宮津エコツアー · 世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会の活動ブログ

2012/08/05

チーム状態を考えながら引き分けた南アフリカ戦にブーイング。しかし、またまた宮間選手、「すべてのことを背負うと決めたノリさんの思いを、絶対に無駄にはできないと思った。」。安藤梢選手も「勝って周りになにも言わせない、という気持ちだった」。
耐えて花咲け!ナデシコジャパン快進撃の陰に、日本のナデシコから送ったパワー届く、と言いたいところです!オリンピック開幕から、、丹後の場合、どれだけのカワラナデシコが声援を送っているか、意識してみています。
1 京丹後市 大宮町 五十河 笹葺き民家 脇


2  京丹後市 大宮町   谷内から三重 国道沿い


その他、ぽつんぽつんとはあります。

(↑ 宮津市落山)

全体的には、その生育現状は芳しくない、という印象です。
過疎化、高齢化、

(↑ 宮津市中波見)

そして一方の都市化、自然離れは、こういう形でも影響を及ぼしているのです。
丹後にしてそうなら、日本のカワラナデシコの状況は押して知るべし!ナデシコジャパンからパワーをもらう必要があるようです。
花屋の店先に並んだ「栽培ポットナデシコ」から、パワーがとどくわけがない!保全の第一歩は身の回りの生育状況を知ること。、教えてくださいませんか。生育状況を。
さて、世屋ナデシコ。

ナデシコ畑は里のお食事所。

株もすこし増やしました。

上世屋は絶滅寸前植物の宝庫・読売新聞記事読売新聞記事・H24.8.4.付け

宮津市上世屋にしっかり息づいている絶滅寸前植物について、カラー写真入りで紹介されました。

手間のかかる棚田の水田を、しかも無農薬でしっかり頑張ってこられた成果です。

京都府のレッドデータ調査の専門家、光田重幸同志社大理工学部准教授に確認していただきました。

   <midorimushi>

読売新聞記事・希少植物写真

2012/08/04

・「ぬばたまの  夜の更けゆけば    久木(ひさぎ)生ふる    清き川原に  千鳥しば鳴く」
万葉集  山部赤人
この 久木(ひさぎ)が 赤芽槲とされる。

アカメガシワ、新芽の赤さの異常なかわいらしさに引かれて、山部赤人もうたったのだろう。今でも同じ、この木なんというのなのアカメガシワっていうのああそうなのーほんとに赤いのねそして、また春に同じことを言う!それで終わり、という場合が多いのではないだろうか。
しかし、ほんとにおもしろいのは、別にある。この子の持っている知恵や生き方だ。

(↑ 雄花)

この子の種はすぐに芽を出さない!
この子の役割は、人が切るのか、地滑りを起こすのか、台風で倒れるか、火事になるか、いずれにしても破壊された裸地を覆うこと。やがて再び森にすること。森になったらお役ご免。他の種類に場所を譲り、自分は消えていく。


(↑ 雌花)

けれどもは、知っている。森は必ず破壊される、人が切るのか、地滑りを起こすのか、台風で倒れるか、火事になるか、必ず呼ばれるときが来る。
今日明日に呼ばれるわけではない。ずうっと先のことかもしれない。すぐに芽を出してはいけないぞ、発芽の引き金は熱。覆う森がなくなった証拠だから。それまで眠っていよう。これが第一の知恵。


ナナフシの止まっている大きな葉が、アカメガシワ。もう赤くない。 赤いのは新芽のときだけ。生まれたての葉の葉緑体は紫外線に弱いカバーをかけているのだ、表面を削れば明るい緑の地が出てくる。第二の知恵。


(↑ 種)

裸地も次第に他の木が茂ってくる。親木も大きな木の日陰になる。するとその親木は見限る。明るい方に延びた根から新しい芽をだし、大きくする。冷たいようでもこれも知恵。
日本は、森を壊し、田畑を捨てて裸地を一杯作っているから、頻繁に出動要請がくる。

敵を知り己をしらば百戦危うからず! 軍師を雇っているような木だ。

 

2012/08/03
イチョウウキごけの田んぼの稲が、花をつけました。

一本の穂につく花は、100個ほど。花は穂の下から咲き上がります。


受粉したら、これからが正念場、太陽が、世屋の水と大気を使って一ヶ月かけて籾殻一杯に栄養を貯めていくことになります。稲の「米」作りです。一粒の米は、700粒もの米になるのだそうです。
畦には秋のはしりのボタンヅル、

ばんなりました、おつかれさま

ヒグラシの啼く空は、

秋を告げる夕焼けの雲。

2012/08/03
将をいるなら馬を射よ!
アゲハを撮るならまずアザミ

八月になったら、クサギを探せ!

紺色に色づく実は、絹糸を媒染剤なしで鮮やかな空色に染めることができるとか、

丹後を救う花かもしれませんよ!ちなみに、ムラサキシキブ同様、くまつづら科からシソ科に分類変更になったとか。

もう一つ、からすざんしょう、これもアゲハキラー。豪快なのだけれど、里に置くにはいまいちと勝手な好み。けれども、ここのは見事。

(↑ 田井海岸 花の流れの左下にモン黄アゲハ)

やっぱりあんたは南の人だ!モン黄アゲハにアオスジアゲハを寄せていました。

2012/08/03
日照りの夏です。暑いのでいもち病の心配はありません。


水は大丈夫?と尋ねると
ここのは涸れたことがないと。
今年の積雪は電信柱のあのあたりまで積もっていたもんね。
三メートルに達していたでしょう。

清浄な水と空気をまばゆい光が美味しい米に変えてくれます。
来年の冬もおおゆきかなあ、日陰でやすみながら  きよっさんがいいました。
盛りの夏に冬を想っています。
人も田んぼも花もみんな 秋に期待し冬に備え春に思いを巡らして盛りの夏を生きています。


ともあれ、夏の絶頂の里に光てんこ盛り。

(↑ クサレダマ ↓ 合力の家の前の世屋龍ことナツメ

 

(↑↓ 馬場の畑で 静香さんとまもるさん)

2012/08/03
合歓の巫女の話からです、追っかけになったのは。

ここは、原生の森を切り裂いた道の崖。たしかに合歓は暮らしの跡、人が傷つけた跡に咲いているのです。合歓には何かある!カメラマンの直感ていうのですか、何でもいいのですが、心の花になったのは合歓の巫女からです。


ところで、俵万智さんとずいぶんおつきあいをしてきました、教科書でですけど。そこでこの光景を彼女風に!
♪山に合歓を 海に岬を 空に雲を
置いてみようと 置いたのは誰!

2012/08/02

夏の里の風景になじんでいるこの花。

和名は、姫檜扇水仙。

しかし、外来種なのだそうだ。しかも、来日したころが特定できる。1879年にフランスで南アフリカ原産のヒオウギズイセンとヒメトウショウブ(姫唐菖蒲)が交配されできたものが姫檜扇水仙。

1879年といえば日本では文明開化にわく明治の初期、ショッキングオレンジと表現する人があるくらいアピールする色は、暗い封建時代を打ち破る西欧文明を象徴する花として、歓迎されたに違いない。

ところで、森の民の村・木子の方言に「すってんしょ」という言葉があることを木子小学校に赴任した先生が記録している。駅という言葉があるのに、木子ではすってんしょと言っていると。1872年(明治5年)に開業した鉄道はイギリスからものも人も言葉もセットで導入した。「ステーション」は文明開化の感動を伴って全国津々浦々に広がった。姫檜扇水仙も鉄道網の広がりと共に全国に広まったのではないだろうか。


盆花として欠かせない花になったが、今では手折る人も絶えてしまった。

2012/08/02
田井海岸の夏を、世屋高原がみている


(↑ 田井海岸 正面真ん中の峰 岳山 632m 左橋 高山701m 右端 汐切山)

下世屋のはなさんの田んぼを、岳山越しに白い雲が、見ている

岳山の頂きの松尾田んぼの一本桜が、


下世屋のハナさんの田んぼや田井海岸の夏を見ている

 

京都新聞記事・なでしこジャパンを応援する上世屋のナデシコ

 ロンドンのなでしこジャパンを応援する上世屋(京都府宮津市)のナデシコが、H24.8.1.京都新聞に掲載されました(^_^)v   <midorimushi>

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