モンシロチョウを群がらせている花 、キリンソウといいます。
世屋の農家の庭先に咲く多肉質の植物。日本には海岸から亜高山帯までの、岩場や乾燥しやすい草原がすきな在来植物です。もしかしてかっては世屋高原にも自生していたのかもとも想像して見ていました。

さて、キリンソウ、「麒麟」の字が当てられているものが多いようですが、なぜ麒麟なのか、薬効といっても擦り傷に絞り汁が効くと言う程度、思い当たらせるものは見当たりません、黄色く丸い花という意味で「黄輪」であろうという説に説得力があります。
世屋・高山ガイド部会の活動ブログ
この景観、アウトぉ!
なんでぇ?黄色は豊穣の色!里とぴったりじゃないですか!
原因は花。おおきんけいき゛く。
瞬発力があって、根気があって、闘争力がある、そして美しい、人もかくあれ!
大学の卒業式で学長式辞に使われていいほどだと思うのです。
ところが、そのバイタリティーが問題にされた、、、在来種を駆逐する、、
2006年 特定外来生物として栽培・譲渡・販売・輸出入などを原則禁止 ※外来生物法。
侵略的外来種ワースト100選定 ※日本生態学会
おいおい、、なんだいやぁその手のひら返し、一生懸命に励ましてきたのにそんなことありかぁ、、(`ヘ´) プンプン。
、、、、
憤懣を黙って聞くしかありません。
タチアオイ が今年も。
我が国には古い時代にやって来たようで、万葉集にも。
梨棗(なしなつめ) 黍(きび)に粟つぎ 延ふ葛(くず)の
後(のち)も逢はむと 葵花咲く
~作者不詳 万葉集 巻16-3834
この「葵花」がそれ。
葵の花が咲いたよ!
男女の愛情を表現しているなんでもないような歌ですが、
この歌、日本人のユーモア好きな気質を表すというのか、「君をあいす(アイス)のーん」といったダジャレの源流的作品というのか、そういった歴史的な意味のある歌なんだそうです。
現代語訳すると「早々と別れてしまってから、梨・黍・粟が次々に実るように季節が移っても、あなたと逢えない。でも延び続ける葛のように後には逢えるよ。葵の花が咲く頃には。」
※万葉歳時記 一日一葉blog.livedoor.jp/rh1-manyo/archives/34451473.html
と゛こがすごいかというと、梨、棗、黍、粟、葛、葵と六つの植物の名が巧みにつかわれているのです。 先の「万葉歳時記 一日一葉」さんによると
『「梨棗」は音読みで「り・そう」すなわち「離」「早」と、「黍に逢わつぎ」は「君に逢はずに」、「延ふ葛の」は「後も逢はむ」の枕詞、そして「葵」は「逢ふ日」』というふうに。
さて、「梨、棗、黍、粟、葛、葵」が万葉時代さながらに一所(ひとところ)に生育している上世屋、ここもあらためてすごいところだと思います。
一重や八重、色は赤、ピンク、白、紫、黄色とさまざまなタチアオイ、あれた棚畑がここに植えてくれといっているように聞こえました。
ふむ、聞いて聞こえんふりはできんなぁと受け止める自分と聞かんふりしとけという自分との葛藤がはじまりました。たいがい、ちょうしもんの方が克つんです、、、50000本く゛らいあればよかろう、いやいや、あまのはしだての マツの数ぐらいでええ、いくら?8000本、、うんうんそれくらいなら、と。フクジュソウから春がはじまり、四月の松尾桜に5月の藤、六月のたちあおい、、世屋の里の四季が花でうまってくるじゃありませんか(^.^)ながぁいたたかいになりますけれど。
うつむいて何を思案の百合の花 子規
ひとすじに百合はうつむくばかり也 千代女

歌人俳人に愛でられるササユリ、手元に置いてとみたいと思って野生のものを掘りとっても、数年で絶えてしまうのがおちというのが定評です。では種からということにしても、発芽に 二年 開花に 三年 つまり五年目にまず一花 次の年二花 三年目つまり八年目に三花。
そうかぁ八年かけて咲いているはなかぁ、桃栗三年「ササユリ」五年!、、ためいきのでるようなロマンやなぁ といったところです。
ところが、そのササユリ3株を10年かけて200本、73輪の花を咲かせたかたがいらっしゃるそうです。なにが秘訣かというと「3年目からは秋に球根を堀り横へ10~15㎝移動して植える、そうするとユリが消えずその後も咲いてくれる」とおっしゃっているそうです。
Mさん、やってみませんか、あなたはまだ若い!
青原の野風の中に深山よりこし香まじりぬ白百合の花 晶子
風に乗ってしずしずと姿を現されたのは霧神様。
(↑撮影日時 2015/06/08 19:24)
この神様、なんでもいざなぎ様を父にいざなみ様を母にうまれた神様ということ。篭神社の奥宮 真名井神社は【別称】豊受大神宮の御祭神『豊受気比売』もいらっしゃるということですが、霧神さまは先に生まれていらっしゃるということですから、兄妹関係。霧神さまは、それくらい格の高い神様なんです。

その間の事情を記述する古事記によると、まず『大八嶋国』を産み落とされたいざなぎ、いざなみ両命はさらに小さな島々を産み落とされましたが、そののち、これらの大地に住む神様を、風、岩、波、雨、火、、と次々と産み始められた、合計十四の島々と三五柱の神々。その中に「霧神さまや穀物神・豊受気比売もいらっしゃったのだということ。

では、霧神さまをそれくらい格の高い神様においた理由、霧神様がうまれる必然性、それは、おそらく天照大神が暑い熱いお日様だったことに関係すると思います。冷やす必要もあるのです。伊根の診療所のお医者さんが、熱中症の患者さんが搬送されてきたときには、まず冷やす、具体的には、裸にして、霧吹きで霧を吹きかけ、扇風機の風を当てる、それが最初の治療だとおっしゃっていました。自然のラジエータが霧と風だと思えばいいのでしょう。
(↑ 撮影日時 2015/06/08 18:39:17)
なんですから、この霧、ただの自然現象だと思わずに、手を合わせて柏手を打つぐらいになれば、自然に対する畏敬の念が育まれるかも。
それはともかく、暖まりやすく冷えやすい陸(比熱が小さい)と暖まりにくく冷えにくい海(比熱が大きい)とが接し、陸風と海風の循環現象がたえずくり返すのです、世屋の谷は。
昼間!
夜!

(↑図 中学生のための陸風、海風 – セルフ塾のブログ – FC2)
霧神さまを拝みにいらっしゃいませんか(^.^)
緑深まる山裾に咲くヤマアジサイ。
その花の清楚さ!それはさておいて、花びら(萼)の枚数、形、色をみると 他にはみられないおかしさをもった花です、①花びら(萼)の数、a三枚型とb 四枚型。さらに、c混在型。②a青色タイプとb紅色タイプ の花の色、 そして③形、刻みのaありとbなし、 イ 丸みタイプと ロ 細長タイプなどまちまちなのです。
たとえばこれは
【一】、①花びら(萼)の数、b 四枚型。②a青色タイプ の花の色、 ③形、刻み bなし、 イ 丸みタイプ
【二】、①花びら(萼)の数、c混在型。②b紅色タイプ の花の色、 そして③形、刻みのaあり イ 丸みタイプ
【三】、①花びら(萼)の数、c混在型。②a青色タイプ の花の色、 ③形、刻みbなし、 ロ 細長タイプ
【四】、①花びら(萼)の数、c混在型。②b紅色タイプ の花の色、 そして③形、刻みbなし、 イ 丸みタイプ
この多様さ、人「冷淡」「無情」などとおもしろがりますけれど、あじさいにとって、どんな意味があるのでしょう。
田草取り カモメも合力こうりょく 日置の田(^.^) 世屋野蕪村
まさか、、、
田植えの次は、一番草、二番草、三番草と‥朝から日が落ちるまでたんぼにあった絶えることのない人の姿と人の声。
それを再現してくださっているのが、「575筆まか勢 fudemaka57.exblog」さん。
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太陽も 金の汗する 田草取 辻田克巳
田草取 ときには女の 仁王立ち 森口千恵子
田草取る 地声の高き 夫婦なり 松倉ゆずる
物いはぬ 夫婦なりけり 田草取 蓼太
渡海船 通れば午時や 田草取 松藤夏山 夏山句集
田草取る 手の平ほどの 棚田にて 相馬遷子 山河
田草取る 手の甲走り 田亀逃ぐ 吉田露文
田草取 胸乳ほとほと滴れり 加藤楸邨
盆すぎの 稲が目を突く 田草取 白岩 三郎
田草引く 棘ある草を 憎みつゝ 五十嵐哲也
田草取 沖に漁火 ともるまで 杉田久美子
、、、、、たんぼには言葉が溢れ、そこで育ったたくましい文化が農業立国を支えていたことを忘れるなという渾身の優れた歳時記ブログに感謝感謝です。

今は、除草機、除草剤、草押さえマルチ、等の発達や工夫で、たんぼに人影はなく静かなものです。里山に必要なのは、こういう俳句看板じゃないですか、、とある里山保全に関わるNPOの活動計画を拝見しながら思ったことです。