宮津エコツアー · 世屋・高山ガイド部会

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世屋・高山ガイド部会の活動ブログ

「どなたさんですだえ、あんたさんは?」

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雪の足跡は冬の森歩きの楽しみ。

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ですが、うーん ウサギではない狐でもない、リスでもない、その他足跡を残すほどの森の生き物といえば、テン、それに熊、まさかぁ!

あったかいのにつられて冬眠から覚めたのか、

ちょっと調べてみると、これが熊。

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石川県/市ノ瀬ビジターセンターのhp、五月の残雪の上に残っていたものということです。

熊とはちがいます、としたら、残るのはタヌキ!

けれどもタヌキの体型は短足でずんぐりむっくり。深い積雪には向かない。ので 冬は里近くに降りているはず、、タヌキと冬の森と結びつかなかったのですが、 「梅の花に似た4本の指の跡」がついている、ということですから、やはりタヌキ!と判断できると思います。
森の雪が少ないため、森にいたという事情のようです。

タヌキがいるほど雪が消えた中ですが、スノーシューをやりたいとお客さん、

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奈良からですよ、朝六時に出発されたのですって、ですから、雪が解けたのでできない、やれないという選択肢はなかった!

「よそから運んできてもやらんならん」のです。

そこを何とかしのぐことができたのは、637mの岳の実力 北西向きの斜面には50cmの積雪。

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このスノーシューは二月にも予定。

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次の寒波には期待できそうです。

それにしても、あの足跡は、クマを思わず連想するほどの大きさ。足跡の主はどんな大きさだったのでしょう、ひょっとして「岳」の古タヌキだったのかもしれません。ついでに、もう一つのネタ。「タヌキ」というのは世屋言葉ではありません。「たのき」といいます、です、はい!だから「岳の古たのき」。

説明が要ります、

DSCF6403これから冬

春めいて、と言われれば受け止めてしまいます、スイセンも共犯。

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しかし本当は、上世屋2018.1.21、

つまり大寒!冬はこれから。

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天気予報も「22日は全国的に雨や雪で、関東を中心に数年に一度レベルの大雪になるおそれ」。

うれしいやらおとろしいやら。

「ねんねしなされ ねる子はかわいヨ 起きて泣く子はつらにくい つらのにくい子にゃつららが下がるヨつらら下がれヨやっ下がれ ねんねしなされ まだ夜は明けぬヨ」」

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これ、伊根の子守歌。

:♪つららぁつららぁつらつらよぅこの世はつらいぃことばかりぃ♪

DSCF6022つらら
つらら、、
語源はつるつる「つらつら」、古語には「たるひ(垂氷)」ともあり、これも使って紹介したいですね。

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跳び箱のような形の丹後半島の山を西側から見たところ。

高尾山と高山とどちらも「高」の漢字。低いところがあっての高いところという意味の高の意味に従えば、低いところは二つの高いところに挟まれた旧内山のさとの部分、ということになります。なぜへこんでいるのか、なにかあったのか、そのへこみが気になります。ひょっとして、そのへこみはかってはなくて、高山と高尾山はつながっていたのではないかと。

手前の畝の曲線の美しい森本・明田田んぼ。この土はどこから運ばれたのか、と考えたとき、内山との関係があるのではないか、これは直観ですけれど。どうなんでしょうか。その谷にはふけがたにとかおおごらとか地質地形にの特徴を表す小字があるということですから疑ってもいいかと思います。かりにつながりがあるとすれば、相当大きな「山体崩壊」、それを起こしたような地震とか豪雨があったのかもしれません。

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もう一つ、「高」の「たか」は『高』ではなくて「鷹」かもしれないということ。鷹なら、鷹狩りとか、武器としての矢の羽とか大切なものでした。その鷹の棲む森ということなら、その付近はぴったりの深い森でしたのこれも捨てがたい、漢字としての書きやすさは鷹の字よりも高のほうですから、当て字として置き換わったのではという疑いです。

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山を見るのは面白いものです。

ほほう ゲンゴロウ米ですかぁ

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(毎日新聞2018,01.17)
この森本・三重田んぼはこんなところ

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丹後半島の西の端っこに面し左に山田断層を形成して隆起する山に囲まれ盆地状になった平野です。
ここに動植物5668種とも。両側の山にはいくつも小さな谷があり、そこにはため池もたくさんあります、コンパクトですが環境が複雑なのでこんなにたくさんの種類が生息しているんでしょうね。
さて、話題のゲンゴロウ米、ちょっとかんがえてもいいのではないの、と思いました。
理由その①
話題のゲンゴロウ!日本全国ゲンゴロウはゲンゴロウでしょという雰囲気なのです。が、そうではない、
ちょっとチェックしてみると「新潟  ごうがめ 魚津 がめ、沖縄 カーミーグワー」!
がめとは形が亀のようなのでとは見当がつきます。沖縄でも「カーミ」とは丸いドーム状のもの、さらに、小さいものには「ぐわー」をつける、それでカーミーグワーと謎解きされています。
学校教育の普及とともにごうがめもカーミーグワーも姿を消していったのでしょう。昆虫方言は絶滅!そんなことを思うと、絶滅危惧種ゲンゴロウが息づいているので、という命名も一ひねりしたいですね、「ごうがめ米」とか「カーミーグワー米」とか。ちなみに「竜蝨」という漢字をなんて読むかと問題を出されると正解する人は何人あるでしょうか、正解は「ゲンゴロウ」!
理由その②その「新潟  ごうがめ 魚津 がめ、沖縄 カーミーグワー」をほうむりさった「ゲンゴロウ」とは何者!チェックしていると素敵なブログに遭遇、「奥比叡の里より「棚田日詩」 | 強欲代官tanada-diary.com/5399」。
引用させてもらいます。
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漢字で書けば「源五郎」、どう見ても人の名前である。落語に出てくるどこかユーモラスな人物をイメージした。それが不思議でネットで調べてみることにした。やはりネットにはあるものである。「杜の日記」というブログに面白いことが書かれていた。全文引用させていただくことにした。
『ゲンゴロウの語源については二説がある。一つは民話。むかし、貧しいが親孝行な少年がいた。自分は木の実を食べながら病気の母を看病していた。ある日、木の精霊が少年を憐れみ打ち出の木槌をくれる。それは人を助けるために振ればいくらでも金を産むが、欲のために振れば体がだんだん小さくなるという不思議な木槌だった。少年はそれで小判を振り出し、高価な薬を買って親の病気を治した。この噂が評判になると強欲な代官の源五郎が木槌を取り上げてしまった。ある日、代官の姿が見えなくなった。怪しんだ村人が代官屋敷に行ってみると小判の山の下から一匹の虫が這い出してきた。我欲のために木槌を使った代官は体がだんだん小さくなり、遂に虫になってしまったのだ。それ以来、村人はこの虫を源五郎と呼ぶようになったとさ。
もう一つ、この虫が琵琶湖に棲む源五郎鮒の幼魚を好んで食べるからだという説もある。では源五郎鮒の語源は? ・・・これも民話が謂れとなっている。源五郎という男が天狗に貰った豆を蒔くと、天まで届く大木になる。男はそれを登って天に行き、雷と出合って雨を降らせる手伝いなどをする。ところが雨を降らせ過ぎてできた琵琶湖に落ちて鮒に変身してしまう。これが源五郎鮒というわけ 』
源五郎さんは人のいいおじいちゃんかと思っていたら、なんと強欲代官だったとは思いもしなかった。ひょっとすると、彼らの体型が小判を想像させたのかもしれない。いずれにしてもこの地球上で、強欲な生き物は人間だけだと思っていた。人間のような財産や所有というもののない昆虫たちの世界に強欲はない。彼らは、生き、そして子孫を残すために必要なものだけを求めている。実に慎ましやかな存在である。だからどうしてこの虫が強欲代官と結びついたのか? 少し申し訳なくもあり、可哀そうでもある。
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どうやら「ゲンゴロウ」というのは「実在」する人名。しかし「きんじろうさん」というように尊敬されるタイプでなく強欲だったりそそっかしかったりする人だった、つまり「さん」付けで呼ばれるような人ではなくて、、あの「ゲンゴロウが」と呼び捨て、後ろ指をさされるような人物であったということなのです。

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まあいえば、「げんごろう」というのは、「嘲笑語」。ゲンゴロウに稲を食べるとかがあるのなら、お百姓にとってそういうむしだ、と疎まれ、そういう嘲笑語に置き換わるのに抵抗がなかったのでしょうが、そういうことはありません。つっこむようですが、「ゲンゴロウ米」は気持ちはわかります、売ってあれば買いますよ、が、引き合いにだされた「げんごろう」くんの戸惑い顔も浮かびます。

ところで、気になったのが源五郎話のなかの「木の精霊が少年を憐れみ打ち出の木槌をくれる。」のところ。打ち出の木槌をくれた『木の精霊」とは、樹種を特定するのでしょうか。特定するとしたら、どんな木なのでしょうか、それにこだわってみたいと思いました。

降ることができるときに降れるだけ降っときなれ!

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ほんま、嘘いわん、

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後悔する

その時は遅い、

雪の命は短いのだ

降ることができるのは今、

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今なら、どんだけ降っても文句は言われん

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三月や四月に降ってみなれ、どんなこと言われる!

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いま、思いのたけ降っときなれ!

スイセン咲いた、カエルうれしいいい気持ち!

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雪降った、カエルちめてぇーけどやせ我慢!

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nhk が見せてくれた風吹き込み図

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初めて、こんな変な形は!

丹後には西南西の方向から吹き込んできています、そのためなんでしょうね網野に20cmというのに宮津0cmというじゃないですか、同じ丹後でも。

寒いことは寒い、正直たまりませんです。

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が、寒いから、雪が降るからこその光景もあるのです。

DSCF5874雪

カメラをもっていざ雪原へ!

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自転車を押して歩いた跡。

寒波に包まれるもまた楽しからずや!

里山写真愛好家は犬になります。

五十河の冬田んぼに採餌するコウノトリ二羽。

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くちばしを突っ込んではいるので何かいるのかもしれないが、厳寒の今頃何を見つけたのだろう。

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足環を見ると、、、、

赤と黄色 黒と緑 jo111 オス
15.04.20 生まれ

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こっちは、黒と緑 黒と青 に見えます。

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とすると、15.3.31 生まれの個体で識別番号jo103 のメス¡

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ということは、この二羽はカップル!

このコンビがカップルとして新しい営巣地を丹後に探しているとしたら、2018年、年明けから楽しみが増えます。そして、それを五十河周辺の林にしてくれたら、このあたりの田んぼの米は「ブナ水米」で売り出されていますが加えて{ブナ・コウノトリ米}へとパワーアップしますよね。

香河川

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なんと読むか
「かがわがわ、 でしょ!」
ブー
え、じゃ、かかがわ、とか、こうかせん!
正解は¡

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ほほう、、

「かごがわ」ねぇ

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いいえ、「かこがわ」

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、はぁあ、(*´Д`)

どうなってんねん、、とは思っていたのです。

かご・かこ は、「鹿児」「加古」「可児」「賀来」「火子」「水主」、、はけとはげ、かきとがき、濁点のあるなしでは大違いなのですから。

それにしてもこちらは香河、香川選手、香川県とかんけいあるんやろか、それにしてもわからん名やなあと思っていたのです、

ところで、「京都発見四丹後の鬼」で、丹後七姫というけれど、もっと美人がいて、とおっしゃっているのを読みました、

梅原猛

七にこだわることには意味があるので、枠を増やすのはいかがなものか、ドラマとか作品とか物語性とか厳選すべきとは思うのですが、丹後には八番目の姫かとも思えて彼女はどういう人なのかということに興味を持ったわけです。

なんでも、淳和天皇の第二后後に空海の弟子として尼になりその教えに生きた、空海のなくなる前日に33歳でなくなっているという身の上の方で、その名を「如意尼」とおっしゃる。そしてその出身が「丹州余佐ノ郡の人なり」 「香河」なのだと。
その筆者は梅原猛さん 、というても若い人はだれ、ということでしょうが、今の磯田先生のような人なんですよ。

こりゃあ行ってみんとあかんとおもいました。

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その記録は、地元にもありました。

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『丹哥府志』の【香河村】の項にその話をフォローアップされていて、
◆丹後名奇曰。古老の伝にむかし京師の沙門石川村の辺を徘徊せしに山川の水時ならず匂ひければ、怪しみて流をつたひ山の方へ入りぬれば、香気ますます盛んなり、時に十歳ばかりの女子をみる、其顔ばせ玉の如し、かの香気は此女子より出るなり。よって奇異の思をなしただちに其親に請ふて都に携へ帰る。後に此女子朝廷に聞て后とぞなりぬ。
◆元亨禅書云。如意尼は丹後与謝の人なり、天長帝の次妃となるといふは此人の事なるべし。薙染の後故郷に帰り一宇の精舎をたつ、是を善法寺といふ。今名み残りて田の字となり其手づから彫刻せし観世音菩薩は其隣村神宮寺といふ寺にありとかや。抑香河は和名抄にいふ神戸なりしが川の匂しより香河とぞなりぬ。

と斎藤さんがアップ。

香河川が清流であることには間違いありません、

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ほんとにこの河が香ったのか、、、かわいい娘がいて、、、与謝には「美人」が多い、これは言えるかもしれません、、格別にかわいい娘が選ばれて都に連れていかれて帝の目に留まり、さらに空海に近く使え、尼になり、ふるさとに戻り余生を過ごした、そういう女性がいたというこしはあったかもしれません。しかし、それが事実でも、脚色されているんでしょうね、

さて、河が香るので、、という地名語源説については、想像力豊かなおっさんの手で、面白く作りあげられたもの、、
河が香ったので怪しく思って辿っていったらかわいい娘に出会い、その香りはその子から出ていた、頼んで都の土産に連れて帰ったという話ではありませんか。「元亨禅書云」というのは、鎌倉時代のもの。つまり、かご・かこ は、「鹿児」「可児」「賀来」「火子」「水主」「籠」など。そのうち「香河」という音を当てられたものだから、その意味について想像を始めた「オヤジギャグ」とも言えず、おっさんのいうことだで嘘はなかろう、だげな話として伝承されたのかもしれないとおもいました。

さて、ギャグなら参戦させてもらえばいいわけで、

〇匂いというのは色目のこと、娘は色が白くて清流のニンフのようだったんだろうと、天皇の后になり、弘法大師との縁も得たという著名人になった、それにあやかろうとか偲んでという気持ちだ、川を見ているうちに流れの中に「匂う」ようにかわいい娘が見えてきていうので、地名にもその漢字をあてた、

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〇あるいは、石が花崗岩、いい酒ができたのでその香りが漂っていたのかもしれません、今でも、「与謝娘」という美味い銘酒が存在します。

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など、全国あちこちに「かこ・かご」かご地名があることとの関係の分析はそれはそれでおいといて、この川の「香河」話、楽しみながら、後にしました。

梅原先生、お人が悪いですよ、「空海との関係は怪しい」空海さんが桜の木で彫ったと伝わる観音様は美女の肉体の感じられるものだが、そのモデルは如意尼ではなかったか、そうだったら、「強い愛の関係」があったのではないか、とかさらにあおって空想をたくましゅうせられるんですから。

「紅葉君」へ

紅葉したモミジの葉にも紅い部分と黄色い部分の斑がある、なんと説明されていますか、、、!

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緑の色素成分は、緑は葉緑素、赤はアントシアニン 黄色はカロチノイド、どういう関係なのか、それがややこしくてなんとも理解しがたいです。自分でわかりきってないので人に説明するときにはしどろもどろになる情けなさ。
「紅葉君」とりあえず、理解しているところを述べてみますよ、ご意見ください!
、、、
木は光合成をするときは葉緑体を盛んに作ります。
その光合成には緑以外の光のエネルギーをみんな使います。
でも、光合成は緑の色素をもった葉緑体だけでなく、黄色い色素、カロチノイドを含んだ細胞でも行うのです、
量的には葉緑素を持った細胞が圧倒的なので、黄色は目立たず葉は緑色。
秋になって、光が弱くなり、光合成するのに必要な力ももらえなくなったし、まあ無理せんと休もうと、そうして光合成する細胞を分解してしまう、それでも、秋が深まり、弱くなったとはいいながら、光はまだある。弱い光でも利用せにゃいかんだろうと、それができる細胞は残しておこう、最後まで壊れない光合成細胞、それが、カロチノイドをもった細胞なんですって、よう考えてはるねぇ葉っぱって、、、だから、黄色に変わる。
イチョウやイタヤカエデなんかは代表、そうしているうちに、枝と葉を分離して落葉。
、、、、、、こういうことでいいいんでしょうか!

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で、赤はなんだ!アントシアニン色の発色はどういうメカニズムなのだ?というところなんです、。
「葉緑体が分解した後糖分ができるんです、それに光が当たるとアントシアニンに変質するんだ、」といわれていますよ、まだらになっているのは、日が当たらない陰になっていたのですと。
でもそれなら、紅くならないイチョウの場合が説明できない、あえてするなら、イチョウの葉でもできているはずの糖分は光が当たっても紅色しないのです、ということ。人も千差万別木などはもっと千差万別、、なるほどぅと。は、アントシアニンを持った細胞もあって、黄色細胞と同じように弱い光での光合成をおこなっているのじゃないか、そういう人もありますよ、私なんかは、え、そうなんですかぁとなっているところです。
ほんとのところを教えてください!

宮津世屋エコツーリズムガイドの会 安田潤

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まもなく冬の森を歩きます、森の木は葉っぱを落としていますけれど、かえって葉っぱの役割をガイドするのにはいい機会です、ですので、ご返事はできたら早くいいただけるとありがたい、よろしくお願いします。

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