りを防げなかったことは、アメリカ流の自由が無法を意味している、と自国の恥ずべき現代史の裏面を描きあげることも厭わない。さらにアメリカの失敗は、博物館襲撃を未然に防げなかった点のみならず、そうした掠奪を可能にした構造的条件の大部分は今もほぼそのままで、武装した盗掘者の群れは残されたイラクの遺跡をその後も破壊し続けた、というもっと大きな失敗まで引き起こしたとする。
筆者の属する国士舘の研究所を育て、先年他界した藤井秀夫が、ギブソン氏らの協力を仰いで一九九六年に刊行した、湾岸戦争前後に大量に流出した考古資料リストにも言及がある。これはイラクの地方博物館が襲われ奪い去られた収蔵品を網羅したもので、二〇〇三年にバグダードで起こった掠奪の地方版が、はるか以前に地方の主要都市で起こっていた。アメリカは如何に歴史を学ばなかったか、著者の舌鋒が鋭い。他方、こんな文書を公にする自由が保証されるという、なおも米国が誇る健全さも同時につよく印象付ける一書でもある。
失敗しなければ、文化遺産が破壊される前に守ることができた。その事例を知ることには大きな意味がある、との観点から若い翻訳陣を招集し、自らも専門家の一人として労を惜しまなかった監訳者に拍手を送りたい。」
「市民遺産」日本遺産とか言います。この「遺産」というのは、人の力で容易に再び作ることが出来ない宝物ものという意味です、
では橋立は?
天橋立は、阿蘇海のボーリング調査では、大きな土砂災害によって、一気に形成された形跡が、見られるということです。
それを橋が落ちた、と伝えていると言うことです。ともかく一晩で出来た、そして、そこに松をまた一晩で植えた、それが下山田のあけさい神社の神様と伝わっています。
たしかに、この天橋立、人の力で容易に再び作ることが出来ない。しかし、人には出来なくても、自然がその気になれば容易に出来るのです!
こういう状況の中で、「天橋立を世界遺産に!」への運動の意義、さらに『美しいふるさとをこどもたちに残そう』と呼びかけます、では、子どもたちにのこすべき美しいふるさととはなにか、そんなことにも示唆があることを期待します。
ご都合がつきましたら、2月23日、ぜひ北野屋さんへ。
『巡れ 四季、里山色に丹後染め』 ~連載5~
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しかし、一方で、人との信頼を回復した命もいます。
いま珍しくもない
絶滅から復活まで60年、事実と科学を積み上げて 見上げればこうのとり!

コウノトリは鳴かない、くちばしを敲くのです。、 そのたたき方を
暮らし方の根本を見つめないといけないと、聞いて
足下のエコロジーを見つめることをはじめた方がいらっしゃった、
こんなモデルが、丹後の隣にあることは ほんとに貴重です。
そういうエコロジーを学ぶ機会として、すごいと思うのが
与謝野町 野田川の川の学校!
川のエコロジー、なかなか学ぶことは出来ません。

川の水を止めてしまうのです。
大人たちのよしやったるかぁ感はすごい。
あかざ、何匹もすがたを みせたのです
再び「川」にもどります。

大事なのは子どもたちに、「地球」を見せてくれたことだと思います、
地球環境の保全と持続と言っても
知らないと守ろうとは思わない
行動も出来ない
その前に地域を 地球と 感じる体験を積む その意味を あらためて思います。
それは、
{大自然から里山や都市の小さな自然まで、自然のいのちと 人のいのちを共振させる。
そういう旅をしよう}。
そう呼びかける エコツーリズム憲章と響き合うところです。
旅するチョウ、
あさぎまだらです
旅はいいぞ。
in a new light
と呼びかけているようじゃないですか。
放棄棚田に挑む若者たち!
自分たちで自分たちのために自分たちの地域のエコロジーを知ろう、
これも 共振への「旅」の形です。
草刈りの手を止め息をつくおばあちゃん。
彼女が 生き代わり死にかわりして、打ち続けてきた上世屋は
美しい里山色をしています、
折から 終末時計
核兵器削減と温暖化対策をしっかりやれ と世界中に 半鐘がならされています。
丹後という里海 里地 里山は、人間と生き物たちの両方が 安心して豊かに暮らすかけがえのない 私たちの地球、
この地球を壊すことなく、子どもたちに渡し続ける
これが 一番 長い旅 かもしれません。
地球は子孫から借りているもの
このシンポジュ一ムが
その旅のためにいっそう発展しますことを祈念して終わりとします。
ご静聴ありがとうございました。
〈終わり〉
環境シンポの主催は、「丹後の豊かな環境作り推進会議」。
貴重な機会をあたえていただいて心から感謝します。
また、なぜ、ガイドの会に?と尋ねたら、『丹後縦貫林道ものがたり』とウエブ・宮津エコツアーをあげてくださいました。
さて、そのウエブ・宮津エコツアーでのぶろぐ「世屋・高山ガイド部会」への投稿本数、今回をもって4000本を越え、4001号となりました。今後とも、ご指導よろしくお願いします。
梅さん、お先に とサクラが咲くのですから、これはニュースです。
サクラと言っても、河津サクラ、早咲きの種類です。伊豆の河津のサクラは二月上旬からと言いますが、ここは上世屋。早咲きといっても、節分前の上世屋で咲くのはニュースです。
ヤマアカガエルが花見も兼ねてもう産卵に出てくるのではないでしょうか。
さて、二月二日、なにをはなすねん!と安部記者。あれこれまあと、里山と日本人をカエルで語ってみようと思うとというと、以下のようなお知らせ記事を書いてくださいました。
里山生物の代表カエルは、江戸三大俳人に詠まれています。
芭蕉さん
古池やかわず飛び込む水の音
蕪村さん
閣に座して遠き蛙をきく夜哉
一茶さん、
痩せ蛙負けるな一茶これにあり
カエルと一口にいっても、ヤマアカガエルはじめ里には10種ばかり生育しています。この三人の取り上げたカエルの種類について、生態を考えて特定してみましょう!と言うネタです、
ご用とお急ぎのない方、どうぞ野田川ワークパルへ。
木子から見るガラシャ里・味土野
直線で約2キロという所でしょうか。
小鳥ならひとっ飛び。
しかし、人は谷に下り、またのぼらなければなりません。
ここに戦国古道が眠ります。
野間が与謝郡だった頃、中郡への道が開かれるまでは、ここが郡道だったのです。ガラシャもこの小杉坂をたどったのです。
谷までの標高差、350mといったところでしょうか。
途中には滝、100mを滑り落ちる丹後最長の滝です。
この古道の中程にあったのが小杉の里。
屋敷跡の石垣は城の石垣にも思える立派さです。
養蚕や炭や薪などで栄えた村だったことが忍ばれます。
がらしゃさんもここでもてなされたのでしょう。
「麒麟が来る」、初回視聴率16%、好感度も70%が期待していると言うこと。
新聞も高い評価
「何かを変えなければ、誰かが変えなければ」、、、父・光秀のこの積極性は玉にも受け継がれ、ガラシャの誕生につながっていくのでしょう。
このルート、この小杉道、丹後ひくやま会」の皆さんが、ロープや目印テープをつけてくださっています。
{⑥毛利方に送った密書が、秀吉の手に奪われていたことを、まだだれも知らない。
「うむ・・・・」不承不承、松井の言葉に応ずる気配がした。「と決まれば、急いで場所を探さねばならぬ。」「人目につかぬ山中のう」「おお、そうじゃ、殿、味土野はいかがでござりましょう。」松井康之がいった。「みとの?とな」「は、丹後半島の中程にある山の中、あの金剛寺亀山のすぐ傍らにござる」「では、険しい山中だな。女の足ではたいへんなところだが、、、」「男の足でも容易ではありませぬゆえめったに人の寄りつくところではござりませぬ」「道のりは?」「宮津より、舟にて余佐の海を横切り、日置の浜に渡り、そこより味土野まで三里でござります。」「おお、それは近い!」ようやく忠興の声がはずんだ。「戸数はどれほどじゃ」「せいぜい、二十戸もござりましょうか。山伏寺などもござります「では、ひどく淋しいというほどでもないな」「は、山の中とはいえ、人里でございますれば、、、、」「なるほど、では、それに決める。松井!明朝早々にも人をつかわし、住居を用意させよ。」
⑧「敵を欺くためには、味方から欺かねばならぬ。」という幽斎のすすめもあって、玉子が城を出る姿を、家中でみたものはない。夜陰に乗じて宮津の浜から舟に乗り、伴のもの数人と、警護のもの二十名ほどに守られて、日置の浜に渡った。
略 日置の浜で、ほんの二ときばかり舟の中でまどろみ、夜の明け切らぬうちに一行は味土野に向かったのだ。途中の山道のけわしさも、並大抵ではなかった。男でもたやすく登れるところではない。}とは、『細川ガラシャ夫人』で三浦綾子さん。
ガイドを付けて頂ければより安全に利用して頂けると思います。連絡相談は、まずは宮津市商工観光課、天橋立観光協会にください。
「丹後の豊かな環境作り推進会議」主催のシンポジューム、五回を数えるそうです。
毎回、生徒さんたちの発表に感動させられます。今年は二月二日です。
宮高フィールド探究部のプレゼンは、地球環境再生機構主催のユース発表会近畿ブロックで高く評価されたもので、こうご期待!
もう一つ、何かの間違いかとおもいましたが、『基調講演』のお声をかけて頂きました。里山丹後の自然の濃い味わい、それはだれも認めるところ、それをうりにしてまがりなりにもガイドを名乗っている、断りづらくて受けてしまいました。
現場でならなんとかこなしますが、それをまとめて人に伝えるということは別の問題!自信はありませんが、日頃撮っている写真を見て頂きながら、組み立ててみようと思っています。ご都合がつくようでしたらどうぞご参加ください。
陸前青麻山!
青麻神社御分祠?
「陸前青麻山」りくぜんあおそざん
「青麻神社御分祠」あおそじんじゃごぶんし と読める。と宮津高校f探部の橋本先生。
日置・金剛心院境内の巨樹タブの側にある祠の扁額です。
陸前といえば、今の宮城県。
青麻といえば、麻、木綿以前の大切な植物繊維植物。
御分祠とは、本社と同じ祭神を他所の新しい神社にまつること 御霊分けともいうのですが、
さて、その本社の「青麻神社」は、仙台市に現存するということです。
青麻神社◇. (あおそじんじゃ). 【御祭神】. 天之御中主神. 天照大御神. 月読神. 【配祀】. 常陸坊海尊(清悦仙人). 【鎮座地】. 宮城県仙台市宮城野区岩切字青麻沢30. 【創建】. 仁寿2年(852年).
このタブは、この祠の【御祭神】. 天之御中主神. 天照大御神. 月読神の神々の宿るご神木と見ていい、青麻神社はお日様とお月様を祀る農耕神、この地が、かって麻の生産で潤った地であったことが伺える、と橋本先生。
中世の頃とした場合、最大の消費地京の都を介して、仙台と京都、丹後・日置との広域の人のつながり、モノの流れがあったわけです。
境内には苔むしたお地蔵さん、なにかかたりげにひっそりと静まってらっしゃいます。
初夢です、
(↑ 宮津 長江海岸)
、、、、、、、、、、
電話がかかってきました。
□七月のプランで、、
◆はぁ、、
□宮津でハイキングか山登り出来るところを探しておりましてぇ、、、
◆はあ、ええですねぇ、、、
□Kトラベルともうします、、、
◆ほう、、、
□五十人くらいの規模ですけど大型バス一台の運行でと、、、
◆え!
(↑ 籠神社 駐車場)
、、、、、、、、、、、、、、
(ナレーション)
何でも、京都でお医者さんたちの学会がある、その日程の中に一日、「京都」をレクレーションするというプラン、京都は南北長くて、茶の京都、古都の京都、森の京都、と特徴ごとにエリア化されていて、会長さんが、その中でも「海の京都」にいたく興味を持たれて、そちらを当たってくれという意向だとか、日程は、京都市内朝出発、夕方帰着の日帰り。
例によって、某市観光課からのふりです。
『海の京都DMOの誘致案件かト思いましたけれど、、シカシ、考えてみたら、今しか、ここしか、あなたしか、エコツーリズムは、こういうのに強いんですネ よろしくお願いします』、と。
、、、、、、、、、、、、、、、
(という経過と事情)
◆承知しました、『丹後半島エコミュージアムサービス』で承ります。
◆舞鶴宮津伊根間人浜詰久美浜、そのラインで、軽登山ハイキングと言えば、「青葉山由良ヶ岳杉山大江山成相山高山岳山蝙蝠岳太鼓山依遅ヶ尾」、のラインナップになる。で、ウーム、、、、、、
(以下、そのウーム、、、、、、の中味)
若狭湾のリアス式海岸美をと言うと、、、、!
・「由良ヶ岳杉山大江山成相山高山岳山奥伊根蝙蝠岳」
(↑ 宮津 松尾たんぼと一本サクラ)
激務のお医者さんたちが!
全国から研究に京都に集って!
その一日を!
海の京都の里山里海で、、、!
・「上宮津杉山・天橋立成相山・上世屋高山・舟屋奥伊根蝙蝠岳」
日帰りされる!
・「①天橋立成相山 ②舟屋奥伊根蝙蝠岳 ③上世屋高山 ④上宮津杉山」
①②は海の京都の名所、伝承があり、国際的なシンボルエリアです
③④はローカルな味には定評がありますが、好みもあります。
50人規模で、、、年齢の幅、男女構成は不明!!。
・「◆天橋立成相山 ◆舟屋奥伊根」
甲乙つけ難し、二台二コースも案ではないでしょうか、、どちらも「海の京都」の顔。京都をホストいただく学会会長先生のお顔は立つと思います!
◆「天橋立籠神社成相山成相寺・国宝雪舟天橋立絵図」コース
(↑ 宮津 成相山 天橋立大観望)
京都→(バス)→①智恩寺→(自転車・橋立松並木)→②籠神社→(ハイキング雪舟橋立絵図コース 絵図の解説 鈴屋 森さん)→③成相寺→(バス)→④大観望展望台→(バス)→⑤丹後ふるさとミュージアム→お土産・ヤマイチ 橋立ワイナリー等 →(バス)→京都
◆「舟屋奥伊根・浦島太郎、除服伝承」コース
(↑ 舟屋の里 伊根湾内)
京都→(バス)→①丹後ふるさとミュージアム→→(バス)→②浦島神社 玉手箱を宮司さんに話してもらう→(バス)→③本庄 浦島の浜→(ハイキング・ウオーク→野室→泊→)④新井・除服神社→(バス)→⑤伊根舟屋の里、向井酒造など→(バス)→京都
21世紀はK・K・A(環境・健康・安全)の時代だと言われています。一方にテクノロジー 機械 資本 その力が絡まないと絵に描いたモチ。地球船に乗り合わせたみんなが幸せになる、その最前線の先生方には充分鋭気を養ってもらわねばなりません。その場所に、海の京都が選ばれたことは、光栄です、、、。
、、、、
ここで、夢が覚めました。
マル描きて 餅喰らうかな 丹後春
暖流の 湯気立てながる 丹後海
ところで、
◆「舟屋奥伊根・浦島太郎、除服伝承」コース
◆「天橋立籠神社成相山成相寺・雪舟天橋立絵図」コース
どちらも、「海の京都全開コース」です。
このコースのお問い合わせは、(株)プラヂナー内
『丹後半島エコミュージアムサービス』
担当 川内 0772ー68-0188 まで。